You know what?




□ 90a - In the case of him - □




ハロウィンを過ぎれば世の中はクリスマス準備に入るが、12月に入れば益々景色がクリスマス色に変わる。
モミの木(もしくはそれを模したプラスチック)に飾りをつけたり、繁華街の並木道を綺麗にイルミネーションしたり、内装を赤と白でデザインしたり。それを見てるだけで『ああ、クリスマスだ!』という気分になる。

イベントごとが嫌いな人でなければ大抵はウキウキソワソワしてくるものだが目の前の彼女は違うらしい。傍らにはそれこそクリスマスツリーが飾られているが、特別気にした素振りもなくイライラと腕を組んでいる。
見ればすぐにわかる程度には怒っているから大抵の人は触らぬ神に祟りなしで素通りしていた。


は怒っていた。それはもうかなり。職場でもイライラ、跡部さんの前でもイライラ。それをしちゃいけないってわかってるのにどうにもならなかった。気分転換に走っても、カラオケで大声出しても中々減らなかった。

けれどもう1人の自分がさすがにこのままじゃまずいだろうっていうのでなんとなく我慢する。でもイライラは減らない。今度の休みは1時間といわずフリータイムで歌い倒してこうようか。喉が枯れるほど歌えばスッキリするかもしれない、と考えていれば「!」と大声で呼ばれた。


「ああ、何?弦ちゃん」
「…さっきから呼んでいるだろう?」
「あーごめんごめん」

ちょっと考えごとしててさ、と謝れば眉間に皺を寄せた従兄弟の弦一郎が胡散臭げにを見て「俺の話を聞いてなかったのか?」というので目を瞬かせた。あ、溜息吐かれた。

「だから、俺が海外にいる間、変な男に誑かされるんじゃないぞ」
「誑かされるほど出歩いちゃいませんよ」
「……見知らぬ男もそうだが、お前が気をつけるべき相手は手塚だ」
「………」

手塚くんを変な男扱いかよ、と白々しい目で見れば弦一郎は怒って「俺はを思ってだな!」と説教してくる。はいはい、弦ちゃんが私を大好きだってのは十分知ってますよ。

「聞いているのか!!」
「弦ちゃん。ここどこだかわかってる?」



ここ空港なんですけど。と白い目で見れば我に返った弦一郎が気まずそうに咳払いをした。
今日は弦一郎が全豪の為モスクワに出発する日で、珍しく朝からいいお天気だった。しかし、弦一郎は朝から不機嫌というかそわそわふわふわしていて落ち着きがない。

彼女でもできたか?と茶化してみたら案の定真っ赤な顔で怒り出し最後はいつもの「男は狼だから気をつけろよ」口撃になってしまった。というか、詐欺に引っかかるなら私よりもアンタの方が心配な時があるんですけどね、弦一郎さん。

しかも今回は手塚くんが大会に参加しないということを聞きつけ過剰に心配しまくっている上に、ついたら連絡するとか毎晩連絡するとか言い出す始末だ。余程を監視したいらしい。束縛体質の彼氏かお前は。


「手塚くんだって私だってお互い忙しいんだし、弦ちゃんが心配してるほど会ったりしないよ」
「いや、俺の大会中は絶対に会うな」

だからなんでそう手塚くん相手だと警戒心丸出しなの。襲われでもしたらどうする?!みたいなことまで言い出した弦一郎に溜息と一緒に呆れれば飛行機の搭乗アナウンスが入りさっさと行けと手を振った。

「いいか!手塚は何も考えていないようでむっつりな如何わしい男だ!何を考えているかわからん!それを忘れるな!」
「はいはい。そんなことばっかり考えてるとまたタイトル落とすわよ」
「っ?!それがこれから戦いに赴くパートナーへの言葉か!」
「……(はぁー…まったく)…1勝でも多く勝ってこなきゃ迎えもご馳走もないからね」
「う、うむ」


普通に頑張って!なんていうわけもなく(私は不機嫌なのだよ)ゲキだけ飛ばせば神妙な顔になった弦一郎が大きく頷いた。迎えとご馳走でその顔とか…子供か。
まったくかわいい奴め、と心の中だけ考えていれば背を向けた弦一郎が振り返った。今度は何だ?乗り遅れるぞ?

