You know what?




□ 80a - In the case of him - □




学生の頃のジローくんはそれはそれはとてもよく寝る子だった。どこでもどんな状態でもどんな時でも本能の欲求に逆らわない。それが彼の愛らしさであって難点でもあったが大人になった彼は本当に寝なくなった。

「あの頃ってさ、もしかして身長伸ばす為に寝てたの?」
「うーん。どうだったかなー?まぁでも周りがみんなでかかったからそうだったかも。牛乳も死ぬほど飲んでたし」
「死ぬほど飲んでたなら、明らかにその為でしょ」
「だってさー普通に夜寝てるのに昼間も眠くなるんだよ?向日に"寝すぎも寿命縮まるんだぜ!"とかいわれても次の授業で寝ちゃうしさ」
「いっそ病気だね」
「俺もそう思った。でも卒業したらぱたりとなくなったんだよねー」
「でも、この前のテニスの時は寝てなかった?」
「あん時は久しぶりにみんなでテニスやってはしゃいでたし、あのソファも気持ちよくてさ」

お酒も入ってたし色々だよ、と笑うジローくんの手にはジョッキが握られている。もお酒を飲んでいるがジローくんほどは飲んではいない。


今日はたまたまジローくんから声がかかり居酒屋に来ている。時間差で仁王からも声がかかったが先約あるので断ったらまた不貞腐れられた。そのうち埋め合わせしないと怒られそうだ。

「そういえばジローくんって何気にお酒強いよね」
「そう?まー向日よりは強いかなぁ」
「岳人くんすぐ顔真っ赤になるもんね。ジローくんもそうだけど岳人くんほど酔わないよね?」
「俺、顔に出やすいけどそっからが長いんだよね。前に忍足に"化けもんや"っていわれた」
「ぶはっ!」
「それに抜けるの早いCー。だからあんまり酔ってるの楽しめないんだよね」

前に1度だけジローくん達で深酒大会をしたらしいのだが最初に脱落したのが樺地くんと岳人くんだったらしい。樺地くんがお酒弱いなんて可愛いじゃないか!
ジローくんは宍戸くんの次だったらしいけど酒豪の称号はやはりというか跡部さんが持っているようだ。そんなところもキングとか褒めていいのか呆れていいのか迷うところだけど。



「個人的に日吉とか滝くんも弱そうだけど」
「日吉はともかく滝は強いよ。適当に切り上げて帰っちゃったけど多分1番は滝だと思う」
「マジでか」
「日吉は宍戸くらいじゃないかなー」
「じゃあ今度忍足くんと滝くんと跡部さんで飲み比べしてもらいたいね」

異種格闘技みたいで面白そうだ、とにやければジローくんが珍しく眉を寄せて「あんま楽しくないかもよ」と零す。

「3人共も顔に出ないタイプだし、ギリギリまで言動がおかしいとかないからさ。見てるこっちは全然楽しくないと思うよ」
「全然って。ばっさり切っちゃったよ」
「それだったら鳳と日吉の方が楽しいと思う」


聞けば鳳くんが絡み酒で日吉が泣き上戸らしい。それは是非とも見てみたいが同席はしたくないかもな、と思った。どっちに巻き込まれても面倒くさい感じしかしないっていうね。
というか日吉が泣き上戸って!と笑えば「あと酔っ払った跡部も面白いよ」と満面の笑みでジローくんがのたまった。

「すっげー語り酒なの」
「ある意味通常運転じゃん」
「それが時々ポエムとか挟んできて最終的には歌いだすんだよね。オペラ」
「めっちゃ近所迷惑」

ていうか、怖いそれ。と引き気味に笑えば「そのうち見れるかもよ〜」と予言するかのようにジローくんが笑ったので「やめてよ」と腕を擦った。跡部さんとそこまで仲良く飲む光景とか想像できないよ。恐ろしい。


「あれ?もしかして跡部となんかあった?」
「…ないけど」
「………ふーん……でも跡部、といるのスッゲー楽しそうだったよ?飯もまだ作ってんでしょ?」
「……まぁね。毎日じゃないけど」
「それにテニスも教わってんでしょ?」

向日がズリーって騒いでた!と笑うジローくんに明後日の方を見やった。賭けがあるから負けたくはないけど緊張の疲労も半端ないんだよねー…。体力がいつまでもつか。



「コーチならジローくんでもよかったなー」
「え?俺無理だよ。教えんの超苦手だもん」
うん。そんな気はしてた。

「いいじゃん跡部で。確実だし。も楽しいでしょ?」
「心臓に悪いけどね」

ここ最近のあれやこれに遠い目をするとジローくんは目をぱぁっと輝かせ「もしかして、跡部のこと好きになったの?!」と嬉しそうに前に乗り出した。ウキウキとする彼にギクリとした心臓が一気に冷えていく。こっちはめちゃくちゃ大変だってのに何その顔。


