You know what?




□ 青学と一緒・11 □




班別対抗の練習試合もとりあえず終了して不二は食堂に顔を出していた。お昼の約束を実行しようとさんを探そうと思ったのだ。しかしどこを見ても彼女の姿はない。
おかしいな、と思いながらも席に着くとその横を切原が「ざーねんでしたね〜」とニヤついた顔で通り過ぎていく。明日の練習試合でまた叩きのめしてあげようか?


「越前はさんがどこにいるか知らない?」
「…さっきまで一緒だったんスけど」

丁度食堂に入ってきた越前に聞いてみたら彼も振り返って首を傾げていた。本当にさっきまで一緒だったんだろう。
折角一緒に食べたかったのにな、と思いながらもその時は仕方ないと思ってさんナシで夕飯を食べた。

それから個人練習で体育館で身体を動かしているとようやく復活した英二がふらついた足取りで不二を呼んだ。どうやら風呂の時間らしい。
時計を確認して確かに今の内に入らないと混んでしまうなと思った不二は、道具を片付け英二と一緒に体育館を出た。


体育館とホテルとを繋ぐ渡り廊下を抜けると右手にゲームセンター、左手に階段があって階段を下ると浴場がある。しかし、不二は階段に差し掛かる手前で足を止めた。
視線の先には幸村と真田、それに皆瀬さんと柳がいて何やら真剣に話している。大柄な男子中学生が揃えば目に入れたくなくとも入るもので、隣にいた英二も不思議そうに見やった。


「どうかしたの?」
「あ、不二くん」
「いや、何でもない。こちらの話だ」
「その割には随分と深刻そうな顔だけど、」

何となく気になって近づき聞いてみたが、話したくないのかあっさり柳にかわされ、真田に視線をやれば幸村が溜め息を吐き出した。



「真田。随分顔色が悪いみたいだね」
「……」
「もしかして具合でも悪いのかい?」

真田が?まさかね。と思いながらも「顔、真っ青だよ」と指摘すると皆瀬さんが心配そうに彼を見上げた。


「具合悪いの、真田さんじゃなくて先輩でしょ」
「……越前、それに桃城か」
「お前達、いつからそこに?」
「スンマセン。立ち聞きするつもりはなかったんスけど」

誰もが口を閉ざした中、おもむろに聞こえた声に驚き振り返ると缶ジュースを手に立っていたのは越前と桃城だった。彼らはゲームセンターから出てくると「だから真田さんがそこまで心配してるんでしょ」と確信を持って立海の4人を見据えている。


「盗み聞きなんてマナーがなってないな」
「別に隠すこともないと思うけど?」

どういう教育してるの?と幸村が不二を威圧的に見てくるのに対して越前は平然と返してくる。確かにさんは立海の人だから関係ないといえば関係ないけど、今は自分もお世話になってるマネージャーだ。知る権利くらいあるだろう。

英二もそう思ったのか「ちゃん、具合悪いの?大丈夫?」とさっきまで気持ち悪そうにしていたのも忘れて詰め寄った。


「うん。ただの風邪みたいだから」
「じゃあ何でそんな深刻な顔して話し合ってたわけ?」
「もしかして明日の話?」
それなら、こっちはこっちでなんとかするよ、といおうとしたがそうではならしい。



自身は明日には治ってるから問題ないといってるんだけど、真田が明日は休めといって聞かなくてね」
「そ、それはそうだろう!…いやは滅多に風邪を引かない分、引くと病状が重いのだ。前回は40度も熱を出した上に、食事も殆ど食べずにやつれてしまったんだぞ!!大事をとって休ませるのは普通だろう?!」

本来なら病院に連れて行きたいところなのに、と苦々しく吐き出す真田に柳は「それで先程と言い合いになって追い出されたんだ」とこちらを見やった。


だが薬も飲んで水分もその都度とらせているから特に問題はないだろう。弦一郎とケンカができるくらいだ。明日出てこれなくとも安静にしていればすぐに治るはずだ」
「そうっスか」
「ならよかったにゃ」
「…さんって普段も無理して部活に出てくるタイプなの?」

