□ 77a - In the case of him - □
「何を見ていたんだ?」
「手塚くん達の思い出」
手元を覗き込む手塚くんにニヤリと笑えば彼は少しだけ眉を寄せ「そんなものを見て楽しいか?」と不思議がった。
「そりゃ見知りの写真だし楽しいよ。可愛い頃の手塚くんも見れたし」
「可愛い…」
「大人になったよねー。中3で」
加速的な成長だよね。と笑えば益々眉を寄せた手塚くんが「今は年相応になったぞ」と言い返してきた。お、強くなったな手塚くん。
確かにねと同意すれば「随分酔っているようだな」と水を勧められた。どうやら私は普段そういう風にからかってこないのだという。いえいえ、口にしないだけで思ってはいますよ。
「この頃ってまだ1年生だった頃だよね?」
「ああ。都大会のはずだ」
「何かレギュラージャージじゃない手塚くんって新鮮だよね」
「…と初めて会った時もレギュラージャージではなかったぞ」
「そういえば初めて会った時もこんな顔だったっけ」
一瞬何の話だ?という顔をしたら手塚くんに「真田と対決した時だ」といわれようやく思い出した。そういえばそんなこともありましたね。そしてあの頃は弦ちゃんも手塚くんも顔が幼かったなぁ、なんて思い出していたら、手塚くんが不機嫌そうな顔で迫ってきた。
「…は、幼い俺の方が好みなのか?」
「え?何で?」
「執拗に比較するからだ」
やべ、怒らせた?と焦ったが不貞腐れるように零す手塚くんに思わず笑みが浮かんだ。手塚くんも酔ってみたいだ。だってこんなにも表情が豊かなんだもん。押し潰すようにべったりくっついてくる手塚くんを押し返しながら「誤解だよ」と笑うと彼は困ったように眉を寄せてくる。
「こんな可愛い子からよくもまあこんなイケメンに育ったなって思っただけだって」
「……」
「弦ちゃんも老け顔ってよくいわれてたけどパーツは悪くないしさ、それに可愛いとこもそれなりにあったし」
勿論手塚くんにもね。
でかい図体の割に可愛いところがあるから憎みきれなかったんだよな弦一郎は。手塚くんの場合は本当この人はいい人だなーって思ったけど。
そんなことを考えつつ「どっちにしろ格好いいんだからいいじゃない!」と微笑めば彼はなんともいえない顔でくっつけていた部分を離した。お酒のせいか思ったよりも冷えていく腕を気にしていると「」と手塚くんに呼ばれた。顔を上げれば少し潤んだ切れ長の瞳で見つめてくる手塚くんと目が合う。
「俺も、の子供の頃の写真が見たい」
「え?」
「俺だけ見せるのは不公平だろう?だからお前の写真が見たい」
「そんなもの見ても楽しくないと思うけど…」
「その言葉をそっくりそのまま返そう」
俺は楽しい。まだ見てもいないのに何故か豪語する手塚くんには相当酔ってるのではないか?と思った。私の過去の写真なんてたいして面白くないんだけど。
「物好きだね」
「どういわれようと構わない」
だから見せろ、という手塚くんに仕方ないなぁと思って次回何かの際に見せることを承諾した。
「見て絶対後悔すると思うけど、文句いったら絶交だからね?」
「いうわけがない。俺が見たいといったんだ」
「…その言葉、覚えといてよ?明日お酒抜けたらもう1回聞くから」
「何度聞いても同じことだ。それにもう酔ってはいない」
「うっそだー。飲み比べとか結構ちゃんぽんしてたじゃん」
「さすがにもう抜けたぞ」
河村くんのお父さんに勧められて結構飲んでたはずなのに?もしかして隠れ酒豪なのか?と驚愕してると「不二達程ではないがな」と返され驚愕した。マジでか。
「そろそろ戻るか」という手塚くんを羨望の眼差しで見上げると振り返った彼がごく当たり前のように手を差し伸べてきたので思わず握ってしまった。紳士がここにいる…!