「なってない。断じてなってない」
「ええええっじゃあ何で心臓に悪いんだよ」
「それは…跡部さんがセクハラっぽい触り方をしてるからであって」
「それ超意識してんじゃん!」
「違うよ!あっちが何か、いやらしー触り方してきてんの!」

まるで本当にセクハラをしてるかのようなことをいってしまったがにとっては似たようなものだったので否定もフォローもしなかった。

意識してか無意識かは知らないけど女の人に触る時の跡部さんは妙に意味深なのだ。大事に扱われてる、みたいな雰囲気に勘違いしたくなくても勘違いしてしまいしそうになる。
言葉はバカにしたり突き放すものが多いから余計だ。与えられる優しさが倍になってに圧し掛かってくる。

ああやだな。私思ったよりも重傷な考えをしてるんじゃないか?



の強情っぱりー。いいじゃん。跡部ものこと女の子だって意識してる証拠じゃん」
「いやそれ跡部さんの基本スペックだし。ていうか、何で跡部さん押してくんの?あの人恋人だか婚約者だかたくさんいるんだけど」
「婚約者のあの子と跡部って全然似合わないCー。あのモデルの子に関しては嘘だって見え見えだしねー」
「え?嘘なの?」
「嘘だと思うよ。跡部から全然好きそうな感じしないし」
「へー」

「それだったら絶対の方が好きだC!」
「……いやそれ、友達としてでしょ?恋愛と一緒にしちゃダメでしょ」
「友達から恋愛に発展くらいするだろー。前はそうやって好きになったじゃん」
「……前は前。今は今だよ」
の屁理屈。絶対お似合いなのに」
「それ以前に婚約者いる人とお付き合いするとか全然考えられませんので」
「んなの解消するのかもしれねーじゃん」
「跡部さんにだって選ぶ権利あるでしょうよ」


お似合い、といわれて悪い気がしてない自分に叱咤して顔が緩まないように引きつらせながら切り返すと「そういうとこ、跡部って見る目ないよね」とジョッキを傾けながらジローくんがぼやいた。


「その為にたくさんの人と付き合ってるんでしょ」


でなきゃ婚約者がいるのに誰彼構わずつきあったりしないよね、と思いながらもお酒に口をつけると「あの頃の跡部は最低だったね」と同情するようにジローくんもビールを煽った。



******



「どっちが早く達成できるか勝負しようぜ!」と高らかに宣言した岳人くんに押し切られ別にする必要もない勝負をすることになったは黙々と自主練をこなしていた。
ぶっちゃけ早朝ランニングなんて学生時代もろくにしたことなかったのに大人になって連日走ることになるとは思ってもみなかった。

しかも夕飯食べながら跡部さんに報告しなきゃいけないとかマジでコーチされてるし。ストレッチメニューも渡され、益々頑張らなきゃいけない現実になんともいえない顔でそのリストを受け取ったのはいうまでもない。


何であの時やるだけやってみます、なんていっちゃったんだろうか。これ頑張っても跡部さんの得にならないよね?私の身体がちょっとスリムになって健康になるだけだよね?
くそう。跡部さんの中身は優しさでできてるのか?大人になって更に余裕しゃくしゃくになるなんて本当にズルい人だ。

触り方にドキドキするとか、彼の優しさにあてられてついうっかり昔の恋心に火がつきそうになったりとか、相変わらずフェロモン垂れ流しで怖いなって思ったけど、本気で気をつけよう。人様の彼氏に惹かれるとかマジで節操ない。そんなことするのは仁王とこいつだけで十分だ。



「ちょっと待って。なんで私も仮装しなきゃなんないの?」
「何でってお前の分があるからに決まってるだろぃ?折角赤也が用意したんだから大人しく着替えろ」
「いや、聞いて余計に着たくなくなったんだけど。この袋の中どう考えても着替えたくなくなるもの入ってるよね?」
「……そんなことねぇだろぃ」
「そんなことあるだろぃ」

寄越された袋を押し返せば赤髪ベビーフェイスは大人になってもあまり変わらない顔で赤也が買ったという服を押し付けてきた。アイツの日頃からの私への対応を考えるとどう考えても袋の中身は恥ずかしい着ぐるみか恥ずかしい衣装だ。

そんなに着たいなら丸井が着ればいい、といったら「絶対に嫌だ」と断られた。絶対とかいうなよ。赤也悲しむじゃん。


今日は会社の行事があるとかいっていたので跡部さんの夕飯を作る必要はない。そして仕事も休みだったは神奈川に戻っていた。
神奈川といっても実家には立ち寄っておらず、勿論弦一郎がいるところでもない。

