You know what?




□ 83a - In the case of him - □




テニスセンターを出ると大きなイチョウの並木道があって、左に歩いていけば商業施設、右に歩いていけばゴルフ場に辿り着く。手塚くんはジャージを着て右に進みもそれに習った。

11月ともあって大分葉は落ちてしまったが見上げても天辺が見えるか怪しいイチョウに口が開いたままになる。きっと紅葉が美しいんだろうな、と安易に思えてその季節を外したことを少しだけ残念に思った。

見えてきたゴルフ場を横切り入っていったのは森林が広がる散策道で、散歩をしてる人がちらほらいるが手塚くんを見て声を上げる人はいなかった。多分ジャージを着てるプロをそこらかしこで見てるせいだろう。もしくはそこまで興味がないか。
どちらにしても騒がれないのはいいことだと思いながら適当に置いてあったベンチを見つけ並んで座った。

来る時は商業施設の方から歩いてきたはこんなところがあったんだ、と周りを見渡した。テニスコートとゴルフ場に挟まれたここはとても静かでホッとする。
はじめはカフェテリアでもいいのでは?と思ったが冬支度してる木々とはいえ自然に囲まれる方が何だか心地よく感じる。ちょっと肌寒いが差し込む日差しが丁度よくもあった。


「久しぶり、だね」
「ああ。そうだな」

そうはいってもまだ1ヶ月くらいしか経ってないのだけど。電話やメールはともかく前は半年くらいあけて会う、なんてこともあったのに…それだけ何を話したらいいのかわかってないのかと思うと先が思いやられるな、と思った。

隣の手塚くんを見れば前を向いたまま姿勢よく座っている。腕は組んでいないが少し手持ち無沙汰なのか膝の上に拳を作って置かれた手がなんとも弦一郎を彷彿とさせて眉が下がった。こういう格好の時の弦一郎は決まって緊張しているから余計に気になってしまう。


「元気だっ……ああいや、えーと、」

元気?なんて私が聞いたらいけない言葉だよね。不二くんだって手塚くんが落ち込んでるから心配してここにつれてきたのに。



「あ、テニス格好よかったよ。終わりかけだったけど…やっぱ生の方が迫力があっていいよね」
「……」
「次は冬だっけ?全豪の…」
「いや、今回そちらは出ない。…それよりもお前はどうなんだ?」
「え?」
「俺に会いたくないなら、無理に会いに来なくてもいいんだぞ」

どうせ無理矢理不二が連れてきたんだろう?という手塚くんに思わずバッと振り向いた。

「あ、会いたくない、なんて思ってないよ!…ただ、その、どんな顔をして会えばいいのかわからなかっただけで」
「格好いいなどと褒める言葉も要らない。社交辞令なら尚更な」
「そ、そんなんじゃないよ!」
「……」
「私、こういうのあんまり経験なくて…その、怖くてそのまま離れちゃうことが多かったからわかってないんだよ」


数えてみても告白した回数なんて片手もないけど、その分入れ込みもあってかフられた後は相手を避けることが常だった。相手も妙に余所余所しくなったりを避けたりするから余計に拍車がかかったといってもいい。

どうせ私なんかに会いたくないだろう、話したくないだろう、という悲観的な気持ちでいたのと裏で弦一郎が目を光らせていたのも原因のひとつだったが、大半は関係を修復しよう、という気持ちがなかった自身の問題だったといえる。


その問題を放置していたツケが今まさに幸村と手塚くんで向き合わされ途方に暮れているわけだが、自発的にやってきた幸村の時と違って不二くんを介して手塚くんに会いに行くというのはなかったは何を話したらいいのかわからないでいた。

もう少し考えてから来るべきだったのでは?と今更にことの重大さに気づいて余計に言葉が詰まった。

「…俺は今迄の相手と違って、このまま離れてしまうのは嫌だと、そう思っているのか?」
「う、うん…」
「以前のように、友人として付き合いたいと?」
「うん、」
「それは無理な話だな」

まだ気持ちが残っているのに。そう零す手塚くんが視線を下げ自分の拳を見つめた。



それはそうだと思う。不二くんの言葉が本当なら中学から想いを寄せていたのだ。そう簡単に気持ちを切り離せるものじゃない。
その相手が自分かと思うと本当に?という気持ちもあるけどわざわざ口にするほど野暮じゃないし嘘とも思わなかった。だから余計に申し訳ない気持ちになる。

「うん。無理なのはわかってる。けど、」
「同情で、俺を可哀想だと思ってここに来たのならもう止めてくれ」
「……」
「気持ちの整理も出来ないまま、以前のように普通に接しろなんて拷問もいいところだ」


