□ 69a - In the case of him - □
ふぅ、と息を吐いた跡部は懐かしい母校を前に早いものだなと考えた。
今日は久しぶりに氷帝学園に立ち寄る用事があって顔を出したのだが教師達は殆どが入れ替わっていた。それで支障をきたすことはなかったが少しだけもの寂しい気持ちになる。
変わっていないのは校舎くらいか、と思いつつ慣れ親しんだ校門までの道のりを歩いた。
車は駐車場で待たせてあるが時間はまだ大丈夫だろう。見上げた木々は黄色く色づいていて冬が間近だと教えている。
束の間の紅葉を楽しむことにした跡部はそのままゆったりとした足取りで歩いた。秋空とざわめく木々に目や耳を傾けるのはいつぶりだろう。そんなことを思いつつ薄い膜を張ったような白い雲を見上げ目を細めた。
「…ジローじゃねぇか」
「あり?跡部?」
思い出に浸って歩いていればいつの間にかテニスコートに来ていて、染み込んでいた癖に呆れ笑っているとフェンスに張り付く姿を見て驚いた。そこには当時一緒にこのコートで練習していたジローが生徒達の練習を眺めていて、声をかけると彼も驚きこちらを見やった。
「え?え?マジで跡部だ」
「んな驚かなくても本物だ。幽霊だと思ったか?アーン?」
目を大きく見開き、驚くジローに笑って近づけば「久しぶり!」と朗らかに挨拶された。それから「跡部が学校来るとかめっずらC!」といつものノリで話しかけてくる。
「その様子だとちょくちょく来てんのか?」
「まーねー。今家事手伝いしてっから。氷帝に配達した時は必ずここ来てんだ」
にっこり微笑む顔に跡部も笑みを返しコートを見やる。跡部が改築し直したコートはまだ利用されていたが大分年季が入ったものになっていた。
今年の氷帝も健闘していたしまた新しく作り直してやるか、と考えていると跡部の姿に気づいたテニス部の生徒達がこちらに向かって挨拶してきた。
「あれ?跡部知ってんの?」
「ああ。少し前に合宿があってあいつらを指導したんだ」
「へぇ〜」
手を軽く挙げて挨拶に応えているとジローが感慨深く「跡部っていつまでも跡部だよな〜」と笑った。
それからコートの中に入るでもなく見学だけしてそこを後にするとジローも跡部に続き並んで歩いた。その速度と空気が跡部を懐かしく心地よい気分にさせた。
「テニスはやってんのか?」
「前よりはあんまし。でも暇な時はラケット振ってるかな」
たまに丸井くんとか不二とも打ってるよ、と返すジローと校門までの道すがら「そうか、」と頷いた。
「向日とは会ってんだろ?」
「会ってるけどテニスはやってねーよ。アイツめっきり夜型だから昼起きねーし。あ、でも宍戸とはこの前打ったか」
「何だ。宍戸の奴、鳳とは打たねーのにジローとは打ってるのかよ」
「鳳ね〜。別に打ってないわけじゃねーよ?ただ頻繁に声かけてくっから半分位断ってるっていってた」
「相変わらずの宍戸バカだな」
「それ、跡部には言われたくないと思う」
自分だって樺地バカじゃん、と言い返され、少し面食らったが「まぁそうかもな」といって口元をつり上げた。
「日吉と滝は?流石にもうやってねーかな?」
「さぁな。連絡とってねーからわからねぇが、学校には顔を出してるみたいだぜ」
「マジで?」
「ああ。さっき挨拶に行ったんだが日吉も呼ばれていたらしくてな。貢献したテニス部の名鑑やら記念碑を作りたいから協力してくれないかと連絡があった」
「ぶっなにそれ!俺達もそれに載るの?」
「らしいぜ。だが俺の世代は数が異常だったからな。それで俺と日吉が呼ばれたんだと」
「そういえば俺、レギュラーと準レギュ以外殆ど顔と名前一致してなかったわ」
「お前の場合、準レギュラーも危うかっただろうが…まぁ、200人規模じゃ俺様以外全員分の名前なんて覚えちゃいねぇだろうよ」
