You know what?




□ 青学と一緒・1 □




バスのステップを降りると目の前にいた『青春学園』という文字が掛かってるバスを見て吹き出しそうになった。いつ見ても慣れない名前だわ。「寒ぃ〜」とぼやく赤也の声を聞きながら先頭を歩く柳と弦一郎の後についていくと冬間近の気温の低い中、元気に走り回る音と声が聞こえてきた。

「おーやってるやってる」
「うわー…見事なまでに吹きさらしだね〜ホッカイロもっと持ってくれば良かったかも」

綺麗に整備されてるコートを眺めながら隣にいた丸井と話していると「暖房完備の屋内コートで練習したいぜよ」と反対側に寒そうに背を丸めた仁王が煩悩を吐き出しつつ並んだ。
確かに屋内コートならホッカイロも殆ど必要ないだろう。水道もお湯が出るところもありそうだ。見晴らしがいいと風も冷たいんだよねぇ。


「ちょっと、押さないでよ仁王くん」
「寒い、死にそうじゃ」
「おい。こっちにまで来んなよぃ。邪魔だっつーの」
「私に言わないでよ。ていうか重いっての!」

潰しにかかってきた仁王に全力で押し返せば更に圧力を掛けてきたので押し合いになった。しかも見ていた丸井までが「その手があったか!」と勝手に混ざってきて押しくら饅頭宜しくな感じで間のが潰された。

「いった!アンタ達のラケットぶつかってるっての!!ちょ!潰れる!潰れる!!」
「いーじゃん!このままやったら細くなれんじゃね?」
「おーそうじゃの。ダイエットに協力してやるき」
「いらんわ!!」


人が気にしてることをズケズケと!来んな!離れろ!と突っぱねてみても2人はニヤニヤした顔で見てくるので余計に腹が立った。おい!その奥で微笑ましく見んのやめてくれませんかね?!紳士!そしてジャッカルは見てないで助けなさい!!

唯一割って入ってきたのは赤也だったのだけど、「ちょ!先輩達何やってんスか!!」といったのに自分まで混ざってきてにタックルをかまし、危うく呼吸困難になりそうになった。お前は加減というものを覚えてくれ…!

「せ、先輩大丈夫っスか…?」
「全然大丈夫じゃない…」

蹲ったに赤也がオロオロとした顔で見てきたが両隣は腹を抱えて笑っていて、無性に腹が立った。


*


「やぁ。わざわざご足労いただいて悪いね」
「いや、全国が終わって持て余してたところだったから助かったよ」

もう少し大人しくできないのか?!と弦一郎にお叱りを受けてる最中(私は被害者なのに)、出迎えてくれた不二くんに幸村がにこやかに対応していた。それを横目で見ていたら不二くんがこちらを見やりにこりと微笑んだ。なんだか恥ずかしくなった。

今日から3日間、達は青学のメンバーと神奈川県の箱根で合宿をすることになっている。
話をもらった時は驚いたが青学も正式にマネージャーの枠を作るつもりらしい。その参考に達マネージャーだけ最初呼ばれていたのだけど、あれよあれよという間に立海との合宿になっていた。まぁ犯人は幸村と柳なんだけど。

この時期じゃなければ格別な景色に囲まれた見晴らしのいいテニスコート付きのホテルに泊まるとあっては予定が組まれた時からそわそわしていた。チラリと見やったホテルに思ったよりもレトロな作りだけどなかなか趣があるな、と満足げに頷いた。

「ちーっス。先輩、皆瀬先輩」
「あ、桃城くん!3日間よろしくね〜」

文化祭からすっかり仲良くなったツンツン頭の桃城くんが人懐こそうな笑顔で出迎えてくれたので達もにこやかに手を振ったが何故かその手を赤也に掴まれ、無理矢理下ろされた。

「よろしくしなくていいっスよ」
「何言ってんの!お世話になるのはこっちもなんだからお願いするのは当たり前でしょ?」
「そーだぜ切原。仲良くしよーや!」
「うっせ!触んな!!」


肩を組もうとした桃城くんに赤也は嫌そうに手を振り払うと立海が集まってるところに行ってしまった。あーもうケンカ売ってる場合じゃないってのに。
「ごめんね」と桃城くんを見れば「大丈夫っスよ」と心優しい言葉をもらい、彼の後ろで伺うように見てる青学メンバーに頭を下げて皆瀬さんと一緒に赤也がいる立海側へと向かった。

今日は軽めの練習をするそうで、ジャージに着替えた達は全体ミーティングの後ストレッチを始めたメンバーの横でドリンクの準備と練習内容の確認をしていた。青学は基本自分のことは自分でやる、もしくは平部員がレギュラー用に用意する、というのが主らしい。



