You know what?




□ 81a - In the case of him - □




ワカメを乗せたピーターパンと赤髪の狼の背中を眺めていたは近くにいた看護師さん達に挨拶をしていち早く控え室に使わせてもらってる部屋へと入った。
室内は程よく暖かいがノースリーブはさすがに辛いものがある。素早くカーディガンを羽織ろうとしたが羽根が邪魔で仕方なく前から腕を通した。温かい。

「つ、かれたー…」

鏡に映った自分を見て仕事よりも疲れた顔をしてる自分に溜息が出た。なんか、とても笑える格好だな。丸井達に見られたら間違いなく笑われる。

結果としてハロウィンは無事成功した。いつもは無闇に出歩くことを止められてる子供達が今日は怒られない、しかもお菓子が貰えるとあっておおいにはしゃいでいた。
中には大人しい子もいたのでその子達を仮装した達が手を引き病室を一緒に回るという手伝いをしたのだけど、途中からそれも必要ないくらい元気にお菓子を貰っていた。

子供達もそれぞれ思い思いにハロウィンのお面や格好を作っていたのでそれの効果もあって楽しめたのだろうと思う。


ちなみに1番大人気だった幸村は男女問わずの子供達に囲まれ気づいたら連れ去られていた。幸村のカリスマに最早年齢は関係ないらしい。まだ練り歩いてるのかなーと思いながら窓の外を眺めているとドアをノックする音が聞こえた。もしやと思っては素早くカーディガンを脱いだ。

「ああ良かった。まだ着替えてなかった」
「え、何?…って、何携帯出してんの」

控え室に入ってきたモテ男こと幸村は、マントをはためかせるとを見て微笑んだ。大半の人が予想しているとおりヴァンパイアの格好だ。最初は大人4人だけで仮装って…と思ったが幸村の堂々とした雰囲気に正気に戻った方が負けだと諦めた。

そんなヴァンパイア幸村が現代の最新機器を取り出すと器用に操り構えたので咄嗟に顔を隠した。何をするかはお見通しだ。

「えー。何で顔を隠すんだよ」
「…それを撮ってどうする気なのかな?幸村くん」
「勿論真田に送って自慢しようと思って」
「バッテリーが勿体ないので今すぐしまってください」
「似合ってるのに」
「幸村の方が何倍も似合ってますよ」
「知ってる」



しまうまでは手は避けん!と意気込むと幸村は盛大に溜息を吐いてこっちに寄ってきた。近づいて手を避けさせるつもりか?と指の隙間から彼を伺えば無駄に早い動きでの隣に立った。そのことに驚き横を向けば顔を隠してる手を取られ無理矢理下ろされた。

「ゆき、」
「笑わないと恥ずかしい顔を真田に送るよ?」

いいの?と間近にある笑顔にはうぐ、と黙り込み肩を落とした。こういう時の幸村は逆らえないのを嫌でも知っている。げんなりした顔で肩を引き寄せる幸村にくっつけば「はい、笑って」と2人が写るようにカメラを掲げた。

「…気は済んだ?」
「ある程度はね」

あとは真田の反応かな。とツーショットを撮ったヴァンパイアは満足げに写真を送信した。ちゃんと歯もヴァンパイア使用になってるからぬかりがない。あ、弦ちゃんから返ってきたようだ。早いな。あの弦ちゃんが携帯を駆使してるとか夢のようだよ。


「フフッ真田、羨ましいって」
「……」
「今からそっちに行くって書いてあるんだけど、どうする?」
「よし。帰ろうか」

お前はまた何をしているんだというに決まっている。ウィッグも暑いし、と手にかけたところで「まだダメ」と幸村に制された。

「まだちゃんと写真撮ってないだろ」
「いや、いいって」

確かに仮装した時は丸井のメイク技術に驚愕して記念に写真撮ったけど幸村が欲しいと思うほどのことじゃないと思うんだよね。何を思って頑なに撮りたがってるのかわからなかったが早く着替えたかったは「好きにしなよ」と諦め幸村に指示されるままポーズをとった。

それから絶対誰にも見せるなよ、と約束させウィッグを外したところで、まだ携帯を見つめている幸村を見やった。弦ちゃんから返信でもあったんだろうか。



「どうしたの?」
「ん、いや…」

着替えないの?といおうとしたが彼の顔を見て留まった。幸村は窓際で携帯を見つめていたがその表情はどこかもの悲しそうに見えた。
その顔を見たはウィッグを椅子に置くと幸村の傍らまで近づいた。