ホッと胸を撫で下ろす英二を横目で見ながら幸村に伺うと「そこまで無理するタイプじゃないんだけど、」と一旦そこで区切った。それから皆瀬さんに視線を移すと彼女が引き継ぎ「今回は休みたくない理由があるみたいなの」と肩を竦めた。


「もっと早く気づいて休ませてあげれば良かった」
「皆瀬のせいじゃないよ。俺達も気づけなかったし」
「気丈に振舞っていたからな。…気づいたところでは休まなかっただろうが」
「風邪をひいたのは自己管理が行き届いていなかったからだ。皆瀬が気にすることじゃない……」

しかし、俺は…と俯いた真田は、拳を作ると何かに耐えるようにブルブルとその拳を震わせたのだった。



*****



「しっかし、真田も大変だよにゃー」

温泉から出た後も何となく先程の話が残ってぼんやりしていると、部屋に戻って布団の上に転がった英二が携帯を見ながら「あいつ堅物だからちゃんが寝込んだの自分のせいだって思ってそう」と零した。

妙に脳裏に焼き付いてる彼を思い出し、確かにそうだな、と思って同意すると今日は既に布団に潜っている大石が「何の話だ?」と眠そうな顔をこっちに向けてきた。


ちゃん風邪なんだって。しかも結構悪いらしくて明日の部活出れないかも」
「…そうなのか。具合、そんなに悪いのか?」
「どうかにゃ?真田を見た時は命に関わるかも!て思ったけど」
「真田は大袈裟みたいだからね。そこまでじゃないだろうけど熱が酷いくらいじゃないかな?」

そういえば、どんな風邪の症状か聞きそびれたな。早く治るといいけど、と思いながら読んでいた小説に視線を戻すと英二が「あれ、風邪の兆候だったんだなー」と申し訳なさそうに呟いた。
寒がっていたさんにホッカイロを渡した時はまだ日が高かったし、身体を動かしてる状態で寒いというのもおかしな話だ、と今更気付いたらしい。


「俺達に出来ることといったらさんの風邪が早く治るように願うくらいしかないみたいだな」
「そうだね。あとは明日のマネージャーの仕事はいつもどおり1、2年生に手伝ってもらう感じでいいんじゃない?」
「異議なーし」

寝転んだまま手を上げる英二に不二と大石が微笑んだ。
それから自販機で飲み物を買おうと部屋を出ると、エレベーター近くにある自販機の前に手塚が立っていて不二はいつものように彼に声をかけた。


「手塚、何悩んでるの?」
「ああいや。返金レバーを回したんだが入れた現金が出てこないんだ」
「…諦めて何か買ったら?」
「そう思ってボタンを押したんだが何も出てこない」
「……」
「……」
「……故障かな?」

腕を組んでどこかの考えている銅像のように眉間に皺を寄せてる彼はかれこれ10分以上そこで悩んでいたらしい。



何をやってるんだ、と試しに自販機を叩いてみたが(手塚がギョッとしてて可笑しかった)、お金も飲み物も出てこない。

仕方なくフロントに言いに行こう、ということになり流れで不二もついていくことにした。
前を歩いていく手塚を見ながらふと、昼間の練習試合のことを思い出した。そういえば手塚は自分の試合が終わった後ホテルの方へ行かなかっただろうか。


「手塚って自分の試合が終わった後ホテルに戻ったよね?」
何か問題でもあった?となんとなしに聞いてみたが特に何もないと返ってきた。


「でもさ。トイレに行くなら体育館の方が近いよね?」
「…そうだったか?」
「そうだよ。もしかしてもうボケちゃったの?」

ダメだなぁ、とにっこり微笑めば手塚の眉間の皺が海溝を超えた。

「冗談だよ。また怪我でもしたのかと思ってちょっと心配しただけ」
「…そうか」
「本当に大丈夫なの?」
「ああ。そういう意味でホテルに戻ったわけではない」

クスリと笑えば少しだけ手塚が笑みを返す。そういう顔でさんを見てあげれば彼女も喜ぶと思うんだけどなあ。…それができたら苦労なんてないんだけど。


階段を下りてフロントに自販機のことを話せばあっさりとお金が返ってきた。戻りがてら「買ってく?」と自販機を指してみたが手塚は部屋に備え付けのお茶を飲むことにしたらしい。彼は首を横に振って「戻るぞ」と階段に足をかけた。



