You know what?




□ 70a - In the case of him - □




それは本当にたまたまだった。

仕事帰りにぶらりとコンビニに寄って甘いものでも…と覗いたら丁度コンビニから出てくる人と目が合ったのだ。

「あれ、」
「あ……」

その人はトレードマークだったキノコ頭を卒業し、なんとも大人っぽい髪型になったが目つきは相変わらずきつい、厳しそうな日本男児だった。

まさかこんなところで会うとは思っていなかった2人はお互いぽかんとした顔で見詰め合ったが、先に目つきが悪い方が丸かった目をみるみるうちに三日月に吊り上げを睨んできた。
その目に危機感を感じたは反射的に回れ右をしてそのまま立ち去ろうとした。


「ぐえっ」
「待て。どこに逃げる気だ」

いやその前に何で服でも腕でもなく襟首なの?!すんごいデジャヴなんですけど。
やっぱ部長って似てるんですね!ビックリだよ!!と抗議したかったが後ろから感じる殺気にその言葉を飲み込んだ。どう考えても私のこと先輩だって思ってないよね。これ。

襟首を掴んだまま無言で威圧してくる元キノコ頭にげんなりしながらも恐る恐る振り返るとなんとも不機嫌そうな顔がそこにあった。

「お久しぶりー日吉くん」
「何が、久しぶりだ………ですか」

思わず地が出たな。
相当怒ってるらしい。まあ、原因はわかってるけども。


とってつけた言葉にまだ辛うじて先輩と思っててくれてるらしいと汲んだは苦い顔で微笑んだ。ああ、睨まないでおくれ。



「とりあえず、これ放してくれないかな。大人としてちょっと恥ずかしいのよ」
「……逃げませんか」

夜とはいえ、それなりに出入りしてる人と照られている光にと日吉はそこそこ目立っていた。
じろじろと見てくる視線に日吉も気づいたのか少しだけ手を緩めたが、目は恨みがましく睨んできて納得するまで帰さない素振り満載だった。

逃げたところで今の私じゃ日吉に捕まるのは必須だと思うけどね。
負けるとわかってて挑む勝負はしません、と降参の手をして「逃げませんよ」と言葉にすれば今度こそ日吉の手が離れた。


「何でここにいるんですか。しかもこんな時間に」
「こんな時間ってまだ深夜にも差し掛かってないのに…いや、睨まれても困るんだけど」
「アンタ、自分の性別自覚してるんですか?」
「自覚はしてるけど…ていうか、何も考えてないアホな女みたいな体でいうのやめてくれる?世の中この時間歩いてる女の子多いからね?学生だって歩いてるからね?」

わかってるよ、といった途端蔑むような目で見てきたので慌てて言葉を付け加えたが日吉の溜息が増えただけだった。なんだろ、無性に悲しくなってきたんだけど。この調子だと火事に遭ったっていったら火に油を注ぐことにならないだろうか。


そう思ってなるべく言葉を選んでこっちに住んでることだけを伝えると目つきの悪い日本男児が盛大な溜息を吐いた。

「連絡ができないと思ったらこっちに引っ越してるわ、あげく火事に遭うとか何をやってるんですかアンタは」
「ええ?!何故それを?!」
「用もないのに芥川さんと向日さんとあと何故か忍足さんから連絡来ましたよ」
「うげ、」
「久しぶりの連絡がそれとか、何くだらないことを聞かせるんだって…しかも3人から別々に」
「……申し訳ない」
「……」
「……」
「……それで、今は大丈夫なんですか?」

火事に遭った次の日くらいに泊まる所をジローくんと話してて日吉の名前も出たけど、ご厄介になるつもりはなかったからそれきりだったんだよね。ここでまさか再会するとも思ってなかったし。この辺、日吉の家が近いんだろうか。



やばい時にやばい奴と会ったなぁ。どう考えても説教される映像しか思いつかない。説教は弦ちゃんだけでお腹いっぱいだっての。

ぷっつり途絶えた連絡に罪悪感を感じていると不意に彼の声のトーンが変わった。それに合わせて顔を上げればコンビニの光に照らされた日吉が言い辛そうに視線を逸らしている。あれ?心配してくれてる?