「大丈夫だよ、幸村。大丈夫」
「…、」
「幸村は間違ってないよ。だから大丈夫」

まっすぐ幸村を見つめ、二の腕を軽く撫でてやれば、彼はくしゃりと笑ってを抱きしめた。背中の羽根が邪魔だろうに幸村はぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。

話を聞けば幸村がテニスを教えてる子達の中に自分に近い病気の男の子がいるらしく、しかも自分よりももっと小さい、小学生という年齢に心を痛めていた。その子の母親の願いで何度もテニスに誘ったり元気付けたりしたがあまり効果はなくて。それで今回のハロウィンも企画したのだという。


「俺が心配したところで、どうにもならないってわかってるけど」
「…でも、幸村はその子の為に何かしたいんでしょ?」

最終的に彼が手術を受ける気になってくれるのが目的だそうだが、幸村はそのことに躊躇していた。

「彼は俺の状況と似ているんだ。夢もあってこれからって時に。手術を受けた方がいいのはわかってるし言うのも簡単だ。ここに"成功例"もいるし、先生達も万全のつもりで手術してくれる。でも、それでも考えてしまうんだ」
「うん」
「もし失敗したら、もし身体が動かなくなってしまったら、そう思うだけで震えが止まらなくなる。あの恐怖を、それでもやるんだと踏み出す勇気を奮い立たせることがとてつもなく苦痛で途方もなく怖かったから…あの気持ちともう1度戦えといわれたら俺は今度こそ逃げ出すかもしれない」


それを、小学生の彼に強いることができないんだ。そういって幸村はにしがみつくように抱きしめてくる。もしかしたら成功の確率はそれ程高くないのかもしれない。

幸村の時もそうだった。あれから随分時間が経ったからもっと確率は上がってるかもしれないけど、でも、そこに辿り着くまでの気持ちは大差はないのかもしれない。



幸村は幸運にも再びテニスが出来た。その結果に周りも医師も奇跡とさえいっていた。幸村は"たまたま運が良かっただけ"と笑っていたけど元通りになるまで彼が惜しみない努力をどれだけしたかテニス部の仲間はみんな知っている。

そしては内心ホッとしていた。もしかしたら幸村の病気が再発するんじゃないかと思ったからだ。丸井にいわれるまですっかり記憶の底に置いてきていたが幸村は未だに不安と隣りあわせでいる。

だからこそ自分に似た状況の子供達を放っておけないのだ。

「…いうしかないでしょ。幸村の他に成功して生き長らえてる人近くにいないんだから」
「……」
「間違いなく、他の誰よりも幸村の言葉が1番彼に届くと思うよ」

たとえ彼に届くことがなかったとしてもそのボールを近くまで投げられるのは幸村だけだ。


「……届くかな?」
「届くよ。幸村がそんなコントロールミスするわけないじゃん」
「フフ。そうだな」
「その子を放っておけないんでしょ」
「…うん」
「だったら頑張れ。その子に冷たくされても、言葉が届かなくても、何度でも」
「……」
「アンタは三連覇を成し遂げた立海テニス部の部長だよ?常勝立海!」
「そうだったな」

フフ、という笑い声と一緒に身体が揺れ、はホッと息を吐く。ここ最近の兆候はこれだったらしい。おかしいと思ってたんだよね。弱ってる幸村なんて。
大丈夫、大丈夫。と背中を撫でてあげると硬かった身体がふわりと緩んだ。


「…俺、子供みたいだ」
「大きな子供だよね」
「前もこんな風にに元気付けてもらってたっけ」
「……そうだっけ?」
「そうだよ。忘れたの?」
「忘れた」

それは勿論嘘だけど。幸村が弱音を吐露するのも、その表情に見分けがつくようになったのも全部付き合ってからの話だ。それを深く追求したくない。追求すれば間違いなく崩れてしまうから。は自分の手が震えてしまわないように深呼吸をするとそれを幸村の胸に置き押した。



「まだ、俺のこと許してない?」
「…許すも何も、終わらせたのは幸村でしょ」

傷が深すぎてどうしようもなくて離れたのにこれじゃ忘れたくても忘れらないじゃないか。そう思って強く押してみたが幸村は離れるどころかを引っ張り腕の中に閉じ込めた。

「幸村…っ」
「鳥肌が立ってる。これって寒いから?それとも…俺を嫌悪してるから?」

擦られた二の腕にゾクリとする。ミシっと鳴った羽根もお構いなしだ。幸村は気に食わないことがあるとこうやって子供っぽい嫌がらせをしてくる。これは付き合う前から知ってたけどこんな意味深に触れられるのは付き合ってからの話だ。


