You know what?




□ 91a - In the case of him - □




1度悪いことが起こるとたて続きに悪いことが起こることがないだろうか。実は今、それに遭っている。利き手の腕には真っ白い包帯が巻かれていて、なんとなく昔全国大会で見かけた四天宝寺のエクスタくん…じゃなかった、白石くんを思い出す。

昨日職場のキッチンで熱湯がかかってしまったのだ。忘年会シーズンに入っているからそこそこ忙しかったし、で考え事をしながら調理していたから怪我はある意味必然だったかもしれない。

火傷の度合はそれ程酷くないのだが範囲が15センチほどあって重傷患者のように包帯を巻かれてしまった。袖を捲くっていなければもう少し軽くで済んだんだけどその時は邪魔だと思って腕を晒していたのでどうしようもなかった。


「でもまあ、今が冬の季節でよかったよね…」

ぼそりと呟いてはとぼとぼと待ち合わせの場所に向かう。火傷してない方の手にあるのは荷物とテニスバッグだ。本当は今日、日吉の誕生日お祝いで集まることになっているんだけどギリギリになってラケットも持ってきてほしいと鳳くんにいわれたのだ。

そこの角を曲がって進めば待ち合わせの場所、と思い角を曲がると歩道にずらりと大人達がたむろっている。それを見て『ああ、やっぱり』と思った。

「あ、ー!やっと来た!!」
「……そんなんじゃないかと思ったよ」

たむろってる輪の近くまで来るとジローくんがぱあっと顔を輝かせに抱きついてきた。重い。それをなんとか踏ん張って堪えていると「いい大人が抱きついたりしないでください」という溜息と声が聞こえてくる。顔をそちらにやれば日吉が呆れ顔でこちらを見ていた。


「アンタも暇人ですね」
「それはこっちの台詞」

彼の後ろを見れば忍足くんや岳人くん、宍戸くんの隣には鳳くんもいて、樺地くんは滝さんとなにやら話してて(どんな会話か気になるところだ)、何これ氷帝の同窓会じゃないか、と思った。年末とは思えない光景ですよ。みんなどんな時間調整してるんだ。

1人他校の自分に「肩身狭いわー」とぼやけば「も氷帝みたいなもんじゃない」とジローくんに笑われた。いや、そんなことはないかと。



「どっちにしろ帰さないけどねー。は薄情な跡部の身代わり」
「何で身代わり……ていうか来ないんだ、跡部さん」

そういえば出張の話とかしてたな、と思い出していれば「今イギリスに行ってるんだって」と面白くなさそうにジローくんが零した。跡部さんを見てると海外のはずなのに国内のような近場に聞こえてくるから不思議だよね。



******



呼び出されていつもの店のいつもの席に行ってみれば、いつものように踏ん反り返ってソファに座る跡部がこちらを見ていた。

「なんや珍しいやん跡部。ずっと俺の誘い断っとったのに」
「別にいいだろ」

跡部の前の席に座った忍足は酒を注文するとスーツのボタンを外し、深く腰掛けた。今日の跡部はご機嫌斜めらしい。それでピンと来て「なんや、ちゃんとケンカでもしたんか?」とからかえば「ああ?」と睨まれた。おおこわ。


「なんや。うまく付きおうとると思っとったのに…何しでかしたん?」
「…何もしちゃいねぇよ。が一方的にイライラしてるだけだ」
「月1のあれちゃうか?それくらい大目に見てやりや」
「バーカ。それくらいで俺が目くじらたてるかよ。もっと別のことでイライラしてんだろ」

そのくらいわかってる、と溜息と一緒に髪をかきあげた跡部はそれこそ苛立ったように足を組みなおした。酒が来たので忍足はそれで唇を湿らすと目の前の顔色の悪い王様を見て不健康な生活にまた戻ったな、と思った。ケンカしてなくてもちゃんのご飯にありつけなくなったということか。


「例えば?」
「ああ?……話してねぇからわからねぇが十中八九、男か友達とかの人間関係だろ」
「まあ、支障があるとしたらそれくらいしかあらへんやろな」

他人に隠せないほど苛立ってる彼女を思い浮かべそれはそれで面白くも可愛いんやろな、と思った……が、いや待てよ、と思いとどまった。男か友達?

