You know what?




□ 78a - In the case of him - □




日もかげり、次は忍足くんの誕生パーティーだ、ということになったが動く気がしなかった。それもそのはずで何でか岳人くんのダイエット企画にも巻き込まれたのだ。
「お前も運動不足らしいな。アーン?」とかいう俺様が意気揚々と打ってきたのでは立ち上がれないほど走らされた。

「何で、私がこんな目に…」
ー?大丈夫ー?」

キッチンで1人ブツブツ文句をいっていればひょっこりジローくんが顔を出してきた。
ここはテニスコートに併設されてる別荘で、跡部さん達が泊まる場所でもある。は仕事があるので泊まらないがこんな生まれたての子鹿のような足で仕事が出来るのか甚だ疑問に思っていた。
…休もうかな。


うまく歩けないを介護するかのようにジローくんが腕を取って彼の肩にかけさせると「そろそろ始めるから急ごう」とにこやかに微笑んでくる。

先程ケーキを仕上げたんだけど絶対落とすと思ったので亜子に持って行ってもらったのだ。最後の盛り付けも亜子任せだったし。それでもやり遂げた自分偉い!と思ったは思わず「いや、このまま帰りたいんだけど」と本音をぽろりと零してしまった。


「えー何いってんだよ!だってお腹減ってるだろ?それにデレデレにキモイ忍足も見てあげなきゃ」
「私のケーキでそんな顔する忍足くんなんか見たくない」

いっそそのままケーキを投げつけたくなる。そう切り返せばジローくんはゲラゲラ笑って「じゃあ急ごう」と歩き出した。帰す気はないらしい。

鼻歌交じりに歩く上機嫌なジローくんに何もいえなくては今度こそ溜息を零した。程なくして広間に入ったは豪華な内装に目を瞬かせた。ここでご飯食べるとか落ちつかなそうだね。

中央にはテーブルを囲んだソファに各々が座ってこっちを見て笑っている。岳人くんなんか息を切らしながらだ。そっちこそ重症患者みたいに包帯巻かれてるくせに。



「何だよ!ボロボロじゃねーか!!」
「岳人くんにいわれたくない」
「大丈夫か?」
「うん。一応」
ちゃん頑張ったもんなー。その雄姿をしっかり納めといたで」
「アンタは運動会の父兄か」

キモイ。と苦々しい顔で岳人くんと一緒に見やるとテーブルの中央にケーキがないことに気がついた。あれ?と亜子を見ればニヤニヤ顔でこっちを見ている。

何も返してくれない亜子に不思議に思いながらもジローくんと一緒に手身近にあったソファに座れば「じゃあそろそろ始めっか!」と岳人くんが元気に立ち上がりそして座り込んだ


「…岳人。お前もボロボロなんやから無理するなや」
「うっせーな!気分だよ気分!んじゃ宍戸夫婦頼むわ」
「ふっ…!!…し、仕方ねぇな」

夫婦といわれ宍戸くんがまた顔を赤くしたが亜子に連れられて別室の方へと消えていった。何だろ?と首を傾げていれば岳人くんがにんまり顔でこうのたまった。

「それぞれやる時間なかったから侑士と跡部の誕生日一緒に祝うから」
「え、」

そうなの?驚きジローくんを見れば彼は「おめでとー」と呑気に笑っていて驚いた様子はない。多分宍戸くんと亜子もだ。私だけ知らなかったの?と跡部さんと忍足くんを見やれば「まあそういうだろうと思ってたぜ」と1人専用ソファにどっかり座った。


「コソコソしてる割に何もしてこなかったからな」
「なんや、跡部と一緒に祝われるんかいな」
「アーン?何だ忍足不満だっていうのか?」
「…そうはいうとらんけど。ま、ええわ。ちゃんメモリーを久しぶりに更新できたしな」
「キモいこというのやめてくれませんか…っ」

にかっとさも嬉しそうに笑う忍足くんに全身に鳥肌が立った。その場にいた全員が引いた目で忍足くんを見たのはいうまでもない。



「(…ていうかジローくん、ジローくん)」
「ん?何?
「(私ケーキ1人分しか作ってないんだけど)」

今後のダイエット企画について話しだした跡部さん達を尻目にはジローくんにしか聞こえない声で囁いた。亜子に書かせたプレートも『忍足くん誕生日おめでとう』だったのだ。
跡部さんの分だけないんだけど大丈夫なの?と聞けば彼は目を瞬かせ、それからにんまり笑って「大丈夫!」と大きく頷いた。そうなのか。