「もし何かあれば、幸村に相談するんだぞ!」
「……」
?」
「わかったわよ!」

振り返って発せられた言葉に1番不機嫌な声で返せば、弦一郎は驚いたように目を瞬かせたのだった。



腹立たしい。
まったくもって腹立たしい。
何がって、自分に腹が立ってならない。

幸村が心配だったのは確かだ。アイツは変に頑固だしプライド高いし内側に入れてもなかなか弱音吐かないし。見た目に反して結構ツンデレだし、下手するとツンしかない時だってあるし。
しかしそういうところを知っている人間は意外と少ないということを付き合い始めてから知って、尚且つ幸村が病気だった、という事実も年を重ねるごとに限られていって。

そんなことを考えてたから、頼ってくる幸村を放っておけなくて手を差し伸べてしまった。むしろ、甘えてくれる彼を内心喜んでいたと思う。

でも、それがいけなかったんだって今まさに後悔してる。


別に2人きりで会う必要はなかった。あの時は丸井や赤也もいたし、2人きりでなければ幸村が仁王に嫉妬をすることもなかったはずだ。

関係をちゃんと見直そうってそう思ったのに幸村にキスをされるわ、動揺して手が出るわであの後は散々だった。しかも変なタイミングで「私、好きな人いるから!」と宣言してしまったし。幸村も幸村で無言で帰っちゃったし。

思い出すだけでお腹が痛くなる…。


ここ数日間一生懸命考えていたことは何だったんだろう。
私は何をやってるんだ。
幸村にされたことよりも彼にしてしまった自分の行動が情けなくて許せない。
また見抜けなかった。幸村がどんな風にを思っているか。
自分だって幸村に彼女がいるっていわれた時、切ないというか苦しいというかそんな悲しい気分になったのに。
幸村を傷つけるつもりはなかったのに…私のバカ…。


手塚くんに好かれていい雰囲気っぽく感じていい気になった報いだろうか、とよくわからないことを考えては溜息を吐いているとすぐ隣に黒塗りのベンツがスゥっと止まり視線をやった。

丁度マンションに続く住宅街の入り口だったこの道は信号はなく、歩道も少し盛り上がってるだけで車との距離感はあまりない。反射した自分の顔を見て不細工な顔をしてるな、としみじみ思っているとその窓が開いたので何事?と驚いた。



「よぉ、」
「ど、どうも…」

中にいたのはスーツ姿の跡部さんで、ゆったりした後部座席で気だるげにを見やった。こんな時間に珍しい。しかもこうやって道端で声をかけられたのも初めてだ。「どうしたんですか?」と聞いてみれば今日の夕飯はいらない、とのことだった。

「は、はぁ。わかりました(だったらメールでもいいのでは?)」
「それから、年末調整で忙しくなるから来月までこっちのマンションには戻らない予定だ」
「はい」

ということは、来月まで跡部さんに夕飯を作らなくていいってことか。実家で食べることになるのかな?と考えているとの顔をなんともいえない顔で見つめる跡部さんが「もしかしたらその後もこねぇかもしれねぇ」と続けた。


「長期出張で日本を離れることになりそうだ」
「…それは、大変ですね」

もう帰ってこないのか。いやまあ、元々あのマンションは報道避けの隠れ家だって聞いてたし実家があるんだから帰ってこない、と思うのも変な話なんだけど。
じゃあ今日がとりあえず?のお別れ、なのか?そう思った瞬間、心臓がズキリとした。まるで斧で真っ二つに裂かれたような感覚だったが、イライラしていたせいか、感情がある意味"鈍っていた"せいか、それは"気のせい"だと思った。


「それから」
「…はい?」
「何があったか知らねぇが、そのどうしようもねぇ顔と苛ついてる問題は解決できる目処はあんのか?」
「(顔…は余計だろう)はぁ、まあ、多分」

目が合い、見透かすようなアイスブルーにギクリとした。それがそのまま顔に出ていたが跡部さんは目を細めただけだった。


「なんとも心許ない答えだな」
「…まあ、ぼちぼち頑張る予定です。…出張、気をつけて行ってきてくださいね」

不細工な顔も苛ついてることも出張で日本を離れる跡部さんには関係のないことだ。呆れた顔に内心イラっとしながらも話したところでどうせ小さな悩み事だといわれるのはわかってるのでさっさと送り出すことにした。



そんなに跡部さんは何かいいたそうに眉を潜めたが何もいわず、スッと視線を逸らすと窓を閉め、そのままベンツは走り出しマンションを通り越して見えなくなった。


「…何、今の」

あの人溜息ついてなかった?
窓を閉める直前に見えたのは呆れた顔で溜息を吐く跡部さんで。それを見たはなんだかとても、今迄にないくらいやるせない気持ちになった。



******



騒がしいネオンが輝く繁華街で居酒屋の前でたむろっている集団がいる。彼らの年齢は様々で大学のサークルや合コンのそれでないのはすぐわかった。
ほろ酔いで調子よく騒いでいる彼らは既に1件目が終わって2件目に突入しよう、というところだろう。

