You know what?




□ 66a - In the case of him - □




朝食も終わり食堂から次々と出て行く生徒に紛れても外に出た。観月さんに言われたマネージャー業をする為である。気怠い身体に、前は寝ればもう少し疲れが取れていた気がする、と考えてしまう自分にゾッとして準備をしているとコートの方から何やら騒がしい声が聞こえてきた。

怪我でもしたのかと慌てて駆けつければ何故か互いの胸倉を掴み合ってる生徒がいて思わず声を上げた。

「ちょちょちょちょっと!何してるのアンタ達!!」
「部外者は黙っててください。これは俺達の問題です」
「ああ?!何言ってんださんはマネージャーで列記とした関係者じゃねーか!ふざけたこと言ってっと本当に潰すぞ?!」
「やれるものならやってみろ。お前にそんな度胸があればな」
「んだと?!」

ああもう!睨み合う2人に割って入ってみたが片方の氷帝生に押されて危うく転ぶところだった。それを見たもう片方の青学の子が怒りを露に拳を握ってくる。それはさすがにダメだ!と周りを見たが他の生徒達は成り行きを傍観してるかオロオロしてるかのどちらかだけだ。

ここにいない部長副部長の居所を聞くと丁度今観月さんに呼ばれていないらしい。道理でストッパーがいないと思ったよ!


氷帝も青学も実は初日からジリジリ睨み合っていたのは知っていたのだ。どうやら全国大会で遺恨を残したらしく部長副部長がいない今鬱憤を晴らそうって魂胆らしい。この数日は互いの部長副部長に諫められていたけど、まさかここで発散させるとは思ってなかったんだろう。

観月さんも何見てるんだ!と内心憤慨しながら拳を握った氷帝生の腕を掴むと、彼はそれを勢いよく振り払い、をコートに転ばせた。


「…てめぇ!」
「っやめなさい!!」

ザリ、という皮が擦り剥けた痛みに顔を歪めると、青学の子が気づきカッと目を吊り上げ拳を振り上る。殴りかかろうとする光景を見たは思わず叫んだが、身体は地面に縫い付けられたように動けなかった。



「テメーら!そこで何してやがる!!」

コート中に響き渡る怒声に視線を向ければコートの入口で跡部さんが凄い剣幕で睨んでいた。彼はずかずかとコートに入ってくるとまっすぐケンカしていた2人に近づき身も凍るような目つきで見据えた。

その睨みに彼らは一気に戦意を喪失して真っ青な顔で頭を垂れると2、3言話し、「100周だ」と告げて顎をしゃくった。いわれた2人はビクッと肩を揺らすと大声で「はい!」と叫びコートを飛び出していく。

「他の奴らも全員走ってこい!50周だ!1周でも遅れたら今日の飯は食えねぇと思え!!」

出て行く2人を見送ることなく残っていた生徒達にも言い放った跡部さんは腕を組んだまま、慌て出て行く生徒達が全員いなくなるまでずっと睨み続けた。その姿が見たこともないくらい恐ろしくて誰も一言も発せなかった。

後に残ったのはと跡部さんだけで、呆然と散らばったボールとラケットを見比べたが別に拾わなくてもいいか、とどうでもいいことを考えていた。


「…っえ、あ」
「立てるか?」

ぐいっと腕を持ち上げられ顔を上げると難しい顔をしたままこっちを見る跡部さんがいて、彼はを引っ張り起こすと膝と手の平を見て眉をひそめた。
何か言われるのかと思ったが彼は無言のままの手首を引っ張りコートを出ると丁度そこへ観月さんと部長副部長達がやってきた。

「おい観月。監視がなってねーぞ。お陰で怪我人が出たじゃねぇか」
「え、あ、その」
「…ああ、そういえばそろそろ頃合いでしたね。生徒達は?」
「全員走らせといたがこうなる前に手を打っとくのがテメェの仕事じゃねぇのかよ」
「僕は貴方ではありませんからね。誤差はつきものですよ。皆さんは練習に戻っていいですよ」
「え、あの、もしかして俺の部員がやらかしたんですか…?」
「ええまあそういうことです。ですから、先程打ち合わせた通りにお願いしますね」
「……」

勝手にぽんぽん話を進めてしまう跡部さんと観月さんに、と生徒達は完璧に置いてきぼりにされていた。しかも当事者はこっちだというのにだ。こちらを見て慌てる部長副部長達に観月さんは平然といってのけ、彼らをコートへと追いやる。

