You know what?




□ 94a - In the case of him - □




なんとなく落ちた沈黙に視線を下げれば手を握ったり開いたりする彼の手が見えて、視線を上げればバチン、とと目が合い慌てた彼の目がぎこちなく逸れた。一見不機嫌そうにすら見える顔はじわじわと赤くなって困ったように眉間に皺を寄せている。可愛い。

そんな彼をジロジロと見つめていたら「あまり、じっと見つめるな」と怒られ逸れた視線がこちらに戻った。またもやバチン、と合った視線に今度はがドキリとして目を逸らす。

いやだって、何か手塚くんの目が強すぎたというか色めいていたというか。少し潤んだ瞳にドキドキしてもじもじと指を動かすと「…、」と優しく呼ばれやっぱりドキリとした。


「ん?な、何?」
「…明日、その後でも構わないが空いてる日はないか?」
「え?」
「働くことも大事だが休息も必要だ」
「……」
「よければ、2人でどこかに行かないか?」

それはもしかして、デートの誘いでは?そう驚いて手塚くんを見上げればとても真剣な顔で、いつもならこんなところで絶対しない熱っぽい視線でを見つめていた。

多分、恐らく手塚くんが行きたいというところは静かで落ち着いたところだろう。がゆっくりできるところで2人で和やかに話す光景が簡単に思い浮かんで頬に熱が集まった。


手塚くんは手塚くんでが照れくさそうに指をもじもじとさせてる姿も頬を染めた顔で自分を見上げる姿もたまらないほど可愛らしいと思っていた。お酒の力もあるが、ここに自分達だけしかいなかったら恐らくを抱きしめていただろう。
残念ながら酔っても理性が強い彼にはそれを行動に移す機会はなかったが。


「あ、えと、じゃあ…っおわ、」
せーんぱい」
「え、リョーマくん?!」

明日とかどうかな?と聞こうとしたら後ろから誰かが抱きついてきて言葉を飲み込んでしまった。
見ればリョーマくんが上機嫌な顔で「手塚ぶちょーの前に俺と遊んでよ」と誘ってくる。声も随分低くなったよね。



「俺、先輩からプレゼント貰ってない」
「えーちーぜーん。ガキじゃねーんだから」
「桃先輩は黙っててよ」
「…いいけど、その前にもしかしてリョーマくん酔ってる?」
「これくらいじゃ酔わないよ」
「越前は海堂の次に酒に弱いからな。1番の下戸は大石だが」
「乾っ余計なことはいわなくていい」
「ちなみに越前のアルコール摂取量は限界値を42%ほど超えている」
「………微妙に酔ってるってこと?」

ナチュラルハイ?とわかりづらい乾くんの説明に首を傾げれば抱きしめてる腕に力が入り、「先に話てんのはこっちなんだけど」とリョーマくんが拗ねるように主張してきた。大きくなっても可愛いね君。


先輩テニスできるようになったんでしょ?俺が見てあげるよ」
「いや、全然素人だから。あんまし楽しめないよ?」
「大丈夫。そしたら俺が優しく教えてあげるから」

岳人くんと対戦して以来すっかり安心しきって最近は練習してないのだ。腕の火傷もあったし風邪もひいてちょっとナマリ気味ですらあるのに。
プロと打ち合うなんて無理無理、と笑えばどこで覚えたのか耳元で囁くように「俺とあそぼ」と息を吹きかけてきたので声にならない悲鳴をあげた。リョーマくんやっぱ酔ってるね!!

「越前、いい加減にしろ!」
「うわ、」

不二くん達もニヤニヤ見てないで助けてよ!と思っていたらしかめ面の手塚くんが割って入ってきてリョーマくんを引き離してくれた。
力任せに離されたリョーマくんはたたらを踏んで壁にぶつかり、は手塚くんの後ろに隠される。何もそこまで力任せにしなくても…と手塚くんを伺えば横顔がかなり怒ってるように見えた。


「いってーんスけど」
「お前には1度年功序列というものを叩き込んだ方がいいようだな」
「年功序列って…考え方古いんじゃないんスか?」

実力主義の世界にいるくせに、と不機嫌オーラ出まくりの手塚くんに対してリョーマくんはあくまで挑発的態度を崩さず口元を吊り上げるので、の方がハラハラしてきた。
そして「表へ出ろ」と顎でしゃくる手塚くんに「いいっスよ。テニスでアンタのこと完全に叩きのめすから」と不敵に笑ったリョーマくんが続けて出て行く。それを桃ちゃんと大石くん達が追いかけていきはどうしよう、と狼狽した。