もしかして跡部さん専用のケーキでも用意してるんだろうか。と考えていると丁度そこへ亜子と宍戸くんが帰ってきて2つのホールケーキをテーブルの上に置いた。
うわ、私のすんごい小さい!しかも歪!手作り感満載!亜子にやってもらったとはいえ隣のプロ級のケーキとは雲泥の差があってタラリと冷や汗を流す。そして置かれたケーキの場所に気がつき「え?!」と声を漏らした。


「じ、ジローくん帰りたい。今すぐ帰りたい」
「え?何で?」
「何でって」
「跡部くんごめんね。私がやったから歪になっちゃった。がやったらもっと綺麗に出来てたんだけど」
「まぁまぁじゃねーの?それに今のがやったら見た目すらケーキになってねーだろうよ」

そうなのだ。何故か忍足くんの前にプロのケーキがあって、跡部さんの前に歪なケーキが置いてあるのだ。鼻で笑う跡部さんにまあそうなんですが、と思ったが居た堪れなさはなくならなかった。

というか2ホールも誰が食べるんだよ。食べれるのかよ。

「は?それもしかしてちゃんと亜子ちゃんの手作りなん?」
「そうそう。でもスポンジとか諸々の分量は全部がやってくれたから私殆ど触ってないけどね」
「亜子ちゃんの愛情が篭ってるなら問題ないやろ。ということで跡部、そっちのケーキ俺に寄越し」
「アーン?誰に物を言ってるんだテメー。テメーの誕生日でもあるが俺の誕生日を祝う会でもあるんだぜ?それにプレートにも"HAPPY BIRTHDAY to,ATOBE"ってあるだろうが」


だからこれは俺のだ、とさりげなく手を伸ばしてきた忍足くんの手にフォークを刺した跡部さんにそこまでしなくとも、と内心引いた。多分美味しいのも忍足くんの前にあるケーキですよ。

しかしおかしいな。確かにプレートには忍足くんって亜子が書いてたはずなんだけど。もしかしてそれだけ交換したのか?と思いながら亜子を見やれば何故か親指を立てていた。いや、成功じゃないでしょ。ミッション失敗でしょ。



******



そろそろ帰るという宍戸と亜子に運転手をつけて送り出した跡部はその足で広間に戻ると目に付いた姿に笑みが漏れた。船漕いでやがる。今日は随分頑張ったからな。

「なんや、跡部きしょい顔しとんで」
「…テメーにだけはいわれたくねぇな」

何写真撮ってやがんだ。とさっきからシャッター音が連続して鳴っている忍足を睨みつけると奴はにやりと笑って「後で跡部にも送ったるわ」とのたまった。

「跡部のお陰でちゃんのウェア姿撮れたしな」
「…テメーのためじゃねぇよ」
「そうか?ほなら、自分の為か。景ちゃん意外とむっつりやったんやなー」
「メガネは黙ってろ」


ちゃんに無理させるな、て自分が言うとったくせに。とニヤニヤ顔で見てくる忍足に睨んで返してやった。
確かに仕事以外ろくに運動してる様子がなかったから無理するなといっておいたが負けじと動いたのはだ。それを面白がって走らせたのは俺達だが、気を抜くと手痛いところに打ち込んでくるのも彼女だったから自然と白熱していったのは仕方ないことで。

結果、撮られるとわかってたのに暑いとジャージを脱ぐことになるのだが。そこまで考えて全部が全部が悪いわけじゃないか、と思いなおした。後で忍足のデータを消しておくか。


「つーか侑士。の写真撮り集めてどーするわけ?」

分厚いアルバムができるんじゃね?というのは向日だ。目をしょぼしょぼと眠たそうに揺れているが残ったケーキを食いきるまでは寝ないと豪語した故かまだ食っていた。

こいつダイエットの意味わかってねーな。明日はもっと扱いてやらねぇと、とジローに視線を移せば丁度の頭が奴の肩に倒れこんだところだった。


「んん?何ー?」
「お、ジローが起きた」
「???あれ、寝てんの?」
「ああ。どうせだからゆっくり寝かせてやれ」



明日は仕事だっていうしな。と隣のソファに座り残っていたケーキを食べれば口内に過剰な甘みを感じて顔をしかめた。さすがに1ホールは無理があったな。
大半はジローと向日、それからと亜子の腹の中に収まったが達が作ったというケーキは盗み食いされた以外殆ど自分が食べた。

わざわざ手作りで用意されたのも嬉しかったし、甘みも抑え気味に作られていて旨かったのだ。そのせいか忍足用に用意されたケーキは旨みと一緒に甘みも強く感じられて殆ど手につけていない。
忍足も旨いといいながらも興味はこっちのケーキにあったからあまり食が進まなかったようだ。


飲み物で口直しをし、を見やれば完全に寝入ったらしく、ジローに髪を触られても起きる気配はない。というかジロー。テメェに興味ねぇっていう割に随分熱っぽい目で見てんじゃねぇか?

