You know what?




□ 79a - In the case of him - □




私のメアドは知らないところで拡散されているらしい。
昨日たまたま迷惑メールを整理していたら件名に見たことありまくりな名前があって思わず開いてしまった。先に言っておくけど設定で見知らぬアドレスは迷惑メールに入ってしまう為そうなった訳で決して意図があって迷惑メールに入っていたわけではない。

相手は大型ワンコを彷彿させるような可愛い後輩の1人だった鳳長太郎くんで相変わらず丁寧な文章と共に自分の連絡先と12月に日吉の誕生日があるからそれをみんなで祝わないか?というものだった。青学に引き続き、氷帝も仲良しだな、と思ったのはいうまでもない。

ただ、日吉がそういうパーティー好きだったかは謎だ。彼の性格を考えるとやった後に鳳くんが怒られる想像しか出来ない。

ここは樺地くんに間に入ってもらった方がいいかも…と考えていると追伸で『樺地にもアドレス教えておきました』とあった。これで氷帝の知り合いはほぼ全員行き渡ってしまったことになる。
この前もメールボックス整理してたら滝さんからメール来てたし。なんだろね。この包囲網が狭まっていく感じ。


もう年末の話か…と、時間の流れに内心ヒヤリとして手元にあった参考書を見やると丁度そこへ樺地くんからこれまた丁寧な文章で登録のメールが届いた。こちらはまだイギリスにいるらしい。

凄いなーなんて思いながら返信を打っているとLINEが点灯し、誰だ?と思いながらも樺地くんに送信して開いた。


「"あまりにも丸井と赤也が煩いんでLINE開通してやったナリ"って…そういえばずっとメールで連絡とってたっけ」

仁王にしては意外と遅れたな、と思ったが個人情報をとられたり知られたりするのは嫌いだったっけ、と思い出した。それから『12月4日空けときんしゃい』と来て何故かゴルゴ13が銃を構えるスタンプが押されていた。何を狙い撃ちする気だ。

というか、まだハロウィン終わってないんですけど!!みんな気が早いな!!
とりあえず仕事で夜しか空いてないって返したら『が作った料理食いたいナリ』と注文が来た。作るの嫌いじゃないけど、かといって自慢できる腕でもないんだけどな。



『なんじゃ、珍しいの。お前さんから連絡してくるなんて』
「電話の方が早い気がしたんだよ」
『せっかちじゃの』
「うっさい。で、夜っていっても結構遅いんだけど」

居酒屋でもよくない?ていったら不満そうな声が返ってきた。その頃は忘年会シーズン突入時期だから人も多いだろうって。店もよく知らんし、と返ってきて今度はが「えー」と返した。

『俺に飯を作るのがそんなに嫌か』
「正直に言うと面倒臭い」
『正直すぎじゃ』
「しかもどっちで食べるのさ」
んち』
「嫌だ」
『じゃあ俺んちで料理するか?』
「ドア開けたら女の人出てきそうだから嫌だな」
『阿呆。おらんわそんなもん』


呆れた声に嘘だな、と思ったがそういえばコイツの誕生日って12月だったっけ、と思い出した。というか4日が誕生日じゃなかったっけ?そう考えた途端脳裏に手塚くんが浮かび、うっと声を詰まらせたは「やっぱ別の日にしようよ」と試しに進言してみた。

『…何で』
「(やっぱメールのやりとりだけにしとけばよかった…)12月は受験勉強しなきゃで余裕ないし部屋も汚いから入れらんないんだよ」
『……』
「11月だったらちょっと余裕あるし。あーでも部屋は無理かもだけど、居酒屋は空いてると思うよ?」
『…そんなに俺と食べるのが嫌なんじゃな』

わかった、そういうと仁王はぶっつりと通話を切った。
何も不貞腐れることないじゃないか、と思ったが誕生日にご飯作りに行くとか食べさせるとかまるで恋人みたいだと思ってしまったは、ただの友達だと思っていても足踏みをしてしまった。


別に仁王を怒らせたかったわけじゃないんだけどな、と携帯の画面を見ていたがかけ直すことも出来なくて溜息を吐く。
やっぱり謝った方がいいかな。と履歴を呼び出し通話ボタンを押そうとしたところでドアホンが鳴った。



「大分動けるようになったみたいだな」
「……お陰様で」

ドアを開けると案の定跡部さんが立っていて、を見るなりそうのたまった。岳人くんのダイエット企画の次の日は筋肉痛が酷すぎて仕事に行けなかったのだ。岳人くん達には「どんな筋肉痛だよ!」とゲラゲラ笑われたがそれは私だって知りたい。

