You know what?




□ 85a - In the case of him - □




岳人くんとの対決も試合には負けたけど勝負には勝てたは、いつ叙〇苑に食べに行こうかなと予定を組み立てていると跡部さんから『今日の夕飯は作らなくていい』というメールが届いた。
いつもならそれだけで終了なのだがメールには続きがあって『仕事が終わったら俺の部屋に来い。いいものをくれてやる』とあった。

いいものって何?と首を傾げたが仕事が終わりマンションに帰っても考え付かなかった。まあ、跡部さんだからな、とエレベーターを降りれば自分の部屋の隣のドアに寄りかかる姿を見つけ目を見開く。

ビッ…クリしたー。久しぶりに待ち構えられたよ。

ドアの前で腕を組み、モデルのように寄りかかっているのは勿論跡部さんで、エレベーターの開閉音で気づいたのか下げていた視線を上げこちらを見てきた。

仕事帰りのままなのかスーツ姿で、を見止めると組んでいた腕を解きこっちに来いと手招きしてくる。呼ばれるままに彼に近づけばドアが開き部屋の中へと促された。


「飯はまだだよな?」
「はい。跡部さんもですか?」

先に歩く跡部さんについていけばダイニングテーブルにワインらしき包みが何本か置いてあってその傍らにビニール袋もあった。「開けてみな」といわれ、いわれるがままにボトルの包みを開ければ案の定ワインが入っている。そして銘柄を見て「あ!」と声を上げた。

「そういえばボジョレー始まってましたね」
「何本か貰ったからお前にも分けてやろうと思ってな」


好きなのを持って帰っていいぜ、という跡部さんには何度か目を瞬かせボトルを見つめた。これ確かマネージャーがやっと手に入ったって狂喜乱舞してたやつだよね…?
多分他の銘柄も結構お値段がするやつだった気がする。

本当に貰っていいのだろうか?とボトルと睨めっこしていたら「お前、ワイン苦手だったか?」と跡部さんが心配してきたので慌てて否定した。



「どれも飲んだことないやつなんで迷っちゃって」
「…そうだな。これなんか飲みやすかったが俺も全部飲んだわけじゃねーし…試飲してみるか?」
「え?」
「全部でも構わねぇし、どれか気になるやつでもいいぜ」
「ええ?」

いいの?!と跡部さんを見れば、「どうせ手元にあってもいつ飲むかわかんねぇし、こういうのはさっさと飲んじまうのがいいだろ」といってきたので思わず高揚した。マジでか。

「えっとですね…!」

いやでも、さすがに全部はないよね。そこまで飲みきれないし。1…2本は欲張りかな。でもどうせ跡部さんとのご飯の時に出すかもだし…そうなるとそれに合わせて献立も考えなきゃ…いやいやいや、それはまた後で考えればいいよね。

どうしよう。
跡部さんがいいといってくれたとはいえ何となく悪い気がしたので、できれば開封したやつを持ち帰りたいなと思った。


「じゃあこれで!」

他のも気になるけどその中でもこれが気になる!というマネージャーが選んだボトルを掲げれば「んじゃ、これを最初に開けるか」といってそのボトルを跡部さんが受け取った。

「それから、これと、これだったな」
「へ?」
「こいつらも見てただろ?」

全部お見通しだ、と言わんばかりに口元を吊り上げる跡部さんには微妙に気恥ずかしくなって口を噤んだ。くそう、さっさと決めればよかった。


ボトルをリビングにあるテーブルに持って行き、ビニール袋も持って行けば跡部さんはキッチンから栓抜きとワイングラスを持ってきてソファに座った。…試飲にしてはがっつり飲む感じなんですけど。
気のせいかな?と思いながらも渡されたビニール袋の中身を見て首を傾げた。飲む気満々じゃないですか?



「…これって試飲、なんですよね?」
「別に店で試飲するわけじゃねぇんだ。好きに飲んだって構わねぇだろ」
「はあ、確かに」

それはそうなんだけど。ビニール袋に入っていたチーズや生ハム達を取り出しながら跡部さんを見ると器用にワインの栓を緩めていく。私の場合結構な割合で曲がるから1発で決められるのが羨ましいな、と思った。

ポンという音と共に注がれたワインは芳醇な香を纏っていて、グラスを満たす赤い液体がキラキラと輝いていた。予告どおり試飲というには多めに注がれたグラスを受け取り、一瞬ジローくんに言われたことを思い出す。


よもやまさか跡部さんと呑み会をすることになろうとは。オペラを歌いだす前にさっさと部屋に戻ろう、と心の中で誓いつつグラスに口をつければ思った以上に濃い味が鼻と喉を通り過ぎていった。ヤバイ。美味しい。

