You know what?




□ 86a - In the case of him - □




「あー!ちゃん!!来てくれたんだ!」
「うん。すっごい賑わってるね」

居酒屋に入り、案内された座敷には元青学メンバーがずらりと揃っていた。今日は菊丸くんの誕生日会で主催してるのも菊丸くん本人らしい。こういう機会じゃないとみんなが集まらないから絶対に来いよ!と召集したのだそうだ。
座敷の人数を見ても菊丸くんの好かれ具合がわかる。先輩も後輩も色々いて仲がいいなーと思った。

「さーさ!ちゃんはこっちに座って!お酒何飲む?」
「…俺もいるんだけど」
「おわっ!芥川?!」


ぐいぐいと引っ張られ、菊丸くんの隣に座ったはメニューを渡されたが彼との間に無理矢理ジローくんが座り込んだので、菊丸くんは大いに驚いた。

「あり?俺呼んだっけ?」
「俺はのボディーガード。、ソフトドリンクもあるよ」
「え、あ、うん」

指されたソフトドリンクの欄に、は苦笑しながら菊丸くんを見れば彼の視線はテーブルを挟んだ向こう側に向いていたのでもそちらを見やった。あ、不二くんだ。

「フフ。何?芥川まで呼んだの?」
「いやーその、たまたまね」
「そ。たまたま一緒にいたから俺も飲もうと思ってきたわけ」
「(ジローくんは飲むのかよ)」
「…さんだけおいでっていえばよかったかな」
「そんなこといってもついてきたけどねー」

あれ?何だか不穏な空気を感じるんですが。の前に座った不二くんはにこやかにジローくんを見たが、ジローくんはどうでも良さそうにメニューを見ながら返した。さすがジローくん。



実は少し前に菊丸くんの誕生会をやるぞ!て話は聞いてたんだけど、先月と来月の出費がかさんでるので控えるつもりで呼ばれても行かないと決めていたのだ。
厚意とはいえ、榊さんに借りてる部屋のこともあるし遊びすぎはよくないかなって思ってのことだったが、今日になって不二くんから『ここでやってるからおいでよ』と地図つきでメールが来てしまい、Yes Or Yes. の選択しかなかった。

不二くんには手塚くんの件で色々お世話になってるから断れないんだよね…。
少し不機嫌そうにしてるジローくんとは本当にたまたま、彼が家の手伝いをしてる時に遭遇して世間話をしてたところに不二くんからのメールだったから狙ったわけじゃない。だってまさか『俺も行く!』とジローくんがいうとは思っていなかった。

「跡部はついてこなかったんだ」
「?何でそこで跡部さん?」
「だっていつもさんのこと監視してるでしょ?」
「いや、監視はしてないと思うよ」
そこまで暇じゃないし。と肩を竦めれば不二くんは「ふーん」と意味深に笑いながらジローくんを見た。


「あーそれよりもさ。手塚はまだ来ないのかにゃ?」
「え、手塚くん来るの?」

空気を呼んだ主賓で幹事の菊丸くんが話を変えてきたのだが口にして愚問だな、と思った。忙しいわけでなければ絶対呼ばれる人に決まってる。

「手塚はもうしばらくしたら来るだろう。取材もあるといっていたからな。ちなみに越前は今大阪にいるらしい」
「にゃにー!!」

取材だなんてさすが有名人、なんて他人事のように考えているとリョーマくんの居所を聞いた菊丸くんが怒って立ち上がった。どうやら今回も彼を呼んだのに来ていないらしい。又隣にいた桃ちゃんが「またっスか」と苦笑し、向かいのテーブルにいた海堂くんが長い溜息を吐いた。

「あったまにきた!俺電話してくる!!」と携帯を持って席を離れた菊丸くんを見送りながら、リョーマくんは相変わらずマイペースな子だな、と感心した。



呑み会も進み、久しぶりにリョーマくんと同級生のカチローくん達と話したり(結局リョーマくんは来ないらしい。菊丸くんが憤慨してた)、海堂くんと話したりしてると、座敷の出入り口に一際大きな人が見えて視線をやった。

そこに立っていたのはテニスバッグを担いだ少し疲れた顔の手塚くんで、彼は座敷を一通り見回すとを見つけ目を僅かに見開いた。

さん。行っておいでよ」
「え?私?」
「うん、」
「え、ちょっと何掴んでんだよ!」


「遅いぞ手塚ー!」とちょっと酔っ払った菊丸くんに大石くんが宥めながら向かいのテーブルに歩いていく手塚くんを見てるといつの間にか不二くんがジローくんの腕を掴んでいてを追い立てた。

今?と不安そうな顔をすれば不二くんはまたもやいい顔で「行っておいで」と送り出してくる。隣ではジローくんが放せと喚いているが不二くんはお構いナシだ。腕力結構あるんだね。

