You know what?




□ 71a - In the case of him - □




「はぁ…」
身体がだるい。今日も仕事先のキッチンで忙しく動いていたがどうにも集中が途切れることが多い。お陰でマネージャーにちくちく小言いわれて尚更具合が悪く感じる。
新しい住処と仕事に慣れてきたから気が少し緩んだのかもしれない。風邪とかひかないといいな。

さん大丈夫ですかー?」
「うん。大丈夫」

ホールスタッフでよく話す女の子が休憩が被ったのもあって声をかけてくれた。それに笑顔で返せば「無理しないでくださいねー」と月並みだがありがたい言葉を貰い彼女がの隣に座り込んだ。


「そういえば聞きました?松田さん今月末で辞めちゃうみたいですよ」
「うん。私もさっき聞いたよ。けどそうなるとホール大変じゃない?」
「そうなんですよー。1番長い松田さん抜けちゃうから色々今から不安で仕方ないですよ」
「募集してたよね?」
「してるけどどうですかねー。時期的に微妙だしこの不況で誰が来ることやら…」
「誰も来ないようなら社員が入るんじゃないの?」
「社員かー」

それはそれで面倒そう。と肩を竦める彼女には「頑張ろうね」と肩を叩いた。

「あ、それで今度送別会開くことになったんですけどさんも来てくださいね!」
「キッチンだけどいいの?」
「え、大丈夫じゃないですか?松田さんと話したことありますよね?」
「あるけど、ホールだけで送り出すんじゃないの?」
「そんな寂しいこといわないでくださいよ!!みんなで行きましょうよ!!」

二次会にカラオケもあるんで!と意気込む彼女にカラオケかーと懐かしんだ。随分行ってないな、カラオケ。


「そういえば話変わるんですけどさんって彼氏いるんですか?」
「へ?」

最近の流行曲歌えたっけ?と巡らせていると突飛な話を振られ目を瞬かせた。何の話?と彼女を見れば目をキラキラと輝かせの返事を待っている。そんなこと聞いてどうするんだろう。



「え、いないけど…」
「じゃあ、友達にすっごいイケメンいませんか?!」
「は?」

すっごいイケメンの友達???話を聞けばここ最近の友達だと名乗る男達がちょくちょく食べに来るらしい。それはがキッチンで忙しかったりシフトが入ってない日だったりで顔を会わす機会はなかったがそんな情報をひとつも聞いていなかったこちらとしては寝耳に水状態だ。

「…ちなみに、どんな奴だったの?」
「えっとですねー。私が見たのはすんごいエロボイスでメガネの人と天使みたいなふわふわパーマの笑顔が可愛い男の人と赤髪でかっこ可愛い人…あ、その人メガネの人のこと"ゆーし"っていってました」
「……」
「それから綺麗な顔でウェーブがかった髪の人とショートで目が細い人!その時は遅刻しちゃったんですけどお陰で目の保養になりました!」
「……それ、もしかしてもう1人いなかった?ごつい系の」
「え、よくわかりましたね!!何でか遅刻したこと怒られたんで言い返そうとしたらその2人に庇ってもらっちゃいましたよ」

役得役得!と嬉々としてる彼女にその後の惨劇が見えては心の中で同情しておいた。


「あとそれからー…」
「まだいるの?」
「え、いますよ!これは私じゃなくて小塚さんの話なんですけど、確か手塚国光が来たっていってました」
「え?!」

何故そこだけ名前が?と思ったが相手は有名人だったと気がついた。勿論弦ちゃんも有名だけど目の前の彼女はテニスよりもサッカー派なのでその情報は疎い。その代わり小塚さんはテニスとかスキーが好きだからあっさり名前が出たんだろう。

しかしそれにしたって多くないか?というか何で誰も私に連絡してこないのよ。隠す必要あるのか?



