You know what?




□ 74a - In the case of him - □




カラリと引き戸を開け外に出ると少しだけ冷たい風がの肌を撫でる。日が落ちるとちょっとだけ秋を感じれる気温だ。

「御馳走様でしたー」
「いきなり押しかけてすまなかったな」
「そんなことないって。久しぶりに会えて良かったよ」
「また遊びに来るからね」
「ああ。いつでも来てくれよな」
「やった!じゃあ今度は後輩達と来ますんで!よろしくお願いしまっす!!」
「…桃。俺は親父じゃないからサービスはあまりできないからな」

豪快に食べる気満々の桃ちゃんにさすがの河村くんも顔を引きつらせたのは言うまでもない。
あの後連絡をしたら桃ちゃんが捕まり、その時たまたま連絡していたらしい不二くんも捕まって、だったら河村くんちに行こうとなって夕飯は豪勢なお寿司になった。

回らないお寿司屋さんは滅多に入らないとしては正直ビクビクものだったが河村くんのお父さんがとてもいい人で大量にサービスしてくれたり事情を知っていた手塚くんや不二くんにも多めにお金を出してもらったりして至れり尽せりな待遇を受けたところだ。


「んじゃ、先輩!俺達はここで!」
「ちゃんと真田を送ってくよ」
「うん。ごめんね」

呼び出したタクシーが来て不二くん達の間で抱えられてる弦一郎を見て苦笑混じりにお願いした。タクシーに大きな身体を押し込み、ぐったり眠り込んでる弦一郎を見やったは泊まってるホテルと部屋番号を桃ちゃんに渡して顔を上げた。

「手塚もさんのことちゃんと送り届けるんだよ」
「…わかった」
「それじゃ、また飲みましょうね!」

軽快に笑う桃ちゃんにはその時は弦一郎を誘うのはやめておこう、と心底思ったのは内緒である。



同じ道に進んだにもかかわらず意外と手塚くんと話せていない弦一郎の為にセッティングした夕飯は、不二くんが煽り桃ちゃんを巻き込んで飲み比べを始めてしまった為、気づいた頃にはすっかり潰れてしまっていた。

さすがに1人で弦一郎を送ることができないので誰か一緒に、と思っていたら俺達のせいですから、といって2人が申し出てくれ、は手塚くんに送られることになったのだ。


「手塚くんごめんね?弦ちゃんクダ巻いちゃって」
「そんなことはない。真田が弱いだけだ」
「……いや、不二くんと桃ちゃんが激強なだけだから」

親戚の中でも真田家はお酒に強いはずなのに、お祖父ちゃんとお父さんとお兄ちゃんに鍛えられてる弦一郎が最初にダウンってありえないだろ。
ケロリとしていた青学OB2人を思い出し遠い目をしていれば「不二は俺達の中で1番酒豪だからな」と手塚くんがダメ押しをしてきた。そんな気は薄々してました。

「それに、不二はこうなることを狙ってそう仕向けたんだろうしな」
「…え?」
「いや、こちらの話だ。それよりも、電話は大丈夫だったのか?」
「ぅえ゛?!………う、うん、まあ」

ぼそりと言われた言葉に首を傾げたが手塚くんは話題を変えてきてを詰まらせた。
丁度飲み比べが始まったくらいに見知らぬ番号から電話がかかってきたのだ。


誰だよこれ。ていうかこれ桁多くない?と怖がって無視をしていたのだがその後何度かかってくるので仕方なく店の外に出て応対してみたら聞き覚えがありまくる声にギクリとしたのは言うまでもない。



「私、番号教えましたっけ?」
『アーン?んなの調べたに決まってんじゃねーか』
「めちゃくちゃ個人情報ですよね?!本気で訴えますよ?!」
『…これでも一応先にメールしたんだよ。それも返ってこねーから電話したまでだ。この時間に寝てたわけじゃねーだろ?』
「そりゃ、そうですけど…(メアドも教えた記憶ないんだけど…)」

