You know what?




□ 96a - In the case of him - □




夢を見た。が跡部さんの隣で楽しく話しながら歩く夢だ。彼も自分もまだ中学生の制服を着ていて周りにはジローくん達氷帝テニス部のメンバーが揃っている。どこか遊びに行くのかみんなも楽しそうだった。私の居場所がなくなる前の、楽しかった記憶だ。

懐かしい、そんなことを思いながら歩いていくと周りが白んできて、手足が急に重く感じた。あれ?と自分の身体を見たがやっぱり動かずみんなを呼ぼうとしたが何かが口を押さえていて助けを呼べなかった。


「……っ」
「よお。やっとお目覚めか」

そろそろ昼だぜ、と微笑むドアップの跡部さんに一瞬中学の頃の彼がダブったがあまりの近さに脳が仕事を放棄してさっきまで見ていた夢もポーンと全部どこかに飛んでいった。

「お、はよう、ございます」
「ああ、はよ。つーかお前随分疲れてたんだな」

何しても全然起きねぇし。と笑う跡部さんに鈍い思考が一気に回転して「な、何したんですか…?!」と狼狽した。昨夜恥ずかしくも跡部さんの前で号泣してもうこれ以上涙なんて出ないって程水分を垂れ流したんだけど、その後何でか跡部さんと一緒に寝ることになってしまったのだ。


語弊があるから言い訳しておくけど一切そういう雰囲気はありませんでした。ただ、目を冷やそうと濡れタオルを用意した辺りで跡部さんがのスイッチが寝るモードに切り替わっただけなのだ。
始めはジローくんか!とつっこんだが跡部さんの顔を見たらそれはもう疲れきった顔で今すぐ寝たい、という彼の要望を拒否することは出来なかった。

自分の部屋に帰ることも榊さんの部屋で寝ることも拒否した時はさすがに焦ったけど…じゃあ私ソファで寝るのでといったら担ぎ上げられて無理矢理一緒に寝させられた時は動転したけど。
布団の中で私を抱きしめすぐに寝入ってしまった跡部さんを見たら、自分も眠くなってそのまま寝入ってしまったわけだ。


私も大概図太いな、ともう1度跡部さんの顔を見れば、昨日ほど酷い顔色ではなかった。寝る間際に聞いたら徹夜したとか、最近よく眠れなかったとか、ご飯もちぐはぐで殆ど食べてないとか、それはもう聞いてて不安になることしかいわなくて。この人絶対過労死するわ、と思った。



「別にたいしたことしちゃいねぇよ。鼻摘んだり口塞いだり、頬を抓ったりだな」
「イジメですか」
「しょうがねぇだろ。俺は起きたのにお前寝てんだから」

俺が暇。と笑う跡部さんにこの俺様…!!と心の中でつっこんだ。何で人が寝てる時にそんな妨害してるんですか!しかもなんで両手動かないの?
見れば寄り添う感じに横たわってる跡部さんの隣では片方の手を布団と彼の身体に挟まれるように、もう片方の手は腕枕されてる手に掴まれ動くことが出来ない。足は布団だとして夢の中で動けなかったのはこれか!と妙に納得した。


「だってこうしねぇとお前暴れるだろ」
「当たり前ですよ、何言ってんですか」

何もしなかったら死体ですよ。と言い切ると跡部さんは肩を揺らして笑って、それからぎゅうっとを抱きしめた。不意打ち…!!

「もう少し寝るか?」
「…いえ、起きます」

こんな朝っぱらから視覚的に刺激しかないことされたら眠気も吹っ飛ぶわ。彼の手がの背に回ったお陰で解放された手はそのまま跡部さんの胸を押しやった。チクチクしそうな不精髭を生やした俺様がニヤニヤしていて怖いんですが。中学生の彼とはある意味似ても似つかないな。


「あ、そうだ。跡部さんもご飯食べますよね?」
「…ああ。食いてぇ」

ベッドから下りるついでに振り返ればじっとこちらを見てる跡部さんと目が合ってドキリとした。
ワンテンポ遅れた返事に素早く髪の毛を撫でつけ、お腹が出てないかを確認したがパジャマが捲れ上がってるわけではなかった。