「それ職場の人間関係とちゃうん?」
「ああ?んなわけねーだろ。仕事には普通に行ってるし悪い話は聞いてねぇ」
「…何チェックしとんねん」


いくらオーナーが知り合いやからって内部事情まで聞くなや。呆れた顔で跡部を見やれば「うるせーな」と視線を逸らし酒を煽った。跡部も跡部なりにちゃんを心配しているらしい。それはわかったが何を手を拱いているんだとも思った。俺様のくせに何しとんねん。



「その男って手塚のことなん?」
「…手塚がに告ったのか?」
「みたいやで。ジローがこの前ちゃんと一緒に青学の呑み会に行った時にわかったんやと」
「青学…」

なんや、その辺の情報もないんかいな。思案するように眉を寄せる跡部に忍足は溜息を吐いた。跡部自分ずさん過ぎるで?ちゃんのことやん。自分の得意分野やろ?


「ほんで、ちゃんは手塚のことで思い悩んでたん?」
「さぁな。手塚かどうかもわからねぇし、相手っつーよりは自分に苛立ってたみたいだが」
「何で聞いてやらんねん」

そこまでわかってて何で手を差し伸べてやらんのや、と責めるように見れば「そういうならテメーがやればいいだろうが」とつき返された。そんなこというて、自分が手を出したら機嫌が悪くなるのは跡部の方やんか。

いつもうまい飯を作ってもらっているんだから話を聞くくらいしたっていいんじゃないか?といってやれば「それが出来れば苦労はねぇよ」と溜息を吐かれた。


「最近マンションの周りをうろつく奴がいるんだよ」
「あーいつも跡部に張り付いとる尾沢って記者か?」
「多分な。ルートを変えてわからねぇように帰っていたがさすがにバレたらしい。まあ、あれだけ同じ場所に帰ってればそうなることは必然だったんだがよ」
「…ちゃんのこともバレたんか?」
「いや、まだ選別状態らしい。が住んでる部屋も名義は榊監督だからな。だが大分絞り込んでるようで、調べさせた時にの写真も混じってたな」

警察は使えないから相手にもバレない手段で調べたのだという。相変わらずおっそろしいやっちゃな、と思いながら聞いていると跡部はまた溜息を吐いた。

くらいなら俺が帰らなければいいだけだから問題はほとんどねぇが、瞳のこともあるからややこしいんだよ」
「なんかあったんか?」
「そいつが峯岸のことも調べてるんだと」



最近、峯岸グループ内で揉め事が多発していてその綻びを嗅ぎつけてパパラッチが動いているらしい。
大抵はコネと金で黙らせているらしいがゴシップ好きのどこかのお節介が峯岸さんのこともターゲットに動いてるらしく跡部が神経を削って隠しているところだという。

峯岸さんもそろそろ出産時期らしいから余計なストレスをかけて母子共に負担をかけるのは跡部の沽券に関わると思っているようだ。


「その峯岸さんは?」
「今はイギリスだが近々戻ってくるってよ。子供は日本で産みたいんだと」
「お腹に影響はないんか?」
「医者の話じゃ今の段階なら乗っても支障はねぇって話だ。帰ってくる時は専属医も一緒だから問題も特にないらしい」

つーか、テメェは医者だから知ってんじゃねぇのか?と聞かれ「んなわけあるか」と返した。自分の専門分野ならともかく特に産婦人科なんて勉強しても不安しかないわ。見える母親だけじゃなくて腹の子供のことまで予測するんやで?

医者なら誰でも何でもできると思うなよ!と怒ったが跡部には通じなくて「そうかよ」と呆れられただけだった。悲しいやん、せめてつっこんでや。


「…あ、ほなら今あっちのマンションに帰っとらんのか?」
「まぁな。飯を作っても食っても苛ついてるから、今はそっとしておいた方がいいだろうと思ってな」

面倒ごとに巻き込まれる心配もなくなるし、その分割いていた時間も空くから少しは楽になるんじゃないか?と聞いてまあ、確かにそれも一理あるなと思った。



その時はそう思ってしまった。



今日は待ちに待った休日の日なのに何故か岳人に借り出され日吉の誕生日を祝うことになった。年末ということで12月の合宿はなし、という方向になったのに何でこうなんねん、と肩を落としたのはいうまでもない。