数クラス分の人数を覚えるのは普通に考えても容易ではない。そう返せば「だよねー」とジローが両手を後ろ頭に回した。
「そういや、今日は榊監督いなかったなー」
「監督が?顧問は外れたんじゃねーのか?」
「俺もそう思ってたんだけど様子見に中学と高校のテニス部はちょくちょく見に来てるらしいぜ」
今年の大会もVIP席で見てたとかいってた。というジローに跡部は苦笑した。きっと音楽の臨時講師で行く度に様子を伺っているんだろう。跡部と話した時は涼しい顔をしていたが随分とテニス部に入れ込んでいるようだ。
同じ社会人として接して最近気づいたのだが、心残りもそれなりにあったのだろう。もしかしたら自分よりも強く残っているのかもしれない。
「それで思い出したんだけどさ。跡部ってが借りてる部屋が監督の部屋の1つだって知ってた?」
「…ああ。が隣に住んでるってわかった時に調べて知ったがな」
「あははっやっぱそうなんだ!」
と跡部が近所ってウケる!と笑い出すジローに跡部はなんともいえない気分になったが「それがどうしたんだ?」と返した。
「が火事に遭ったって聞いた?」
「住んでる家が半分焼けて榊監督の厚意で住んでるんだろ。つーか、あいつ家賃払えんのか?あそこ結構するぜ?」
あのマンションの細かい家賃云々はわかっていないが自分を含めセレブに該当する面々が住んでいることは知っていた。榊監督が別宅として借りてるくらいだしな。だから一介の庶民であるが勧められたとはいえ、到底住める金額ではないはずなのだ。
「それがさ。太っ腹なことに家賃と光熱費諸々監督持ちなんだってよ」
「は?」
「榊監督がいうには"昔世話になったその礼"なんだって」
「……が監督に何かしたか?」
「さあ?でも、跡部と同じように監督も俺達のことずっと見てたから、きっとのことも見えてたんじゃないかな」
「……」
「、立海なのに氷帝のマネージャーみたいなことしてたし」
主に日吉達相手だったけど。ケラケラ笑うジローに跡部はなんとなく面白くなく思えてぎゅっと眉を寄せた。内心、その役目は自分じゃないのか?と過ぎったからだ。
火事に遭ったことをの仕事先のオーナーに知らされ、新しい住処を榊監督が用意するのは違うんじゃないか?と。俺の方がずっと昔からを知っていて面倒をみていたはずなのに。
「…跡部がおもしろくねーって顔してる」
「アーン?ケンカ売ってんのか?」
「べっつにー。でもさー。それで黙ってる跡部じゃないよねー?」
「アーン?」
「殆ど話したことなかった監督がここまでしてるのに、"友達"の跡部がに何もしないっておかしーよねー」
ニヤリと口元を吊り上げるジローに意図が見えた跡部は片眉を上げたが「が望んでねぇかもしれねーだろ」と切り返してやった。少なくとも俺のことを覚えてねぇと嘘ついてるくらいだ。
どんな事情でそう思い込んでるんだが知らねぇが、そんな奴にわざわざ根掘り葉掘り掘り返してつついてもしょうがねぇだろ。そう考えているとジローは目を見開き「らしくねー」とわざとらしく驚いた。
「跡部昔よりも怖気づいたんじゃない?」
「アーン?何いってんだジロー。俺のどこが怖気づいてるんだよ」
「だって、望んでない"かもしれない"なんて今迄の跡部なら絶対いわないじゃん」
「いやいうだろ」
「跡部がいう時は相手への気遣いでそういってるだけで、抽象的な物言いはしてなかったってことだよ」
「……」
「が何を望んでるのか、跡部ならとっくにわかってるんじゃないの?」
って昔からわかりやすかったし。へらりと笑うジローに跡部は確かにわかりやすかったな、と同意した。あの感情の駄々漏れ具合は宍戸並かもしれない。
「そういうお前こそ、に何もしねーのか?」
「何いってんだよ。俺はもうしてるっての。が火事に遭って最初に泊まらせたの俺の家だし」
「……」