相変わらず怖いことするな、とドン引きしていれば、携帯の向こう側でなにやら言いよどむ声が聞こえ、それから『元気か?』と社交辞令的なことを聞かれた。


「(というかそれ、1番最初に聞くことじゃ…)元気ですけど…そちらも元気そうですね」
『まぁな。んで、今何してたんだよ』
「え……………外に居ます」
『何だその間と、大まか過ぎる場所は』
「そっちこそ今どこなんですか?」
『いえねぇ場所にいんのかよ。まさか変な奴に絡まれてるんじゃねぇだろうな?』
「ち、違います。友達とご飯食べてるんです!それよりそっちはどこにいるんですか?」
『……あー……部屋、だな』
「(んん?)……そっちって確かアメリカでしたよね…?」
『ああ』
「時差ってどのくらいでしたっけ?」
『……忘れたな』
「今何時ですか?」
『……』
「今すぐ答えないと切りますけど」
『…3時半過ぎたとこだ』
「はぁ?!何やってんですか!早く寝てくださいよ!!」


明日平日なのに何やってんのこの人!忙しいくせに夜更かしするんじゃありません!!と面と向かってないせいか、それとも度数の強いお酒を飲んでたせいか思ったよりも強気に返せば『仕事が長引いてたんだよ』と返された。

だったら余計に早く寝るべきだろう。そういってやれば何故か黙り込まれてしまい、一瞬怒ったのかと構えてしまった。



『ただ何となく、お前の声が聞きたかったんだよ』
「……へ?」
『べ、つに他意はねぇぞ。メールにも送ったが、出張が短期で済みそうだからな。そのついでに電話しただけだ』
「はぁ…あ、え?いつ帰って来るんですか?」
『…お前、マジでメール気づいてなかったんだな』
「……スミマセン、」

電話越しに溜息を吐かれなんともいえない罪悪感を覚えたが『1週間後だ』といわれ更に微妙な気分になった。
1週間後には自由がなくなるのかー、とか、跡部さん帰って来るならレシピ見ておかないとなー、とか。困ってるのか料理が作れて嬉しいのかよくわからない、ないまぜな感情だ。こんな感情はきっとあの変態メガネのせいだ。


「あの、」
『…何だ?』
「……(もしかして私の料理が恋しくなっちゃいました?)……イエ、ナンデモアリマセン」
これじゃただの高慢ちきな人間の台詞だろ。

『?そうか。じゃあそろそろ切るか。どの友達かわからねーが待たせてるんだろ?』
「あーはい。それじゃ、気をつけて帰ってきてくださいね」
『っ……ああ』
「?あ、それからもう寝てくださいよ」
『わかってる』
「では、おやすみなさい」

振り返るとすりガラスのドア越しに明るい光と騒がしい声が聞こえてくる。どうやら桃ちゃんと弦一郎が一気飲みをしているらしい。早く行って止めなくては。その勝負2対1なんだよアンタ。不利なんだよ、気づけよ弦ちゃん。

そんなことを考えながら普段友達とかにいうように普通に「おやすみなさい」と口にしたのだが跡部さんは物凄く間を開けた後に『ああ、おやすみ』と消え入るような声で返して通話を切った。
まるで、テレビの中継で音声が遅れて届くような、それくらいの間に首を傾げたがは構わず携帯を仕舞うと冷えた腕を擦って引き戸を開け店内に戻ったのだった。



今思い返してもあの時だけ時差が出来るとは思えないんだけどな…。もしかしてあの時跡部さんは一瞬寝てたんだろうか?そんなことを考えてながら歩いていると急に手を引かれ、驚き相手を見やった。

「手塚くん?」
「…。お前も少し酔ってるぞ。そっちは車道だ」

危ないぞ、と引っ張られ足元と目の前を見れば確かに車道に向かって歩いているところだった。
夜とはいえ、大きめの道路には車がそこそこ多く通っている。
歩道を歩いてるから途中で気づくかもしれないが、しっかり歩いてると思っていたとしては驚きを隠せない。そんなに飲んだつもりなかったんだけどな。

「やはり止めておけばよかったな」
「え、そんなに飲んじゃってた?」
「…飲んでいたと思うぞ。不二達に煽られて呑むペースも早いようだったしな」
「あー…」


それは確かにそうかも。楽しかった、というのが前提だけどいつもより飲む量も速度も早かったかもしれない。あはは、と頭を掻いたは「気をつけまーす」と歩き出せば足がたたらを踏んで手塚くんにぶつかってしまった。