本人もえらい迷惑だろうに主催が天然鳳とお祭り大好きな岳人とあって、跡部の後の氷帝を盛りたてた日吉も断ることも出来ず諦めて参加していた。

お互いを見やれば随分おっさんになったというのに何故かラケットを持ってスポーツに汗している。まるで学生時代にタイムスリップしてるかのようだった。これで跡部が揃えば元氷帝レギュラー陣勢ぞろいなんやけど。

その当の本人は出張という名の海外逃亡で来ておらず、跡部所有の室内コートだけ借りて忍足達はラケットを振っていた。


「…なぁ岳人」
「ん?なんだよ侑士」
「1ヶ月見ないうちにちゃん随分痩せたと思わんか?」

室内といっても3面もあるコートでは暖房をつけてもなかなか暖まらない。準備運動しても走ってもまだ寒いのか視線の先にいるちゃんは指先ごとジャージで隠してラケットを握っている。持ちにくくないんやろか。

しかも先月会った時よりも頬がこけてるように見えるし、テニスにも覇気がない。いや、この場合はやる気がないという方が正しいか。なんや見ないうちに随分ボロボロになっとるんやけど…。


「そういわれればそんな気もすっけど……」
「なんや?」
「お前、の着替えとか見たんじゃねぇだろうな?」

ジャージ着てるからよくわかんね、と零した岳人が何故か不審な目でこっちを見てきたので「んなわけあるか」と言い返した。それしたら間違いなくちゃんとの友情が壊れるしそれ以前にジローと日吉が見張ってて近づくこともできんかったわ。

そんなこといったら「やっぱ見ようとしたんじゃねぇか」と軽蔑する目で見られた。元相方が冷たくて切ないんやけど。



「あれ、滝何撮ってんの?」
「みんなのこと撮って跡部に自慢しようと思ってさ」

携帯で動画を撮っている滝に岳人は「あっちも撮ってやれよ!」といってちゃん達の方を指差した。そういえば今打ってる面子は跡部が絶対反応する面子だった。

ちゃんはジローと打ってるし、もう片方のコートでは樺地と日吉が打っている。打ち合い方は大人と子供なくらい極端な差があるが跡部が羨ましがるのは間違いないなと思った。滝もニヤニヤしながら撮っとるし。悪どい顔やな。


それからメンバーチェンジして何回か打って休んで打っているとふとしたことに気づいた。
今は丁度スパルタ日吉がちゃんを指名して地獄の特訓を始めたのだが(どうやら和気藹々と仲良さそうにちゃんと打っていた鳳と樺地が羨ましかったらしい)、走りまわされてるちゃんのジャージの袖口からチラチラと白いものが見えて妙に気になった。

「…滝、俺の見間違いかもしれんのやけど、ちゃん包帯巻いとらんか?」
「奇遇だね。俺もそう思ってたところだよ」

まさかな、と思ったが職業柄と視力は相変わらず良かったので見間違いようがなかったが、一応確認したら同意の方で返ってきた。ついでに知ってたか?とジローを見れば「変な傷じゃないと思うよ」と壁に寄りかかったままだらしない格好で返された。気づいてはいたらしい。

だったら日吉も気づいてるのか?と思ったがその前にちゃんが豪快にこけたので一同は驚き彼女を見やった。転がるように倒れたちゃんは咄嗟に手をついたのかジャージから手が出ていて白い包帯もはみ出ていた。


「おい、大丈夫か?」と声をかける宍戸と同じくらいにジローが駆け出しちゃんを引っ張り起こすとぞろぞろと忍足達も動き出した。
ベンチに座らせ医者ということで目の前にしゃがみ込んだ忍足は足首と膝を確認して手の平を見た。赤くなってはいるが剥けてはいない。膝と足首も捻った様子はないから特に問題もないだろう。

「包帯がとれかかっとるから、これだけ巻直そか」
「うん。あ、自分で出来るから大丈」
「ホンマに?」

利き手の包帯って結構大変やと思うけど?とにこやかに聞けばちゃんは黙り込んだ。素直でよろしい。



とりあえずなんでもないとわかったので外野を追い払った忍足は、ちゃんの隣に座り袖を捲くってもらった。相変わらずちまちま可愛い手しとんな、と思っていたが現れた腕を見て思わず動きを止めた。

ちゃん…これどないしたん?」

散っていった岳人達はテニスを再開していたが、その音がほんの少し遠くに聞こえた。前腕いっぱいに巻かれた包帯に思わず眉を潜めてしまう。何があったんだ?と聞けばちゃんは眉尻を下げて「ちょっとミスっちゃって」と苦笑した。