「この時期にこの格好で寒くないっていう人の方が少ないと思うんですけどね」

アンタはあったかそうだけどね。と嫌味で返してやれば幸村は満面の笑みで、にとっては嫌な予感しか感じない笑みで抱きしめる腕に力を込めてきた。もう羽根はダメかもしれない。

「あの、幸村さん…苦しいんで放してくれませんか?」
「いいじゃないか。寒かったんだろ?俺が温めてあげるよ」
「擦らなくていいから…着替えればこの寒さもなくなるんですけどね」
「じゃあ俺が脱がしてあげる」
「謹んでお断りいたします」
「遠慮するなよ」
「遠慮させてください」

元気になった途端これだよ、と幸村を押し退ければ彼は嬉しそうに笑っての手を取った。しまった、捕獲された。


「顔だけ赤いんじゃないか?」
「アンタに絞め殺されそうになったからね」
「じゃあもっと温めてやろうかな」
「何かいってることと、やろうとしてることが違うんだけど…って!ちょっとどこ触ってんの?!」
「どこって、ベルト?」
「ちょっと待て!なんで外してるの?!」
「へぇ。これマジックテープだったんだ……だって裸の方が温まりやすいっていうだろ?」
「はい?!」

何いってんの?!と逃げようとしたが幸村は笑顔のままだ。全然離れない。は?今更?ふざけるな!アンタとはもうお友達なの!フレンドはそういうことしません!



羽根がくっついていたショールを空いてる手で器用に引っぺがす幸村にいよいよ身の危険を感じたは攻撃態勢をとると幸村は噴出し「冗談だよ」と笑った。

「どう見ても襲われてるようにしか思えないんだけど」
「ただ羽根を取っただけなのに?お望みなら押し倒してそれっぽくしてもいいけど」
「勘弁してください」
「冗談だよ。ここでは襲わない」
「………」
「フッ…すごい顔」
「すごい不細工な顔にもなるよ」

今自分がいった言葉をよく思い出してみろ。友達に言う台詞じゃないでしょ。冗談には聞こえないから余計に性質が悪いってことこいつは理解してるんだろうか。…確信犯だろうな。


「……なぁ

笑う幸村に警戒しながらも少しだけ空気が変わった気がして「……何、」とだけ返すと、彼は静かに微笑みの手を引っ張った。その一瞬に気を取られたは気づけばまた幸村に抱きしめられている。今度はさっきよりもずっと密着してダイレクトに彼の体温を感じた。


「もし、頑張っても、届かなくても、それでもこうしてくれるか?」

もし失敗して、彼を救うことが出来なくても。そういわれは息を飲んだ。少し震える手に、は警戒しながらも息を吐いた。やっぱり幸村の根本的な部分は何もわかっちゃいないらしい。


「……その時は頭を撫で回して、息苦しいほど抱きしめてあげるよ」


選ぶのは彼自身で彼の人生だ。どれを選んでも正解で他人は批評できない。幸村が願っていることが思い通りになるとは限らない。それでも行くというなら、やりたいというなら止める術はない。

縋った自分の手は振り払われたのだから。


だったらこの抱きしめる手は一体何なのだろう。そう疑問に思いながらも幸村の背を昔のようにポンポンと撫でてやれば嬉しそうに肩を揺らし、小さく「ありがと」という言葉が降ってきた。



******



今日は欠伸が絶えない日だった。連日のランニングやストレッチにやっと慣れてきて筋肉痛は大分なくなってきたけどまだ体力が追いついてなくてすぐ眠くなってしまう。あと多分月のものが近いせいだろう。

眠いけれどもお腹はすいてるので食べたい。そんなジレンマにあいながらもご飯を食べていると呆れた顔の跡部さんが「お前はジローか」と笑った。

「仕事、忙しかったのか?」
「はぁ、まぁ」
「…そういう時は無理だって連絡してきて構わねぇんだぜ?」

目をしばしばさせながら食べるを珍しそうに見ていた跡部さんは「悪かったな」と謝ってきた。好きでやってるんだから謝る必要はないのに。


「大丈夫です。それに、跡部さんは無理だってわかることはいわないですし」
「……」
「一緒に食べる方が私も助かってますから」

柳や乾くん達データマンのように情報収集して、という風にあまり見えないからインサイトか直感かそんな感じかもしれないけど跡部さんは出来ないと思ったことは絶対にいってこない。それは昔から知ってることだ。乗り越えられる壁しか用意してないなら登るしかない。