「あ、そうだそうだ。大事な人忘れてました」
「え、まだ?」
「はい。こっちは変なグループだったんですけど話をちょこっと聞いた感じ学生の頃からの友達っぽかったですね。…いいなーさんあの人達とみんな友達なんですよね?」
「……ま、まあ。学生の時の繋がり、なんだけど」
「いいなあ!私もああいう友達いたら自慢できるのに!」
「そういうもんかな」
「そういうものですよ!あんなにイケメンがいるとかウハウハじゃないですか!!紹介してくださいよ!!」
「いや、ただの友達だし…あっちも忙しいだろうから機会があったらね」
「そうなんですか?勿体ない!!あ、でもあのグループの人はカップルぽかったから彼だけは無理かもなー」
「カップル…」
「そうそう。3人共仲良さそうだったんですけどでも多分あれカップルと友達1人だっと思うんですよねー」
「どんな人達だったの?」
「女の人は結構美人な人で、その人の彼氏っぽい人がメガネかけた紳士でした。超丁寧語で話すから間違いかもしれないんですけど…あと、すっごいエロいフェロモン出してた銀髪の人!」


最初あっちが彼氏かなって思ったんですよね!口元のホクロとか超エロい!あの人ヤバイです!とキャーキャー騒ぐ彼女には違う温度で何しに来たんだあいつ、と思わずにはいられなかった。



******



バタンとドアを閉めたは疲れきった溜息を漏らしズルズルと中へと進んだ。手にはビニール袋が握られていてダラダラと歩く度に擦れる音が鳴った。
中にはスポーツドリンクと風邪薬、それからゼリーだ。何も食べる気がしないのだけど何も食べないで薬を飲むわけにもいかずそれを買ってきた。

明日は休みだし、跡部さんも今日は会議とかで外で食べることになってるからこのまま寝れるというわけだ。助かった。

「ラッキー…というべきかな」

多分。

お風呂は…いいよね、と諦めて荷物を置き適当に座ってゼリーを食べる。冷たくて美味しい。久しぶりに食べたかも、なんて思いつつ風邪薬を飲むと携帯が震え出し誰だ?と手に取った。


「もしもーし」
『あ、!起きてた!!』
「うんまあ起きてるけども。どうしたの?」
『実は聞きたいことがあるんだけどさ。って運動不足だったりしない?』
「運動不足といえば運動不足かもね」

学生時代に比べたら、だけど。


『月1みんなで集まって運動しない?』
「ん?」
何ですかそれは。

『実はさ。最近向日の彼女が"太った岳人なんて嫌いよ!"とかいったらしくて今絶賛ダイエット中なんだよ』
「ぶっ…それはご愁傷様です」
『ハハ!やっぱ笑うよねっ…でね。向日のテンションが下がって諦めないように定期的に集まって続けさせようって話になったんだ』
「うわー耳が痛い話だね」
『あれ?も太ったの?』
「その件については完全黙秘します」
『太ってもは可愛いと思うけど。触り心地もっとよくなりそうだし』
「セクハラ!セクハラ!」
『あははっ多分日曜になると思うんだけど来れそう?』
「んー早めにいってくれれば多分。でも私が行っていいの?」



そういうのってナイーブな部分だから女の自分が入っちゃいけないような気もするんだけど。

『醜い姿を晒してやる気を出せる為だから構わないって…忍足が』
「元ダブルスパートナーは容赦ないなー」
『崖っぷちにならないとやる気になんないんだってよ』

それは気持ちわかるかも。おいしいものが目の前にあったらやっぱり揺れるもんだしね。
『俺は追い詰められても焦らない方だからよくわかんないけど』と零すジローくんに確かに君は崖っぷちでも堂々と寝てそうだよね。と思った。


「え、じゃあ何?企画したの忍足くんなの?」
『向日はそうしたかったらしいけど企画したのは宍戸』
「まさかの、」
『そ。何かスゲーやる気になってんだけど』
「何のスイッチ押しちゃったんだよ宍戸くん!」
『"みんなで集まってスポーツする"ってのが宍戸のツボだったんじゃない?』

宍戸ってみんなでわいわいすんの好きだったし。といわれて「あー」と同意の意味で返した。
見た目はクールで一匹狼みたいなとこあるけど、実際は面倒見がいい熱血兄貴だもんね。