「どうしよう不二くん!ケンカ止めなきゃ!怪我しないうちに止めないと…!」
「大丈夫、落ち着いてさん。ケンカっていってもテニスだから」
「でも、どっちもプロだしこの時間に空いてるコートなんて」

殴り合い、はしないと思うけど、どちらも折れる気配がないのは一目瞭然で「止めなきゃ!」と進言したが不二くんは至って冷静だ。隣にいる乾くんも「確かにこの時間に夜間ライト付きのテニスコートは空いていないか」と淡々と答えてくる。
何で2人共平気なの?もしかしてそんな心配することないの?と困惑すれば不二くんがクスクスと笑った。

「大人になってからの2人はいつもあんな感じだよ。学生の頃と立場が逆転してるんだよね」
「まだ越前に子供なところがあるから手塚が有利な時もあるけどね」
「……」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。コートがなければゲームをすればいいんだから」

ゲーム…。Wiiとかのあの手のゲームをすればいい、という乾くんにそういうもんなのか?と首を傾げれば「大丈夫だから」と不二くんがの肩を撫でた。

「それよりもさっきの話、ちゃんと考えておいてね」
「え?」

何か話したっけ?と首を傾げれば「手塚のことだよ」と不二くんが微笑んだ。


「来年から手塚も大会で忙しくなるだろうから、ちゃんと考えといてね」
「う、うん…」
「手塚には後でさんに連絡するようにいっておくから」

さんが忘れないようにね、と釘を刺すような言葉になんとなく顔を引きつらせると「じゃ、また来年ね」、「よいお年を」といって乾くんを連れて不二くんは店を後にしたのだった。



******



越前リョーマは意外と軟派な奴だったんだな、とぼそりと零すマネージャーになんといっていいのかわからなかったが閉店後しっかり貰ったサインを飾ってたのを見て大丈夫そうだと思った。
『英雄、色を好む』と小塚さんもいって頷いていたし特に気にすることはないだろう。

しかしあの後手塚くん達は大丈夫だったんだろうか?気にはなってたんだけど時間が時間だし、変に聞くよりも連絡が来るまで待ってた方がいいのかな?変に心配してお節介な、と思われても悲しいし。

いやでも心配なのは確かだしメールだけ送っておこうか。そう思いなおしては手塚くんに『あの後大丈夫だった?ケンカしてない?』と短めに打って送信ボタンを押そうとして留まった。…やっぱり明日でいいかも。


「うわ、酷い顔」

家に帰りささっとお風呂に入ったのだが自分の顔を見て驚愕した。クマが半端ないんですが。化粧してたとはいえこれは隠せないレベルなのでは…そりゃ手塚くん達も心配するはずだよ。
明日は目覚ましかけずに寝てよう、と思いつつ、無残な顔を眺めるのを止め水を飲んだ。

結局ケーキを買うのはやめてしまった。一応コンビニの前まで行ったんだけど買ったのは温かいミルクティーだった。それで結構満足してしまったしお酒も出費のことを考えてやめてしまった。

大雑把に書いてる家計簿があるのだが今月は結構使い込んでてやばいのだ。お酒がなくてもお茶や水があるからいいじゃない、そう思ってがぶ飲みしてるのだけど正直空しい気分になる。
こんな豪華な家に住んでるのに飲んでるのが水って…。なんともちぐはぐだな。


今頃みんなはどうしてるかな。弦ちゃんは試合前だから連絡できないし、忍足くんは今日夜勤っていってなかったっけ?日吉も仕事とかいってたな。
岳人くんも彼女さんとデートだっていってたし…ジローくんは何してんだろ。家族とクリスマス、とは聞いたけどテニス部じゃない友達がどうのって話もしてた気がする。

仁王は暇だっていってたけど一昨日『最悪ナリ。クリスマスに仕事入った』と絶望したラインが届いた。そういえば未だにあいつがどんな仕事をしてるのか知らないな。教えてくもれないし。幸村も仕事らしいけど今日が締め日とかいってたっけ?