「…あーごめん。痛くなかった?」
「痛くはないが…手は離さない方がよさそうだな」

思ったよりも勢いよくぶつかった気がして寄りかかったまま見上げれば、呆れ顔の手塚くんと目が合った。

「あれ、手塚くんも酔ってる?」
「……酔っていない」
「えーでも、」
「いいから歩くことに集中しろ。そっちは植え込みだ」


と目があった途端勢いよく逸らされ歩き出す手塚くんに引っ張られ、は首を傾げた。街にいるのもあって街灯の数も多いから手塚くんの顔がよく見える。その顔が酔ったように赤く見えた気がしたんだけど彼はそっぽを向いたまま否定してきた。

それはどこか照れてるように見えて顔を覗き込もうとしたが、回り込もうとした足は大幅に逸れて手塚くんにまた手を引っ張られた。およよ、足元がおぼつかない。



ぎゅっと心配そうに握る大きな手を握り返し「もう、手塚くんは心配性だな」と笑えば彼は眉をひそめた顔でこっちをチラリと見、それから何も言わずぐいっと手を引っ張ってくる。またぶつかるくらい引き寄せると「帰るぞ」といって歩き出した。


「手塚くんってやっぱやさしーよねー」
「…別に誰にでも、というわけではない」
「そうなの?女の子にはみんな優しいんだと思ってた」
「…不二や菊丸にはもう少し優しく接しろと口煩くいわれていたが」
「じゃあ、海外に行って丸くなったんだね」
「……は、最初から俺を怖がったりしなかっただろう」
「あーそりゃあ、似たタイプが近くにいたし」

昔々に仲違いをした時期もあったがそれはお互いの勘違いであったし今は無効になってるので2人共思い出すことはない。それからお酒の力もあり、上機嫌にニヤリと笑えば手塚くんは眉間に皺を作って「嬉しくない話だな」とストレートに返してきた。弦ちゃん可哀想に。


「その優しさが跡部さんにもあればなー」
「…跡部がどうかしたのか?」

「それがさ、聞いてくれる?!面倒なことに家政婦やらされててさ!といっても今は海外出張なんだけど…家が隣だからってご飯作らせるっておかしくない?」
「今住んでる隣が、そうなのか…?」
「そうなの!それ知ってたら榊さんの厚意でも受けなかったのに!ていうか、そもそも跡部さんの舌に見合う食事なんか作れるわけないじゃん!っていうね!!」
「(付き合ってる…というわけではなさそうだな)……本気で嫌なら、そうはっきりいった方がいいんじゃないか?回りくどいと跡部も気づかないと思うぞ」
「ん、んー…そうなんだよねー」

家政婦、と聞かされた手塚くんは僅かに目を見開き、握っていた手の力も増したが、丁度歩道を越えて植木に足を突っ込みそうになっていたを引き戻そうとしてるのだと勘違いした為、は慌てて引き返した。


手塚くんを伺い見れば心配そうにこちらを見下ろしている。まるで、跡部さんに虐げられ苦悩してるんじゃないかと思ってそうな顔ぶりだ。

その顔を見てハッと我に返ったは「そ、そこまで大変じゃないんだよ!」と何故かフォローをしてしまった。内心、この微妙で面倒なお隣同士の関係をどうにしかしたいと思ってたんじゃなかったのか?とつっこんだのはいうまでもない。



しかし手塚くんの隣を歩きながら、ふと考えてみた。
跡部さんに食事を作ることが本気で嫌なのだろうか?

その"本気"という言葉が妙に引っかかってもまた眉を寄せた。


「…いいづらいなら俺からいうこともできるが」
「え?!それは悪いよ!!ていうか、"何手塚を使ってやがる!!"て怒られるだろうし!手塚くんにも悪いし!」
「俺は、構わないが…」
「いやいやいや!手塚くんに不快な思いをさせたくないし!」

ケンカに発展…なんて、するはずもないけど跡部さんのことだから皮肉か嫌味の1つや2つはいいかねない。そしてその後に私への当たりも強くなりそうで怖い。

手塚くんを巻き込むわけにはいかない!と首を思いきり振ればとても寂しそうな顔をされた。手塚くん、やっぱり海外に行って随分表情豊かになったよね!何だか母性本能が刺激される感じがしますよ。その特権リョーマくんだったのに!