突き放すような冷たい言葉に血の気が引いた。
思ってた以上に手塚くんを傷つけていたんだってわかって言葉もなかった。

そうだよ。私は知ってたじゃないか。フラれた側の気持ちを。どんなに忙しくしても頭から離れなくて苦痛でたまらなかったことを。どんなに時間をかけて気持ちを整理してきたか。
フラれた相手と再会してどんな気持ちになったのか。恋なのか友情なのかわからない曖昧な気持ちをふん切れない情けない自分が手塚くんに何をいえるというんだ。

たかだか1ヶ月くらいでどの面下げて普通に話そうなんて思ったんだろう。そう思ったらもうここにいれないと思って立ち上がった。引いた血は全身に広がって震えが止まらない。まるで血が外に流れ出てしまったかのように寒くて力を入れないとそのまま崩れてしまいそうだった。


「ごめん。もう来ないよ」
「……」
「考えなしだった。ごめん」

きっと私は手塚くんに甘えていたんだ。弦一郎に似ている部分があったから心のどこかでまた以前のように話せるんじゃないかってそう思ってたんだ。
さっきは不二くんや瀬間さんがいたからであって、親戚ではなくて赤の他人だから自分の予想が外れただけだ。

そんな簡単なこともわからなかったなんて。
あまりにも楽観的だった自分が情けなくて恥ずかしくて悔しくて涙が滲んだ。それを隠すように顔を逸らしたは「ごめん」と残してそのまま手塚くんに背を向け足早に離れていった。



この散策道がどういう作りになってるかはわからないがどうでもよかった。とりあえず手塚くんから離れられれば。何度か木の根に引っかかり転びそうになりながらも足を動かした。涙はもう堰を切っていて、頬に何本も筋を作っている。バカだ。本当もうバカ。泣く資格なんてないのに。

「待って」

最低だ、と自分を罵っていれば腕を掴まれつんのめった。掴まれた手の熱さに最初ギクリとしたが、振り返れば手塚くんとは違うさらりとした色素の薄い髪を揺らした不二くんが立っていて、を見るなり目を見開き眉を寄せた。


さん。手塚のところに戻って」
「…っ無理だよ」
「戻るんだ」
「無理だって、いってるでしょ!」

どうやら来た道を戻っていたようで木々の隙間からテニスコートのフェンスが見えた。
このまま帰らせてほしい、そう訴えても不二くんは手を放してくれなかった。むしろきつく掴んできて押し返す。戻らせようとする彼に嫌がって声を荒げれば不二くんは辛そうな顔でを見た。

「さっき瀬間くんから聞いたけど練習に身が入ってないんだよ、手塚」
「……っ」
「ミスも多くて次にある大会も見送るくらい。その原因がなんなのかさんならわかるでしょ?」
「けど!私には…なにもできないよ」


むしろ私はいない方が、といったところでガサリと音がして2人が振り返った。後ろにいたのは置いてきたはずの手塚くんで、達を見ると目を見開き、そして怒ったように眉間に皺を寄せた。

「不二。何故ここにいる」
「…さんを迎えに来たんだよ。"手塚がさんを泣かせてるんじゃないか"って思ってね」
「……っ」
「手塚っていつまで経っても女心がわからないよね」

もういいよ、というと不二くんはの肩を抱くとそのまま引き寄せ手塚くんに背を向けた。



さん。顔を拭いたら気分転換に美術館行こうか。それとも喫茶店がいい?」
「え?あの…」

美術館の話は確かにしていたけど、さっきといってることが逆じゃないか?と困惑していれば肩を掴まれてる方の腕を引っ張られ、不二くんがドン、と押されて木にぶつかった。
押した相手は勿論手塚くんで彼はの手首を掴み直すと不二くんを放ってまた散策道へと戻っていく。振り返れば木にもたれかかった不二くんがにこやかに手を振っていた。


「あの、手塚くん!待って!お願い!!」

ずんずん歩いていく手塚くんにはストップをかけた。既に後ろには不二くんの姿はなく、周りも人影や声も聞こえないくらい奥の方へ来てしまった。喉かにさえずる鳥の鳴き声だけが響く場所でやっと立ち止まった手塚くんはまだ怒ってる顔でこちらを振り返った。


「……どうした?」
「パンプス…あ、靴が脱げちゃったから…取りに行ってもいい?」

いつもなら左程感じないのだが罪悪感を感じてるせいか少々怖く感じる手塚くんに視線を逸らし数メートル離れた場所にぽつんと落ちているパンプスを見やる。すると手首を掴んでる手がぴくりと反応した。
驚いたのと引っ張られてる間に涙は止まった。まだ少し濡れてる頬を拭いながらパンプスがある方へ戻ろうとしたら「俺が持ってこよう」といって手塚くんが先に歩き出した。