そんなことをうだうだ考え携帯を見ながらは悩んだ。

電話か?
メールか?
時間が時間だしな。
疲れて寝てるかもしれないし。
でもいつもはこの時間起きてた気もする。
いやいやそれ以前になんてメールするんだ?
『時間空いてる?』とか送ったところでもう25日が終わるってのに。

そこまで考えて、はた、と我に返った。何をやってるんだ私は。何一生懸命みんなの予定を考えてるんだよ気持ち悪い。これじゃまるで寂しい奴みたいじゃないか。
クリスマスらしいクリスマスを過ごせなくて幸せそうに楽しそうに過ごしてる人達を見てあてられてしまったのかもしれない。


羨ましいって思ってしまったのかな。


必死に握り締める携帯に自分が哀れに見えて嘆息を吐いた。
何電話帳まで開いてんのよ私。必死すぎでしょ。

別に今日じゃなくたっていいでしょ。
明日だってあるし、他の日だってあるんだから。
落ち着け私。
明日死ぬわけでもないんだから。

スーハーと大きく深呼吸をして肩の力を抜いた。ついでに携帯もテーブルの上に置いてダラリとする。今日はもうさっさと寝よう。火傷用に軟膏も塗らなきゃならないしこの悲惨なクマを治すには睡眠しかないのだから。

「うわっ」

腕に軟膏を塗り、ガーゼとサポーターだけになった腕に少しだけ安堵しているといきなり携帯が鳴り出し心臓がこれでもかと跳ねた。何事?!と表示を見ればこれまた驚くべき人の名前があってどうしたんだと思った。で、出るべきなんだろうか…?



いやもしかしたら相手を間違って電話してるのかもしれないし、の知らない海外の友達だか彼女だかが面白がって勝手に電話してきてるだけかもしれない。
海外にいる彼がこんな日に自分に用事があるなんて思えなくてじっと携帯を見つめていると暫く鳴っていた着信が止まり留守番電話に切り替わった。結局出なかったな私。

そのことに少し罪悪感を覚えながらもどうせ間違い電話だろう、そう思い直し歯磨きをしに洗面所に向かった。


暫くしてリビングに戻るとテーブルに置いてある携帯が点滅していてメール?と思いつつ手に取った。手塚くんにさっきのメールを送ってないから返信じゃないと思うけど、そう思いながらも手塚くんかな?なんて考えていたら跡部さんからで僅かにあった眠気が吹っ飛んだ。

え?何で?そう思いつつメールを開くと『話がある。これに気づいたら電話をくれ。時間は気にしなくていい』とあってまた驚いた。

何があったんだ?何かヤバイことしたっけ?あ、もしかして尾沢って人か?!あの人が変な記事書いたのか?!それを見て怒ったとか?!…ヤバイ。あの時何話したか殆ど覚えてないんだけど。でも変なこといってないはずなんだけど。
怒られるのかな。これ怒ってるのかな。クリスマスの最後の夜に怒られんの私。

真面目に遅刻もしないで仕事してたのに…アレかな。風邪ひいて治すついでに余分に休んだのがいけなかったのかな。咳が酷かったから念のためって思ったけどあれがよくなかったのか?
もしくは忍足くんが火傷の痕が残ったら跡部さんにお金出してもらって治すといいっていわれて、一瞬それいいなって思ったのがよくなかったのか?どうしよう、余計に怖くなってきたんだけど。


考えれば考えるほど悪い考えしか思い浮かばなくて、悶々としている内に30分も経過してしまった。ヤバイ。これいっそ明日に持ち越してもう少しまともな状態の時に怒られた方がいいんじゃないだろうか。

怒られるかどうかは定かではないがにはそれ以外跡部さんが連絡してくるとは到底思えなくてそれから更に10分悩んだ。



そろそろ考えるの面倒になってきたな、と思いつつ今跡部さんがいるのどこだっけ?と考えた。
ジローくんがいってたのはイギリスだったっけ?ずっとそこにいるのかな?時差って何時間だろ?少なくとも同じ時間ではないからもしかしたら今連絡しても仕事中とか食事中かもしれない。

だったら連絡してもすれ違いになる可能性は高い。それだったら時間差で連絡になるだろうし寝てましたっていっても怪しまれないだろう。もう寝たいし。そう思いつつも感じる罪悪感に揺れながら『どうかしましたか?』と簡素にメールを打って送信した。よし、寝よう。


当初の予定通りに目覚ましをかけないつもりでいたは携帯を充電器に繋いで部屋の隅に置きっぱなしにした。すみません跡部さん。私にも休息が必要なんです。起きたら元気になるんでそれまで私の存在は忘れておいてください。

そう念じて寝室に向かおうとしたらを引き止めんばかりに着信が鳴り響き足を止めた。
振り返り液晶を見れば跡部さんの名前が表示されていて、タラリと冷や汗が流れる。結構本気で怒ってるのかもしれない。


「も、もしもし…」

やだなーやだなーと思いながらも電話に出るとクリアな声で『急に連絡して悪いな』と愁傷にも謝られた。嵐の前の静けさというやつだろうか。跡部さんが謝るとか滅多にないから気味が悪い、と内心考えていると『今どこにいる?』と聞かれ家だと答えた。

『?実家か?』
「いえ、マンションの方ですけど」
『なら話は早い。今お前んちの前にいるから開けてくれねぇか』

跡部さんの言葉を聞いて身体が硬直した。家の前にいる?勿論実家じゃなくてこのマンションの部屋の前に跡部さんが?今海外にいるんじゃなかったでしたっけ?仕事は?