「さすが体育の先生」
『子供相手じゃ全力だせねーってぼやいてたから向日のことガンガンしごくと思うよ』

俺だったら絶対やだ。逃げる。とうんざり気味の声のジローくんにはこりゃ大変だな、と笑った。安易に想像できたよ。ご愁傷様岳人くん。


それから何も話してないのに『具合悪そうだからそろそろ切るね。日程決まったらまた連絡すっから』といってジローくんはさっさと通話を切った。何故わかったんだろう。

声がおかしかったかな?と首を傾げたがよくわからなかったのでそのまま洗面所で歯を磨き着替えてベッドに潜った。
枕元に携帯を置いて布団を被るとまた携帯が震え出し誰だ?と表示を見た。今日は随分電話が掛かってくるなぁ。



「幸村?どうしたの?」
『…あれ?具合でも悪いの?』
「え、何でわかるの?」

ジローくんといい、幸村といい、いっそ気味が悪いんですが。『声が篭ってる』といわれたので今布団の中にいると返したら『寝るところに悪かったね』とすかさず謝られた。

「別にいいけど、どうしたの?」
『んー…特に用事はないんだけど、の声を聞いてから寝ようかと思ってさ』
「……もしかしてお休みコールしてほしいとか?」

何その弱気な発言。どうしたんだ。彼女…は今いないんだっけか。あ、それがいなくて寂しいのか?手身近な相手に手を出すのって不毛だと思うんだけどな。幸村さんよ。


『さすがに我儘だったかな?』
「別にいいけど…なに?私の見知りが何かやらかした?」

弦一郎とか赤也とか赤也とか。仕事で何か失敗をするとは思えなかったからそんな話をすると『赤也とは最近会ってないな』と返された。『生きてると思うけど』って…扱いが弦ちゃんと同じなんだけど。


「あ、そういえば、アンタ達私の職場に食べに行ったんだって?何で教えてくれなかったのよ」
『あれ?いってなかったっけ?』
「いってないよ。そんな内容のメールも電話も全然来てなかったよ」
『そっか。美味しかったよ』
「今かよ!」
『だってのシフトの日じゃない時しか空いてなかったんだよ。折角仕事着姿見れると思って楽しみにしてたのに』
「いや、見ても何もないよ。普通だからね普通」
『え、オレンジのミニスカートでメイドさんの格好してるあれじゃないの?』
「やめたげて!幸村のこと夢見てる人聞いたら泣くからやめたげて!!」
『さすがにもういないだろ』
「うそー絶対嘘ー。モテモテくんがそう簡単にモテなくなるわけありませんー」
『フフ。じゃあも俺のこと格好いいって夢見てるんだ』
「……いや、全然」

むしろ夢を見れないほどあなたさまの怖さをよく存じ上げております。そう返したら幸村は笑って『それ、しか知らないことだよ』というものだからなんて返していいのかわからなくなってしまった。



『…楽しいけど今日はここまでにしようかな。の具合が悪くなっても困るし』
「それはどうも」
『明日は休み?』
「うん。」
『じゃあ見舞いに行こうか』
「いや、大丈夫。うつしたら悪いし」
『話したくらいじゃうつらないよ』
「電話じゃね。会ったら同じ空気吸うんだからわからないでしょ」
菌を吸うのかー。それは嫌かもな』
「そこ!菌って何よ。菌って!ばい菌みたいにいわないでく…げほっごほ!」
『あーあ。いわんこっちゃない。仕方ない。お見舞いは諦めるから大人しく寝るんだぞ』
「(誰のせいだと…)わかったよ。それじゃあね」
『うん、おやすみ』
「おやすみー」
『キツくなったらいつでも連絡してこいよ』

そういって通話が切れた。ツーツー、と聞こえる電子音を聞きながらはしばらく固まったまま動けなかった。この弱ってる時に何爆弾落としていくんだ。あの神の子は…っ


「ああもう!」


勢いよく身体を倒すと脳が思ったよりも揺れたらしく痛みと気持ち悪さが一緒にきたがそれを耐えるように腕を顔の上に置き「あー」と唸った。


不意に突き刺された言葉は胸の奥の方まで沁み込んで、無性に泣きたくなって困った。
嬉しいけどでも困るんだよ。心が揺れて波紋が広がっていくから。昔の自分を思い出すから嫌なんだ。お願いだから不用意に優しくしないでよ、幸村。





2013.10.30
2014.04.13 加筆修正
2015.12.17 加筆修正