「これ、当たりじゃないですか?」
「ああ。そうだな…んな顔しなくても今更やらねぇなんていわねーよ」
「……そんな顔してました?」

目を輝かせ跡部さんを見ると彼も頷いたので確実にこれは美味しいやつだ!と思った。
思ったがだったら跡部さんも飲みたいんじゃ…と気づき彼を伺うと彼は笑って「好きなだけ飲みな」とボトルごとこちらに寄越してくる。
跡部さんいい人…!と喜べば「お前簡単過ぎだろ」と嬉しそうに彼も笑った。


それから他の2本も開けたけど美味しいと思ったのは最初の1本目だった。さすがマネージャー。
しかしワインを決めたもののこのまま帰ってしまうのは少し失礼かな、とか他のワインも飲んでみたいかも、という欲求が出てきてしまい、あともう少し、あともう少しと居座る時間を伸ばしていった。


「…跡部さんって、時間使うのうまいですよね」

適当につけたテレビで、このニュースはどうのとかこのバラエティはどうのと飲みながら喋っていたは、ずっと思っていたことを述べてみた。
どうやったらそんな時間を割り振り出来るんだろう、と跡部さんを見ると全然酔ってない顔で「そうか?」とどうでも良さそうに返してくる。こっちは結構酔ってるっていうのになんて人だ。



テーブルには空になったボトルが2本あって、大半は跡部さんが飲んでいる。も飲んでいるが深酒しないように合間に食べているのでペースも遅い。
だからいつもよりはマシなはずなのに、跡部さんを見てると身体がぽかぽかしてる自分の方が酔っ払ってるように見える。すきっ腹に入れてるはずなのになんて人だ。

「だって仕事忙しいのに一緒にご飯食べたり、練習付き合ってくれたり…どうやって時間割作ってるんですか?」
「…授業の時間割みたいなこというんじゃねぇよ。たまたま時間が空いただけだ」
「たまたまって…他に休日の過ごし方ないんですか?」
「あるに決まってんだろ。だがまあ、とりあえず今はお前の体力向上をさせるのが休日の過ごし方だな」
「…友達いないんですか?」


というか、それを休日の楽しみ方じゃなくない?と嫌そうに眉を寄せれば、グラスを持ったまま跡部さんがこっちを指差してきた。

「お前が友達だろ?」
「…………はあ、まあ、そうですか」

友達、といわれてドキリとしたがいい意味なのか悪い意味なのかよくわからなかった。ただ単純に目が合ったから、かもしれないけど。


「というか、全然酔ってませんよね?」
「アーン?少しは酔ってるぜ?これだけ飲めば当然だろ?」
「その割には全然平気そうですけど」
「あー俺はあんま顔に出ないからな……お前は随分酔ってるように見えっけど」
「顔が赤いだけですよ。本気で酔っ払ったらもっとハイテンションになりますから」
「へぇそうか。んじゃ飲め」
「えっ…ちょ!こんなに注がないでくださいよ!!」

グラスいっぱいに注がれたワインにぎゃあ!と騒げば「もう1本持ってくるか」と跡部さんが立ち上がった。マジでか。



「そういやいつも気にしてるワインあったよな?」
「?!いえ、ないですよ?!」

ダイニングにあるワインセラーに美味しいけど庶民にはなかなか出回らないワインがあって実はとても気になっていたのだ。個人宅のワインセラー自体驚きだったので最初はジロジロ見てしまったけど今はそのワインしか目に入らない。

だけど、それを跡部さんが見ていたなんて思ってなくては赤い顔が余計に赤くなった。

隠しきれてない裏返る声に跡部さんは笑うと「んじゃ良さそうなのみつくろってくるか」といって歩き出す。あの人はこの後何本飲む気なんだ…。少しふらつくように見えなくもない足取りを見ながら早めに帰宅しなかったことをほんの少しだけ後悔した。



******



心地よい匂いと足先の冷たさに呼び起こされて身じろげば、身体がうまく動かなくて眉を寄せた。どことなく身体が痛い。
何で?とぼんやり目を開けると目の前に大きすぎるテレビが見えた。斜めってる視界にあれ?と首を動かそうとしたが頭に何か乗っていてすぐには動かせない。

どうやらはソファに座ったまま寝ていたらしい。身体が妙に凝り固まってるのも足先が冷たいのもそのせいだとわかった。突っ張る首を気にしながら視線を上げればすらっとした鼻先が見えた。あれ、これってもしかして。


聞こえる呼吸音に段々と脳が回転してきて同時に汗が吹き出た。足先と指先は変わらず冷たいが心臓だけが驚いて大きく波打っている。1度あることは2度あるものなの…?というか、どうして?そこまで考えて視界の端に入ったボトルに「あ、」と声を漏らした。