何の冗談?と思ったが『結構さみぃから早く入れてくれると助かる』とまでいう跡部さんに先程考えた言葉が全部消去した。マジなのか。


まさか直々に怒られると思ってなかったは青い顔で跡部さんを招きいれた。
スーツ姿で白い紙袋を持った跡部さんがリビングに座るのを見て、腹を括るしかないのかと諦めただったが、それでも諦めきれないのか「…何か飲みますか?」と怒られるのを先送りに出来ないかともがいてみた。

「温かいのがあれば何でもいい」
「じゃあ、紅茶でいいですか?」
「ああ」



もがいても来るものは変わりないんだけど跡部さんに怒られるのは特に避けたかった。幸村や弦一郎に怒られるのもかなり堪えるんだけど、跡部さんに怒られるのは柳に静かに説教されるくらい破壊力がある。的確に心臓を突いてくる言葉に生きていられる気がしない。

それにが覚えてる1番最後の跡部さんが呆れ果てた顔と溜息なのだ。
あの時はイライラしててあまり感じなかったけど後からじわじわ心を蝕んでいき、あれはに呆れて軽蔑したから溜息を吐いたんじゃないかって思っていた。

そんなイメージでいるものだから跡部さんに会いたくないしビクついてもしまう。死にたくなったらどうしよう、そう思いながらはトロトロ準備してカップを跡部さんの前に置いた。

「そのサポーターのは火傷のやつか?」
「え?あ、はい」


何をいわれても頑張って耐えよう、そう心に誓っているといきなり手を掴まれビクッと肩が跳ねた。跡部さんは手首から見えるサポーターを見ていて、それからよく見せろと引っ張ってくる。
何故?と思いながらも跡部さんの隣に座ったは腕を捲くられるのを黙って見つめた。

「…これ、全部火傷したのか?」
「全部じゃないですけど…15センチくらいですかね」
「どのくらいで治りそうなんだ?」
「大分治りましたよ。そろそろ軟膏だけでいいって先生もいってましたし」

眉を潜めた跡部さんは「何やってんだよお前」と叱られた。これも怒られるのか。確かに私の不注意だけど跡部さんには関係ないよね?というか何で知ってるんだろう?そう考え、嫌な予感がした。


「火傷の話、誰から聞いたんですか?」
「忍足やらジローやらだ」

聞いてゾッとした。聞くんじゃなかった。何してくれてんのよあの2人。いやニュアンス的にそれ以外もいそうなんだけど。

「そ、それより話って何ですか?」
「ああ、そのことなんだが尾沢に話しかけられたんだよな?その後は何もねぇか?」

何か面倒そうな感じがしてきたは、腹を括ったついでに自ら切り出すと予想した話をされて『来た!』と顔を歪めた。



「特には何も。あの、スミマセン。跡部さんのこと見かけたっていっちゃいました」
「ああ。そんなことはどうでもいいんだ。それよりアイツに変なこといわれてねーか?」

あの男は挑発とか騙すのが得意だからな。お前に不快な思いをさせたんじゃねーかと思ってよ。という跡部さんには目を丸くした。あれ?怒ってないのか?責められたら風邪をひいてたんで、と言い訳する気満々だったのに。

予測した状況と微妙に温度差がある気がして跡部さんを伺えば、彼は眉を寄せているが怒ってるというよりは心配してる顔での頭を撫でた。


「何で時間の余裕が出来たのにこんなにボロボロになってんだよ」
「ぼ、ボロボロですか?」

ボロボロというなら跡部さんも負けてないんだけど。いつもパリッとしてるスーツが今日に限ってよれてるし、表情もお疲れだ。さっき見た自分ほどじゃないけど。それよりも何よりも。

