You know what?




□ 97a - In the case of him - □




有志を募って職場の大掃除に参加していたはしっかりお年玉という名の謝礼をいただき軽い足取りで帰ってきた。ドアを開けて玄関口に荷物を置きマフラーもいいかと置いて鍵を閉めるとそのまま隣の部屋のドアホンを押す。

「イエー!ハッピーニューイヤーー!」
「…岳人くん。随分飲んでるね」

まだ大晦日ですよ。と上機嫌にドアを開けた岳人くんにつっこむと彼はケラケラ笑って「気にすんな」との手を取り中へと引き入れた。


さまごあーんなーい!」
やっと来たー!!」
「待ちくたびれたで」

手を引かれリビングを覗けばそんなことを言われ思わず「わぁ、」と漏らしてしまった。みんな結構飲んでるね。

跡部さんの部屋のリビングではいつものメンバーが赤い顔で勢ぞろいしていた。しかも彼らが囲ってるテーブルは冬の定番の炬燵で、大分宴も進んでいるようだった。
デザイン的な部屋なのにここだけ何だか庶民チックだな、と思ったのは内緒だ。

亜子の隣に座ってる宍戸くんが「仕事は終わったのか?」聞いてくるのでそれに頷くと岳人くんがぐいぐいと引っ張り好きな場所に座れよ、と進めてくる。奥には忍足くん、その斜め向かいには宍戸くんと亜子が座っていて足元にはジローくんが転がっている。

「待ちくたびれでジローなんか寝てもうたわ」という忍足くんに苦笑したが、そこで1人、というかここの主がいなくて「跡部さんは?」と聞くとミカンを剥いてた忍足くんが「丁度戻ってきたわ」とキッチンの方を顎でしゃくった。


「なんだよ。そんな寒そうな格好で大丈夫なのか?」
「ここに来る前に置いてきたんです」

見れば携帯を持った跡部さんがこっちに歩いてきての格好を見るなり寒くないのか?と眉を上げた。それをいうなら跡部さんも随分薄着ですよね?暖房あるからって油断しすぎじゃないですか?と思ったが口にはせず「こういう時の隣って楽ですよね」と零しながらコートを脱いだ。



「じゃあ鍋の用意始めますね」
「まーまーまー。それは後ででいいから少しあったまれよ」
「へ?」

テーブルにある酒の空き瓶の数にこれで初詣行けるのかな?と思いつつ腕を捲くろうとしたら岳人くんに背中を押されそのまま座らされた。そしての隣に跡部さんが座り目の前には岳人くんが座る。

亜子がお酒を注いで寄越してきてみんながそれぞれグラスを掲げるものだから「お疲れ様ー」とも一緒になってグラスを掲げた。


「…はあ。炬燵あったかい」
「ホンマにな。冬の日本の素晴らしい文化や」
「この部屋に炬燵っていうのはちょっと違和感あっけどな」
「炬燵がほしいつったのはテメーらだろうが」

なきゃこねーとかいってだろ、と適当なことをいう岳人くん達に跡部さんが顔をしかめたが「そのお陰でジローくんが心地よく眠れてるんだからいいじゃないですか」とフォローして話を流した。

ちゃんもミカン食うか?」
「うん」
「じゃあ、あーんして」
「……いや、ここからじゃ遠いんだけど」

投げ入れるつもりか、とつっこめば忍足くんが待ってましたといわんばかりに立ち上がろうとして、そして尻餅をついた。何か鈍い音と一緒に炬燵も揺れたんですけど。


「いったいなー。何も蹴ることあらへんやろ」
「悪ぃな。足が長くて当たっちまったぜ」
「宍戸ー俺にもミカンくれよ」
「おー」

涙目になってる忍足くんに跡部さんは素知らぬフリをしたが結構痛かったのでは?との方がハラハラした。別に餌付けくらい平気なんだけど…あ、いや、忍足くんだからちゃんと断るんだけど。
そんなことを考えたが気にしてるのはだけで、亜子は忍足くんを見てケラケラ笑い、岳人くんは手だけ出して宍戸くんから忍足くんが剥いたミカンを奪取していた。可哀想に。