もしかして目が腫れてるのか?顔が酷いことになってんのか?と危惧するも鏡がない状態じゃわかるはずもない。じっと見つめてくる跡部さんを不安げに伺っていると、「腫れは引いたみたいだな」と嬉しそうに目を細めた。

少しだけ身を起こした跡部さんが肘を突いて空いたもう片方の手でを手招く。彼の視線に何となく落ち着けなくてあまり近づきたくなかったんだけど、彼の手に引き寄せられるように身体を傾ければ、温かい手がの頬を覆った。



「これなら大丈夫だな。違和感もないか?」
「う、ん。はい」

目尻を親指でなぞられほんの少しピリッとしたがそれが痛みなのか跡部さんに触れられてるせいなのかよくわからなかった。というか、触り方いやらしいよ跡部さん。

くすぐったいようなさわさわした感触になんともいえなくて視線が揺れる。早く放して〜と心の中で訴えていれば、ギシリとスプリングが揺れる音と、反対側の頬にちゅ、とリップ音が聞こえ視線を戻した。
目の前にはさっきと同じように至近距離に跡部さんがいてドキッと心臓が跳ねる。


「無理して作らなくていいからな」
「…はい」

お前疲れてんだから、適当で構わねぇぜ。と微笑む跡部さんには大きく頷くと急いで寝室を後にした。

寝室から死角のキッチンに入ったところではしゃがみ込んだ。バクバクと騒ぐ心臓を両手で押さえ何度も深呼吸をしたが落ち着くどころか返って息苦しかった。

だからイケメンは嫌なんだ。
こっちの処理能力追いつかないっての。
庶民で平凡な自分には刺激が強すぎるんだってば。
本当マジ勘弁してほしい。

そう考えながらはそのまま倒れたい気持ちになった。



******



「年末年始、ですか?」

食器を片しながら跡部さんを見やると彼はシンクに寄りかかりながら「ああ」と頷いた。世の中と同じで跡部さんも25日で仕事納めしたらしく、ラフな格好のままのんびりしている。
一応仕事は持ち帰ってるみたいだがが見ている限りではニュースを見るくらいで、それらしいことは全然していない。

「一応実家に帰っておこうかと。火事のこともあったし親に心配させちゃったんで」
「そうか…」
「それがどうかしたんですか?」


これで終わり、と食器棚の扉を閉めて彼に向き合えば跡部さんは組んだ腕を解いて片方の手をシンクの上に置いた。いつもならダイニングテーブルかリビングのソファに座ってそこから話しかけてくるのだがここでは遠すぎるとかいって跡部さんがこっちに来ている。

それもそのはずで今日は跡部さんの部屋で食事をしたのだ。跡部さんが日本を離れている間はハウスキーパーくらいしか出入りしてなかったはずなのだけど、秘書の人が気を利かせすぎたのかうっかり伝達を忘れたのか、彼の部屋の冷蔵庫には食べ物がぎっしり詰まっていた。

これにはさすがの跡部さんも途方に暮れてしまったらしい。

濡れた頭でを呼びに来た時は驚いたが冷蔵庫の中身を見て更に驚いた。
けどまあ、1日3食分と思ったらいつもよりは消費ペースが早い気がした。
外食しないで家でゴロゴロしてる跡部さんも驚きだけど、と彼を伺えば少し考える素振りをしてに視線を合わせた。


「こっちで年を明かすことになったから、どうせだからお前を誘って初詣に行こうかと思ってたんだよ」
「…それ、大丈夫なんですか?」

歩くワイドショー男なのに。と思ったが口にしなかった。パパラッチに見つかったらどうするの?という意味も込めて聞いてみれば「意外と大丈夫なんだぜ」と跡部さん。人が多いところなら意外とバレないらしい。木を隠すなら森の中、というやつらしい。

「人が多いとこっていうと浅〇寺とか明〇神宮ですか?」
「あと靖〇神社とかな。お前は行ったことねーの?」
「前に誘われたんですけど人込みに負けまして…それ以降行ってないです」



