□ 75a - In the case of him - □
「つか、何が悲しくて3Dでゾンビ映画見なきゃならんのよ」
イジメですか。とうんざり気味にテーブルに突っ伏せば「この手の映画は慣れてしまったようじゃのー」とさも残念そうに零した仁王がずずずーとジュースを飲んでいた。
彼につれてこられた映画は無駄に予算をかけたが日本人の好みには合わない映画だった。
口コミ評価でもBとかC級扱いのゾンビ映画はCGをふんだんに使ってるせいで内臓が毒々しいほどリアルだったり、3Dのせいで肉片や首がぽんぽん飛んできて客席のいたるところで悲鳴が上がっていたのはいうまでもない。
かと思えば内容はほぼないに等しく監督はただ飛び散る肉を描きたかっただけなんだろうな、としか感想が出てこなかった。よくもまあこんな映画を公開する気になったもんだよ。
そんなこんなで映画館を出た達は近くにあったファーストフード店に入り、飲み物を買ったまでは良かったが手をつける気になれず顔をべったりテーブルにくっつけていた。
脳裏に残ったゾンビやら人間やらの肉片がグルグルと回って正直気持ち悪い。見るんじゃなかった、とうんざりしていると頭の上にカップを置かれた。犯人は勿論仁王である。
「慣れてないよ。ただあそこまでスプラッタやられると途中から麻痺してどうでもよくなってただけ」
「確かにスプラッタを見せればいいというわけでもないな。俺も飽きて途中から寝てたぜよ」
「寝てたのかよ…!」
「まぁ、最初からそんな気はしてたんじゃ」
「…おい、」
じゃあ何か?真面目に見てたのは私だけなの?何で誘ったのよ!お金勿体なかったじゃない!
恨みがましい目で仁王を見上げれば彼はチェシャ猫のようににんまり笑って空いてる方の手で頬杖をついた。いい加減、私の頭の上に置いてるカップよけてくれないかな。
「久しぶりに悲鳴を上げたりビクついたりするが見たくての。それで選んでみたんじゃ」
「…楽しみ方が捻くれてるんですけど」
「ボロ泣きしちょるが見れんくて残念だったのぅ」
「……」
こいつ、首絞めてやろうか。「ビクついて前の席を蹴ってあたふたするお前さんは面白おかしかったの」とニヤニヤする詐欺師に少し殺意が沸いた。寝てたんじゃないのかよ。
「…仁王に付き合うと、ろくなことないよね」
「そこが俺の魅力ぜよ」
「ぶっぶー。それが通じるのは学生までですー」
大人になったらむしろ付き合ってるこっちの優しさが素晴らしいんですー。
いい加減カップを避けたまえ、と手を振ったが奴は手をどけるどころか逆にカップを頭に押してきた。
「痛い痛い痛い!ちょ!何すんのよ!跡がついたらどうすんの?!」
「そういえば学生の頃はこうやってお前さんを弄り倒すのが日課だったのー」
「思い出さなくていいよ!」
「いやいや大事な思い出ぜよ。こうやって動けないように押さえつけてこの氷を背中に入れたこともあったの」
「ぎゃー!やらんでいいから!!そんな若気の至りしなくていいから!!」
放せー!!うなじ辺りにヒヤッとしたものが当たり、ぶるりと震えたは慌てふためき無理矢理起き上がった。その際、ジュースが零れる、ということを頭を上げた時に思い出したがその辺は仁王がしっかりジュースを守ったようで余裕顔でストローに口をつけ飲んでいた。
うなじに触れたのも氷ではなく濡れた指だったらしい。開いてない蓋を見てわかったがまたからかわれたことに溜息が出た。そうだ。そうだった。仁王ってこういう奴だった。
身の危険を感じたとはいえ、騒いで注目を浴びてしまったは注がれる冷たい視線から逃げるように縮こまった。仁王の挑発には乗らないってあんだけ決めてたのに。今更思い出してももう遅いが後悔せずにはいられない。
とりあえず視線がなくなるまで髪の毛で防御壁を作っていると飄々とした顔で残り少ないジュースを飲んでる仁王が目に入った。
とは逆に視線なんてなんのその、な彼に諦めに似た溜息が零れる。こういう時の仁王ってマジ尊敬するわ。
「…んで、用事ってマジでこれだけだったの?」
「まぁの。お前さんの生存確認もかねてな」
「私はどこかの保護動物か」
「似たようなもんじゃろ。卒業したらあっさり音信不通になった上に、番号変わっても連絡ひとつ寄越さん。生きてるか死んでるか聞かれても仕方ないと思うがの」
