You know what?




□ 92a - In the case of him - □




みんな優しいからきっと何かしら心配してくれるんだろうな、と思っていたが案の定予想通りに心配されちょっとだけ来たことを後悔した。心配してほしくて来たわけじゃないんだけどな。

昼ご飯を食べた後「いい病院を紹介しますよ!!」と力説する鳳くんを日吉と樺地くんに止めてもらい脱出したは1人ぼんやりと外を散歩し出した。一応天気は晴れだが気温はそれ程高くはない。でも今のにはそれほど気にならなかった。

最近めっきり調子が悪い。そのせいで火傷を負ったくらいだ。原因はいわずもがなだがある意味それはきっかけで、ここまで落ち込むとは思ってもみなかった。


本当なら今日の氷帝の集まりも欠席したかったんだけど文字だとデレが多い日吉が妙に楽しみにしてるのと、来なかったら押しかける気満々のジローくんに休めなかった。さすがに今の自分の部屋は誰にも見せられない。
ほぼ毎日掃除していた部屋も今は無残なことになっていて、それにも申し訳ないみたいな罪悪感を感じてるから始末に終えない。

掃除、したいんだけどな。と空を見上げれば「さん」と優しげな声が投げかけられた。

「そんな格好で散歩?」
「滝くん」

振り返ればコートを羽織った滝さんがマフラーを巻きながら歩いてくる。「散歩?」と聞けば食後の運動だよと返された。それはテニスで解消できるのでは?と思ったが午後は参加せず帰るらしい。

「じゃあこのまま帰るの?」
「いや、みんなに挨拶してからだけどその前にここの庭園を見て行こうと思ってね」


滝さんが見つめた先を見やると和風の庭園が広がっていて確かに美しいな、と思った。室内外のテニスコートの近くには庭園があってそこを通っていくと外に出れるんだと滝さんが教えてくれた。どうやら前に1度氷帝の合宿で来ていたらしい。

「跡部が"あの庭園に興味を持つのはお前ぐらいだろうな"って笑ってたよ」と思い出し笑いをする滝さんに確かにジローくん達は興味沸かないかもな、と思った。



さんはこういうの好きかい?」
「うーん。嫌いじゃないけど良し悪しまではちょっと」
「見て"いい"て思ったらそれでいいと思うけど」
「いいと思います」

YesNoくらいでいいのなら、と応えれば「よく出来ました」と滝さんが嬉しそうに微笑んだ。そして「寒そうだからこれ貸してあげるよ」とマフラーをいただき巻いてもらうと、ほんのりいい匂いが鼻腔をくすぐった。品がいい人は匂いも品がいいな。


「跡部がいなくて寂しい?」


庭園をぼんやり眺めながら歩いているとふいに滝さんがそんなことを聞いてきたのでギクリとした。何故このタイミングで聞くんだろう。忍足くんといい何で私をワンセットに考えてるんだ?あの頃じゃあるまいし。

「別に、寂しくないけど」
「その割には元気ないけど…何かあったの?」

ケンカ?と普通に質問してくる滝さんにこの人はどこまで知ってるんだろうって思った。もしかして近所に住んでてご飯を作ってることまでは知ってるんだろうか。


試しに「どこまで知ってるの?」と聞いたら全部知らないと返された。そうなのか。何でも知ってるような雰囲気だったからてっきりそうなのかと思ってたよ。

「ケンカは…してないかな。元々そこまで仲良くないし」
「…そうなの?俺はてっきり跡部とケンカでもして落ち込んでるのかと思ったけど」
「いやまあ、落ち込んではいるけど跡部さんのせいじゃないよ」

が落ち込んでる理由はもっと別のものだ。跡部さんの『あ』すら関係ない。というか、自分も何滝さんに落ち込んでるとか正直に答えてるんだろう。そう思って「まあ、大したことはないんだけどね」と付け加えた。

「大したことがないなら、そんな顔はしないと思うけど?」
「…そんなに変かな?」
「みんなが心配する程度にはね」

苦笑する滝さんには眉尻を下げた。やっぱり来るんじゃなかったかな。大したことないっていってるんだけど見た目が痛そうに見えるのか随分心配されてるもんな。そんなつもりじゃなかったんだけど、と肩を落とすと「そこは落ち込むところじゃないよ」と滝さんがやんわり否定してきた。



