You know what?




□ 青学と一緒・10 □




僕だってここまで予想してなかったよ。


さんを呼ぼう、と思ったのはほんの出来心からだった。関東大会と全国大会でそれとなく人となりがわかって、マネージャーを本格的に入れたい、という桃城の言葉にパッと彼女が浮かんだのだ。

浮かんだ意味は特にないと思うけど、でもやっぱり1番の理由は立海のマネージャーということだろう。

全国区で、しかもあの切原がいる部活でどういう風に対応してるのか気になったし、わざわざ謝りにくることを踏まえても彼女が1番まともな思考に思えたのだ。それと同時に、少しでもどうにかして彼らのいいところを探したかったのかもしれない。

そのとっかかりが彼女だと思ったのかもしれない。
その判断は多分間違っていなかっただろう。


けれどこんな形でシワ寄せが来るなんて予想もしてなかった。
マネージャーの件は特に問題もなく進んでいて乾も「いいデータが取れそうだ」と満足そうだったし、女の子のマネージャーを入れる気満々の桃城も荒井達2年生と誰を引き入れようか盛り上がっていた。

女の子を入れることを躊躇していた海堂ですら乗り気になったというのに不二の視線の先にいる人物は至って不機嫌そうな顔を維持したまま昼食を食べている。そんな顔で食べて美味しいのかとても気になるところだ。


彼がさっきまで見ていた先を見やればさんと真田が何やら騒いでいて「嫁入り前」とか「俺が責任を…!」とか主に真田が叫んでいる。さんの困り果てている顔は新鮮だがこの合宿で怒られてる姿は切原の次にさんが多いんじゃないか?と思う程度には目に付いた。

「午前中といい、真田はちゃんに構いすぎにゃ」
「…フフ。英二にいわれるようじゃ本当に真田は過保護なんだね」


大石に全面的に面倒をみてもらってる英二がぼやくほどとなると相当騒がしいのだろう。肩を竦めて隣に座った英二だったが不二の言葉に目をぱちくりとした後半目になって「それ、どういうこと?」と口を尖らせた。



「不二だって爪に塗っておしゃれするくらいいいと思うでしょ?」
「そうだね。でもあれは越前と仁王の仕業なんでしょ?それにさんに黒は似合わないよ」

そう思うでしょ?と越前を見やれば無言で視線を逸らされた。英二がわざわざ「あ、おチビの視線が逸れた」と指摘すると手塚の視線が一瞬だけ小さなルーキーに向いた。別にさんが悪いんじゃないんだよ手塚。


「…だが、真田があそこまでに固執するとは予想以上だな」
「それだけさんが大事なんだろうが、あれではな」
先輩が不憫っスね」
「……」

それぞれ見て感想を零すメンバーに「そうだね」とクスリと笑って視線を立海側に戻せばいつもの光景なのか呆れた顔がいたり微笑ましく見てたりするくらいで、怒ったりする者はいない。あ、切原だけは面白くなさそうにしてるけど。…混ざりたいのかな?


「ねぇ手塚。さんと去年も会ってたんでしょ?その時は何を話したの?」
「……特にこれといったことは話していない」
のことだ。きっと真田の話くらいはしたんじゃないか?」
「…覚えてないな」

それだけいうと手塚は黙々と食事をしてさっさと席を立って出て行ってしまった。その後を海堂が慌てて追いかけていく。きっと食後の運動を一緒にする為だろう。部活もあと残り少しだしね。


「手塚の奴、どうしちゃったの?なーんか合宿に来てからずっと機嫌悪そうにゃ」
「そうだな。肩の調子は悪くないといってたんだが…」
「「……」」

ちょっと感じ悪い、と箸を咥えて手塚が出て行ったドアを見つめていた英二に大石も同意していたが不二は乾を見て『機嫌治らないね』とジェスチャーを送れば肩を竦めて『そのようだな』と返ってきた。