「そういえば、一緒に飲んでたハーフの友達はどうしたの?みんなと一緒?」
「いや、帰ったぞ」
「へ?」
もしかしてその子が気になってきたとか?美人だったもんね。誰かに狙われるかもね。と紳士な手塚くんに彼女のことを思い出して聞いてみれば、手塚くんがさも当たり前のように遅くなる前に帰ったといってきた。
どうやらこの部屋に来る時に帰したらしい。え、送らなかったの?と驚けば橘くんがその役を買って出たそうだ。
「確かに1人で帰るよりはいいけど…いいの?」
「?何がだ?」
疑問に思うを不思議そうに見返す手塚くんにあれ?と首を傾げた。
手塚くんまさか気づいてないとか…?どう考えても興味深々だったと思うんだけど、あのお姉さん。
牽制するようにずっと手塚くんの隣をキープしてて他に来てた女の子を絶対近づけさせなかったのに。まあ、来てた子は手塚くんを友達としか思ってなかったみたいだから誰も気にしてなかったみたいだけど。
あんなあからさまにしてたのに手塚くんは気づかなかったのか。おいおい、大丈夫かよ手塚国光。彼女物凄く寂しがってるよ?
「その人家は近いの?」
「?歩いて20分ほどのホテルに泊まっていると聞いたが」
「…じゃあ戻る前に電話かメールした方がいいよ」
同じテニスプレーヤーでドイツから手塚くんを祝いに日本に来たのだ。それだけでも並々ならぬ気持ちを感じてるのに。手塚くんだってあんなに楽しそうに話してたのに。
ここは私がいってやらないといけないな、なんて大層なことを思い口にしたのだが手塚くんは眉を寄せて「何故だ?」と首を傾げた。
「だってわざわざドイツから来てくれたんでしょ?海外よりは平和だっていっても何があるかわからないし……いや、確かに橘くんもいてくれてるけど……手塚くんのことをお祝いに来たんだからそれくらいしてあげたって罰は当たらないと思うよ?」
もし付き合いだしたらワイドショーを賑わせそうだな。美男美女カップルだしテレビ映えするだろう。ああでも手塚くんってその手の話は好きじゃなかったような?
まあ、その時になればなんとかするでしょう、と他力本願に考え、訝しがりながらも頷く手塚くんを見届けたはアルバムを持って部屋を出ようとした。さっきよりは足取りもしっかりしてるかな。帰ることも考えてお酒は控えないと。
「それはそうと、その後はどうなんだ?」
「え?何が?」
「跡部の食事をまだ作ってるのか?」
何の気なしに振り返れば難しい顔の手塚くんがこっちを見ていて肩を竦めた。そういえばそんな話もしてたよね。
「まぁ、ね。最近諦めたところだよ。庶民食ブームみたいだから飽きるまで待つしかないって感じ」
「では、毎日…跡部に食べさせているのか?」
「会議とか出張とかあるから最近は毎日でもないけどそれ以外は一緒に食べてるかな」
「一緒に…?」
「うん。別々に食べるのって結構面倒だったんだよね」
始めはそうでもなかったんだけどいざ一緒に食べるようにしたらそっちの方が楽だったのだ。1人だと家に帰っても適当にしか取らなかったから、ある意味自分の為にもなってるし一石二鳥ってやつだね。と笑えば開こうとしたドアがいきなり閉まった。
見ればドアのところに手塚くんが手をついていてを覆うように見下ろしている。じっと見つめる瞳は陰になっているが不機嫌に歪められていて思わず肩が揺れた。
は高校で身長が止まってしまったが手塚くんはそれ以後も伸びたようで見上げると首が痛い。
「それは、付き合ってる…んじゃないのか?」
「違うよ。家政婦だっていったじゃん」
「跡部のことが好きだから、何もいわずにいるだけではないのか?」
「………何で、そんなこというの?」
内心、ギクリとしたがそんな気持ちで跡部さんに作ってるつもりはなかったから否定の意味を込めて手塚くんを見上げた。眉を寄せたせいか睨んでるように見えたらしく目が合ったら言いだしっぺの手塚くんが動揺したけど。
でも、そんなことをいう手塚くんも悪いと思う。逃げるように視線を逸らした手塚くんにきっとお互い酔っ払ってるせいだな、と思った。