「生活、大丈夫なんですか?金とか、諸々」
「…っう、うん!大丈夫!いたって元気!」
「そんなに焼けなかったんですか?」
「いや、半分くらいは燃えた」

火というか消化剤で、だけど。急に優しくなった日吉に動揺して素直に答えるとまた苦々しい顔で溜息を吐かれた。幸せ逃げるぞ。


「それって大丈夫っていわねぇんだけど」
「……いや、まあ、でも働いてるし」
給料貰ってるから一応大丈夫って返したら日吉は益々頭が痛そうに溜息を吐いた。

「どんだけメンタル強いんだよ、アンタ…」
「だって働かないと生活できないし」
「わかっちゃいたけど、さんって……根っからのバカですね」

盛大な溜息と一緒にバカを強調した日吉はコンビニ袋を揺らすと上着のポケットから携帯を取り出し(あ、ガラケーだ)、こちらに差し出してきた。その行動に最初目を瞬かせたが目を吊り上げる日吉に慌てて自分も携帯を出した。アドレス交換ですね、はい。


「まあ、芥川さん達がいるから心配ないと思いますけど、何かあれば連絡ください」
「は、はぁ…」
「………まあ、他愛のないことでも2、3回くらいなら付き合ってあげますよ」
「ありがとう」

新たに入った日吉の名前と連絡先になんともいえない気持ちで見つめていると「芥川さん達にいえないことがあれば、聞いてあげなくもないです」と聞こえてきて思わず噴出した。
久しぶりに日吉のツンデレ聞いたんだけど。そしたら日吉の顔が赤くなったので慌てて口を噤んだ。



「今度は勝手に連絡先変えたり消えたりしないでくださいよ」
「は、はぃ…」

むっつりした顔の日吉にはただただ、肩を竦めるしかなかった。
身につまされる言葉です。マジ申し訳ない。



******



学生の頃、日吉のメアドを知るだけでも一苦労だった過去を思えばなんてあっさり手に入ってしまったんだろう。という彼の連絡先にはいそいそとメールを送った。
勿論用事はない。他愛のないことを2、3回は受け取ってやるといっていたので実行してみたまでだ。

日吉と別れて家に着くまで考えてみたんだけど(紳士なことに日吉が途中まで送ってくれたという)、もしかしたら連絡が途絶えて寂しかったのかな、という考えに至ったのだ。

学生時代、氷帝テニス部以外の話題は一切なかったしそのメールすらも殆ど交わしてなかったから日吉がそこまで気にしてくれてるなんて思ってもいなかったのだけど、こうやって目の前で交換して心配されたら嬉しくて調子に乗って送ってみたのだ。


そしたら3回目で案の定『もう寝るのでメールしてこないでください』と返ってきてその日は終了しました。
ちゃんと3回は会話してくれるなんてなんて丸くなったんだ日吉!えらいぞ日吉!!伊達に部長してた訳じゃなかったんだね!

でも次は絵文字もつけようぜ!と思いつつ『じゃあおやすみ〜』と送ったら『早く寝てください。おやすみなさい』って返ってきた。やばい、この子器が大きくなってた。


そんなところで日吉の成長を噛み締めていただったがまた鳴った受信音にメールボックスを開いた。もう片方の手でテレビのチャンネルを変えていたが、内容を見、その手がぴたりと止まる。

実は定期的に皆瀬さんと連絡を取り合っていたんだけど、その彼女からのメールで思わず目を瞬かせた。

「え、マジで?」


そう呟いてしまったのは仕方ないことだろう。メールの内容はある人物にのメアドを教えたという話だった。そいつはも知ってる人で見知らぬ仲ではない。むしろ旧知で苦楽を共にした仲間でもある。

学生最後の幸村ショック(と、最近命名した)の後も彼のアドレスは残っていたが連絡を取り合うことが不精だったのと自身が立海テニス部に関わることを拒否してしまった為、携帯が壊れた後は音信普通だったのだ。


そんな彼が何故今更皆瀬さんからメアドを流してもらうのか想像できなかったがまあすぐには連絡は来ないだろう、そう思いその時は了解のメールだけ皆瀬さんに返したのだった。



******



今日も今日とて、彼が食べた食器を片しながらはその手を止め、跡部さんを見やった。

1回目は偶然、2回目はたまたま、3回目以降は意図的、という考え方がある。それを今のこの状況にあてはめるとただの嫌がらせなんじゃないだろうか、と思ってしまう。
あの日たまたまの仕事場で待ち伏せ?していた跡部さんはその次の日にも料理を作れといってきてその次もお腹が減ってるだのと理由をつけてはご飯を所望し、それをなぜかが作っていた。

作ること自体は嫌ではないからいいんだけど相手が跡部景吾で、お坊ちゃんの舌ということを考えるといつまでたっても緊張感は抜けない。

本当に自分が作ったこんな料理でいいのか?と何度も脳内でぼやき、ぽつりと跡部さんにもいってみたけど「問題ねぇんだから気にするな」と軽く返された。
まあ、フランス料理とか細かな技術を要する料理ではなく親子丼とかすき焼きとかいわゆる"庶民の味"をリクエストされてるからたいした問題でもないんだけど。

でもやっぱりこの状況は慣れないし不安だ。


「やっぱりちゃんとした人に作ってもらった方がいいですよ。跡部さんは忙しい人なんですからちゃんと栄養を管理してくれる人に作ってもらった方が」
「アーン?またそれか。いい加減いってて飽きねぇか?」
「そのままそっくりお返しします。もっと美味しい食事を作れる方はたくさんいるでしょう?実家でだってレストランだって。こういっちゃなんですが私もそこそこ忙しいですし、いつもこんな時間に食べてたら消化に悪いし身体にもよくないですよ」