「でもそうなると手伝った部員の子の練習が減っちゃうよね?そういう場合はどうしてるの?」
「やっぱ自主練っスかね。一応偏らねーように持ち回り制にしてるっスけど」
「青学では誰もが必ず通る関門だ。それをしたからといってレギュラーになれなかったという実例はない」
「そうなんだ」
「ああでも乾先輩がマネージャーになった時は結構凄かったっスよね。まぁ、色んな意味でですけど…
「へぇ、乾くんマネージャーやってたんだ」
「ああ。関東大会の前にな。達がやっている仕事全般ではないがトレーナー的なこととドリンクをちょっと」

ニヤリと意味深に笑う乾くんに少し引いたが桃城くんを見たら顔を背けていた。先輩なのにいいのか桃城くん。


現在は次期部長副部長のバンダナの海堂くんと桃城くん、それから乾くんと青学のマネージャーの仕事について話していた。中でも乾くんは特殊なドリンクを作るのが得意らしく、皆瀬さんが興味津々に聞いている。

も選手視点で見るドリンクは一体どんなものなんだろう、と興味を惹かれたが顔を真っ青にしてる海堂くんを見てなんとなく空気を読んだ。
というか海堂くんまだ一言も話してないけど具合でも悪いのかな?


「じゃあ初日は私達で用意しちゃってもいいかな?乾くん達には動きを軽く見てもらって明日から一緒に動いてもらうって感じでどう?」
「こちらはそれで構わない。大勢いても困るだろうからメンバーは事前にこちらが選抜しておくよ」
「うん。お願いね」
「こちらこそよろしくっス。あ、でもこんだけ部員数いるのに2人だけって大丈夫なんスか?」
「うん。大丈夫だと思うよ。ちゃんはいけそう?」
「分量は乾くんの指示表あるし、夏場と同じくらいって思ったらいけると思う」

夏場は本当に地獄だった、と思い出し遠い目になっていると「へぇ」と桃城くんが感心した声を漏らす。そりゃまあ、2校分だからね。
今回立海は3年だけ希望者のみで1、2年全員参加、青学もほぼ全員参加だから大所帯だ。


正直、皆瀬さんの言葉に一瞬気が遠のきそうになったけどなんとか堪えた。だったら間違いなく誰かに手伝わせるけど皆瀬さんは有言実行なのでやるといったらやるのだ。

全国クラスの部活とあってか立海はマネージャーの皆瀬さんを含めて意識が高い。それを青学にも求めるとなるとなかなかに難しそうだな、と思う。うちもマネージャーの後継者決まってないくらいだし。



その話も夜しようかってことでとりあえず解散になり、一目散に海堂くんが準備運動を始めた。どうやらテニスをやりたくて黙っていただけらしい。もしくは乾くんが怖いかだ。
嬉々としてストレッチしてる様を見て、試合の、蛇のようなヌメっとしたプレイスタイルが嘘に見えるくらい年相応の男の子に見えた。目がキラッキラしてるわ。

それから視線を戻し何やら書き込む乾くんにまだ行かないのかなー?と思いながら「そういえば、」と話を続けてみた。


「何で乾くんがマネージャーになったの?1年の時?」
「いや、今年に入ってからだな。その分越前が…」
「そういや越前の奴、戻ってこねーっスね」
「トイレに行ったまま20分以上経ってるな…」
「どっかでサボって寝てるかもしれないっスね。しゃーねぇ。ちょっと様子を見に行ってきますよ」
「何の話スか?桃先輩」
「うぎゃ!」

カクン、と落ちた膝に慌てて手を出すと桃城くんがしっかりキャッチしてくれた。後ろを振り返ればジャージ姿の越前くんが不敵に笑っていて犯人はこの子か、と思った。膝カックンとかやってくれるじゃないの。


「ちーっス。先輩」
「…おはよー越前くん。ていうか、いきなり何イタズラしてくれてんの」
「先輩が目の前にいるからでしょ」

ニヤッと口元をつり上げる越前くんに「この子は〜」と両頬を引っ張れば「痛いっスよ」といいながらも甘んじて受けていた。まあ、それ程痛くしてないしね。
全力で来られない分赤也よりマシだけどもしかして私って後輩に舐められやすいのかな?今後について一抹の不安を抱いているとメガネを光らせた乾くんがノートを取り出し何やら書き始めた。