そうだった。昨日、飲むだけ飲んでそのまま寝てしまったんだ。

酔っ払う前に帰ろうと誓った約束はあっさり破られ、は自分の限界まで飲んだのだ。いくら跡部さんが注いでくるからって飲まなきゃいけないわけじゃなかったのに。ああでも、跡部さんが持ってくるワインはどれも美味しかったんだよな!
己の欲求に勝てずそのまま寝てしまった自分に"やっちまった…!"と心の中で頭を抱えた。


この状況に仰天したが、とりあえず自分の心臓の為にも離れよう。そう思い頭を動かしていると毛布がずり落ち肩が急に寒くなった。これって、跡部さんがかけてくれたんだろうか。

毛布は一応1人1枚ずつかけてあるが身体は寄り添うようにくっついていて身動きが取れない。彼の肩と頭に挟まれた自分の頭を引き抜くと跡部さんも起きたのか「んん、」と声が漏れた。

「…おはようございます」
「今、何時だ?」

凝った首や肩を解すように手を当て跡部さんを伺えばなんとも隙だらけのだらしない格好で欠伸をかいた。腕時計の時間を見れば8時を過ぎたところでそれを告げると「マジかよ」としかめた顔で頭を掻く。いつもきっちりしてる髪型がボサボサになってなんだか普通の男の人に見えた。



「今日仕事ですか?」
「ああ。朝から会議なんだが…行くのめんどくせー」
「(跡部さんでもそんなこと思うんだ…)会議、何時からなんですか?」
「………9時」

急げば間に合うかもしれないけど、お風呂とか準備とか考えると微妙だな。うな垂れるようにソファに座ったまま動かない跡部さんに本当に酔ってたんだ、と思った。確かにあれだけ飲めばなぁ。私も頭重いし。

2人で二日酔いとか…と考えていると跡部さんがおもむろに立ち上がった。頭を切り替えたらしい。仕事行くぞ!て目になっている。二日酔いは私だけかもしれないな。


「お前は今日休みだったよな?」
「はい」
「んじゃ、午前中までに酒抜いとけよ。午後からはいつもどおり練習するからな」
「へ?午後?仕事は?」
「仕事は午前中だけだ」
「げぇ、」

マジですか。この二日酔いの身体で?と苦い顔をすると跡部さんは呆れた顔で「お前まだ20代だろ?それくらいできんだろ」とさも当然にいってきた。どこぞの体力バカな親戚と同じと思わないでいただきたい。

というか跡部さんだって二日酔いじゃないですか、と切り返せば栄養ドリンクでなんとかなんだろ、と返された。忍足くん達と飲んだ時はこんな感じなんだな。なんつー無理矢理な扱いしてんだよ。いつか身体壊すぞ!とお風呂に向かう跡部さんを見て思わず口が出てしまった。


「朝ごはん、いつも何食べてるんですか?」
「?……あーコーヒーとカロリーメイトかウ〇ダーかあとは…」
「………食欲はあるんですか?」
「…食えっていわれたら食えるが」

夜遅い就寝と朝早い出勤に、移動と食事よりも睡眠を優先してまともな食事は実家とホテルでしかとっていないらしい。
何で実家に帰らないんだ、と思ったが「忙しくてそれどころじゃなかったんだよ」といわれれば返しようもない。昼はしっかり食べてる、ていうけどドカ食いは太る元なんですよ?身体にも悪いし。



「出かける時間は?」
「今日は迎えに来させる。会議の内容を頭にいれなきゃなんねーしな」
「じゃあ10分…あ、5分でもいいです。その時間をください」
「…?」
「食べれるもの何か用意しますから。それ食べてから会社に行ってください」

たいしたものは準備できないけどちゃんと座って消化にいいものを食べれば内臓を苛めずにすむだろう。そう思い立ち上がれば跡部さんに抱きしめられた。え?と目を白黒させれば少し離れた彼が嬉しそうに微笑んでいてドキリとした。


「いい忘れるところだったぜ。おはよう」
「……お、おはようございます」

挨拶に抱きしめる、という行動は必要あったのか?何事?と目を瞬かせると跡部さんはボサボサになってるの髪を指で梳いてその手を頬に持って行き親指で軽く撫でた。


「昨日の酔っ払ったお前、結構面白かったぜ」
「……げ。忘れてください」
「笑った顔が、スゲー可愛かった」
「……っ」
「素面の時ももっと笑っていいんだぜ?」

可愛いんだからよ。と笑った跡部さんは「朝飯、楽しみにしてる」といってそのまま寝室の方へと行ってしまった。取り残されたは何が起こったのかよくわからず固まったまましばらく動けなかった。

おかゆ作ろうと思ってたけど…入れる具を増やさないとダメかな。




オペラの出番はありませんでした。
2014.05.17
2015.12.20 加筆修正