「あー…」
耳が痛い話だね。
「高校が終わった途端、全部放棄しおって。この前丸井らに会ったがあいつらも『友達がいのない奴だ』といっとったぞ」
「げ。…い、いや、全部ではないよ?弦ちゃんとか幸村は繋がってるし」
「あとは皆瀬じゃろ。お前さん、どんだけ立海のテニス部と関わってきたと思っとるんじゃ」
「……(何か、仁王にいわれるとちょっと屈辱…自分だって放浪癖あったくせに)…あいた!」
「何が俺にいわれると屈辱だ、ぜよ。驚いた顔をしても許さん。お前さんが考えてることはまるっとお見通しじゃ」
どんだけ一緒にやってきたと思っとるんじゃ。むにっと頬を引っ張られたは不細工な顔のままで眉を下げた。こんな台詞はおよそ仁王から出るものじゃない。むしろ集団からよくはぐれる彼に自分が言っていた言葉だった。それをそのまま返されて不覚にも返す言葉が思いつかなかった。
「ごめん、」
「遅すぎじゃが……許してやらなくもない」
「…どうすればいい?」
「そうじゃのー………ああ、これを貰おうかの」
しょんぼりとしたまま彼を伺えば、仁王の手はすんなり頬から離れた。彼が仲直りの印に要望してきたのはが買った飲み物で、大分時間も経っているしぬるいかも…と危惧したが彼は淡々とそれを口に含みごくごくと飲み干した。飲み干した?
「…何故一気飲み…」
「どうせならお前さんが買いに行くついでに俺のも買って来てもらおうと思っての」
パシリよろしくナリ。と悪戯っ子のような顔で笑った仁王には脱力した顔で笑い返した。本当、からかってるようで実は気遣ってるところも相変わらずだよね。
でも確かに、卒業式を皮切りに繋がりを粗方切ってしまったから何人かに不信に思われててもおかしくはない。付き合ってることはいつの間にかみんなにバレてたからなんとなく察してくれてる人もいるだろうけど大半は意味不明に思ってることだろう。
そこまで友達が多かったわけじゃないがマメな人は結構いた気がする。ずっと放置してた私を見かねて様子を見て来いと仁王に打診したのかもしれない。
そう考えたらこそばゆいやら嬉しいやらで鼻がツンと痛くなった。
やだなー。火事に遭ってもこんな簡単に涙腺緩まなかったのに。
幸村と再会した時だってギクシャクしたけどこんな風に嬉しくて泣きたい気持ちにはならなかった。
ああもうバカだな私。目先の恐怖に囚われて大事なことを見落としてたよ。
「ごめんね。仁王」
「…別に謝られるようなことはしとらん」
むしろ怒られるようなことはしたがの。との心を見透かすような言葉で仁王はニヤリと笑った。そうだった。仁王はこうやって素知らぬフリをしては助けてくれた。
「ありがと、仁王」
彼に応えるようにそんな言葉が自然と出てきてふわりと微笑めば、仁王もはにかむように優しく微笑んでくれたのだった。
******
仕事も終わり、部屋に帰ったは行儀悪くソファに座ってだらけていた。今日は跡部さんに用事があって夕飯を作る必要はない。用事と言われただけで何があるか聞いていないが実はその用事を知ってる為はカレンダーを見て溜め息を吐いた。
「もしもし?ジローくん?」
そこへ電話が鳴り出し、応対するとあちらも眠そうな声で『やほー』と返してくる。どうしたの?と聞けば『やっぱ行かなかったんだ〜』と主旨なく零された。
「行かなかったって?」
『跡部のパーティーに決まってんじゃーん』
「…呼ばれてもいないのに行くわけないじゃーん」
そっちこそ行ってないんでしょ?といってやれば『あんな面倒クセーパーティー行かねーって』とケラケラ笑ってくる。まぁ何か目的がなければ肩身が狭いパーティーだろうけど。
『どうせいるのは樺地と鳳と滝に忍足くらいじゃね?あ、忍足はコネ作りね』
「コネ作り!」
してそう!と笑えば『向日と宍戸もああいうとこ苦手だC〜』というジローくんに確かに、と頷いた。
お祭り騒ぎは好きだろうけど家が関係してるパーティーは好みじゃないだろう。
本日10月4日は跡部さんの誕生日である。アメリカ独立記念日並に自分に関係ないのに覚えてしまったのは跡部さん所以だろうか。
知ってはいたが、本人から聞いていないのでプレゼントを用意していない。そういうパーティーに縁のないには想像しかできなかったがとりあえず凄くて大変そうっていうのは分かっていた。