跡部さんが仕方なくも気を利かせてくれてお抱え医師の先生に診てもらったが過度の筋肉痛だった。さすがにその後は通常の生活に戻れたけど、ドアホンからドアを開けるまでの時間は結構かかってたようでここ数日は跡部さんにこんな冷やかしを受けている。


彼を招きいれ食事の準備をしていると「ホラよ」と後ろから声がかかり何かを渡された。大きな包みを持ってるのは確認していたけどまさか自分に渡す為だと思ってなくてはコンロの火を止め受け取ったが開ける前に跡部さんを見やった。

「何ですか?これ」
「開けてみればわかる」

開けてみな、という跡部さんにあまりいい予感がしないな、と思いつつも開けてみると中にはラケットとシューズ、ボールにそれからジャージとウェアが入っていた。何だろこの一式。


「…………亜子の誕生日はまだですけど」
「チゲーよ。お前の為に俺様が用意してやったんだよ」
「…何でですか?」

ああもうこれ、嫌な予感しか感じなくなった。ていうか返品できないかなこれ。

「お前が運動不足なのはこの前で十分にわかった。これから休日はそれ使って身体を動かしてちっとはその硬い筋肉を伸ばせるようにしとけってことだよ」
「ゲ、」

場所も用意してやる、という跡部さんには思わず顔を引きつらせた。あの時は無駄に走りまわされなければあそこまで酷い筋肉痛にならなかったんですけど!月1の合宿がまさかこんな派生をすると思ってなかったは冗談じゃない、と頭の中で叫んだ。



「…スミマセン。私お金ないんですよ」
「アーン?気にすんな。どうせ使うのは跡部が所有してるプライベートコートだ。金は発生しねぇ」
「そ、それに、1人でテニスってできないし」

まあ1人なら素振りか壁打ちくらいしかないし、わざわざ跡部さんちのコートに行くまでもないんだけど。それだったら家でやるとかいって誤魔化せられないかな、と考えていれば「勿論相手は俺だ」と自信満々に返された。
忘れてるかもしれないけど跡部さん若"社長"ですよね?そんな時間ないですよね?


「跡部さんの手を煩わすのはちょっと…」
「テメェこそあそこまで向日達に笑われたままでいいのかよ」
「(別にいいです)……」
「1ゲームくらい向日からとってやるくらいの気概を見せろ」

今のあいつなら簡単にとれるだろうぜ。と笑う跡部さんにそれは無理だろう、と思った。そりゃ確かに昔ほどアクロバットな動きは減ったがテニスがうまいことには変わりないのだ。
経験者と一緒にしないでくれ、とげんなりしたがこうなると跡部さんはなかなか引かないということを知っているは苦い顔をした。仕事が忙しくなって予定が潰れることを願っておこう。そう思って随分間をあけてから承諾した。


「あ、でも、これはいいです。自分で買いますよ」
「アーン?わざわざ買いなおすのか?気に入らないものでもあったのかよ」
「いえ、ないですけど…」

色もデザインも好みのものなので相変わらず跡部さんのインサイトには頭が下がりますけども。でも、これだけの一式を揃えるとなるとそれなりの金額が飛んでくわけで。跡部さんにとっては微々たるものでも私にとってはかなりの出費になる。
ラケットとシューズならギリギリ自分でもそれなりのものを買えるから、と思ったが跡部さんはそのまま受け取れといってきた。


「いや、でも…」
「かまわねぇよ。つーか、それを戻されても行き場がねぇんだから大人しく貰っとけ」

捨てるか返品しかねぇだろ。という跡部さんに、いってはみたものの自分は失礼なことを言ったなと反省して「ありがとうございます」と礼をいった。止めるんだったら買う前にいわなきゃいけないよね。私の為に選んだんだろうし。厚意を無下にしちゃいけないか。



「それに、あのケーキ旨かったからな」
「え?」
「気になるんだったらケーキの礼だと思えばいい」

椅子に座り、テーブルに頬杖をついた跡部さんは嬉しそうに目を細めると「ケーキ、旨かったぜ」と口を吊り上げた。その言葉に目を見開いた。
見た目も味も全然忍足くんが食べてたケーキに劣っていたのに…。社交辞令でも跡部さんの言葉に血が沸き立つように頬が熱くなった。やばい、嬉しい。


「試しにラケット振ってみろよ」
「え?こ、ここで、ですか?」
「お前がどこかに投げ飛ばさなきゃ大丈夫だろ」

頬が緩みそうになるのを必死に堪えながらラケットを見てるとそんなことをいわれ目を瞬かせた。まさか今振ってみろ、と言われると思ってなくて驚くと跡部さんはくつくつ笑い、急かしてくる。別にそこまでやらかしたりしませんよ。