やっぱり好きなんじゃねぇのか?と考えていると「そろそろお開きにしねぇ?」とケーキを完食した向日が欠伸をしながらのたまった。


「せやな。夜更かししても寝落ちしてまうやろし。それでええか?」
「ああ、俺は構わないぜ」
「俺もー…あ、でもはどうする?」

今日泊まる予定じゃなかったよね?とこちらを見てくるジローにもうひと部屋空いてるから大丈夫だ、と返すと安堵したように微笑んだ。

片付けもそこそに解散した跡部達はそれぞれの部屋に向かったが、跡部はというと「をこんなにしたのは跡部のせいだから跡部が運んでね」というジローの言葉に押し切られを背負って客室に向かっていた。
耳元で聞こえる規則正しい呼吸に何で俺が、と思ったが前を歩くジローはお構いなしだ。


「ここ?」
「ああ、」
示したドアに頷くとジローがドアを開きそれを縫って跡部が部屋に入った。

「ふわぁ〜…んじゃ俺寝るからー」
「おい、」

目の前のセミダブルのベッドに乗せるの面倒クセーな、と考えているとジローがドアを閉めようとしたので思わず引き止めてしまった。せめて最後まで手伝えよ。



「やだよ。俺の分のケーキ残してくれなかったじゃん」
「……」
「それにを疲れさせたのは跡部のせいだろ」

俺のせいじゃねーし、と不機嫌そうに返してくるジローはまた欠伸をして「じゃあね。おやすみー」とドアを閉めた。が、そのドアを再びジローが開けた。なんなんだよお前。

「あ、そうだ」
「……なんだよ」
、青学の誰かに告られたらしいよ」
「…は?」

立海っていっても反応しなかったから、多分そう。と零したジローはそれだけいって「そんだけ、じゃねー」と今度こそドアを閉めた。


シン、と静かになった部屋になんだったんだ?と眉を潜めた跡部だったが身じろいだに我に返りベッドに向かった。寝るには最適だが寝ているを寝せるには少し手間が掛かるベッドに自分も乗り上げながら彼女をベッドの中央に下ろすと心地良さそうに枕に頭を沈めた。

重くはねぇがこんだけ動かされてんのに気づかねぇのも問題がねぇか?と顔を覗き込んだが相手は無邪気な顔で眠っている。

「それだけ、疲れてたってわけか」

拙い動きながらも一生懸命ボールに食らいついてくるを思い出し、思ったよりも負けず嫌いだったのか。と今更に気づいた。


傍らに座り直し、乱れた髪を整えてやると開けっ放しの口に気がつき指に挟んで閉じてやった。阿呆面だな、と思っていたら起きたのかが眉を寄せ彷徨うように手を振り、跡部の手を振り払おうとしている。
それで摘んだ指を離してやれば満足したのかはむにゃむにゃと何かを喋って眠りに落ちてしまった。どうやら寝ぼけただけらしい。

また開けっ放しになってる口を同じように閉じさせるともごもごと口を動かし、しかめ面でが手を動かす。手を放せばはまた眠りにつく。
それを何度か繰り返していく内に跡部は思わず噴出してしまった。コイツ、全然起きねぇ…!


「クククッおもしれーじゃねぇの」


「むー」と眉を寄せるが妙に可笑しくて可愛くて跡部は頬が緩んでいることにも気づかずの髪を撫でたり顔をべたべた触ったりと寝てることをいいことにしたい放題悪戯したのだった。



******



何か、異様に疲れてるんだけど。

差し込む光に呼び起こされ瞼を開ければ見知らぬ部屋で目が覚めた。清潔感溢れる白い天井に一瞬今借りてるマンションの寝室かと思ったがそうじゃない。周りが違う。榊さんチョイスではない装飾ばかりだ。

ここどこの城ですか?と起き上がろうとしたら自分の上にある腕に気がつき視線が固まった。布団の上にだらりと置いてある腕は死んでるみたいにぴくりとも動かない。しかし、少しだけ見覚えがあるような気もした。
恐る恐る、腕の持ち主を見ると端正な顔に泣きボクロがついてる人がすやすやと眠っている。その事態にの頭の中は一瞬真っ白になった。え?何が起こったの?これなに?何のドッキリですか?


