You know what?




□ 82a - In the case of him - □




土曜の休日も欠かさず朝の運動を終えたは軽くシャワーを浴びた後ぼんやりしながらテレビをつけた。番組表を見ながら時間を確認してホッと息をつく。
今日寝坊したから焦ったけど定期的に跡部さんのチェックが入るから慌ててこなしてきたんだよね。

一昨日から出張だから日本にはいないけどちゃんと続けたら岳人くんの弱点を教えてくれるって言うし一応頑張っておきたい。


お陰で脇腹が痛くなって悶絶したけど、と適当にチャンネルを回せばワイドショーっぽい情報番組が映った。そこでは1週間に何があったのかまとめて説明してくれるらしく頭を乾かしながら時間と交互に見ることにした。

おかっぱの女子アナを見ながらそういえば、岳人くんとの勝負で負けたらペナルティつけようぜ!なんていってきたのを思い出す。
正直何それ、と思ったが叙〇苑で奢ってくれるといったので2つ返事で返したのはいうまでもない。


ちなみにへのペナルティは忍足くんがにこやかに「楽しみにしといてや」といっていたのであえて聞いていない。聞けないのは怖いけどろくなことじゃないのはわかってるので聞いてもしょうがないと諦めたのだ。
本気で困ったらジローくんに助けてもらおう、そう思っていると見覚えありまくりな顔がテレビに映ったので思わず肩が揺れた。あ、跡部さん?!


『実は現在海外にいらっしゃるんですが、その跡部景吾さんが向かったイギリスに婚約者である峯岸瞳さんも旅行で滞在していて、どうやら2人きりで会っているそうなんです』
『お2人といえば婚約されていて、少し前に跡部さんの浮気がバレて大変だったということですが』
『彼は悪びれもせず、モデルの女性ともまだ関係を続けているそうですし、どうなるんですかね』
『私個人としては家庭を持つなら婚約者を大事にすべきだと思いますよ。だって彼は大勢の社員を統括する社長じゃないですか。浮名を流すのは勝手ですがもう少し相手を大事にすべきですよ』
『いやだからそのお詫びも兼ねてのデートなんじゃないですか?ここだと周りが煩いから』
『その前にモデルの子と別れるべきなのでは?』

わいわいと自分勝手に騒ぐコメンテーターに呆れてはテレビの電源を切った。あほらしい。
でもまあ、浮気がバレても別れず現状維持な峯岸さんもモデルさんも強靭な心臓してるよね。放置してる跡部さんに関しては正直ドン引きレベルだけど。

渡瀬さんから聞いてたけどこういうの治らないもんなんだなぁ。
そうしみじみ考えていると家を出る時間が迫ってることに気づき慌ててクローゼットに走った。



美術館の近くにあるパスタ屋の店内はこじんまりとした個人経営のお店だった。でも作りがイタリアを特に意識してるのかレンガ造りでレトロな雰囲気が心地いい。ピザも窯焼きのようでこのお店の味を知ってる親子連れやカップルで賑わっている。

店員やお客の楽しげな空気にこのお店はいいお店だな、と感心していると注文し終わった不二くんがを見て微笑んだ。

「結構いいお店でしょ?」
「うん。パスタも期待できそう」
さんが頼んだやつ前に食べたけど美味しかったよ」
「そうなんだ」


不二くんでも普通の味のもの食べるんだ、と感心していれば「お店ではちゃんと普通に食べるよ」と笑われた。お店じゃないとこでは大量に辛いものをかけたり食べたりするんですね。納得。

「それで、美術館が後ででよかったの?」
「うん。お昼食べてからの方がいい時間だったし、回ってる間にお店も閉まっちゃうしね」
「そうなんだ…」

どうやらこのお店はランチとディナーの間に閉まる時間があるらしい。それ自体はよくあることなので不思議じゃなかったけどそんなに美術館にいるのか…と思ったら最後まで不二くんに付き合えるかちょっとだけ不安になった。