それから「これ忍足の手垢がついてねーやつ」といって剥いてないミカンを宍戸くんが寄越してくれお礼と共にも受け取った。忍足くん頑張れよ。



「あーホラ!忍足くん落ち込んじゃったじゃない」
「どうせ嘘泣きだろ?」
「そうやって亜子の気を引きたいだけだって」
「んなことあらへん!!」
「「へー…」」
「…亜子ちゃん。そのミカン、傷ついてる俺にあーんして食わせてくれへんか?」
「え?!……はい。亮くんあーん」
「あー…んぐ!」

すん、と鼻を鳴らした忍足くんが愁傷に亜子に申し出たが、その期待丸出しな視線が嫌だったのか亜子は持っていたミカンを宍戸くんに差出し食べさせた。

忍足くんが可哀想な目に遭うまではいつもの光景なので誰も何も思わなかったが、いつもとは違う状況に気づいた宍戸くんが顔を真っ赤にしたのを見て、岳人くんと跡部さんが噴出した。忍足くんは羨ましそうにしてるな。狙ってやったんじゃなかったの?


2人きりだといつもそんな食べ方をしてるのかとか、お暑いですね、とか散々冷やかされた宍戸くんはミカンの皮を1番騒がしい岳人くんに投げつけた。子供のケンカだ。

「そういえば跡部さん。さっきの電話大丈夫だったんですか?」
「あ?あーまぁな」
「何だよ。会社とかいってたけど呼び出されたのか?」

ミカンを剥きながら質問すれば、ニヤニヤと宍戸くんを冷やかしていた跡部さんが振り返り、言い辛そうに首の後ろを掻いた。

「毎年今日の夜から明日にかけてニューイヤーパーティーをしてんだよ」
「そういやそんな話前してたな」
「行かなくていいの?」
「元々参加自由で暇な奴かこれを機会に近づこうとかいう裏がある奴しか来ないパーティーだ。俺も挨拶くらいしかしてねぇし最後までいた試しもねぇよ。それに今年は親父もこっちにいるんだ。俺まで顔見せする必要はねぇだろ」

挨拶の為だけに正装して面倒クセー奴の相手をするなんざ真っ平ごめんだぜ。と吐き捨てる跡部さんに大変だなーと亜子達と顔を見合わせていると、「んじゃ初詣は一緒に行けるんやな?」と忍足くんが聞いてきてそれに跡部さんは「当たり前だ」と力強く頷いた。



そんなに行きたかったのか初詣。ジローくん達も誘いましょうよっていった時は物凄く不機嫌になってどうしようかと思ったけどやっぱり誘ってよかったんだ。
なんだかんだいって跡部さん氷帝テニス部のメンバー大好きだもんね。…峯岸さんもどうですか?ていえなかったのがちょっと残念だけど。

本当は自分や亜子も参加するって決めた時にだったら峯岸さんも、と言おうとしたんだけどタイミングが掴めなくて言いそびれていた。それに岳人くんの彼女さんも誘えなかったし(これは後日忍足くんから岳人くんなりの予防線でわざとつれてこないんだと教えてもらったけど)。


いくら友達とはいえ、女が混じって婚約者の家にいるって気分が悪いだろうし。毎晩ご飯作ってる段階でずっと気にはしてたんだけど跡部さん何もいわないからな。きっといってないだろうし。だからといって自分からいえば角が立つだろうし。

いっそいわないでおいた方がある意味平和なのかもしれないけど、こういうイベントごとも一緒に過ごせないって寂しいんじゃないかと思うんだよね。
どうしたもんかな、と跡部さんを見ればタイミングよくこちらを見ていて、ぎょっとした。一瞬自分の思考が読まれたのかと思ったがそうではないらしい。

何か訴える視線に何となくドキリとしたが、視線の先を正確に読み取ると、見ているのはではなくミカンだった。


「どうぞ」
「おい跡部。ちゃんに剥いてもらうなや」
!これヤバくね?!」
「ぶはっちょ、岳人くんそれ食べれんの?!」

半分に割ったミカンを跡部さんに渡せば岳人くんが剥いたミカンを丸々口に入れたので思わず噴出した。小さい頃に弟がそれをやって笑わせたら全部吐き出し辺りが酷いことになったのだ。

吐き出すなよ、と宍戸くんに言われつつリスの頬みたいにもごもごさせてる岳人くんを笑わないように見ていれば、いきなり視界が跡部さんに切り替わった。
え?と瞬きをすれば顎に添えていた手で口を開かせ、4分の1にちぎったミカンを跡部さんの指ごと口内に押し込んだ。