!行かないで!!」と捨てられるワンコのような潤んだ目つきで見られ、良心が痛んだが手塚くんのところに行くまで視線を外さない不二くんとニヤニヤした乾くんがが座っていた席に座り込んでしまったので移動するしかなかった。ごめん、ジローくん。


「隣、失礼します」
「…ああ」
先輩。その入り方キャバクラみたいっスよ」
「うっさい」

赤い顔の桃ちゃんに茶化されつつ手塚くんの隣に座れば、緊張気味な顔が見て取れてもなんとなく緊張した。

告白される前はそこまで緊張しなかったんだけどなぁ。でもあれもこれもそういう気持ちで手塚くんが自分を見てるのかと思うと段々、じわじわと心を侵食していってを動揺させるまでに至っていた。不二くんの言うとおりになりそうで怖いよ。何者なのあの人。



そんなことを考えると余計に緊張してきたが、ぎこちない感じの2人を前に座っていた桃ちゃんが気を利かせてくれ、手際よく手塚くんのドリンクを注文してくれた。

先輩も何か飲みます?」
「私はまだいいや。飲みすぎてお腹いっぱい」
「つっても、全然酔ってないっスよね?」
「あーこれ、ソフトドリンクだから」
「え、酒じゃないんスか?!」

苦笑して隣のテーブルを見れば不二くんと乾くんに挟まれたジローくんがむすっとした顔でお酒を飲んでいる。ものすごいカオスな絵だ。

の視線に気づいたジローくんが恨めしそうにこっちを見て戻ってきてよ!と訴えていたが不二くんと乾くんに何かいわれ、尚且つジローくんが見えないように河村くんが彼らの前に座ってしまったのでどうしようもなかった。ごめん、ジローくん。私じゃ助けられないよ。


「明日、仕事なのか?」
「うん、まあ。でも気にしないで飲んでね」
「もしかして芥川さんに止められてるんスか?」

先輩お酒好きじゃないっスか、と指摘してくる桃ちゃんに苦笑で返せば手塚くんが「桃城、」といって桃ちゃんを宥めた。

「飲める時に飲めばいい。無理強いするものでもないだろう」
「そりゃまあ、そうっスね」
「お酒来ました〜!桃ちゃん先輩注文しましたー?」
「おう!したした!取りに行くわ!」


出入り口側に座っていた堀尾くんの声が聞こえ桃ちゃんが腰を上げてお酒を取りに行く。それを横目で見てから手塚くんに「ありがと」とお礼をいえば気にするなと返ってきた。

「この前、飲みすぎちゃったからちょっと控えようと思ってさ」
「……俺はてっきり、跡部に釘を刺されたのかと思ったが」

プリン体を増やしたくなくて、と笑うと不二くんと似たようなことを言われた。何でそこで跡部さん?と首を傾げれば彼はジローくんがいる方を見て「いや、なんでもない」と応えただけだった。変な手塚くん。



「はい、これは先輩の分っスよ〜」
「え?!私注文してないよ?っていうかこれビールじゃん!」
「堀尾が間違ってピッチャー注文しちまったんスよ。なんで、協力よろしくお願いします」

手塚くんとの前にドン、と置かれたお酒に目を瞬かせればそんなことをいわれた。しかも飲み終わらないと次の飲み物が注文できないらしい。なんて鬼設定な飲み放題…。
他に人にも振舞われてるのを見たはしょうがないなーといってそのグラスを受け取った。


「え、わぁ!ごめん!!」
「いや、問題ない」

仕方ない、とビールを口にしていたがもうひとつのグラスを失念していたは誤って肘にぶつけてしまい、グラスが倒れた。それに驚き手を伸ばしたがグラスを弾いて転がり被害が拡大してしまった。

零れたウーロン茶は手塚くんの太股まで濡らしていて「あちゃー」と眉を下げる。まだろくに話せてないのにこの失態…。
目を右往左往させたが時間はもどるわけもなく、しかも何故か動揺してるや桃ちゃんとは裏腹に手塚くんは至って冷静に倒れたグラスを元に戻していた。さすがプロテニスプレーヤー。いやちょっと違うか。

「ごめんね。あーもう、」
「問題ない。零れたのがウーロン茶でよかった」

これがコーラやオレンジなどの甘いものだったら後で大変だからな、とフォローまでしてくる手塚くんには小さく笑った。


貰ったおしぼりでテーブルの被害を食い止め、は手塚くんの太股を拭こうとしたが触れた途端、彼の足がビクッと跳ねた。冷たかった?と聞けばなんでもないと返された。そういう割には顔が赤くなってる。
あれ?と首を傾げたが自分が触れてる太股と伝わる体温にもようやく気がついて飲みすぎてもいないのに顔が赤くなった。やっちまった…!

程よく硬い筋肉と温かい体温がジャージ越しに伝わってきて、それを脳で認識して顔が熱くなる。何触ってんだよ私!いや私がウーロン茶零したせいだけど!断りもなく触っちゃダメでしょ!