「手塚部長って、先輩のこと嫌いなんスか?」
「へ?何で?」
「どういうことだ?越前」

少し騒がしいけど今は練習じゃないし、食事中くらい気を抜いたっていいはずなのにそれもダメだっていうのかな。
こんなことなら無理にでもさんを誘って手塚が考えてることを引き出せば良かった。そう溜め息をついていると越前がぼそりと呟き、レギュラーの視線が一斉に彼に向いた。

声は抑えられていて他の後輩達には聞こえてないようだったけど、不二と乾は素早く視線を配った。本当、越前って怖いもの知らずだよね。


「手塚部長、先輩にだけ態度冷たいんスよね。皆瀬先輩には普通なのに…何か恨みでもあるんスか?」
「…それは聞いてないが、」
「それ以前にさんがそんなことするような子には見えないけど」
「僕もタカさんに同感だね。確かに手塚の機嫌があんまりよくないようだけど、さんのせいじゃないよ」
「……ふぅん。ならいいっスけど」
「もしかして昨日の不二の言葉が尾を引いてんじゃないのー?」


いくら越前でも1年にバレるなんて情けないよ手塚。ポーカーフェイスが得意なんだからそのくらい隠しなよね、と内心思いながらも話を逸らそうとしたら英二が不審な目でこっちを見てきた。

何の話?と聞けば初日にさんと手塚をからかった『老け顔』の話で「ああ、」と思ったけどそれくらいでスルーした。あの顔に成長して何十回老け顔のネタをふられてると思ってるんだ。


「しかし、立海のマネージャーは2人だけだがどちらも凄いんだな。さすが全国クラスといったところか」
「そうだね。俺はまだ皆瀬さんと話してないけどさんがプレーヤーになったら凄いんじゃない?」
「えっちゃんって経験者なの?」
「皆瀬は経験者だがはテニス自体初心者らしい」
「真田と一緒に、というわけじゃなかったんだな」
「真田とは大会に出るようになってから頻繁に交流を始めたらしい。なので追いかけてスクールに通うという選択はなかったようだ」
「…いつも思うんスけど、乾先輩ってそういう情報どっから仕入れてくるんスか?」

他校なのに、と訝しげに見てくる越前に乾はニヤリと笑ってメガネを光らせた。あえてつっこまないでおくよ。



お茶をすすれば「初心者で1年足らずであれだけ馴染めるのか…」と大石が感慨深く息を吐いた。
最初こそ、さんの突飛な行動に驚いてた大石だけど適応能力が高い彼は、さん達の能力を理解して円滑に事が運ぶように気配りをしてくれている。


さんにしても皆瀬さんにしてもあのクラスのマネージャーを探すとなると骨が折れるかもな」
「だね。桃なんかやる気満々だったけどあの2人のレベルはそうそういないし」
「だからって1から教えるとなると夏の全国までに間に合うかどうか、ちょっと微妙なところかもね」

「頑張れよ、おチビ!」と肩に手を回す英二に越前は嫌そうな顔をしたが、彼も彼女達の能力の高さは理解してるようで特に言い返すことはなかった。

そう、マネージャーとしてさんは十分に仕事をこなしているんだ。



午後の試合が始まった後も平部員側で走り回るさんを遠目に見ながら何が気に食わないんだろ、と首を傾げた。まさか以前見た氷帝のマネージャーを連想していたわけじゃないだろう。あそこはある意味軍隊みたいな組織だから真似する方が難しい。

それを隣にいた乾に聞けば彼はノートを開いて「そうだな」とメガネのブリッジを動かした。


「他に思いつくことと言ったらメニューを勝手に変更したことくらいかな」
「でも、それをいったら乾や不動峰の橘に怪我をさせた切原の方を嫌うべきじゃない?」
「……(それは不二の言い分では)…もしくは俺達の知らないところでが何かしでかしたか」
「それもないんじゃないかな。昨日今日見てきたけど、彼らずっと目を光らせてるんだよね。話なんかしようものなら必ず邪魔してくるし」

乾だって同じでしょ?と彼を見れば「確かに外野が騒がしかったな」と口元をつり上げた。

聞きたい情報が多いのか、それとなく間合いを詰めているのか、乾はことあるごとに皆瀬さんに話しかけては柳生に警戒されている。多分彼は皆瀬さんのことが好きなんだろう。それは大いにわかった。