本能でバッと視線を逸らしてみたが脳裏にははっきりと端正な寝顔が焼きついていて離れない。近くで聞こえる呼吸に心臓が騒ぎ立てた。

なんなの?これ。一体何をどうしたらこうなるんだ?私、昨日は家に帰る予定だったよね?でも疲れてパーティーの途中から記憶が曖昧で…もしかして寝落ちしたのを跡部さんが連れてきてくれたんだろうか。まさか。まさかね…。
考えれば考えるほど頭が熱くなって顔も熱くなってパンクしそうだ。


「と、りあえず、起きないと…」

そうだ仕事…仕事に行かないと。

バクバク騒がしい心臓を手で押さえ起き上がったは全てを見なかったことに思考をシフトした。知らない、私は何も見なかった。乗せられてる腕もそっと避けて静かにゆっくりと起き上がる。

心臓は変わらず騒がしいままだ。喉から心臓が出るんじゃないかってくらい騒がしい。落ち着け落ち着け、と念じながら身を起こすと今迄感じたことがないような鈍痛に襲われ脂汗が流れた。

え、ちょっと待って。手足が筋肉痛になるのはわかっていたけど、まさか背中や腰もなの…?ピシリと走る電気信号に緊張が走る。気づきたくないが肺が圧迫されて苦しい気もする。マジでか。

寝た気がしないほど疲れてるなぁとは思ったけど、これはさすがにやばくない?こんなに疲労が出るものなの?噴出す汗に固まっていれば隣で寝ていた跡部さんが身じろいだ。



「ふぁ…あのまま寝ちまったのか」
「…っ……」
「…起きてたか」
「お、おはよう、ございます…」
「ああ………どうした?」
「いえ、お構いなく」

振り返ることも出来ないに跡部さんは訝しがった声で聞いてきたが答えようがなかった。というか、この状況になにひとつ動揺してないらしい。見えないけど。
じゃあただの添い寝だったのだろうか。何で?もしかして跡部さんの部屋だったのか?もしかして私がベッドを奪ったのか?そう考えた途端血の気が引いた。

「すみません、ベッド…使わせてもらっちゃって」
「構わねぇよ。空いてる部屋のひとつだったしな」

そうなのか?じゃあここは跡部さんの部屋じゃないのかな?と思いなおした途端お腹の辺りがプルプル震え出した。ただ座ってるだけなのにこの体勢が死ぬほど辛いとかどこのおばあさんだ私。

ダラダラ流れ落ちる汗に布団を掴み必死に体勢を維持していると後ろで跡部さんが起き上がる音がした。


「も、しかして、跡部さんがここまで、連れてきてくれたんですか?」
「ああ。まぁな」
「すみません、ありがとう、ございます」

ギシギシいう身体を何とか無理矢理動かしお礼をいってみたが目の端に跡部さんを入れるのが精一杯だった。マジか、私の身体。背中の方では「いや、大したことじゃねぇよ」という声が返ってくる。


「んで、仕事に行くんだろ?今車呼んできてやるがそれでかまわねぇか?」
「はい。構いません」

なんなら朝食も食うか?といってくれる跡部さんには丁重に断った。お腹に何かしら入れたいのだけど多分手が動かない。
本気で今日の仕事できるか怪しんだけど。というか死ぬほど痛いんだけど。脂汗半端ないんだけど。のた打ち回りたいほど痛いんだけど。いや、痛いから動けないんだけどさ。

これ何の拷問?と思いながら軽やかにベッドを降りる跡部さんを心底羨ましいと思った。そんな視線がバレたのか部屋を出る前に「ひとつ、聞いていいか?」と少し真面目な顔の跡部さんがこちらを振り返る。



「お前、青学の奴に告られたって聞いたが本当か?」
「……そんなの、跡部さん、には、どうでもいい、ことじゃないですか?」

真面目な顔で何聞いてくんだろ、と思ったらそんなことを問われた。何でそんなこと知ってんの?と思ったがその時のはそんなことよりも早く部屋を出て車呼んできてくれないかな、という気持ちの方が大きくてオブラートも何も包まずに返してしまった。

「……」
「……」
「んじゃその笑ってんだか泣いてんだわからねー不気味な顔の原因もどうでもいいってことだな?」
「ふへ?」
「お前、スゲー顔になってるぞ」


折角医師か薬を用意してやろうと思ったが。と溜息混じりに返されはその引きつったまま今にも泣きそうな顔になった。




跡部さまに添い寝されたい。
2013.11.11
2014.05.21 加筆修正
2015.12.17 加筆修正