前に幸村と美術館に行ったことあったが半分以上良し悪しがわからないまま足だけが痛くなったのを思い出した。


それから程なくして2人分のパスタと不二くんお勧めのピザが来て手をつけたのだが不二くんが選んだだけあって繊細で美味しくてテンションが上がった。美味しそうに頬を緩めれば不二くんも嬉しそうに笑って「ピザもあったかいうちに食べてよ」と進めるので遠慮せずいただいた。美味しい。

「でね。この前電話でいってた話なんだけどさ」
「?うん、」
「何で手塚のことフッたの?」
「…っゴホゴホ!」

このパリッとした薄い生地がなんともいい…!と感動しているところにそんなことを言われたは思わず喉に詰まらせ咽た。



「な、何で、それ…」
「うーん。しいていえば"勘"かなぁ」

渡された水を一気に飲み込み、滲んだ涙と出そうになった鼻水をこっそり拭いて不二くんを見やれば変わらずにこやかにこっちを見ている。パスタは粗方食べているので少し冷めても問題ないのだろう。

顔は微笑んでるけどなんとなく空気が変わった気がして持っていた水を置いたは困った顔で不二くんを見た。

「手塚本人には聞いてないよ。ただ今月は手塚と会う機会が多くてね」
「それで…?」
「うん。見てわかるほど落ち込んでた」

あの様子じゃ桃も気づいたんじゃないかな。と一口分のパスタをぺろりと食べた。「気にしないで食べなよ」といいますがこの内容、楽しげに食べるところじゃないです不二さん。


「告白したのって手塚の誕生会の時でしょ?」
「…そ、そこまでバレてんの?」
「あの時の手塚結構酔っ払ってたからね。乾も"手塚が告白する確率90%"っていってたくらいだし」 「う、わー…」

全部筒抜け。

じゃあ何?あの後何もなかったフリして戻ったの全部無駄だったわけ?バレバレだったわけ?
何それ恥ずかしい…!と顔を覆えば「でもあの時は返事しなかったんでしょ?」と追撃され喋るのが怖くなった。それも乾くんも予想してたんだろうか。いわずもがな、ですか。

「まあ、うん。私酔っ払ってたし、酔いが冷めてからでいいっていってくれたから…」
「それでフられたら意味ないのに……手塚ってばこの手の話になると途端に慎重になるんだよね」
「ある意味テニスも慎重派だと思うけど」
「それでもテニスは勝負時はわかってたよ」


そのまま押し切ればよかったのに。まったく。と溜息を吐く不二くんにはなんともいえない顔で返すしかなかった。

「手塚のことだから"中学の頃から好きだった"なんて全部曝け出してたんでしょ?」
「え、そんなに?!」



だって再会してちゃんと話したのが中学3年の時なんだよ?まさかそこから?!と驚けば不二くんは笑って「長い片思いだよね」と肯定した。本気か。
てっきり高校くらいからだと思ってたよ。そしてどこら辺でそんな心境になったのか皆目見当もつかないんだけど。

途方もない年月にどうしたらいいのかわからなくて困惑していれば気遣うように不二くんが微笑み「店員さんこっち見て伺ってるから早めに食べちゃおうよ」と残ったパスタを指差した。

食欲落ちまくりなんですが、と思ったが冷めてもやっぱり美味しかったしこの後にデザートもあったのでそそくさと食べるといい感じに店員さんがやってきて空になった皿を持っていってくれた。


「どうして手塚じゃダメだったの?」
「……それは、」
「もしかして手塚のことを好きなハーフの子に気を遣ってる?」
「そ、そういうわけじゃないけど、」

追撃してくる不二くんの言葉にどう切り替えしたらいいのか混乱していると店員さんがデザートを持ってきてほんの少しホッとした。甘い匂いと温かい香に少しだけ心を落ち着かせると「ちょっと、気になる人がいて」と切り出した。

「気になる?もしかして跡部のこと?」
「え?ううん。違うけど」

何で跡部さん?と首を傾げれば先日、不二くんから電話を貰った後に跡部さんから連絡があったらしい。『を変なことに巻き込むなよ』って…。何をインサイトしたんだろう跡部さん。