『でもさー跡部に飯食わしてんでしょー?』
「ていっても召使いくらいの位置だけどね」
『今日は作ってねーの?』
「今日はいらないっていわれたよ?帰っても来ないんじゃない?」
忍足くんと話した時、このマンションは隠れ蓑の代わりらしく世間がおとなしくなるまでの期間限定らしい。見つからないように数あるマンションやら家を点々と泊まってるんだといっていた。
その割には頻繁に御飯を作ってる気がするけど。食べ終わった後また移動して寝てるんだろうか?面倒そうだな。
その世間も最近はめっきり別の話題で持ちきりなのでそろそろ家に帰れるんじゃないだろうか。と思っている。
『それはないと思うけどね〜』
「そうかな?家の方が落ち着くんじゃない?」
『そうかもしんねーけど、今はそっちの方が住み心地E〜と思うよ』
「ふーん。まあ、伸び伸び暮らせるもんね」
『(…まあいっか)うん、そうそう』
1人で全部やらなきゃいけないから大変だけど、その分怒られることも縛られることもないから楽といえば楽だ。変な間が開いたジローくんが少し気になったが『でもまた跡部の話できてよかったわ』といわれ、目を瞬かせた。
『もう一生跡部の話できねーかと思ってたし』
「そうなの?でもジローくん跡部さんの名前ちょこちょこ出してたよ?」
『そうだっけ?』
「そーだよ」
『…まーいいじゃん!実はさ、に話してない跡部のスッゲー面白い話がたくさんあんだよ!!』
ジローくんに言われる度にどんだけ心臓に負担がかかったのかわかっているのか?そう思ったがマシンガンのごとく話しだしたジローくんにわかってないんだろうな、と苦笑して、まあいっか、と彼の面白話に耳を傾けた。
ジローくんが寝落ちするまでお喋り倒したら時間は深夜の2時40分を回っていた。
流石にもう寝ないとまずいな、と思い慌ててシャワーを浴びて寝る準備をしていると施錠の確認の際、玄関の方に妙な気配を感じた。
そういう第六感的なものは何もないはずなんだけどなんか気になって恐る恐るドア穴から外を覗いてみたら何か悩んでる男性が1人立っていて思わず目をこすって見直した。見間違いではないらしい。
何で泊まらなかったんだろう、と思いながらドアを開けると相手は物凄く驚いたらしく目に見えるほど肩を揺らした。
「お、起きてたのかよ…」
「はい。どうしたんですか?こんな時間に」
「…いや、」
なんでもない、と言おうとした跡部さんを遮っては彼を部屋の中へと引き入れた。思ったよりも声が響いていたから近所迷惑になると思ったのだ。しかも入ったら入ったでどこからともなく『ぐぅ』という音が響き目を瞬かせた。跡部さんを見上げればバツが悪そうに視線を逸らしてくる。
先程ジローくんが話していた跡部さん失敗談のせいか余計に笑いがこみ上げてきても顔を逸らしながら「残り物とお茶漬けくらいなら出しますよ」と返した。
「座るならその高そうなジャケットは脱いだ方がいいですよ」
「…ああ。そうだな」
「どこかのパーティーだったんですか?」
ぐったりとソファに座り込む跡部さんに苦笑して素知らぬ顔で質問すると彼はジャケットを脱ぎながら「俺の誕生パーティーってやつだ」と気怠げに返してきた。それはそれは、おめでとうございます。とキッチンの方から頭を下げれば「もう過ぎちまったがな」と鼻で笑った。確かに。
「いいですねー。私も昔、友達同士で誕生会しましたよ。ああでも跡部さんのところはもっと規模が大きいんですよね?」
「ああ。顔もろくに知らねー奴も来てたりしたからな。挨拶で手一杯で食べることもできねぇ」
「それは大変でしたね。じゃあ夕飯らしい夕飯も食べてないんですか?」
きっと美味しい料理が並んでいただろうに。「勿体なかったですね」と残念がれば「どっかの宍戸みたいだな」と笑われた。宍戸くん、いわれてますよ。というかそこまで食いしん坊キャラじゃないですよ私。
「っつってもお前、そういう場所好きじゃねーだろ?」
「えっ…?」
丼にお湯を注いでいたらそんなことをいわれ、今なんて?と聞き返すつもりで思わず振り返った。振り返って飛び散ったお湯が指にかかった。
「あちっ」
「!大丈夫かよ」
「あー大丈夫です」