「そこは喜んでいいところだよ。みんなさんのことを心配したくてしてるんだから」
「…いや、それはどうかと」
「まあ心配かけたくないって気持ちはわかるけどね。でも、普段頑張ってる人がへこんでるのは珍しいし、ついちょっかいだしたくなるだけだから。さんも気にせず寄りかかっていいと思うけど?」
「……」
「ぷっフフ…凄い顔してるね。けど、隠せないほど落ち込んでるのは確かなんだから、無理して頑張る必要もないと思うよ」

少なくとも俺達は友人なんだから。そういって微笑む滝さんにしかめた顔を困ったような恥ずかしいような表情に変え「ごめん、」と謝った。私、滝さんにまで心配かけてる。
しゅん、と頭を垂れれば「その顔見てると、苛めたくなるんだけどなぁ」といわれ慌てて顔を引き締め姿勢を正した。滝さんの笑顔が黒くて恐ろしいです。


「跡部と全然会ってないの?」
「……まあ、そうですね。今月の始め辺りに会ったのが最後ですかね」
「そうなんだ。結構マメに会ってたんだね」
「はぁ、まあ」

マメというか近所だから否応なしというか。それももうなくなるけど、と考えていれば「意外だな」と滝さんは感心するようにを見た。

「学生時代からのつきあいでそんな頻繁に会ってるのきっとさんくらいじゃない?」
「?……そうなの?」
「だって俺達だって就職してからは滅多に会わなくなったし、お互いの誕生日だって男同士じゃお祝いしないし…跡部くらいでしょ?」

この年になっても俺様を祝え!なんて堂々といえるの。と笑った滝さんにもつられて噴出しそうになった。相変わらず滝さん黒い。


「それこそ最近になってテニスだ誕生会だって連絡来るけど、それまでは疎遠だったんだよ?」
「……でも、峯岸さんは」
「ああ、婚約者だったっけ?一応今年のパーティーに来てたけど、すぐに帰っちゃったしな。挨拶回りは全部跡部がやってたっけ」

まあ、跡部の仕事だから彼女には関係ないんだけどさ。そういって笑った滝さんは庭園を見つめたまま「次はいつ会う予定なの?」と聞いてきた。



「さあ、どうかな。決めてないしもうないかも」
「いつもは跡部から押しかけてくるの?」
「…まあ。連絡くれたり、待ち伏せされたり」

なんかおかしい会話だな。と思いながらも続けていると滝さんが「跡部が待ち伏せ!」と噴出していた。いやだって他に言いようがなかったし。


「もしかしたらこれからは滝くんの方が会う回数多いかもしれないよ?」
「ええ。それはどうだろ。俺レアキャラだから」
「ぶっ。なにそれ」

レアキャラって…!確かに滅多に会えないけども。思わず噴出したがそれと一緒にくしゃみも出た。さすがに寒くなってきたらしい。両腕を擦ればひんやりした布の感触が余計にの体温を奪った。マフラーではもう体温維持ができないらしい。

「そろそろ戻ろうか」
「そうだね」

そういって踵を返し歩き出すと滝さんも隣につき同じ歩調で歩き出した。滝さんと並んで歩くなんて新鮮だな。


「こうやって滝くんと一緒に歩くの初めてな気がする」
「そうだね。いつもジローとか跡部がいたから」
「え、見てたの?」

あの頃の集まりで滝さん1回も参加してなかったよね?と驚けば「俺には千里眼があるから」となんでか自信満々に返された。やばい。滝さんのジョークにいい返しが思いつかない。

どうしよう、と困惑しいていれば室内コートがある方からジローくんと樺地くんがやってきてに手を振った。
樺地くんの手にはのコートが握られていて「ー風邪ひいちゃうからコート着なよー」とジローくんが優しく声をかけてくれる。それを見ては自然と口元を綻ばせた。ああもう、敵わないなぁ。



******



案の定風邪をひいた。そんな気はしていたんだ。わかってて寒空の中風通しのいいジャージでフラフラしていたんだからしょうがない。

マネージャーにバレて早退させられたはトボトボと家路を歩いていた。腕の火傷もあるからあまりにも踏んだり蹴ったりで不憫に思ったのだろう。病院が開いてる時間に帰されギリギリだけどちゃんと受診と薬を貰ってきた。