「幸村が、さ」
「え、幸村?」

もしかして、付き合いだしたの?と驚く不二くんに「そ、そういうわけじゃなくて」と慌てて手を振った。

「なんていうか、その、全然、ただの友達なんだけど、さ。なんていうか、ちょっと心配で」
「心配?」
「あ、勿論病気とかじゃないんだけど、その、最近不安定なんだよね」



元々誰かに頼ったり弱音を吐いたりしないから見落としがちだけど、幸村だって1人の人間だから落ち込むことだってあるんだ。
あの時聞いた幸村に似た病気の子とも平行線のまま頑張ってるって聞いたし、それで落ち込んでる幸村を見るとどうしても放っておけなくて。

友達だから込み入ったところまで聞かないけど家族や柳達にも話さないことがあって、それが自分だったら以前付き合ってた自分ならわかる雰囲気があるから、わかってしまうから知らないフリが出来ないのだ。


「今は彼女いないし、なんていうかその、私が面倒見てあげなきゃいけない気がしてて…」
「それって、さんがしなきゃいけないこと?」

友達なのに?と疑問を投げかけてくる不二くんにそうですよね、とも同意した。自分も何言ってるのかよくわからないのだ。あーもう、何いってんだろ。

「…もしかして、さんは幸村のことまだ好きなの?」
「……………もしかしたら、そうなのかも」

なんせ原因もわからず勝手に終止符を打たれたのだ。心残りがないのかといわれたら嘘になる。
けれどさすがに年月が経ち過ぎて未だに昇華できてない自分に頭を抱えたくなった。私、ものすんごい未練タラタラなしつこい女じゃないか。


「恋愛かどうかっていわれると、多分、ちょっとだけ違うと思うんだ。前みたいにこう、わあって気持ちにはなってないし…でもなんていうか、」
「"情"みたいな?」
「…うん。家族とか兄弟愛みたいな、そんな感じかも」

下手にテニスで青春を極めてしまったからそこら辺の友達よりはずっと親密な関係だと思う。血は繋がってないけど信頼できる大切で特別な仲間なのだ。その中に幸村もいるのだ。
たまたま恋人になってしまったから色々連鎖して混同してるけどこの感情の根幹は近しい友人として心配してるそれなのだと思う。



「…だったらさ。もう1度だけ手塚にもチャンスをくれないかい?」
「え?」
「だって、さんにとって幸村はただの"友達"なんでしょ?勿論好き"かもしれない"けど、でもそれはあくまで"かもしれない"であって、さんが本気になれる人も"いない"ってことだよね?」
「え?ええ?」
「もし、本気で好きな人が出来たら幸村のことも友"情"としてちゃんと支えてあげられるんじゃないの?」
「っ……!」
「ずっと友達だと思っていた手塚に告白されて混乱してると思うけど、でも今付き合ってる人も本気で好きな人もいないなら…ほんの少しだけ手塚を"異性"として見てほしいんだ」
「……」
「ほんの少しでいいから、手塚にチャンスを与えてほしいんだ」
「え…でも、私そんな大層な人間じゃないし…チャンスだなんて」
「お節介って思うかもしれないけど、僕にとって手塚は大切な仲間で友人だから……放っておけないんだ」

そういって微笑む不二くんには何も返せなかった。そんなこといわれたら断ることなんて出来ないじゃないか。


「で、でも…期待に応えられるかどうかは」
「うん。それでも構わない。ただほんの少しだけ意識して見てほしいんだ」
「……」
「きっとさんが知らない手塚のいいところがたくさんあると思うよ」
「う、ん……」
「それとも、事前に跡部に許可を貰った方がいい?」

さんの友達付き合いにも口出ししそうな雰囲気だったし、と茶化す不二くんに「別にいらないよ」と肩を落とした。
一口だけケーキを食べると甘い上品な味が舌先に広がった。ああ、美味しいな。


「…見るだけだよ?」
「うん。ありがとう」

にっこり微笑む不二くんにしてやられた感を感じなくもなかったが本当に嬉しそうにしてるのを見て息を吐くだけに留めた。フッた相手と顔を合わせる手塚くんの気持ちは考えなくていいんだろうか。物凄く迷惑な顔されたら今度は私がダメージ受けそうなんですけど。