いきなりだったのと多少なりの異物感に反射的に口を閉じたが、跡部さんは気にした様子もなくそのまま指を引き抜くと「俺はこれだけでいいんだよ」といって、の口に押し込んだ指でもって残りのミカンを食べた。



「それよりも忍足、足伸ばしすぎじゃねーか?」
「阿呆。俺は胡坐かいとるわ」
「あ、ごめん私かも。今誰かの足蹴っちゃった」
「それ俺だ」
「ジローじゃねーの?今髪の毛くらいしか見えねーんだけど」

ミカンを飲み込んだ跡部さんが「邪魔だ」と忍足くんを睨んだが同じくミカンを完食した岳人くんが斜め前に寝ているジローくんを覗き見て「どこまで入る気だよ」と笑った。


「邪魔だな」
「おい跡部。こっちに寄越してくんなよ」
「こっちに戻すな。が足伸ばせねーだろ」
「いえ、私のことはお構いなく…」

むしろ炬燵布団を捲ってる方が寒いです。
ジローくんが寝てることをいいことに足蹴にしてる跡部さんと岳人くんに呆れて、もういいやと残りのミカンを食べようとしたら何でか亜子と忍足くんがニヤニヤとこっちを見ていたので思わずミカンを落としてしまった。



******



目が覚めた時は辺りは真っ暗だった。元々がマンションに帰ってきた時点で大分日が暮れてたのだけど、今は何時だろうか。ブーブーと震える携帯に気がつき気だるげに身を起こしたは相手もろくに確認しないで応対した。

『あけましておめでとう。さん』
「……不二くん?」

聞こえた声に少しばかり頭を回転させると相手は『声ガラガラだけどどうしたの?』と耳に心地いい声が聞こえてくる。

「あー炬燵で寝ててさ。それでかも」
『寝てたんだ。てっきりカウントダウンで外に出てると思ってたけど』
「……え、あれ?もしかしてもう明けちゃった?」


あれ?と時間を見れば液晶にしっかり『0:20』と出ていて「うわぁ」と声を漏らした。電話の向こうでは不二くんがクスクス笑って『さん寝過ごしたみたい』と誰かに話しかけている。

『手塚が風邪をひかないようになって』
「うわーはい。気をつけます」

相手は手塚くんか。お恥ずかしい、とうな垂れれば『初詣は行くの?』と聞かれ一応頷いた。多分行けるはず。みんな絶賛爆睡中だけど。

『そっか。なら会えたらまたその時に挨拶するね』
「?うん。…それじゃ。……あ、明けましておめでとうございます」

会えたら?と思ったが寝起きではよく頭が回らずとりあえず言い忘れていた新年の挨拶をすれば、不二くんはまた笑って『今年もよろしくね』といって通話を切った。


シン、と静まり返る部屋にはぼうっと光る液晶を見て溜息を吐く。やっぱり出遅れた。そんな気はしていたんだ。が帰った段階でみんな結構出来上がっていたし。
テーブルの上には空になった土鍋と少し乾いた食器、それから空いたグラスと瓶がいっぱいに置いてありこれも洗わなきゃな、と頭を掻いた。

誰かの携帯が受信を知らせている。その音にもが喋ってる声にも気づく気配はない。誰かが気を利かせて電気も消したから心地よい眠りなんだろう。現にも不二くんの着信まで起きれなかった。



とりあえずガラガラな喉を潤そうと近くにあった中身が入ったグラスを手に口をつければ喉がひりつくように熱くなった。そうだった。ここにはお酒しかなかった。ウーロン茶もあったけどそれは早々に飲みきってしまいお酒しか残っていない。
かといって立ち上がって飲み物を取りに行く気にはなれなくて仕方なくそれで喉を潤した。

「(さてどうしたもんかな…)」

起こしていいものか少し迷ったがとりあえず跡部さんを起こしてそれから決めようと思った。すぐ横に、というか多分ほぼくっついて寝ていたであろう距離の跡部さんをなんともいえない気持ちで見つめたがぐっとそれは飲み込んで彼の肩に触れた。


「跡部さん、跡部さん」
「……ん、どうした?」

何度か彼の肩を揺すれば、と同じように掠れた声が聞こえた。「もう年が明けたんですけど、初詣どうしますか?」と聞いてみれば少し間の後「あーそうだったな」と身じろぐ音が聞こえた。