「多分大丈夫!まだ本気で嫌だー!って思ってないし!………あ!あーでも、マジで困ったらまた相談するかも!…そ、その時は…いいかな?」

口にして、そうなのか。と思ってしまった。

私、本気で跡部さんにご飯作るの嫌だって思ってないんだ。まぁ、けちょんけちょんに貶されないしな。職場の方が死にたくなることがしばしばあるくらいだ。
それから悲しい顔をしてる手塚くんに精一杯の笑顔で見上げれば彼は酔った顔でふわりと微笑み「わかった」と頷いたのだった。



******



彼は卒業して更に意味不明な人間に育ったらしい。

今日はある奴に急に呼び出され、指定されたバスケットコートがある公園に来ていた。とある場所で立ち止まったはぐるりと見渡した光景に溜息を吐いた。どこが素晴らしくわかりやすい待ち合わせ場所だよ。ナビなかったら完全に迷子だったよ。

どうやら彼も東京に住んでるらしく、この待ち合わせ場所も初めてでもすぐにわかる!と太鼓判を押されて来てみたのだが、見渡す限り住宅街だった。
こういう場合って大きな駅を指定するんじゃないだろうか。これだったら渋谷とか新宿とかにしとけばよかったよ。


はぁ、と溜息を吐けば視界にいかにもな長身の人達がわんさかと見えた。住宅街の中にある公園はそこそこ大きくて、片面だがバスケットコートもあった。

ダムダムとボールを鳴らすのも勿論バスケットをしてるからだがプレイしてる子達を見てるとどうにも高校生には見えない。高校生、と思えたのは制服だったからだ。つか、髪の色派手だな!!朝の子供番組に出れそうな色が揃ってるんだけど。あれで中学生だったら私は泣く。怖い。


どこかでみたことありそうな金髪ピアスがチラチラとこっちを見てくるのでなるべく関わらないように顔を逸らして待ち合わせの相手を待っていると奴は時間を20分ほど遅れて登場した。
相変わらずのルーズっぷりだなおい。自分を見つけても急いで走ってくる様子もない。

しかもこっちもこっちで相変わらずな色だし。…まぁ、彼の場合は正義のヒーローというよりヒールな悪役だろうけど。

「おっそい!大事な用があるからすぐ来てくれっていったのそっちでしょ?!」
「おーすまんかったの。靴紐のちょうちょ結びがうまくできんくてな。あとことごとく信号に邪魔されたき」
「アンタはイタリア人か!」


それイタリアの遅刻の言い訳名言集で聞いたことあるぞ!!
げんなりとした顔で肩を落とせば相も変わらず綺麗な銀髪を揺らす仁王は「久しぶりじゃのー」と間延びした声で笑んだ。ああ、何か更に色気増してるんだけどこの人。

「ん?なんじゃ、俺の顔に何かついとるか?」
「イイエ。ナンニモ」
「ほぅ。だったら見惚れてたか」
「ちげーよ」



ニヤッと口元を吊り上げる仁王に大きな溜息を吐いたは「用がないなら帰る」と背を向けた。

ぶっちゃけ場違いとしかいいようのないここから早く脱出したいのだ。バスケットコートでは更に大きな人達が増えて、なんでか赤頭と色黒の2人がケンカを始めてるし。誰も止めないし。変なとばっちりを受ける前に逃げ出したいと思うのは当たり前の心理だろう。

そう考えていたのにの足取りは限りなく重かった。

それもそのはずで、振り返ればにんまりと悪戯っ子の顔の仁王がの手をがっちり握っている。むしろ俺を引っ張れといわんばかりに自ら動こうとしない。「なんなの、何の用事なの?」と眉を寄せ聞いてみれば「映画観に行かん?」と彼は可愛く小首を傾げた。




詐欺師入りましたー。
2013.11.03
2014.05.01 加筆修正
2015.12.17 加筆修正