今にも落ちそうな瞼のまま跡部さんを見てへらりと笑えば彼は驚いたように目を丸くした。そんなに変な顔だろうか。まあ、どう思われてもいいけど。

でも早く食べないと冷めてしまうな、と口を動かしていればリビングに置きっぱなしだった携帯が鳴り出し少しだけ目が開いた。どうやらメールではなく着信のようで音が止まる様子はない。
マナー的にはこのまま通話を切るなり手早く話して後でかけ直すのがよいのだろうが見えた表示に一気に目が覚めた。


「も、もしもし!」

携帯を手に取り素早く耳に当てたは跡部さんからなるべく離れた場所に移動し耳を澄ました。わざわざ電話なんて珍しい。珍しいだけにちょっと緊張する。



『やあ。今、大丈夫かい?』
「うん。大丈夫」

背中の視線が気にならなくもないけど今は電話の相手の用件の方が重要事項だ。大人になって少しだけ低くなった、でも変わらず柔らかい声に耳を傾けると『フフ』と不二くんが笑った。

『もしかして誰かいる?』
「え?何で?」


不二くんエスパーですか?!跡部さんいるのわってるんですか!?恐怖、と固まっていると『なんとなくだよ』と冗談ぽく笑った。不二くんがいうと冗談に聞こえませんよ。電話なら尚更。

そんなことを考えながらチラリと振り返れば跡部さんがご飯を食べている。こっちを見てると思ったのは勘違いだったらしい。そろそろ食べ終わりそうかな、と見ていると『ねぇさん』と不二くんに呼ばれて視線を戻した。

『近いうちに会えないかな?』
「え?」
『会って話したいことがあるんだ』
「ふ、不二くんと…?」
『そ。僕とさんの2人きりで』


明るい声にはなんとなく、一瞬だけ嫌な予感がした。なにせ今迄不二くんと2人だけで会ったことがなかったからだ。彼のことを嫌いじゃないしいいお友達だって思ってるけど雰囲気のせいかどこか近寄りがたい格好よさがあって言いよどんだ。

『あれ?嫌だった?』
「ううん!そんなことないよ!!ただちょっと緊張するなって思っただけ」
『何を今更』
まったくもってそのとおりなんですが。私も何バカ正直に答えてんのよ。

『大丈夫だよ。これはデートじゃないし別に告白したりしないから』
「ぶっ!!」

思ってもみない攻撃に思わず反応すれば不二くんはクスクス笑って『さんって本当からかいがあって面白いね』とダメージを追加してきた。私、不二くんに何かしたでしょうか。



というか、告白って…とその言葉と一緒に思い出してしまった顔に眉を下げれば『じゃあ11時に森の美術館でどうかな?』と待ち合わせ場所を指定された。

「美術館?」
『うんそう。丁度見たい展示があるから一緒にどうかな?近くに美味しいパスタが食べれるお店もあるし』
「え、うん。私でよければ」

あれ?これってデートじゃないよね?と首を傾げたが話はぽんぽんと進んで『じゃあ今度の土曜日にね』と不二くんが通話を切った。手早い…。不二くん彼女さんとか友達多いだろうに、私でいいのだろうか。


謎だ、と思いながら携帯を見つつテーブルに戻るとじっとこちらを見る跡部さんに気がつき「あ、スミマセン」と慌てて席に着いた。跡部さんの食器を見れば全部綺麗になくなっている。

「あの、私ゆっくり食べるんでよければ先に休んでください」
「いや、構わねぇが……今不二って聞こえたがあの不二か?」
「え?」
「青学の不二周助か?」
「はい。そうですけど」

結局話たいことのヒントすら聞いてなかったな、と思い返していると「デート、じゃねぇよな?」と疑問系で返された。それは私も聞きたいところです。でも。


「まさか。不二くんに彼女いますよ(桃ちゃん情報だけど)」
「…何だ。青学の奴らと会うのか?」
「いえ。不二くんだけと会うみたいです」

不二くんの言葉をそのままいえば、跡部さんはなんともいえない、微妙な顔でこっちを見ていたのはいうまでもない。




ででーん。元祖魔王フラグ。
2014.05.06
2015.12.20 加筆修正