参拝だけなら地元でもどこでも出来るし。別に元旦に拘らなくてもいいし。
そういう跡部さんも行ったことあるんですか?と聞いたら学生時代に一応行ったらしい。ただ彼の場合海外の年明けの方が馴染んでるようで大人になってからは行ってないとのことだった。

「なら、わざわざ初詣に行かなくてもいいんじゃないですか?」
「そうだな。お前はあんまり乗り気じゃねぇようだし」
「いや、そういわれても」

まるで私が行かないから行かない、みたいにいわれてるみたいなんですけど。

だったらジローくんとか忍足くんを誘ったらどうですか?と聞いたら「何で人込みに揉まれながらあいつらと初日の出拝まなきゃなんねーんだよ」と返された。カウントダウン混みの初詣らしい。
確かに夜なら跡部さんだってバレる確率は低いかもしれないが私を誘うメリットもないと思います。


「…ジロー達と一緒なら行くってのか?」
「そ、そうとはいってませんよ」

何でいきなり不機嫌になるの?!ずいっと近づかれた顔に思わず身を引けば何でか更に跡部さんが寄ってきてついには背中が壁にぶつかった。逃げ場が、と視線を横に向ければ目の前を跡部さんの腕が遮り隔離されてしまう。

恐る恐る視線を戻せば不敵に笑う跡部さんがいてドキリともギクリともとれるような心臓が鳴った。何でそんな楽しそうな顔してんですか。クリスマス辺りから何か変じゃないですか?距離間おかしくないですか?


「そもそも、年末年始は実家に帰ると…」
「別に帰るな、とはいってねーよ。ただ、新年最初のシフトは5日からだったなと思ってよ」
「……」
「初詣は元旦じゃなくてもいいんだろ?」
「……」
「だったら大晦日と元旦は空いてるよな?」

ニヤリと笑った跡部さんはそれはもうとても勝ち誇った顔をしていた。…なんで私のシフト知ってんですか。どんだけ初詣行きたいんですか。そんなことをつっこみたかったが口にする前に萎んで消えた。

こういうの身に覚えがある。いったところで諦めてもらえないパターンだ。
何でこうも押しが強いというか我儘な人が多いんだ。私の周り。



「わかりました。けど、その前に親に連絡して聞いてもいいですか?」

土壇場だしそういうの煩いんで、と溜息と一緒に携帯を取り出したはメールで帰る日を変更するという内容を送った。そしたら返信の代わりに電話が鳴って、応対したら『あんた何考えてんの?』と怒られた。

帰って来ると思っていた母は予定が狂ったとかでご立腹らしい。どうせ初売りのバーゲンに足として使う気だったんだろう。ある意味私は助かったのか?と思いながら説得を試みていれば、母の声が急に遠くになり耳に当てていた携帯も消えた。


「お電話代わりました。…ああ、すみません。さんの友人の跡部です」

代わりに会話し出したのはずっとを隔離していた跡部さんで、ペラペラとが帰れない理由を述べ出した。電話の向こうでは『え、あの跡部くん?!』とテンションを上げる母の声が聞こえる。そういえばずっとファンだったよね。

跡部さんは火事に遭ったを他の友人達も心配していて、みんなで集まろうということになったのだけどそれが年末年始になってしまったのだとか娘さんを無事そちらに送り届けるとかなんとも礼儀正しい跡部さんがいて気味が悪かった。

仕事はこんな感じなのかな、と恐々と見ているとなんだか雲行きが変わってきて跡部さんの顔が一瞬素の?顔に変わった。


「…いえ、とても出来た娘さんだと思いますよ。……フフ、いえ。さんはしっかりしてますから」
「……?!」

社交辞令にしか見えない愛想笑いが少しだけ変わった跡部さんには嫌な予感がした。母が話してる内容はわからないがどう考えても年末年始から雑談(という名の娘話)に変わってるようにしか思えない。

まさか、と携帯に手を伸ばせばスルリと跡部さんが避け、負けじと追いかけたらその手ともう片方の手も取られ、くるっと1回転もすれば両手をとられたまま彼に抱きしめられていた。

片手1本であっさり捕まったんですけど。どんな芸当持ってんですか?!
あまりの素早さに驚愕して跡部さんを見上げれば、気づいた彼が視線をに合わせ「勿論です」と微笑んだ。何が勿論、なんですか?!何かキャラ違くないですか?!