「何で日本に、こっちに帰ってきたんですか?」
今出張中では?と聞けば「そのはずだったんだが」と疲れた顔でを見、髪を掻き混ぜた。


「滝が今にも倒れそうなお前の映像送ってくるから心配で帰ってきたんだよ」
「は?」
「やる気ねーテニスしやがって。見てるこっちがヒヤヒヤしたっての」

こけて怪我でもしたら日吉を説教するつもりだった、とまでいう跡部さんには呆気にとられたまま彼を見た。この人は何をいってるんだろう。
状況が飲み込めないに気づいたのか跡部さんはそれはもう丁寧に、この前の日吉達と遊んだテニスの映像を滝さんが送ったのだと教えてくれた。


それを聞いたが絶句したのはいうまでもない。
揃いも揃って何を考えてるんだあの人達。頭痛くなってきたんだけど。

「……あー…ご心配をおかけしてスミマセンでした。深く反省しております」
「何改まってんだよ。別に俺に謝る必要はねぇだろ」
「いや、無駄な迷惑をかけたなと思いまして」

滝さんはただ単に面白がって送っただけなんだろうけど、余計なことを…と思わずにはいられなかった。



が心配で見に来た、なんて鵜呑みには出来ないけど、海外からそんな簡単に日本に帰って来れないのはわかってる。仕事を放ってはこれない人だから終わらせたかキリのいいところまでやってから帰ってきたんだろう。もしかしたら他に用事があってそのついでにここに来たのかもしれないけど。

でも、言葉にされたら妙に身体に染み渡って息が詰まった。

久しぶりの跡部さんの声だ。1ヶ月も経ってないのに随分会ってないような気がして、会えてホッとしてる自分がいて、そんな気持ちがじわじわとの中を温めていく。
「他に怪我はねぇのか?」、「本当に尾沢に絡まれてねーんだな」という心配してくれる言葉に抑揚なく返してしまう自分が情けない。でも思ってることとは反対の言葉を言わなければ感情が漏れ出てしまいそうだった。


「大丈夫です。全然。あれ以降会ってないし、貰った名刺もなとなく縁起が悪そうだから捨てちゃったし」
「…ならいいが……そうだ。お前今日までずっと仕事だったんだってな?」
「(何で知ってるんだ)…そう、ですけど」
「なら丁度いい。俺からのクリスマスプレゼントだ」

プレゼントというには安いがな、と跡部さんは傍らに置かれていた白い紙袋をに差し出してきてそれを受け取った。中を見れば小さなケースがあってその独特な形に思わず跡部さんを見やる。

「好みがわかんねーから適当に見繕ってきた」という彼が早く見てみろよ、と急かすので手早く且つ慎重にケースを取り出し蓋を開けると、中にはいろんな種類のケーキがぎっしり詰まっていた。


「跡部さん、これ…!」
「前にこの店のケーキが好きだっていってただろ?さすがにホールケーキと売れ筋のやつは売り切れて無理だったが…嫌だったか?」
「い、嫌だなんて!ここのケーキ全部好きなんです!!」

お金と脂肪の事情で頻繁には食べれてないがこそこそ楽しみに食べていたケーキ屋さんなのだ。全部食べたら太ること間違いなしなのだが、こんなにぎっしり煌びやかなケーキを見せられたらときめかないわけがない。どうしよう!嬉しい!

全部食べていいんですか?!とやや興奮気味に聞けば跡部さんは笑って「その為に買ってきたんだよ」との頭を撫でた。



「頑張ってる奴に何も与えねぇほどサンタは無常でもねぇよ」
「…サンタ……跡部さんが…?」
「…何か文句でもあんのか?アーン?」
「ううん」

いつもの、不遜な態度で口元をつりあげる跡部さんには胸の辺りがぎゅうっと締め付けられ、そのまま感情に飲み込まれた。

ぼろりと落ちた涙はケーキや白いケースにパタパタと音を立てて濡らしていく。どんどん酷くなる雨のような涙に慌てて顔を隠せば「?」と心配そうな跡部さんの声が降ってきた。


どんなにセーブしようとしてもしゃくりあげても涙が止まらない。
結構いっぱいいっぱいだったらしい。
ずっと息苦しくて溺れそうだった。
悲しくて切なかった。
誰かと一緒にいたかった。
寄り添いたかった。
寂しかった。
ずっと、ずっと、1人だって思うのが怖かった。

そこでやっと跡部さんに"もう戻ってこない(かもしれない)"といわれたことがショックだったんだって気がついた。

「大丈夫か?」
「う、ん。違うの、これは、嬉しくて…」
「……」
「ありがとう、跡部さん」

嫌われたんだって思ったのは自分の勝手な想像で。跡部さんは何も変わらない、が知ってる跡部さんだった。





2014.07.15
2015.12.24 加筆修正