You know what?




□ 87a - In the case of him - □




「見てないの?…おかしいな。さんはそれで向日に勝てたっていってたんだけど」
「さぁ?の勘違いじゃない?確かに前よりうまくなってたけどそんなことできるほどうまくないC」
「そんなことないと思うけど?」
「そうやってのこと誑かして変なこと覚えさせないでくれる?いっとくけどって結構身体硬いし体力も全然ないんだから」


さんの反応を見る限り、跡部達はあくまで"いい友人"であってそういった感情は幸村に対してのみ残していただけに過ぎないらしい。現に目の前では不二の言葉をほぼ鵜呑みにして実践しているさんが、手塚にとてもいい反応をしている。
これだったらそれ程お膳立てしなくてもいいんじゃないかっていうくらいの良い光景だ。

後は芥川達の反応を見て今後を考えようと思ってたんだけど、答えを彼の口から聞くまでもない。さんは手塚直伝の零式を見せたんだ。それを確信してやっぱり自分の考えは間違ってなかったな、と思う。さんは手塚に惹かれてる。そして氷帝側にはそれを止める術も人もいない。


放任しているようで実は凄く独占欲が強いのが彼らだ。内側に入れた人間にちょっかいを出されるのが余程嫌いらしい。でなければたかだか懐かしい友人の集いに不機嫌顔ででしゃばるわけがないのだから。

氷帝側にもしさんを好きな人間がいればかなり面倒そうだが、もしそうならもっと牽制してくるだろうし、その張本人も黙ってはいないだろう。
内心跡部が不二の中で候補に上がっていたのだが、彼も芥川も単に不二達がさんに悪影響を及ぼさないか心配してるだけのようだ。悪影響というならキミ達の方がそれだと思うけどね。

とりあえず手塚の邪魔をさせないように釘を刺すつもりで「こっちも引かないけどね」と笑顔で彼を伺えば、お酒を注文した芥川が半目で不二を睨んだ。


「その勝ち誇った顔、結構ムカつくよねー」
「僕はいつもこの顔だよ?」

テニスをしてる時もこんな顔だよ、といったら芥川は胡散臭そうに見てきて「全然違うC」と口を尖らせた。



「ていうか、脈があるとかいってるけど…手塚ってにフラれてるじゃん」
「…どうかな?」
「とぼけてもムダ。全部わかってるC」

思ってもみない切り返しに思わず目を見開いた。さんがこういう話を好んで誰かに話すようなタイプには見えないんだけど…もしかして勘だけでわかったとか?
の態度を見てればわかるよ」と頬杖をつく芥川を更に驚き見ていれば、彼の隣にいた乾と目が合い本当なのか?とジェスチャーで聞かれ肩を竦めた。


「へぇ。それは凄いね。さんのことは何でもわかっちゃうんだ?」
「…少なくとも手塚よりはよく知ってるんじゃない?」
「なら、幸村のことも知ってるのかい?」
「幸村…?」

幸村にまだ思いが残ってるということを知ってるのか?と聞いてみたが芥川は知らないようだった。
まあ、普通は話さない事柄だろうけどね。そんな不二に芥川は眉を寄せると「不二は知ってんの?」と聞いてくる。自分よりもさんを知ってることが面白くない、という顔だ。

何の話だ?という乾とタカさんに人差し指を立てて静かにしてもらった不二はこっそりと芥川にだけさんと話したことを教えてあげた。あまりいいことじゃないし、いるかもしれない手塚の恋敵を煽るような行為だから不二自身も一瞬躊躇したがこのくらいの情報開示はいいかな、と思った。何より。

「最後は当人達の話だけど、少なくとも幸村には蚊帳の外にいてほしいんだよね」
「…ふぅん」
さんも心配してるだけで戻りたいわけじゃないみたいだし」


引っ掻き回して馬に蹴られるのはご免だけど、幸村への同情で手塚が捨てられたんじゃ目も当てられないじゃないか。
頑固で融通が利かないけど、自分に厳しくて他人にも厳しいけど、その反面一途で優しいところもあるんだ。手塚は友として同性として誇れる男だから、幸せになってほしい。

だから僕は手を貸したい。



さんと手塚を見やり、さっきよりも砕けてきた表情にホッとしたが、黙りこんだ芥川が気になって視線を戻した。

「……」
「僕の話、信じれない?」
「ううん。だけど…多分は、それでも迷うと思う」
「迷う?」
「別れた時の痛みをまだ忘れられないから、だから迷うんだと思う」
「忘れられないって…」
「幸村が忘れさせないようにに刻みこんだんだよ」


性格悪すぎなんだよアイツ。と愚痴る芥川に不二達は顔を見合わせた。乾がこっそり調べた話ではさんと幸村は高校卒業と同時に別れたということだった。
その後さんが立海を中心に片っ端から連絡を断ったのでフラれた側がどちらか安易に予想できたけど、芥川の言葉を聞くと不二が聞いたさんの言葉は本心じゃないように聞こえた。


乾を伺えば彼もわからない、という顔をしている。不二もそうだ。確かに迷ってて引き摺ってる部分はあるけど、彼女を見る限りいうほど未練があるようには見えなかった。
もしかして、本当に別れたくなかったのは幸村の方?それを聞こうとして口を開いたがそれよりも早く「ー」と芥川が立ち上がった。

「ん?何?」
「じーかーん!11時過ぎたよ!帰ろ」

約束したでしょ?という芥川にポカンとしたが、さんは時間を見て「本当だ」と慌てると手塚に断りを入れて荷物を持ったので桃達も慌てた。


「えっ先輩もう帰っちゃうんスか?!」
「う、うん。明日ちょっと朝から忙しくてね」
「明日跡部が帰ってくっからその迎えに行かなきゃなんねーの。ね?
「私は仕事もあんの!ていうか、跡部さんはこなくていいっていってたのにジローくん達が面白がって迎えに行くっていったからでしょ!」