「不快に思ったなら、すまない。…だが、付き合ってもいないのにそんな風にに食事を作ってもらえることが羨ましい、と思ったんだ」
「……はは。何もしなくてもご飯が出てくるから?」
「の、手作りの料理が羨ましいんだ」
を挟むようにドアに手をついた手塚くんは潤んだ切れ長の瞳でを見下ろしてくる。逆光でわかりづらかったが顔も酔ったように赤く染まってるように見えた。
その瞳に動けないまま見つめ返しているとゆっくりと手塚くんが近づいてきて、そのままの口を塞いだ。
ぼやけるほど近くなった距離に目を閉じれなば唇の感触をダイレクトに感じてしまい、ビクリと肩を揺らす。ほんのり冷たく柔らかいそれに心臓がバクン、と跳ねる。そんなに手塚くんは臆することもなくくっつけた時と同じようにゆっくりと、惜しむように重ねた唇を離した。
「跡部に嫌々作るくらいなら、俺の為に作ってほしい」
「……っ」
「…お前のことが、好きなんだ」
ずっと前から好きだった。
そう告白した手塚くんはゆっくりとした動作でドアから手を放すと、まるで壊れ物を扱うかのようにを優しく包み込んだ。
******
私は今人生で最大の混乱の渦にいる。ずっと友達だと思ってた人から告白された。しかも学生の頃から好きだったとか何その長い歴史。一途にも程があるでしょうよ。
しかもこの青天のへきれきみたいな衝撃を人生で2度も受けることになるとは思ってもみなかった。
「私って鈍感なのかな…?」
もしくはその回線がないのか。はぁ、と溜息を吐くと傍らにいたジローくんが「どうしたの?」との顔を覗きこんできた。
「私ってどこにでもいる一般庶民だよね?」
「ん?んーまあそうかもしれないけど、はだよ?」
他に誰もいないし。なんともありがたい回答だが私が望んでる答えじゃない気がします。
「もしかして、誰かに告白された?」
「ぅえ?!ど、どうして?」
「(………されたんだ…)ダメだよ。どこの誰だかわかんない奴と付き合っちゃ。俺がいいっていう奴以外は許さないからね」
「ええー…」
なんかジローくん父親みたい。しかもいい当てられたことに動揺したものだからジローくんが胡散臭げに見てくる。
「べ、別に誰だかわからなくないし。ジローくんも知ってる人だし」
「え、もしかして元テニス部の誰か?」
もしかして立海?と聞いてきたところで宍戸くんの声がかかり話はそこで終了した。
今日は予告どおり忍足くんの誕生日を祝うことになっていたのだがどうせならと岳人くんのダイエット企画『みんなでスポーツ合宿』も開催された。参加人数は6人(+遅刻1人)だけどね。
ケーキ要員だったはダイエット企画は辞退するつもりだったんだけど、来ないと岳人くんのやる気が出ない、と忍足くんにいわれて仕方なく来た次第だ。忍足くんにはこの後にやる誕生会は伏せてるから致し方ない。
そして合宿も思ったより遠い場所で行われるので自力で行くよりみんなで行った方がお金が浮くというのもあった。
本日借りたコートはギリギリ都内だが、周りは緑に囲まれた穏やかで涼しいところだった。忍足くん達は以前氷帝の合宿で何度か来たことがあるらしい。まぁ、門のマークを見てそんな気はしてたけど。彼の為にセキュリティ万全のところで羽根を伸ばそうってことになったんだろうけど。
楽しげに準備してるみんなに比べていまいち乗れてない自分に溜息を吐きそうになるのを堪えていると岳人くんがの肩を叩いてきた。
「?何?」
「も頑張れよ」
「え?どういうこと?」
始まる前からげんなり青白い岳人くんにいわれると怖いんですが、と彼が指差す方を見やると嬉しそうに微笑む胡散臭い忍足くんがまたテニスウェアを差し出してきたので思わず顔が引きつった。
「いや、私観戦派だし」
「あかんあかん!来たからにはちゃんと参加してもらわんと!」
「私前よりもっと動けなくなってるから無理だって」
なんだかんだと時間がある時は打ってるあんたらと同じように動けるわけないよ、と手を振ったが忍足くんは断固として譲らず押し切られてしまった。忍足くんが誕生日でなければ誰かしら助けてくれたのに…!!