そしてコートに戻りつつ振り返る青学の部長副部長には大丈夫、と手を振ったがその手も怪我していたことに気づき慌てて引っ込めた。



「それにしても、顔色が悪いですね」
「だ、大丈夫ですよ」
「跡部くん。彼女を医務室まで送り届けてくださいね」
「いや、だから、大じょ」
「いわれるまでもねぇよ」
さん。今日のマネージャー業はしなくていいですから、ゆっくり休んでください」

こいつら全然話聞かないんですけど。
の顔を覗き込んだと思ったら観月さんは跡部さんに向かって指示を出し、跡部さんも観月さんを見て承諾していた。だから怪我してるの私なんですけど。

そう思ったけど2人は聞き入れるつもりはないらしくは跡部さんに引き摺られるように医務室へと向かったのだった。


医務室に入ると独特な匂いが鼻につき、うっと顔をしかめたが跡部さんは勝手知ったる感じで中に入るとをスツールに座るように即し、自分は棚にある薬品を探しだした。

「あの、自分で出来ますから。跡部さんは練習に戻」
「そんなこと言ってる暇があるなら傷口でも洗ってな」

の言葉を遮るなり、近くにある水道を目配せしてくる彼に肩を落として蛇口を捻るとピリっと突っ張る感覚がして眉を寄せた。転んで擦りむくとかいつぶりだっけ。手を洗うと傷口に染みてやっぱり痛かった。

「見せてみな」

渡されたタオルで手を拭くと両手を出すようにいわれ、手の平を見せた。赤く擦れた傷口に大したことはないな、と思ったがかけられた消毒液に悲鳴をあげそうになった。しみる…!!
それを丹念に塗りこまれ(何か恨みでもあるんだろうか)手当してもらうと「次は足だな」と跡部さんの視線が下にさがった。

「い、いえもう大丈夫ですから!」
「早くしろ」

有無を言わさない視線に渋々とジャージを捲りあげると思った以上に膝頭が血みどろになっていた。

「うわ」
「だからいったんだ。そこに座れ……少し染みるぞ」
「少しどころじゃ…ひぃ、」



スツールに座り膝に消毒液をかけられたは思わず悲鳴を上げた。大したことはない痛みではあるけど冷たさと相まって声が出てしまった。うう、と涙目で痛みを我慢していれば顔を上げた跡部さんがを見て吹き出した。

「………なんですか、」
「…いや、随分不細工な顔だと思ってな」

合宿が始まってからというものの、こういった感じの悪い跡部さんにムッとしていたはじと目で彼を睨んだがその効果は一切なく鼻で笑われた。ハッ!て笑われましたよ。すんごい懐かしいけど腹立たしさも半端ないですね!泣きボクロ押してあげましょうか?!

バカにしたように笑う跡部さんにカッとなったが消毒液をかけられ「ひぎゃ!」と変な悲鳴が漏れた。その間抜けな声に跡部さんがまた笑ったのでは涙目になった。
ちくしょう。跡部コノヤロウ。人が怪我してるっていうのに遊びやがって。

「大した怪我じゃねぇんだ。大げさなんだよお前」
「うっ…はい」
「…血は出てるが傷自体は深くねぇし痕も残んねぇだろうよ」

よかったな、と声をかけられ跡部さんを見れば嫌味ったらしい顔で笑っていたが愛想笑いには見えなかった。それを見てトクリと反応する自分に慌てて顔を逸らす。まただ。

さっきは傷ついたとジクジク痛くなったのに今は勝手に浮上してる。


「あ、あの!その後、頭痛は大丈夫ですか?」
「アーン?」
「その、いつもこめかみの辺りを押さえてたんで…頭痛なのかな、と」

現金な私なんて埋まってしまえばいいのに。と心の中で罵りながら、苦し紛れに思い出したことを口にしてみた。実は合宿に入ってからもこめかみを押さえてる現場をよく見かけていたのだ。
彼は隠れてその頭痛と戦ってたみたいだけど、目立ってる人は見ようと思わなくても目に入ってしまう。だから私のせいじゃないと思う。

跡部さんのことだから薬くらい飲んでるだろうけどそれにしてはそんな姿をよく見かけていたから気になっていたのだ。ついでに機嫌も悪くて学生達にとばっちりという名のプレッシャーがかかってるからそれを軽減させたいのもある。



慢性的なんだろうか?仕事でかな?お医者さんにちゃんと診てもらってるのかな?考え出したらキリがないけど、黙り込む跡部さんに不安になって視線だけ彼に戻せばむんずと両頬を掴まれ無理矢理上へと持ち上げられた。

ぐいっと上がった視線は真っ直ぐ跡部さんをぶつかり大きく目を見開く。ドキリとしたがそれ以上に首の痛みに涙が出た。今グキっていったんですけど!!何するんだよこの人!!