しかも何でその後バーベキューと芋煮会を一緒にしなきゃなんないのよ!芋煮会知らないから跡部さんも食いついちゃったし!私は2人いないんだけど!
後半はなんのことやら、だったが、既に約束されてた遊びがあってその予定の為に早引きするとわかってひくりと口元が引きつった。



わざわざ跡部の名前を出すあたり、芥川の性格が垣間見えて彼ににっこり微笑めばニヤリとしてやったりな顔で返された。なかなかやるね。お陰で手塚の眉間の皺は3割増だよ。


「どうする?不二」
「どうするも何も…こっちにはもう手札はないし。今日のところはあっちに花を持たせてあげるしかないよ」

当の本人達じゃないので勝負も何もないのだけど、妙にケンカを売られた感があって不二は「次はこっちも色々用意しとかないとね」とにこやかに冷たく微笑んだのだった。



******



失恋して恋人を忘れるにはどうしたらいいか。人それぞれいろんな意見があるけど大体は新しい恋を見つけるか他のことで頭をいっぱいにするかだ。

私はどちらかといえば後者で勉強と仕事で頭をいっぱいにした。とりあえず考えないようにして詰め込んで詰め込んでそれだけに集中できるように何も考えないようにして全部に蓋をして見なかったことにしたのだ。


ジャッカルのメアドを教えてもらう変わりにご飯を作ることになったは大きなビニール袋を両手に下げ、あるマンションに向かっていた。の職場からそれ程遠くないところに奴が住んでいる。

作る気が全然なかったわけじゃないんだけどシチュエーション的に手塚くんのことが過ぎったので断ったのだが、相手のしつこさで負けてしまった。

なかなかの近代的なマンションに足を踏み入れたはエレベーターに乗り込み5階のボタンを押した。教えられたとおりに奥の角部屋につくと表札を確認したが名前はなかった。まあそうですよね。


「もしもし」
『なんじゃ?迷ったか?』
「ついたよ。多分部屋の前」

一応念には念を入れて先に電話してみた。相手は『部屋の前?インターホン鳴らんかったか?』と当たり前のように聞いてくる。うん、そん反応は正しい。だが日頃の行いを考えるとどうにも素直に呼鈴を押す気にはならなかった。

「用心深いのぅ」
「中高培ってきた賜物でございます」

ドアを開けた仁王は呆れ顔で見てきたがビニール袋を差し出すと文句もいわず受け取り中へと入っていった。ていうか、寒くないの?



「…結構いいとこ住んでるね」
「まぁの」
「ていうか、何でそんな薄着なの?」

足を踏み入れた部屋は1LDKでそこそこ広い部屋だった。今住んでる部屋や跡部さんの部屋を思えば手狭に見えるが普通に考えればこれが普通、もしくは結構ないい住まいだろう。
稼いでるなコイツ、と思いながらTシャツ1枚の仁王を指摘すれば「このくらいが丁度いいんじゃ」といってくしゃみをした。こいつはバカか。

「……暖房つけなよ。もしくは何か着たら?」
「仕方ないじゃろ。さっきまで掃除しとったんじゃ」

暑くてかなわん、とそっぽを向く仁王に周りを見れば確かに綺麗に掃除されてて整理整頓も行き届いている。クローゼットの中身はどうなってるか定かではないが見える範囲はとても綺麗だった。
へぇ、そんな気遣いもできるんだ。とビニール袋を置いた仁王を見れば、彼は中身を見て首を傾げた。

「…こんなに食えんと思うが、うちに泊まるつもりか?」

それはそれで構わんが、と思案げに顎を擦る仁王には今思い出したように「ああ、人数多いからその分だよ」と返した。

「………」
「そんな顔しないでよ。いいじゃん、みんなで誕生日祝おうよ」

恨めしそうに見てくる仁王から視線を逸らし適当なことをいえば「誰が来るんじゃ」と低い声で聞かれた。うわ、ご機嫌斜め。

「丸井と赤也とジャッカル」
「………ハァ、」
「人数多い方が楽しいでしょ?それに見知りだし」

知らない人間じゃないし、と訴えてみたが仁王は顔をムスっとさせるとに背を向け、そのままテレビの方へと行ってしまった。手伝う気はゼロになってしまったらしい。



仕方なく1人で準備を始めていればテレビの声が入ってきてそちらを見やる。仁王はこちらに背を向けたままがっつりテレビを見ていた。振り返る気はない!と背中が物語っていて悲しい。

テレビはニュースの特集で、テニスを取り上げているらしい。手塚くんが出ていた。その顔を見てピクリと反応したは持っていたお肉のパックを落としてしまったがシンクに落としただけで済んだ。


「ていうか仁王。何でアンタの冷凍庫に保冷剤がぎっしり入ってんの?」
「……」
「無視かよ」
「どっかのお節介な給食のおばちゃんが俺に押し付けたんぜよ」
「ふーん。傍迷惑なおばちゃんだね」

残った材料はどうしようか、と冷凍庫を開いたら所狭しと保冷剤があって何事かと思ったがたいした意味はないらしい。
氷と保冷剤しかないってのもちょっと気になるけど…まあ仁王が保存食作るほど料理好きには見えないしな。

というか保冷剤使わないなら捨てればいいのに、と進言したがそれはなぜか無視された。何故だ。何かいってはいけないことでもいったのか?





2014.05.22
2015.12.20 加筆修正