「今何時だ?」
「0時30分になったところです」
「………寒ぃ」
「コート使います?」

肩も冷えてたし、やっぱり薄着だったのが悪いんじゃ、と毛布代わりにかけていたコートを差し出そうとしたらその前に腕を引っ張られそのまま跡部さんの胸に落ちた。


「あの!跡部さん?!」
「あーあったけぇ」

そういう問題ではないと思うんですか!床でもラグでもない独特な温かさと硬さに狼狽して離れようとしたが背中をがっちりホールドされて身動きが取れなかった。私は布団代わりですか?確かに温かいだろうけどでもこれなんかおかしくないですか?!ていうか、寝ぼけてます?!

これ心臓の音丸聞こえじゃないですか?!それは困る!!と必死に腕を立ててみたが、それを阻止せんと跡部さんも必死になって腕に力を込めてくる。跡部さんそれ以上されたら胃の中身全部出ちゃいます…!



「…お、重くないんですか?」
「どっちかっつーとお前の髪がくすぐってぇ」
「それは放せば全部解決すると思いますよ…」
「んじゃ却下だな」

却下なのか。力比べに負けたはゼェハァと息を切らすとそのまま跡部さんに圧し掛かった。無駄な体力を使ってしまった。

もうこうなったら嫌がらせに体重をかけてやろう、そう思い思いきり乗り上げたのだが、跡部さんはそれよりも顔にかかる髪の方が気になるようで、整えるように髪を梳いた。それがまた絶妙に心地よくてもぞりと動けば首筋を軽く引っかかれビクリと肩が揺れた。


「………」
「………」
「……わりぃ」
「………………いえ、」
何かさっきよりもぎこちない空気になった気がするんですが。

「というか、あの、初詣は?行かないんですか?」
「…行きたいか?」
「跡部さんが行きたいってませんでしたっけ?」
「みんなで行きませんか?っていったのはお前だろ」
「………」
「………」
「………行きます」

何で私が決めなきゃならんのよ。と思ったがこの状況を打破するのには丁度いいと思った。現にすんなり解放されホッとして起き上がれば同じように跡部さんも起き上がる音がした。

少しだけ目が慣れてきたが真っ暗で何をしてるかまではよくわからない。とりあえず電気をつけなきゃなと蛍光灯のリモコンを手探りで探していると跡部さんの手とぶつかった。


「どうしました?」
「飲み物ねぇ?」
「ああそれならこれですよ」

お酒ですが、とさっき自分が飲んだグラスを手探りで引き寄せ跡部さんに引き継いだ。「酒か」と自分と同じことをぼやく声にこっそり噴出すとリモコンらしき物体が手に当たった。



「跡部さんこれどこ押せばいいですか?」

テレビのリモコンみたいにボタンがたくさんあって蛍光灯じゃないかも、と思っていれば跡部さんの手がの腕を掴んだ。ビックリした。
位置把握というか暖を取るためというか肩はくっついたままだったので距離はわかっていたようだが、リモコンの位置までは見えなかったみたいでの腕を伝いリモコンを掴んだ。


「…これ、テレビのじゃねーの?」
「やっぱりそうですか?」

すぐ横で聞こえる声になんとなく緊張したがおくびにも出さず、とりあえずテレビをつけてそれから蛍光灯のリモコンを探そうということになり跡部さんがテレビの電源を入れた。

「…っ」

ついた光の眩しさに一瞬目が眩んだが思ったよりもそれはすぐに慣れた。映ったテレビは丁度新年の特別番組で深夜だというのにお笑い芸人が客を笑わそうとネタを披露している。
新年早々大変だな、なんて思いながらリモコンを探しているとその手を捕まれた。


掴んだ相手は勿論跡部さんだったが、何で捕まれたのかよくわからなくて「どうしました?」と顔を向ければすぐ近くでを見つめる瞳とかち合った。

テレビに照らされた顔は相変わらず綺麗で寝起きのせいか少しトロンとした目がを映している。それでも端正な顔には変わりなくてむしろ色気があってほんの少し目に熱を帯びていた。

その色が妙に綺麗でテレビの光でチラチラと変わる反射が妙に幻想的だった。





2014.07.15
2015.12.24 加筆修正