「いいよね亜子は。宍戸くんが守ってくれるから」
「頑張れ。忍足くんの癒しはアンタだから仕方ないよ」
更衣室を借りて着替えながらそんなことをぼやくと隣のロッカーを使っていた亜子が元気付けるようにの肩を叩いた。忍足くんは亜子にもウェアを用意してたんだけど宍戸くんに「ぶっ殺」と睨まれ、1人だけ回避している。
一応忍足くんの誕生日というのはわかってると思うけど彼女の前では無効らしい。羨ましいほどラブラブですな、とつつけば「いやいやそれほどでも」と惚気られた。ご馳走様である。
「そういえば跡部くんには何か渡したの?」
「え?」
「跡部くん誕生日、10月4日じゃない」
何かお祝いしたんでしょ?と聞かれ、一瞬、関係ないのに手塚くんのことが過ぎりドキリとした。なんていうものを思い出すんだ私。跡部さんじゃないじゃん。ていうか10月生まれ多すぎだよね、と1人ゴチて素知らぬ顔で「なんにも」と返した。
「え?マジで?」
「……お祝いの言葉はいったよ」
気づいたら過ぎてたし。近所に住んでるというのは少し前に白状したので亜子は余計に驚いた顔をした。きっと忘れてたことに驚いているんだろう。身近な人間が跡部さまの誕生日を忘れるなんてありえないって思ってるんだろうね。しかも元好きな人だったしね。
「跡部くんに怒られなかったの?」
「怒るわけないじゃん。庶民に何を貰おうってのよ。ていうか実家とか会社あげてパーティーやってたし」
しいていえばお茶漬けが誕生日プレゼント、みたいな?そんなことをいえば亜子は呆気にとられた顔になって「って変わったね」とのたまった。
「昔のアンタなら率先してプレゼントのこと考えてたのに」
「それは亜子の間違いでしょ?買い物付き合わされる私の身になってほしいんだけど」
「だって今年はお互い相談しないで買おうっていってたし、と久しぶりに会おうって話してたし」
「はいはい。私はついでですよ」
仲が良くて何よりです、とぼやけば「そんなことないって!のこと好きだよ!!」となんとも薄っぺらい告白をしてくれた。
「…ちゃん。何で足隠すねん。なんで羽織ってんねん」
「寒いんだよ。仕方ないでしょ」
それからテニスコートに戻るとカメラを構えていた忍足くんにげんなりしながらも彼の方へと歩いていけば悲しそうな顔でそういわれた。今日は曇ってて風もちょっと冷たいのだ。どう考えてもノースリーブの気候じゃない。
スコートもひらひらスカートじゃなくなったがホットパンツだったのでジャージを穿いたまでだ。
脂肪は寒いんですよ、と言い返すと「仕方あらへん。とりあえず1枚撮って後でウェア姿撮らしてな?」とお願いされた。この格好はこの格好で撮るんだ。
忍足くんの趣味がわからない、と考えつつ亜子とのツーショットを撮ろうとした忍足くんを宍戸くんが止めているのを眺めていると更衣室の方から1人の男性が優雅に歩いてきた。
「テメーら、まだ始めてもなかったのかよ」
「おわ、跡部!」
「なんや。遅れてくるいうてた割には早かったな」
「仕事が早く片付いたんだよ」
忍足くんと宍戸くんの方に向かっていった跡部さんはそういうと、宍戸くんの近くにいた亜子に目を留め「久しぶりだな」と口元を吊り上げた。
「新年会以来だっけ。相変わらず忙しいみたいだね」
「まぁな。そっちこそいつになったら結婚すんだ?」
「んなっ跡部!!」
「アーン?何赤くなってんだよ。ぐだぐだ先延ばしにしてっと亜子に捨てられんぞ」
お久しぶり、と笑う亜子と跡部さんはとても親しそうで、顔を真っ赤にした宍戸くんを見てみんなが笑った。も合わせるように笑ったけど、どうしてか心の底から笑えなかった。
とりあえず準備運動から、ということになりあまり使わない筋肉を伸ばしているといつの間にかジャージ姿の跡部さんがやってきていた。いつの間に。
「お前も参加すんのか?」
「はぁ、まあ。日頃の運動不足を解消しようと思いまして」
「……無理して痛めるんじゃねぇぞ」
今更何やっても無駄じゃないか?といわんばかりの顔だったが跡部さんはそれを飲み込んで気遣いの言葉を残して忍足くんのところへ向かっていった。
チラリと見やれば「何考えてやがる」とか「ええやん別に」というやりとりをしてるのが見えた。いや、こっち見なくてもそこまで運動音痴じゃないと思いますよ。
メインは岳人くんなんだし私は大人しくしてればいいか。そう思いジローくんが寝ているところへと向かっていった。
手塚…っよくぞここまで…っ(涙)
2014.05.01
2015.12.17 加筆修正