「…大丈夫だ。どうせすぐに乾く」
「そ、そうだね!ごめん」
「いや、」

ああもう、私何やってんの!と手を放せばおしぼりが落ちて、それを拾おうとしたら手塚くんの手とぶつかりまたドキリとした。うわあああっおしぼり掴むつもりが手塚くんの手握っちゃったよ!

「ごごご、ごめんね!」
「いや、大丈夫だ。問題ない」

過剰反応!落ち着けよ私!フッた相手に何アピールみたいなことしてんのよ!普通に話せばいいだけなのに!!私のおバカ!

涙目になった顔を見せられなくて俯きうな垂れると「大丈夫っスよ!この前の菊丸先輩なんか大石先輩に股間にまで酒引っ掛けたんですから!」と笑い話なのかフォローなのかわからないことを桃ちゃんがのたまったが、の落ち込みを回復させるには残念ながら至らなかった。



******



「きっとさんが知らない手塚のいいところがたくさんあると思うよ」

根も葉もないと思ってるさんにそういってみたけど、よもやまさかここまで効果があるとは思ってなくて現場を目撃した不二は苦笑せざるえなかった。2人して顔を真っ赤にして…。あそこだけお見合い会場のようだよ。

さんって、なんていうか…影響を受けやすいというか、素直だよね」
「不二。それは幼い、という意味か?それとも本能に忠実という意味か?」
「うーんそうだな。僕は前者のつもりでいったけど、状況的には後者の方が面白いよね」
「勝手に妄想しないでくれる?は反応が良くて可愛いだけだよ」

手塚がさんに想いを寄せてるのは前々からわかっていた。それで告白はいつするんだとやきもきしていたのだけど、思うことがあったのか手塚は今の今迄ずっと心の奥に留めたままにしていた。

男同士の会話でその手の話もできていたからこういう経験は初めてじゃないだろうけど、さんに対してだけはどうにも奥手になってしまうらしく、今の手塚は初心な青少年にしか見えない。


そんなことを踏まえて微笑ましく見ていれば不二と乾に挟まれた芥川が面白くなさそうに口を尖らせたところだ。それが可笑しくて笑うと風除け代わりに目の前に座ってもらってるタカさんが不思議そうにこっちを見てきた。

「恐るべし初恋、だね」
「初恋?」
「河村は知らなかったか。手塚にとっては初恋相手なんだよ。だからあんな反応になる」
「あんなって………ああ、何だかお見合いみたいだね」


振り返ったタカさんが2人を見て不二と同じことを口にしたので思わず噴出してしまった。
今は丁度さんが腰を浮かせ、遠くに置いてある皿を海堂に取ってもらったところだった。隣の手塚にも聞いているのかまだ少しぎこちない感じで喋ってるのと赤い顔に微笑ましくて口元が緩む。ああ、また手がぶつかって慌ててる。

もう少し距離をとればいいだけなのだがあちらのテーブルは人数が多く座ってるのと気を利かせた菊丸と桃が手塚とさんをくっつけようと画策してるので離れることは容易じゃないだろう。



「残念だったね。手塚の方が脈があるみたいだよ?」
「…誰と比べていってるわけ?俺だったら見当違いだC」

ムスくれた顔の芥川が行儀悪くお酒を飲んで手塚を睨む。そんな目で見たってタカさんで遮られるから意味ないんだけど。

「違うよ。跡部のこと」
「……」
「ああ、そういえば跡部は今日まで海外にいるそうだな」
「それで、代わりに来てるんだ」

さんの騎士が。と芥川を見ればむくれたまま相変わらず酒をすすっている。芥川がさんを気に入ってるのはわかっていたけど、こんな役を買って出る程とは思ってなくて少しだけ驚いていた。

手塚とさんが一応の仲直りをして流れで世間話をした際、テニスの練習をしてると聞いて「だったら僕達も教えてあげるよ」と言い出したのが始まりだった。
最初さんは「そんな時間を使わせちゃ悪い」とか色々言ってたんだけど、跡部に習ってると聞いた途端やる気になった手塚に内心ほくそえんだのは秘密だ。


「そういえば、さんの必殺技見れた?」
「なんのこと?」
「手塚の零式」

基本の基本は跡部が教えてくれてたから飲み込みやすかったみたいだけど、物にするまでが大変だから試合に使えるかどうかまでは見届けられなかった。
まあ、零式を教えてる時の手塚のデレっぷりを見れたから、さんが零式を使えなくても全然問題なかったんだけど(次の約束が取り付けやすいし)。

最初さんに零式を教えようよってふった時は目で殺さんばかりに手塚に睨まれたけど、推し進めて良かったなと思う。失敗してもさんが披露していれば跡部達は何かしら反応するだろう、そう思って芥川を少しウキウキとした気分で見てみれば「見てないけど?」と適当な顔で返された。




ジリジリ。
2014.05.24
2015.12.20 加筆修正