「跡部さん、跡部さん!携帯!」
「…はい、何ですか?僕でよければ何でもお聞きしますが」
「ちょ、ちょっと跡部さん!携帯返してくださ…んぐ!」

どう考えても母親が娘のあることないことを喋って跡部さんに面倒見てほしいとかろくなこといってないに違いない。それは断固として阻止せねば、と訴えようとしたら携帯を肩に挟んだ跡部さんが空いた手での口を塞いだ。何で?!


「はい…ええ、その時はちゃんとご挨拶に伺います」


ちょ、おーかーあーさーんーーー?!!!何いったのー?!?!
何のご挨拶ー?!と狼狽して跡部さんを見れば彼はなんだか楽しそうに笑って、それが何だかとてもドキドキして泣きそうだった。マジで何いったのおかあさん…!!
あまりに泣きそうな顔で必死になってるを不憫に思ったのか、跡部さんはあっさり手を放すと携帯も返してくれた。よかった!

「……切れてる……」

無機質な音にがっくりと肩を落とせばくつくつと笑ってる跡部さんが「相変わらずお前んとこのおふくろさんはおもしれーな」と肩を叩いてきた。

「…一体、何を話したんですか?」

というか変なこといってませんよね?と疑いの目で跡部さんを見ると彼は目を丸くして、それから「あー」と誤魔化すように視線を逸らした。ちょっと、マジで何いったの?!


「娘を可愛がってやってくれっていわれたな」
「…ひぇ?!」
「あれはもしかして…娘と結婚してくれってことか?」
「ち、違いますよ!」

断じて違います!!何いってんのおかあさん!相手婚約者いるっての!!ワイドショー好きなら知ってる話題でしょ?!最近だよ最近!!どんだけもうろくしてんの?!

ぎゃあ!と青くなっていいのか赤くなっていいのかわからない顔で「本当スミマセン!本当スミマセン!!うちの母が!後でちゃんといっておきますので!!」と土下座する勢いで平謝りすれば、跡部さんは「ぶふっ」と噴出し豪快に笑い出した。



「わかってるよ。おふくろさんがいってんのは"ふつつかな娘をよろしく頼む"ってことだろ?」
「はい!そう……うん?」

母のブラックジョークです!というのは通じたみたいで良かったけど、でも言葉の内容はあんまり変わらなくて本当に跡部さんが理解してるのか首を傾げてしまった。
笑う跡部さんにそんなに面白かったんだろうか?と不可思議に思ったが(狼狽するが面白かっただけなのだが)、何をいっても笑うので言い訳するのをやめてしまった。笑い茸なんて夕飯に出した記憶ないんだけどな。

笑いが収まっても口元をヒクつかせた跡部さんは、落ち着こうと大きく息を吐くと何でかを引き寄せぎゅうっと抱きしめた。

あまりにも突然のことに対応できなかったは、跡部さんの腕の中で何度も目を瞬かせた。顔を上げようにも彼の手がの頭を固定していて動かすに動かせない。伝わる体温と耳元で聞こえる吐息になんとなく、無意識に鼓動が早くなった。


「あ、とべさん…?」

抱きしめられる温かさは嫌いじゃないけど、でも相手が異性だと、跡部さんだとどうにも落ち着かなくてもぞもぞと動けばフッと息が漏れて「くすぐってーよ」と余計きつく抱きしめられた。どんどん苦しくなってるんですが。


「…まあ、そのうち、な」


どうすればいいんだ、と困惑していればこめかみの辺りに何か柔らかいものが当たって、跡部さんが離れた。それに合わせるように顔を上げれば、の顔を見て「ぶ、何変顔してんだよ」と噴出したのだった。酷い。




デレタイム。
2014.06.27
2014.07.15
2015.12.24 加筆修正