丼は死守できたが指がかなり熱い。顔を上げた跡部さんに手を振って冷ましながら丼をテーブルに置くと「バカ。冷やすのが先だろうが」と立ち上がった。そして跡部さんはの手を引っ張るとシンクの前まで連れて行き大量の水を流した。
「え〜でも早く食べないとお茶漬けじゃなくてねこまんまになりますよ」
「…なんだよ、ねこまんまって……」
未知の名前に眉をひそめた跡部さんだったが「食いもんにはかわりねーだろ」と変に納得しての手に視線を落とした。跳ねた水は跡部さんの手も濡らしていく。
の手首を掴む感触とコロンの匂いに懐かしさと古傷の痛みが込み上げてきたが視線を逸らすことで見なかったことにした。
「でもよかったじゃないですか、祝ってもらえる分だけ。大人になるとどんどんそういう機会減りますから」
「お前はやらねーのか?」
「…自分の誕生日に跡部さん規模のパーティーなんかした日には赤字ですよ」
何恐ろしいこと言ってんですか。友達数人ならともかく跡部さんの言うパーティーは間違いなくどっかの会場を貸し切っての催しだ。そんなの芸能人でもなければ用がないっての。
「…友達とはしないんですか?小ぢんまりとした感じので」
「多分するんじゃねーか?お祭り好きな奴が影でコソコソ練ってるみたいだしな」
ありゃりゃ。しっかりバレてるぞジローくん。先程の電話でサプライズパーティーの計画を聞いたんだけどサプライズじゃなくなってるな。
インサイトか何かだろうか?もしくは毎年恒例なのか?そんなことを考えていたら、ジローくんが教えてくれた爆笑物のサプライズパーティーの話を思い出しぶふっと吹き出した。
「?どうした?」
「い、いえ、なんにも…それよりもう大丈夫ですよ」
肩を震わすを訝しがった跡部さんが覗き込んできたが見たら笑ってしまいそうだったのでちょっと待ってくれと手で制した。
大きく深呼吸して心の準備を整え振り返ったもののやっぱり可笑しくてニヤニヤしてると跡部さんに眉を寄せられてしまった。
「なんだよ。何か言いたいことがあるならいえよ」
「いえいえ。ホラ、お茶漬け冷めちゃいますから」
タオルを渡し、手を拭く彼の背中を押すと跡部さんは仕方なさそうに息を吐いて席についた。
跡部さんがお茶漬けを平らげた頃には4時近くになっていて瞼も大分重く感じた。空もそろそろ白ずんでくる頃かな、なんて思いながら彼の後ろを玄関先までついていく。
中学生の頃も大きいなって思ったけど大人になって更に大きくなったように見える。体格では樺地くんの方が随分大きいからきっとそう思うのは安心感、なのかもしれない。
「んじゃ、またな」
「今日の夜も来るんですよね?」
「ああ、そのつもりだが…嫌か?」
「嫌だっていっても来るじゃないですか」
さすがに学びました、と呆れれば彼は笑って「今日は早く来るつもりだ」と予定を告げてくる。そんな彼に「あんまり遅いとご飯抜きですから」と笑い返せば、笑みを作っていた跡部さんが急に真剣な顔になってを見つめてきた。
「?あ、とべ、さん…?」
あまりにもまっすぐ見つめてくる視線にも笑いを引っ込め伺うと彼の手が伸びてきての頭を髪を梳くように撫でた。その感触にぞくりと背筋を震わせたが跡部さんは目を細めるだけで指に絡めた髪を放そうとしなかった。
「…ゴミ、ついてたぜ」
「…………え、え?あ、はい。すみません」
何だ、ゴミがついてたのか。そう思いながらも何となく腑に落ちないままでいると、跡部さんも何故かゴミをとってくれたはずの手を未だにの髪に絡めていた。
「あの、跡部さん…?」
「…ああ。おやすみ、」
動くに動けなくて困った顔で跡部さんを見上げれば彼はハッと我に返ったように慌てて髪を放し、そしての頬に指先を掠めていった。
パタンとドアが閉められ、隣のドアの開閉音がこちらまで聞こえてくる。その音の余韻もなくなった後もはその場から動けなかった。
まるで魔法をかけられたかのように手足が、身体が動かなかった。な、なんだったんだ今のは。
全身に走った電気信号に声にならない声が漏れる。跡部さんに触られたから、なのか?何なの、これ。
自分に起こってる状況がわからなくては今にも走り出したい衝動を無理矢理押さえ込むように、ぎゅうっと握り拳を作ったのだった。
2014.04.26
2015.12.17 加筆修正