それを知っても尚話しかける乾の探究心には舌を巻くがそれにしたって妨害が多い。昼間だって天然なのかわからない素振りで真田まで邪魔してくるし。あんな状態じゃ手塚なんて顔を見つめるのが関の山だろう。


プランを勝手に変更されるのは嫌だろうけどアクシデントなんて今に始まったことじゃない。だから何で手塚が異様にさんを気にして扱いかねているのか不二にはわからなかった。

「時に不二。手塚は本当にの対応に考えあぐねているだけなのかい?」
「そうだと思うけど、乾は別に理由があると思うの?」

あの、ちょっと抜けてるくらいが気軽でいいと思うんだけどな。と乾を見やればメガネのブリッジを上げた。


「実はプレーヤーとして何かしらを感じてライバル心を燃やしてるとか?」
「…それはさすがに飛躍しすぎじゃない?」

越前が気にしてることもあるしな、と笑みを浮かべる乾に不二も笑った。さんには悪いけどさすがにそれはないだろう。乾もすぐに「冗談だ」と笑って前を見据えた。



「だけどそろそろ手塚には機嫌を直してもらわないとな」
「そうだね。でないと後輩達にまで伝染しちゃいそだし」

自覚がないのか手塚はあからさまにさんと距離をとって他所の家に預けられた子供みたいに頑なに心を閉ざすから。

最初は面白がってからかったけどさすがにこれ以上はダメだろう。

手塚にはカリスマがある。彼を慕う部員もほぼ全員といっていい。そんな中にさんをいれたら自ずと孤立していくだろう。例え3日という短い期間でも充分危険性はある。その状態で後味悪く終わるのは本意じゃない。


そう思うのは自分はもう引退してる身であって周りを見る余裕があるのと、さんを呼び出した張本人だからだ。これがもしさんを嫌うのが桃城や海堂だったら面白がって見ているんだろう。それくらい危険なんだってこと手塚は気づいてるんだろうか。

折角の合宿なのに楽しめなくて残念だな、と肩を竦めれば「おい、」と呼ばれ振り返った。
見れば丸井が不機嫌を隠しもせずガム風船を膨らませている。


「次の試合、俺らだぜ」
「ああ、そうだったね」

遅れんなよ、と不二を見つめる視線は警戒態勢で、その目に肩を竦めたまま小さく笑った。

昨夜からあからさまに敵意を向けてくる丸井に内心お前はさんのなんなんだよ、と思ったが口には出さないでおいた。多分言ったら面倒事が増えるだけだろうから。手塚もだけどこっちも面倒なんだよね。

「…それから、さっき""って聞こえたんだけど。まさか悪口とかじゃねーよな?」
「まさか!そんなわけないよ。こっちが呼んだのにそんなこというわけないじゃないか」
「…ふぅん。ならいいけど。つーか、も皆瀬も"うちの"マネージャーっつーこと忘れんなよぃ」

特に後ろの奴。と乾を指名して軽く睨んだ丸井は再び不二に視線を戻して射抜くように見つめてくる。


「…いっとくけど、あいつを泣かすようなことあったら容赦しねーかんな」
「……肝に銘じておくよ」



だからお前はさんのなんなんだよ。兄貴か。真田といい立海は思ってたよりずっと干渉し合っているらしい。去っていく背中に溜息を吐けば、乾が面白そうに口元をつり上げた。

「随分な啖呵をきられたな、不二」
「まったくね。そんなつもりないのに」
「…立海はもっと馴れ合いのないシビアな関係だと思っていたけど案外仲間想いだったようだな」
「そうみたいだね……いい迷惑だけど」

さん達を盗られるんじゃないかって警戒してる彼らに呆れたけど笑みも漏れる。
邪魔だとかいわれたら余計にちょっかいを出したくなるじゃないか。ねぇ乾?とにっこり微笑めば「まったくだな」とメガネを光らせる。本当、色んな意味で思い出に残る合宿になりそうだよ。




不二のターン!
2013.07.22