今日の時間は23時過ぎだ。巷のダイエットで考えるなら20時以降は肥満の原因にすらなるのに。それでなくとも跡部さんは食事の前後に電話なりネットなりと必ず仕事してるのだ。忙しいに決まっている。

だったらせめて好きな時間にゆっくり食べた方が彼の為だ、そう思って進言したのに跡部さんは呆れた顔でこっちを見ると「俺に飯を作るのが面倒になったのか?」と挑発的なことを言ってくる。


「いえ、そうじゃなくて、好きな時間にゆっくり食べればいいのでは?といってるんです」
「だったら今のままでいいだろ。この時間が唯一ゆっくりできる時間なんだよ」
「ここにいても仕事ばかりじゃないですか」
「飯を食ってる時は仕事してねーだろ」

跡部さんたっての要望で食事をしてる時は何をしていてもいいからそこにいることになっていたは、確かにご飯を食べてる時だけはそれに集中してたな、と思い出した。いやしかし、である。


「ですが、やっぱり跡部さんの体調を考えてくれる人に作ってもらう方が…」
「それならお前がいるだろ」



恋人だか婚約者だか色々たくさん候補がいるんだからその中に管理栄養士とかコックとか絶対いるだろうからその人に作ってもらえばいい、そういってやろうとしたがその前に言葉を遮られた。というか言葉を飲み込んでしまった。

まっすぐ向けられた瞳に思わず肩が揺れる。逸らされない自信満々なアイスブルーにドキリと心臓が鳴った。

「定期健診は受けてるし、今のところ問題もねぇ。むしろ最近すこぶる調子がいいんだよ」
「いや、そんなまさか…」
「アーン?食ってる本人が言うんだぜ?それに、毎日決まった時間に飯を食う、てのも体調管理には必要なことなんだろ?」

今迄が脂塗れな食事だったんだよ、と溜息を吐く跡部さんに偽りな部分は感じられなかった。というか脂塗れってどういうこと?跡部さんクラスが身体に弊害が出る食事なんてするのか?

やっぱり話を盛ってるだけなんじゃないか?それが顔に出ていたのか跡部さんはまた呆れた顔になって「お前、俺が気づいてねぇとでも思ったのか?」とソファに座っている身体もこちらに向けた。


「嫌だ嫌だっつー割に夜に脂っこいものとか腹に重いもの出したことねぇだろ」
「……」
「あと、俺の顔色見て飲み物変えたり、温めなおしたりしてたよな?」
「…そ、それは、極々当たり前のことで…」
「忘れ物をしたといって果物を買ってきたこともあったよな?」
「いや、それ多分、みんなやってることで」
「…お前、本気でいってんのか?」


しまった…!


皆瀬さん仕込みの気遣いスキルが発動してたのわかってなかった。何で今の今迄気づかなかったんだよ私!これじゃむしろ跡部さんに気に入られようとしてるみたいじゃないか…!

無意識に跡部さんにはこれくらいやらないとダメだろう、なんて勝手に思い込んでしたまでのことだったが普通にやり過ぎてしまったらしい。栄養管理を目指すものとしては正解だけどどう考えても自分の首を絞めたようにしか思えない。ダメだろ私。



「いいことじゃねぇか。生活に染み込んでるってことは仕事にも役立つってことだろ?」
「……」
「そんなに俺の飯を作る理由が欲しいなら正式に雇ってもいいが?」
「ゲ、」

自ら蒔いた種に顔を歪めると跡部さんは苦笑して「冗談だ。頼まれても雇わねぇよ」と立ち上がった。

「お前とは、仕事上の関係にしたくねぇからな」
「はぁ…」
「まぁせいぜい頑張って俺の為にうまい飯作ってくれよ」

背を向けた跡部さんはそういうと「風呂に入ってくる」といってリビングを後にする。ということは彼がお風呂からあがるまで部屋に帰れないということだろうか。鍵閉める人いないし。
そう考えついた途端はバッと行動を起こし跡部さんを追いかけた。


「待ってください!私帰ります!!」
「アーン?待ってればいいだろ?なんなら酒も出してやるぜ」
「いりません!帰って勉強しなきゃいけないんで!じゃ!」
「おい待てよ!食器はどうすんだ」
「それくらい洗っておいてください!」
「ああ?!ふざけんな!」

何で俺がしなくちゃなんねーんだよ!と振り返った跡部さんを尻目には慌てて走るとそのまま玄関に向かっていった。お風呂上りの跡部さんなんて見たくない!絶対色気ムンムンしそうだもの!


そして次の日、割れた皿と洗い残しがある食器を見ては少しだけ帰ったことを後悔したのだった。えー跡部さん洗えないのかよー。




ダイエットって1人じゃなかなか続かないよね。
2014.05.09