包みをちゃんと開け、ラケットを手に取ると新しい手触りと妙に心が浮き立つ感じがした。
それもそのはずで、はここまでテニスに関わってきたのに自分専用のテニスラケットがなかったのだ。

勿論それは自身がプレーヤーとして趣味でもコートに入らなかったせいもあるが欲しくなかった訳でもないので素直に嬉しかった。


「ガットは後でやり方を教えてやるが…やったことはあんのか?」
「前に1度だけ…私がやったら"緩すぎだ"って笑われましたけど」

幸村が面白がってやらせてくれたけど結局自分で張りなおしたもんな。見よう見まねでできるわけないっての、と思いながらテーブルから離れ何も当たらないところで構えると、「まあ、ガットは個人の好みもあるからな」と笑ったままの跡部さんがの後ろに立った。

「え、あの、」
「そのままだ。前の時に思ったがお前、変な打ち方してたのわかってるか?」
「え?え?」
「この前打ってた時はこうだったんだよ。本来なら筋を痛めてるところだったが…大丈夫だったんだよな?」
「うん…はい…」



一体何が起こってるんだろう。後ろに立ったと思ったら跡部さんはの肩を掴むと背筋を伸ばさせラケットを持つ右手を覆うように彼の手が握った。それだけでも硬直ものなのに今度は足を肩幅まで開かせ、膝かっくんされてバランスを崩しそうになったところを腰に回った手に支えられた。

跡部さんは正しいフォームを教えてくれているらしいがの思考はさっきからいたるところで回線が切れたりなんだりしていてうまく返せないでいた。その原因は勿論後ろにいる彼のせいで、触れられてることもそうだが耳元で聞こえる声が1番破壊力が強かった。

「また後でちゃんと教えてやるが打つ時はこうだ。それ以外はまず見逃していい」
「……」
「前を見ろ。この構えを覚えとけよ」

自分だか彼のだかわからないけど頬をくすぐる髪もダイレクトに聞こえてくる声もには刺激が強くて今すぐにでも逃げたかった。


別に跡部さんを意識してるわけじゃない。ただ幸村と別れて以来、男の人とこんな簡単に密着されて耳元で囁かれるということがなかったからどう対処していいのかわからなくなっていただけだ。
その上、手塚くんとのことがあってそういうことに神経が敏感になっていることも否めなかった。

"跡部さんのことをなんとも思ってない"のに過剰に動揺してしまっているに跡部さんは前を見るように仕向け、の動揺を更に大きくさせた。


振り回しても何も当たらない場所からまっすぐ見えるのは大きな窓で、ここから見える町並みや夜景はとても綺麗だった。その窓は夜とあって暗く、マンションの上層部だから街の光も殆ど届かない。

その為反射した室内の光がよく映えるのだがそこに密着してる自分と跡部さんが見えてドキリと心臓が跳ねた。別に抱きしめられてる訳でも愛を囁かされた甘い状況でもない。
ただテニスのフォームを教えてくれていただけなのに、そこに映る光景はあたかも自分が跡部さんに後ろから抱きしめられてるようにしか見えなくて顔の熱さにのぼせそうだった。



「?どうした、…」

バッと下を向いたを不思議に思った跡部さんが声をかけてくる。
すぐ近くに感じる声に息を詰めた。
掴んでるラケットに汗が滲んでいくのがわかる。顔が赤くなってるのもバレてるのかもしれない。

バクバクと心臓が煩い。
どうしよう。逃げたい。

でも慌てて突き放したら跡部さんに変に思われるだろうし。厚意で教えてくれる人に過剰反応したら子供かよって笑われかねない。普通にさりげなく離れるにはどうしたらいい?


「なんでもない」と返しつつもどうしよう、とグルグル考えていると突然携帯が鳴り響いた。
音がする方を見ればテーブルに置いたままになってるの携帯が着信を知らしている。

そのことにホッと安堵の息を漏らしたは慌てたフリをして跡部さんじゃら離れるとテーブルで震える携帯を素早く手に取ったのだった。



******



カレンダーを見た時は予定は前半だけで後半は休める、と思っていたがそれは夢だとわかった。唯一の楽しみだった休みが跡部さんによって消えたのだ。
内心彼の仕事が忙しくなって流れてしまえばいい、と願っていたがテニス講習は予定通り開催されの足はまた産まれたての小鹿になった。

「今日はこの辺にしとくか」
「……あ、ありがとうございました」

汗はかいているようだが疲れたようには全然見えない跡部さんはラケットで肩を叩くと「練習の前に体力向上が必要そうだな」と呆れ混じりにこちらを見下ろした。こめかみから伝う汗や湿った髪が妙に艶かしく見えるのはきっと運動のしすぎたせいだ。