「越前。スキンシップもいいが、そういう接触は大概伝わらないものだぞ」
「…なんの話っスか乾先輩」
「えっやっぱマジなんスか?!」
「…桃先輩も黙っててください」


眼鏡のブリッジを上げた乾くんがニヤっと笑い、越前くんが一気に不機嫌になって驚いてる桃城くんの手を掴み達から離れていく。その後ろ姿を見送ってから乾に視線を戻せばノートを閉じたところだった。



「乾くんもノートに書くんだ。データマン?」
「ああ。立海には蓮二がいるが青学では俺がその役割を担っている」
「へぇ、」
「そっか。蓮二くんと幼なじみだっていってたもんね」

柳と幼なじみな上にデータマンなのか。相当出来る人なんだろうな、と彼のノートを見、顔を上げれば乾くんは石像のように固まっていた。視線(というか眼鏡だが)の先にはにこにこと嬉しそうに微笑む皆瀬さんがいて、おや?と首を傾げた。



*****



練習が始まると寒かったのも忘れたように機敏に動く弦一郎達が見え、やっぱ凄いなと思った。その横を走りながらは平部員用のドリンクタンクを運ぶ。
テニスコートの近くにはグラウンドが隣接してあり、コートからあぶれた立海・青学の平部員はこちらで練習している。

途中途中、青学の平部員の子達に「手伝いますよ!」、「大丈夫ですか?」と声をかけられなんだか気恥ずかしくなったが(別に怪力じゃないのだよ、慣れればみんな持てるんだよ)、ベンチに置くと近くにいた西田に声をかけ水飲み場に戻った。

戻ると皆瀬さんが作ったレギュラー用のドリンクを持って一緒にコートに向かう。そろそろ時間も良さそうだ。

「アンタ達、休憩だよ!!」
「いやった〜っ」

竜崎監督の声で手前にいた菊丸くんがぱぁっと顔を輝かせた。「俺のドリンクちょーだい!」と駆け寄ってくる彼になんだか幼稚園の甥っ子を思い浮かべた。可愛い。本人に言えないけど。


「大石くん、河村くんもお疲れ様です。どうぞ」
「ありがとう」
「わ、ありがと。さん」
「いえいえ、」
「じゃあ、僕も貰おうかな」
「あ、はい。どうぞ」
「……」
「……?」

寄ってきた不二くんにドリンクを渡せば受け取った手のままじっとを見ていて思わず見返してしまった。なんだろう?と思っていると「何だ、僕のことは何も思い浮かべなかったんだ」と意味深に微笑み菊丸くんのところへ行ってしまった。え?

せんぱーい。俺のもくださーい」
「はいは…って何なのアンタ達!他の人達より汗だくじゃない?」

今日の練習って軽くじゃなかったっけ?やってきた桃城くん、越前くん、海堂くんにドリンクを渡そうと思ったらにわか雨にでもあったのか?と言いたくなるくらいびしょ濡れで慌ててタオルを持ってきて彼らに手渡した。



「それが、"俺が相手になるよ"って幸村さんがいってくれて…(あれは間違いなく"的"だったな)」
「俺は真田さんが…(あの人無意識でケンカ売ってくるし…買うけど)」
「俺は、切原っス…(一緒にいて羨ましいからケンカ売るとかどこのガキだっつの)」

最初っから飛ばしてくるんでヒヤヒヤしましたよ。ぐったりと汗を拭く桃城くん達には呆れて立海側を見た。あちらは皆瀬さんがドリンクを配っていて和やかな空気が見える。いつもの光景だ。
しかし視線に気がついたのか赤也がこっちを見て睨んだ後、フン!とそっぽを向いてしまった。まったくアイツは。と呆れていると視界を遮るように青学のジャージが現れ視線をあげた。


「はいどうぞ、乾くん」
「すまない……うん。粉の量といい水の分量もしっかり比率に合っているな」
「そりゃそうだよ。作ったの友美ちゃんだもん」
「えっ作ってくれたの先輩じゃないんスか?!」
「私は平部員の子に飲ませるドリンク担当。個人のドリンクは早さも正確さも友美ちゃんが確実なんだよ」
「でも、立海のも作ったんスよね?大変じゃなかったんスか?」
「そう思って急いだんだけど、私が戻ってきた時にはもう出来上がってたんだよね」

さすがとしかいえないよ、と肩を竦めると乾くん達は感心しきりにドリンクを見て頷いた。慣れもあるだろうけどやっぱり皆瀬さんはそこら辺のマネージャよりもダントツにレベルが高いのだ。

そう思いながら立海側でタオルを配ってる皆瀬さんを見ると、乾くんがじぃっと食入いるように見ていてはまたもや、あれ?と首を傾げた。




やってきましたお約束合宿です。
2013.06.08