あとは家で大人しく寝てれば治るだろうけど、こういうときの1人は余計なことを考えるから困る。誰かにいてほしいとか寂しがるとか勝手な想像して落ち込むから始末に終えない。
正直、働いてる方が心身的には楽なんだけど身体は重いから寝た方がいいのだろう。


「…折角気分転換できたのに、」

日吉の誕生会で大分気分が晴れて楽しい気持ちになれたのに、風邪のお陰で気分はすっかり消沈していた。いやまあ、腕の火傷前よりはマシだけど、それでも溜息を何度も吐くくらいには落ちている。

結局ジローくん達にはいわなかったが、はまだ幸村のことを引き摺っていた。さすがに自分に憤慨していた気持ちは落ち着いたけど、このままでもいられないと思って勇気を出して幸村に連絡したのだ。
ケンカ別れみたいになってしまった彼にちゃんと手塚くんのことを話して、謝って、付き合い方を見直そうって、そう思っていた。

だけど、話す順番を計画立てて連絡したのにいざ声を聞いたら『もう連絡が来ないんじゃないかと思った』と弱った声でいわれたら、彼に言おうと考えていたことがスポンと抜けてしまった。


昔から幸村の声に特に弱かった。頼られると断れないし、寂しいといわれたら手を差し伸べてしまうのだ。だから反射に近い反応で平謝りしてしまったが、そんな自分をもう1人の自分が呆れた目で見ていたのはいうまでもない。

後に絶妙にうまい誘導尋問をして聞き出した仁王に『ド阿呆が。何で事後報告前に俺を相談せんのじゃ』と怒られ余計に落ち込んだ。

一応手塚くんの告白や今は友達だけど気になるんだということを話したけど、幸村にうまく伝わったかはわからなかった。むしろ、なんとなく自分が思っていたこととは違う方向に受け止められた気さえする。



年末年始のどこかでちゃんと会って話そうという申し出に頷いて通話を切ったが、仁王にいわせてみればそれすら幸村の策略でいいように言い包められるのがオチだと予言していた。さすがにそこまではしないだろうと思いたいけど、嫉妬してると言った時の彼を思い出すと少し不安になる。

そんなこんなで色々考えてしまって、また幸村を傷つけてしまったとか妙にへこんで溜息を吐いてるわけだが今は考えてもしょうがない、と自分に言い聞かせマンションを目指した。こういう時はさっさと食べて薬飲んで寝るに限る。


「あの、ちょっといいですか?」

頭が重い…とふらつきながらも歩いていると、目の前にぬっと男の人が出来て、思わず持っていたビニール袋を落としそうになった。あぶな、ぶつかるところだった。

目の前に現れたのはいかにも怪しそうな40代くらいの男性でくたびれた服装にこの辺の人じゃないな、と思った。マンションもさることながらその周りの住宅もそれなりに品のいい人が住んでいるのだ。

こんな疲れきった怪しげな人は見たことがない。傍から見たら自分も人のことは言えないのかもしれないけど…それはこの際置いておこう。
携帯どこに入れてたっけ?と頭を巡らせながら男性を見ると「この辺に住んでる方ですか?」と質問された。

「…あ、はい。そうですけど」
「住まわれてから長いんですか?」
「?……いえ、今年の夏にこっちに引っ越してきました」
「そうなんですか…いえね。僕も最近こっちに引っ越してきたんですけど田舎に住んでいたから地理がよくわかってなくて」
「そうなんですか?」

何だこの人迷子なのか?と思いながら話を聞いていると今度は芸能人の女性の名前を出し、昨日が住んでるマンションから出てくるのを見かけたと教えてくれた。そんな人も住んでるんだ、確かに住んでいそうだ。



「いやもう今迄テレビでしか見れなかったから興奮してしまって!…ああ、おじさんがこんなこといったら気持ち悪いかもしれないけど」
「…そんなことありませんよ」
「良かった。さすがにプライベートだから声をかけたりしなかったんだけど、美人だったなぁ」