幹事らしき人物が交渉しに居酒屋に入ったところで1人の女性の携帯が鳴り響いた。彼女は慌てて携帯を出すと近くにいた子に断りをいれ少し離れたところで携帯の表示を見る。それを見た途端彼女は驚きを露にした。


「どしたの?」
『…今、どこですか?』

間を置いて低くなった声には自分は何かしただろうか?とドキリとした。しかも彼がこんな夜遅くに連絡してくるなんてなかったから余計に不安になる。とりあえず外にいることだけいうと『早く帰ってください』と何故か急かされた。

「え?何で?」
『…ニュース見てないんですか?』
「へ?」
『最近、都心で通り魔が出るってニュースあっただろ』

ニュース見てないのか?と呆れ気味にいわれても「ああ、」と納得した。そういえば最近暗い夜道を狙った通り魔が出るというニュースが流れてたな。
けれど出没場所はが住んでるところではなかったから関係ないかなって思ってたんだけど電話の相手は違ったらしい。『アンタの区のすぐ隣でしょうが』といわれ、そういえばそうだったな、と思う。

「でも、まだ解散してないし…」
『そんなの体調不良とかいって抜ければいいでしょう?…もしかして、外って呑み会ですか?』
「え、うん」
『さっさと帰れ。いつまで飲んでるんですか』


もう日付変わりましたよ、とドスの利いた声には内心まだ日付変わったばっかだし、と言い訳した。



『何かいいました?』
「イエ、ナニモ」

そしてこの直感。さすが元部長。いやそれよりは武道の方か?どちらにせよ困ったことになったと顔を歪めた。が東京に引っ越した当初、最寄の近くで事件が起きると決まって弦一郎が心配になって電話をかけてきたのを思い出す。

最初は本当に住処の近くだったがそれはどんどん拡大していって、事件も殺傷や交通事故だったが最終的にはストーカーや痴漢の心配もしてきて本当迷惑…じゃなかった、心労を与え続けていたことだろう。
そのせいで弦一郎母に奴の携帯料金のことで相談されたくらいだ。あの時は本当恥ずかしかった。いろんな意味で。


その最初にそっくりな気がしてなんともいえない気持ちになる。それでなくても心配性の弦一郎を宥めすかし、昨日やっとコーチの協力を得て電話の回数を控えるよう約束させたのに。
まさか弦一郎の次が控えていたとは……心の底から勘弁してくれ、と思ったのはいうまでもない。

『聞いてるんですか?』
「(こっわ。目の前にいたら間違いなく射殺さんばかりに睨んでるんだろうな…)聞いてるよ。あんまり遅くならないように帰るし、いざとなったらタクシーもあるから」
『タクシー使う前にさっさと帰ったらどうですか。というかタクシー代あるんですか?』

ぐさりと刺さる言葉には片膝をつきそうになった。口外に貧乏人のクセにタクシーとか何様だ!と言われてる気分だ。いや、確かに貧乏だけど。危ないって心配してくれるからタクシーもあるから大丈夫だよって意味でいっただけなのに…。


『その呑み会だってタダじゃないんだろ。だったらキリのいいところで退散した方が先輩の無駄遣いも少なく済みますよ』
「う、はい…」

無駄遣い、か。確かにそうかもしれない。既に1次会は終わってるし。でもなんとなく言い出しにくいんだよね。みんな楽しそうだし、私もそれなりに楽しんでるし。
帰るっていってもいいんだろうけど相手が仕事仲間って考えるとタイミングが掴めなくて。

けれど出費の痛手は間違いしないし今後の生活を考えたら彼のいうことは正しいかもな、と思って頷いた。



「…もしかして、用事ってそれだけ?」
『……っ……ま、まあ、そうですね』
「……」
『……なんですか』
「……ううん。ありがと日吉くん」

呼ばれた声に振り返り手を上げて応えたはそろそろ、と切り出すと相手は口篭りながらも返してくれた。マジで弦ちゃん2号だわ。
私一応大人なんだけどなーと笑いながら礼をいうと日吉は周りの雑音に負けそうな声で『いえ、』と応え『気をつけて帰ってください』とだけいってさっさと切ってしまった。




可愛い人。
2014.05.25
2015.12.21 加筆修正