でも今の不二くんに逆らえる感じしないしな、と黙々とケーキを平らげれば食後の飲み物が空になったのを見計らって不二くんが「じゃあ行こうか」と立ち上がった。



「え、あ。美術館」
さんが向かうのはこの近くにあるテニスコートだよ」
「………え?」
「そこに手塚がいるから」
「ええ?」

会いに行こうか。と微笑む不二くんには呆気に取られたまましばらく動くことが出来なかった。



******



カランカラン、とラケット達が地面に落ちてはコートの上をすべっていく。大事なラケットを落とした張本人はこちらを凝視したまま固まっていた。

「やあ手塚。いい反応だね。久しぶりに君の驚いた顔を見たよ」
「………不二。これはどういうことだ?」

隣にいた不二くんがにこやかにの肩に手を置くと銅像のように固まっていた手塚くんの眼光が光り傍らにいる糸目の不二くんを睨んだ。しかしラスボス不二くんには全然通じないらしく「大丈夫?ラケット落ちたよ?」と平気な顔で微笑んでいた。


「何故、と一緒にいる」
「勿論デートしてたんだよ」

不二くんがそういった途端、手塚くんは持っていたテニスバッグまで落とした。めちゃくちゃ動揺しまくってる手塚くんにはこのまま逃げてしまいたい気持ちになった。物凄く心が痛いです不二くん。

しかし逃がさないとばかりに肩に置かれた手は離れる気配はなくむしろ前へ押し出そうとしてくる。いや、この靴じゃコートに入れませんから。と彼を仰ぎ見れば「落ちたラケット拾ってあげてよ」と有無を言わさない笑顔でのたまった。ああ、不二くんが悪魔に見える…。


不二くんに連れてこられたのは大会にもよく使われるテニスセンターで、広い敷地にテニスコートがたくさんあった。そこではアマチュアの人達が寒い中打ち合っていて楽しそうにしている。
手塚くんもその中の1人だったが彼は室内コートでプロ仲間の人と打っていたらしく丁度一区切りついたところだった。

「…何故、ここに?」
「乾から聞いたんだ。今日のこの時間はここにいるって。さすが乾だよね」
「「……」」
「手塚の友達?」

ぬっと隣に現れた爽やかな笑顔の彼はここのスクールのコーチもしてる人らしい。瀬間さんといって握手してもらったが名前にピンとこなかったは曖昧に笑うだけに留めた。後で調べておこう。



たまたまなのか気持ちよく練習する為か3面あるコートにいるのは手塚くん達だけで、4人しかいない室内コートでは話し声が少し響く。

その広々とした空間に凄いですね、と零せば瀬間さんは笑って「みんなと一緒にやってもいいけど手塚は人気者でみんなも練習どころじゃなくなっちゃうから」と茶化した。それに納得して「ああ、」と漏らせば手塚くんの眉間が3割増に寄った。

「練習中に手塚を訪ねてくるなんて珍しいね。何?結婚報告とか?」
「「違います」」

アポなしなんでしょ?急用なの?と瀬間さんが先走って聞いてくるので思わず手塚くんと一緒になって言い返してしまった。こういう時の不二くんは笑って見てる人なので否定には参加してこない。本当いい性格してるよね不二くん。


「え?何?じゃあただの友達なんだ?急用?」
「まあそんなところですかね。瀬間さんはこの後どうするつもりなんですか?」
「確かこの後はトレーニングする予定だったな」
「あ、ああ。そうだけど」
「ここにあるトレーニングルーム?さっき外から見たけど結構大きかったですよね?僕もちょっと中を見てみたいなぁ」

畳み掛けるように不二くんと手塚くんに追い立てられた瀬間さんは、「それじゃ」と手を振る不二くんに背中を押され、その場を後にした。「あの2人ってもしかして」とコートを出る間際に零した瀬間さんに噂好きだな、と断定したは手塚くんと一緒に肩を落としたのだった。




オリキャラさんは即退場となりました。
2014.05.12
2015.12.20 加筆修正