「昨日ぼんやりしてたら熱湯をひっかけちゃって…でも、たいしたことはないんだ」
「そうなん?まあ、油と違って熱湯は火傷の範囲が大きいいうけど…気をつけなあかんで?」
「うん」

折角綺麗な肌しとるのに勿体ない、と嘆けばちゃんは「そんなこというの忍足くんだけだよ」と小さく笑った。途中まで解いた包帯を巻き直しながら、彼女の顔色を見てちょっと心配やなと思った。跡部と左程変わらんのやけど。


「飯は食うてるん?」
「うん。ちゃんと食べてるよ」
「ちゃんと睡眠とってるん?寝不足はお肌の大敵やで?」
「うん。とってる。…何か病院で診察されてるみたい」

フッと笑みを漏らすちゃんに「そりゃ本物の先生やからな」と自信満々に返した。お医者さんごっこもスマートにこなしてみせるで?…って、それはいらん話やな。

ちゃんが仕事でミスするなんて珍しいんとちゃう?」
「そんなことないよ。結構やらかして怒られてるし…でも昨日のはさすがにヤバイと思ったかな」
「なんか悩みごとでもあるん?何かあれば相談に乗るで?」
「ありがとう。でも、まあ、何とかなるんじゃないかな」

まるで他人事のようにいうちゃんに『あ、話す気ないな』と思った。まあそれはしゃーない。と考えつつ雑談でちょこちょこ探りながら、忍足はあたかも今思い出したことのように口を滑らせた。



「そういえば、跡部に夕飯作らんでようなったんやて?」
「…よく知ってるね」
「寂しくないん?寂しかったらいつでもうちに来て食べてええんやで?ついでにちゃんの手料理も食べさせてくれたらもっと嬉しいんやけど」
「えー忍足くん家に通い妻すんの?彼女に刺されそうだからやだよ」
「そんなことする奴おらんし。キッチンも冷蔵庫も広いで?料理し放題や。可愛いエプロンも用意して待っとるで?」
「いらないし。自分でつけなよ…いや白エプロンなんて逆に使わないでしょうよ。…それに毎日私の食事なんて飽きると思うよ?忍足くんと違って話の引き出しもないから面白くないし飽きちゃうよ」


このくらいのスパンで会ってるのが1番いいんだよ、と断言するちゃんに忍足はがっくりと肩を落とした。いい返すことも出来たが今の彼女はそれを望んでいない気がした。
代わりに「ホンマちゃんはいつまで経ってもつれへんな」と零せば「彼女に作ってもらえばいいじゃない」と空いてる手で肩を叩かれた。ホンマいけずやな。

包帯も巻終わり、締め付け具合を確認したちゃんは「ありがと」とお礼をいって立ち上がった。

「火傷の痕残りそうならいい整形外科紹介するからいうてな?」
「…ありがと。でも、そんなお金その時あるかなぁ?」
「なければ跡部に借りればええよ」
「…いや、ありえないでしょ」


弦ちゃんならまだしも。そういって呆れた顔をするちゃんにそらそうやな、と返した忍足も立ち上がった。ついさっきまで視線を感じていたが岳人達はそれぞれ打って楽しんでいる。監視してたんだかちゃんが気になってたんだか…どっちもか。

ちゃん、」
「ん?」
「跡部と何かあったん?」
「…………ないよ、なんにもない」



そういったちゃんはコートの方へ戻ると日吉がやってきて何やら彼女に話しかけていた。多分謝っているんだろう。表情からありありと後悔の色が滲み出ている。アイツもちゃん好きやからなぁ。

それが伝わってるのかちゃんも安堵させるように微笑むと日吉の頭を撫でた。アレが出来るのもちゃんだけやな。他の奴がやったら間違いなく叩き落とされる。もしくは古武術で殺されかねない。
赤い顔で眉をぐっと寄せながらも耐えてる…内心悶絶してる日吉を生温かく見守りながらあそこは平和やな、と思った。


「荒れてるのは跡部の方か」


ヒヤリとするような濁った瞳のちゃんを思い出し、忍足は身震いをすると溜息と一緒に肩を竦めた。

跡部、お前の読み完全に外れたわ。




ぴよしおめでとん。
2014.06.27
2015.12.22 加筆修正