うっとりするおじさんにその気持ちはわからなくもないな、と頷くと「あなたは誰か知ってる有名人と会いましたか?」と聞かれ、え?と考えた。

「特には…まだそんなに経ってないですし」
「…そんなことないでしょう?ジャ〇〇ズの〇〇〇〇くんとかタレントの〇〇〇とか。〇〇〇〇さんも見かけたし、それにあの"跡部景吾"も見かけたよ?」

僕がこれだけ見かけたのに先に住んでるあなたが知らないのはありえないでしょう!と前のめりに聞いてくるおじさんにはぼんやりする頭で狼狽した。


いやだって今ここで話してるこの瞬間ですらいかにも一般人なおじいさんしか歩いてないんだよ?私だって芸能人見かけてテンションあげたいよ!と言い返しそうになったがぐらりとした頭にヤバイと思った。おじさんと話してる余裕はないんだった。

「多分生活時間帯が違うんですよ。本当に見かけたことないし…ほら、芸能人の人って不規則じゃないですか」
「またまた。そんなこといってさっきあげた1人くらいは見かけたことあるんでしょ?」

跡部景吾とか、と名前を出され思わず「ああ、」と反応してしまった。そういえば有名人でしたね。当たり前すぎてスルーしちゃってたらしい。凄いけどある意味見慣れてしまったというかレア感がないというか…バレたら怒られるな私。


そんなことを考えていたらの反応におじさんの目がギラっと光る。そして「やっぱりあのマンションに住んでたんだ」と嬉しそうに漏らした。

「どこで見かけたんだい?話はした?もしくは誰かと一緒にいたとか?」
「…え、」
「何でもいいから知ってることがあったら教えてくれないかな?お礼もはずむし」

あ、この人記者だったのか。やっちまった、と後悔したが既に遅くは溜息を吐いた。こっちは風邪ひいて非常事態だってのに。というかぐいぐい寄らないでほしい。タバコ臭くて余計に気持ち悪くなるじゃないか。



「……住んでるかは知りませんけど、見たことはありますね」
「どこで?いつ?誰かと一緒だった?」
「…9月か10月くらいにマンションのエントランスで。忙しそうに出て行くのを見ましたよ」
「それで?」
「…それだけですけど」

とりあえず思いついたことをなるべく冷静に言葉を並べるとおじさんがさもガッカリした目でこっちを見てきた。その使えねーなって顔するのやめてくれないかな。

「何いってんの?!あの跡部景吾だよ?声かけないわけないでしょ?女だったら1度はお近づきになりたいって思うだろ?」
「……どちらかというとオーラが怖くて近寄りがたいです」


あの時の跡部さんは特に近づくなオーラが半端なかったので遠目で見ても怖かった気がする。普通に見ても恐れ多いのに、と思ったところでこの前の彼の溜息顔を思い出しなんともいえない気分になった。

やなことを思い出してしまった、と溜息を吐きそうになりながら「あなたと同じですよ」と言い返せば舌打ちまでされた。酷いなこのおじさん。
風邪の熱で悠長に考えるのが面倒になったは携帯を取り出し「警察に電話してもいいですか?」とおじさんを見ると彼は慌てて名刺を取り出し正体を明かしてきた。尾沢…ね。

「こっちも生活がかかってるんだよ。だから何かいいネタがあったら教えてくれないか?」
「………」
「この名刺渡しとくから。何か見たりあったりしたらその番号にかけて!お礼はちゃんとするから」

な!とに無理矢理名刺を渡した尾沢って人は慌てるようにから離れていき角を曲がって消えた。やっと解放されたよ。
はぁ、と溜息と一緒に肩を落とせば丁度そこへ巡回の警察官達が通りかかり「どうしました?」と聞いてくる。2人で自転車巡回なんて何かあったんだろうか?


「いえ、ちょっと道を聞かれて…」
「そうなんですか?最近不審な男がこの辺をうろついてるんですが何かみかけませんでしたか?」
「いえ…………あ、」

もしかしてあいつか。初対面の相手をいきなりそんな風に思ったらいけないのかもしれないけど、不審者なのは間違いないし迷惑行為してるのも間違いない。
そう考えたら妙に納得しては盛大に溜息を吐いたのだった。





2014.07.15
2015.12.22 加筆修正