「仕事復帰するまで慰めてたのも俺だし」
「……」
「俺のパジャマ貸して一緒に寝」
「は?」
「はしなかったけど……何跡部。今スゲー顔しなかった?」
ニヤニヤと見てくるジローに跡部は苦虫を潰したかのような顔のまま逸らした。くそ、よもやジローにからかわれる日がこようとは思ってなかったぜ。
そんなことを考えてる跡部にジローは嬉しそうに微笑み「跡部に朗報」と付け加えた。
「、今フリーだってよ」
「……アーン?だから何なんだよ」
「あれ?嬉しくねーの?」
「別に、」
「俺が狙ってもいいの?」
「……」
「……」
「……」
「ぶっ!嘘だよ。と俺はずっと友達止まりだから」
そんな顔しないでよ、と笑うジローに俺は一体どんな顔をしてるんだろうと不思議に思った。別にが誰と付き合おうがジローと付き合おうが関係ない。関係ないのにそう考えた瞬間、じくりと腹の辺りが重くなったように思えた。
「…なぁ、ジロー」
「んー?」
「何でお前はと付き合わなかったんだ?」
立ち止まり、先を歩くジローを見つめていればぴたりと足を止め、ゆっくりこちらに振り返った。丸く大きな目が跡部を写す。その視線に臆することはないが呼吸を整えるように小さく息を吐いた。
跡部の心のざわつきと同調するように風に揺れる木々がざわざわと鳴り響く。時折、散った枯葉がコンクリートを擦っては足元を通り過ぎていく。少し冷たい風に髪を弄ばれながら跡部達はじっと見つめ合った。
ずっと疑問だったのだ。
の気持ちもジローの気持ちも明白だった。だから惹かれたはずなのにそのどちらも否定する理由がどこにあるんだろうか。いい加減その答えを白状したらどうなんだ、そう思った。
「好きなんだろ?のこと」
「んー好きは好きだけど、友達の好きだからなー」
「…もう時効だろ。正直に話せよ」
内心、そこまで掘り下げる必要があるのか?と思ったが今更訂正する気にもなれず黙って伺っているとジローはスッと笑顔を引っ込め真剣な眼差しで跡部を見つめた。
「俺が好きになったのは"友達としてのだよ」
「だが、はお前に好意を持ってただろ?」
「"友達"としてならね。つーか、がそういう気持ちで見てたのは跡部だけだぜ?」
「ちげーよ。そうじゃなくて、俺が聞きてぇのは」
「違わねーよ。勘違いしてんのは跡部の方。俺達は"フツーの友達"だよ」
「……」
「どんなに跡部が遊んでても他の女を見ててもはずっと跡部しか見てなかったよ」
忍足にも言われたがそれでも納得できなかった。は"跡部"を見て現実を知って、近くにいたジローに惹かれた。
あの時、プロムでを抱きしめるジローの姿を見てそうだと思ったのだ。
でなければが身を引いた理由を見つけられなかったんだ。
じゃあ何で俺から離れたんだよ、と言い返しそうになったところで女々しい思考の自分に気づき言葉を飲み込んだ。まったく、あいつのせいで調子が狂うぜ。
ぐっと眉を寄せ、黙り込んだ跡部にジローは苦笑して「まあ、も相当頑固だけどね」と肩を竦めた。
そんなことは知ってる。幸村にケンカ売られた時も俺以外に相談する相手なんてごまんといたはずなのにそうしなかった。俺に焦がれていたくせにどうせ叶いもしないと思い込んでる相手に操を立ててなびかなかった。こいつはお人好しだと思うと同時にバカな奴だとも思った。
けれどそれを踏まえた上でを許容したいと思って近くに置いていたのは誰でもない俺なんだ。
「が強情っぱりで弱音吐かないって知ってるでしょ?だから跡部にも協力してほしーんだ」
「……」
「昔のよしみでも友達でもなんでもいいから、のこと見てあげてよ」
ね?とお願いするジローに跡部は、彼のいうことも一理あると考えてしまい言い返すこともできなくて「ああ、わかった」と溜息混じりに返すのだった。
跡部vsジロー(笑)
2013.10.26
2015.09.11 加筆修正