恐ろしいことに跡部さん所有のプライベートコートが達が住んでいるマンションの最上階にあって心底驚いたのはいうまでもない。さすがにコートは1面だけだが窓の外がほぼ空、というのはかなり不思議空間だ。ここにジローくん達がいたら楽しいんだろうなぁ。

「体力強化は明日から始めるからな。ジムもあるがそんな時間はとれねーだろ?」
「あ、はい」
「とりあえずランニングとストレッチの地道な運動を重ねてくしかねぇな。それで次の練習日だが」
「ちょ、ちょっと待ってください!…次?」
「アーン?次回の日程だよ。練習しねぇとうまくなんねーだろ」
「そ、そうですけど」


いかにも今後を見据えた発言にビビッたは、床にへたれこんだまま跡部さんを見上げた。
勿論知ってますよ。練習続けなきゃ筋肉つかないってことくらい。でも、仕事は?忙しくないんですか?どんな時間割きったらそんな時間作れるんですか?

「む、無理しないでください。自主練だってやりますし、別にそこまでしなくても」
「無理なんかしてねぇよ。空いた時間見繕ってお前の相手をしてるまでだ。俺も打ちたかったしな」

別にテニスがうまくなりたいわけじゃないし、趣味で打つくらいならこんな産まれたての小鹿になるまで練習しなくたっていいのだ。運動不足解消なら尚更無理して運動する必要はない。そう思ったけど跡部さんは違ったようだ。本気でを鍛える気らしい。



この人は私をどうする気なんだ?と疑問を感じていると手を差し出され視線を上げた。どうやら引き起こしてくれるらしい。差し出された手になんとなく触りづらいと思ったは断って自力で立とうとしたがふらついて尻餅をついてしまった。

「本当に体力ねぇな」
「…跡部さんがスパルタするからじゃないですか…」

二の腕を掴まれ、神経が全部二の腕に向かってる自分になんともいえず俯いた。
この年で触られるのが嫌!なんて突っぱねられないし。嫌がらせされてるわけじゃないし。
でもどうにも顔が熱くなるのは避けられないみたいで髪の毛で隠すしか思いつかなかった。

疲労が酷すぎて途中から気にするのもアホらしくなったけど、でもやっぱり柔軟とかラケットの振り方で触れられるとどうしても緊張するから困る。そのせいで目が合ったり食器を運んでもらう時に触れたりすると身体が強張って紅潮してしまうのだ。

まるで少女みたいな反応に一人頭を抱えたのはいうまでもない。

からかうのが好きな跡部さんだって、こんな手の込んだ冗談はしないのだとわかってる。呆れながらも善意で面倒を見てくれてることも。だから自分もこうやって逃げずに黙々とラケットを振ってるんだけど。


背中や手に触れる感覚や温かさに逐一反応する自分にげんなりしながら、何でご飯を食べるだけのつきあいにしてくれないのだろう。そう思った。無駄に関わりを持って跡部さんに何の得があるんだろう。

友達にしたって構いすぎじゃないだろうか。と二の腕を掴んだままの跡部さんを盗み見れば「テメェだって負けじと打ち返してくるじゃねぇか」といわれ眉を寄せた。

「だって、手を抜くと怒るじゃないですか」

それに微妙に届くところにボールを打ち返してくるという小技まで使ってくるのだ。誰だってとりあえず打ち返すだろう。最低限のことしか考えずに打ってましたがね、と苦い顔で返せば「当たり前だ」とさも当然に返された。


「俺様相手に手を抜くなんざ100年早ぇよ。……だが、才能が全然ねー奴にそんな無理強いもしねぇな」
「……」
「少なくとも、向日から1ゲームくらいはとれる目算がついてる。それぐらいにはお前の実力を買ってるんだよ」



なんせ俺様がコーチだしな、と笑う跡部さんには真正面から受け取ってしまい首まで赤くした。ああもう何てこというのよ。

これやる気出させるためのただの言葉でしょ?たいして深く考えてないんでしょ?あーもう。わかってるのに!そうわかってるのに膨らんだ気持ちはぶわっと広がって顔が熱くて仕方なかった。くそう。乗せるの本当うまいよね。私も感単に引っかかりすぎだよ。


「……やれるだけ、やってみます」


あーうーと唸り声を上げ、小さく返せば跡部さんにくしゃりと髪を掻き混ぜられ、無性に泣きたくなってしまった。ああもう私のバカ。




仁王のフラグは大体へし折られます。
2014.05.02
2015.12.17 加筆修正