「ごめんね」
「いや、俺の方こそ気づかなくてすまない」

片足を上げたまま戻ってくる手塚くんを見ていると彼はそっと目の前にパンプスを置き、そしてしゃがんだまま足を出すように手を差し出した。

「え?」
「足が汚れただろう?土を落とさないと履いた時に痛いぞ」
「そうだけど、でも自分でやれるし、それに手塚くんの手も汚れ」
「構わない」

いうが早いかの足を掴んだ手塚くんにバランスが崩れて慌てて彼の肩を掴んだ。ああ、バッグを当ててしまった。やばい、と冷や汗を流したが手塚くんは気がつかなかった素振りで淡々と足の裏の土を落とす。



「……あの、さ。不二くんがいったこと、冗談だよ」

足の裏を撫でられるくすぐったさと沈黙に耐えられず言葉を発せば手塚くんの動きが止まった。

「そうだろうな」
「…気づいてたんだ」
「いや、今気づいた」

ついた土を綺麗に払った手塚くんはまるで王子がシンデレラにガラスの靴を履かせるかのようにパンプスをに履かせるとゆっくりとした所作で立ち上がった。そんな彼を目で追いかけるとぱちりと目が合った。


眉間の皺は相変わらずだが怒ってるわけじゃなく言葉を考えてる顔だった。彼は手についた土を落とすと溜息混じりに息を吐き、心を決めたような目でを見つめた。

の、泣いてる姿を見て頭の中が真っ白になった」

動揺したんだろう。そう分析して正直に吐露する手塚くんには目を瞬かせることしかできなかった。動揺して不二くんを突き飛ばしたの?手塚くんが?と首を傾げれば彼は眉を下げ「すまない」と謝ってくる。


「連れて来られたとはいえ、会いに来てくれたのにきつい言葉で突き放すのは間違いだった」
「そんな…それは、私も。何も考えずに連絡もなしに押しかけたから」

怒られても仕方がない。むしろ心の準備をする時間も与えなかった自分に非がある、そう思って視線を下げれば「、」と呼ばれ視線を戻した。

「前にも確認したが、気持ちは変わっていないんだな?」
「……うん。ごめん」
「いや、謝らなくていい」

むしろ謝られる方がきつい、と冗談っぽく笑う手塚くんに気を使わせてしまったと焦ってまた謝って我に返った。申し訳ない。と心で謝って苦い顔をすれば気にするな、と言葉が降って来る。見上げれば真剣な目がを見ていた。



「元通りに、というのは無理だが、俺も友人であるを失いたくない……かといってすぐに整理できる感情でもないだろう」
「…うん、」
「いつかは折り合いがつくだろうが、それまでは恐らく"そういった感情"を抱いてお前と接することになる。それでも構わないというなら…俺はお前との関係を続けていきたい」
「うん。私も、手塚くんを失うのは辛いよ」

嫌になって拒絶するかもしれない、とはいわなかった。
この関係が同情だと揶揄することも、怒りもしなかった。
ただ淡々と真摯に紡がれる言葉にも真摯に受け止め頷いた。

やっぱり手塚くんは強いなと思う。そして器の大きな人だな、とも。こんな人を好きになれたらきっと自分もちゃんと地についた考えで物事を見れるようになるのかもしれない。
こんないい人を傷つけるなんて、なんて自分は傲慢で我儘な人間なんだろう。そう思ったら急に泣けてきて目を潤ませれば手塚くんが困ったように眉を寄せた。


…?」
「ごめ、そういうのじゃないの。何か最近涙腺が弱くって…感情が昂るとすぐ泣いちゃうの」

手塚くんのせいじゃない、と謝れば強い力で抱きしめられた。ぽろりと落ちた涙は手塚くんのジャージに染み込んでいく。頬に触れるジャージの感触と温かさに動揺すれば頭の上で「すまない」と謝る声が聞こえた。

「て、手塚くんのせいじゃないよ?!」
「わかってる」
「……」
「…1ヶ月ぶりにと会って、どう話せばいいのか、触れていいのかわからなかったんだ」


耳元に聞こえる声はいつもの彼にしてはとても弱っていて心が軋んだ。こうやって触れることもいけないことに感じていたらしい。好きだという感情があるからそれがの迷惑になるんじゃないかと、そう告白する手塚くんにまた泣きそうになった。そんなことない。そんなことないよ。


「……さっきも、こうすべきだったんだな」


泣かすつもりはなかったんだ。と強く抱きしめる腕にはただただ申し訳なくて、嬉しくて、受け止めるように彼の背に手を回したのだった。





2014.05.11
2015.12.20 加筆修正