「もう大丈夫そうだな」
「は?な、何の話ですか」
「アーン?お前さっきまで顔を真っ青にして震えてたじゃねぇか」
「……」

確かにそうでしたね。男同士のガチケンカの仲裁なんて初めてだったから怖かったんですよ。
護身術習ってたけど全然受身とか取れなかったし。習った意味ないじゃん、と視線を逸らすと親指の腹で頬を優しくなぞられ嫌でも心臓が跳ねた。

見ない方がいいと本能ではわかっていたが、人間怖いものほど見てしまう傾向があるようで、恐る恐る視線を戻すとアイスブルーの瞳とかち合い心臓が肋骨を突き破るんじゃないか?ていうくらい跳ねた。その冷たくも透き通るような瞳に吸い込まれそうになる。

「……」
「………」
「…………」
「………………」
「……その、」
「……」
「あ、ありがとうございます…」
「アーン?聞こえねぇな」

向けられる視線にジリジリとしたが跡部さんお構いなしに「そういうのはこっちを見て言うもんじゃないのか?」とニヤついた声でを煽ってくる。うぅ〜っこの人絶対笑ってる。からかう顔で絶対笑ってる。


「…っありがとうございました!!」


うがぁっ!と睨むように跡部さんを見てお礼を言えば彼は鼻で笑って「全然ありがたみ感じねーな」とかいって何故かの頭をグシャグシャになるまで撫で回したのだった。一体何がしたいのこの人!



******



「おっ前、ドン臭い奴だな。そんなこともできねーのかよ」
「できます!ただもう少しかかるだけで」
「氷帝のマネージャーはもっと迅速に出来てたぜ」
「氷帝は数もレベルも段違いじゃないですか!!」

私はしがない平マネジですよ!!そういうクオリティ高いことを求めないでください!!ふぎゃー!と猫が威嚇するような声を上げて走るの後ろでは悪戯っ子よろしくな顔の跡部さんがニヤリと笑っていた。

今日はもうマネージャー仕事はしなくていい、と観月さんにいわれたのだけど、これで休んでしまったらケンカした子達を余計に心配かけてしまいそうな気がして、ありがたい言葉だったにもかかわらず「出ます!やります!」と宣言してしまった。
そこまでは良かったのだけど、医務室から帰ってから何故か跡部さんが急に攻撃的になり(目ではずっと攻撃されてたけど)は必要以上に走らされていた。


何?一体何なの?私何のスイッチ押したわけ?!ドSスイッチ跡部さんにもあったの?!あれは幸村と不二くん、(時々柳)専用だと思ってましたよ!!
しかもことあるごとに氷帝の名前を出して比較してくるとかやめてほしいんですけど!傷つくプライドなんてないけど求められてもできないんだから身の丈にあった仕事ください!マジで!


「跡部くん。怪我人に仕事を強要しないでください。さんが倒れたらどうするんですか?」
「(よっしゃ観月さん!もっといってやって!!)…ふぎゃ!」
「アーン?何いってんだよ。立海でもこのくらいの仕事は普通にこなしてるぜ。つーか、観月を味方につけて浮かれた顔してんじゃねーよ」

見下ろしてくるアイスブルーは冬並の寒さでは泣きたい気持ちになった。何でそこだけ思い出すのよこの人!!私のこと忘れてるくせに!!しかもデコピンとか地味に痛いんですけど!!


「それとも、他のマネージャーに任せてて自分はサボってたのか?」
「違います!!」
「だったらできんだろ。こいつらのレベルアップにトップクラスの俺様が指導してるんだ。お前だけ平凡なマネージャー業でいられるわけねーだろ」
「くっ…」

確かに。跡部さんの言葉は一理ある。ただし、すんごくムカつくけど。1人でやれっていうのが更に悩みの種だけど。「いーですよ!やればいーんでしょ!やれば!!」とプンスカ怒りながら前を素通りしようとしたら跡部さんが小さく笑った声が聞こえた。



「張り切りすぎてこけるんじゃねーぞ」
「誰が、」
「怪我したらまた消毒液を大量にかけてやるからな」

俺様が直々にな。と不敵に見下ろす王様を横目で見て「こけませんよーだ!」と舌を出して走った。走りながら消毒液をかけられた痛みと一緒に顔が引きつり、膝もじわじわと痛みが滲み出てきた気がしてより一層顔を歪めたのだった。

あんのドS王様め!!今に見てろよ!




事故とご褒美。
2013.10.23
2014.03.30 加筆修正