相も変わらず真っ赤な髪をしている丸井と一緒に赤也が買ってきたという服を押し問答している。
そもそも何で丸井達と一緒にいるかといえば、跡部さんにラケットを貰った夜に丸井からかかってきた電話がきっかけだった。

丸井は今まで繋がらなかったにおおいに文句を並べた上で『月末に幸村くんの手伝いでハロウィンやっから絶対に来い』と有無を言わさず指令を出したのだ。その後に同じことを赤也にもいわれ大人しく神奈川のとある病院にきている。

ちなみに情報漏えいは仁王だったりする。誘いを断った腹いせにのアドレスを拡散したらしい。酷い奴である。それに同意してくれたのは幸村だけだったけど。


今日何で病院にいるのかというと入院してる子供達の為にハロウィンを楽しんでもらう為に集まっていた。幸村のボランティア精神はここまできたらしい。しかも指示するだけじゃなくて自分も参加するといってきたのだから益々ファンが増えたことだろう。

事前に用意しているお菓子を各病室の患者さんに渡し、子供達には回れる範囲で看護師さんや大人の患者さんから貰うことになっている。渡す予定の患者さんもおばあさん達が中心だから問題も起こらないだろう、とのことだった。



そんな説明をする幸村をうっとり顔で見つめる看護師さん達に罪な男だ、と他人事のように思っていたがやっぱりいつもの幸村らしくない気がした。頻繁に会ってないからなんともいえないけど、元気ない気がするんだよなぁ。

「ねぇ丸井。最近の幸村ってどうなの?」
「最近って?」
「あー元気ないとか、何かあったとか」

控え室にと借りた部屋にと丸井はぼんやりと椅子に座って時間を潰していた。お菓子は看護師さん達に任せてあるし幸村も指示を出しているのでここにはいない。
一応簡易的な用の更衣室も衝立の向こうにあるが赤也が購入したと袋は近くに放置されたままだ。

相変わらずガムが好きな丸井を見やると甘い匂いを吐き出し「さぁな」と天井を見ていた視線をこちらにくれてきた。


「幸村くんがそんなわかりやすく俺に話したりしねぇだろぃ」
「……うん。まぁ、そうだけど」
「そういうのはお前の専門だろぃ」

お前の方が知ってるだろ、といわれれば確かにもしかしたらそうかもしれないけど。でも根本的なところは私も何もわかっちゃいないんだよな。幸村のこと。

「専門っていっても最近までこんなに会ってなかったし」
「……やっぱお前ら別れてたのか」

ぱん、とガム風船が割れ、丸井を見れば彼は驚いた顔をして、それからバツが悪い顔で「悪かったな」と張り付いたガムを口の中に入れた。


「気にしてないよ。アンタ達と連絡取り合う前に幸村にアドレス奪取されたから。真田伝に」
「……真田は仕方ねぇだろうよぃ」

あいつ一生幸村くんに頭あがんねぇんだからよ。しみじみと零された言葉にも頷いた。刷り込まれた記憶のせいで幸村には逆らえないって思い込んでるもんな。弦ちゃんは。

「んじゃ、今は友達、なのか?」
「…友達じゃなかったらなんだってのよ」
「そりゃそうか」
この関係を他の言葉であらわせっていわれても困る。



「柳ならともかく、何かあっても俺はわかんねぇぜ。見る限りは元気そうだけど…しいていえば、今回の話を聞いた時は驚いた、くらいだな」
「やっぱ珍しいことなんだ」
「まぁな。卒業してからは飲みくらいでしか会ってなかったし。オフで顔合わすなんてなかったからよぃ」
「そっか」

幸村はテニス以外は基本インドアだし、外に出てもガーデニングだからな。外で遊びまわる丸井と接触する機会は殆どないだろう。
本人に聞けなそうならやっぱり柳に聞くしか…と思ったところで丸井がまたガム風船を割った。視線をやれば固まったまま天井を見つめている。

「丸井?」
「…もしかして、さ。また病気が再発した、とか?」
「………まさか」
「……」
「……」
せんぱーい。着替え終わりましたか?」
「「………」」
「な、何なんスか。何か俺についてますか?」
「赤也…おめー、何のコスプレしてんだよぃ」

がらりと開けられたドアに丸井と一緒に目を丸くすれば中から出てきた赤也は居心地悪そうに眉を寄せた。それから「ピーターパンっスけど」という赤也にが持ってる袋の中身を聞けば案の定。

「ティンカーベルっスけど」
「やっぱりな!やっぱりそうだよ!!」

そうだと思った!予想を裏切らない答えをどうもありがとう!そういっては袋を丸井に押し付けた。
そういうのは子供がやるから可愛いんであって大人がやったらただの辱めでしかないんだよ!!




赤也パン。
2014.05.06
2015.12.17 加筆修正