「それはそうと、手塚はもう聞いた?」
「何をだ?」
さんの話」

不二がさんの名前を出すと手塚の肩がビクッと揺れた。横顔を見ればムッとした顔で前を向いている。

「風邪らしいんだけど、相当悪くて寝込んでるんだって」
「そうか」
「本人は出る気満々らしいけど、真田達は明日休ませるつもりみたいだよ」

それ以前に治るのかどうかもわからないけど、聞いたまま手塚に伝えれば「そうか」と同じ返事をしてきた。


「手塚は、さんのこと心配じゃないの?」
「…何故そんなことを聞く」
「だって、全然心配してる顔に見えないよ?」

というか心配してる顔じゃないよね、それ。といってやれば益々手塚の眉間が険しくなった。階段の踊り場で止まった不二は数歩先で振り返る手塚を見据えた。


「何があったかは知らないけどいい加減にしないと僕も怒るよ」
「…何の話だ」
「手塚のその態度、どう考えてもさんを嫌ってるようにしか見えないんだけど」

まだとぼけるつもり?と薄く開いた瞳で彼を見やれば手塚は意味がわからない、という顔をしてきた。意味がわからないのはこっちなんだけど。


「…俺はいつもどおりにしてるつもりだが」
「いつもどおりだったらさんにだってもう少し優しくできるんじゃない?」
「だから、何の話をいっているんだ」
「………もしかして、手塚………自覚、ないの?」

噛み合わない会話に不二も眉を寄せた。まるで睨み合うかのような視線の絡み合いに少しの時間を費やしたが己自身が口にした言葉にハッとなった。



手塚はもしかして自分がどんな顔でさんを見ているのか気づいてないんじゃないか?
だから自分が言った言葉も理解できてないんじゃないだろうか。

頭の回転の早い彼がこの状況をわかってないなんてありえないのだから。そう思った不二は手塚の手を掴むと急いで階段を上りきり、男子トイレに駆け込んだ。
驚く手塚に有無を言わさず鏡の前に立たせた不二は「今日、さんと何か話した?」と聞いてみる。すると手塚はぎゅっと眉を寄せ「だったら何だというんだ」と返してきた。

「うわ、手塚。さんと話せたの?」
「話くらいするだろう」
「どこで?いつ?」

というか、話しちゃったの?だ。さんも困惑しただろうな、と思いながら聞いてみると手塚は難しい顔をしながらもちゃんと答えてくれた。


「……その時にはもう具合悪かったんだろうね」
「そうか」
「それから手塚。そういう顔でさんと話してるからちゃんと見といた方がいいよ」

コートと冷たい水分を持っていたということはそういうことだろう。気づいて本人も対策したんだろうけど間に合わなかったのか。
後片付けまできっちりしてたからな、と溜め息混じりに零し、手塚に自分の顔を見るように促せば、更に眉を寄せてこっちを見てきた。その顔には『困惑』と書かれている。


「そ、そんなに変か?」
「変とかそういうんじゃなくて、そういう顔で見られたら普通の人は怖がると思うよ」
「……」
「その顔で冷たくされてたら大抵の人は泣きだすんじゃない?」
「……は普通に接してくれていたが」
「それはそうだよ。"立海"のマネージャーがそれくらいで態度変えるわけないでしょ。さんが凄いってこと、手塚も知ってたと思うけど」

畳み掛けるように言葉を続ければ手塚は黙り込んだ。後もう少しだろう、そう思った。



さんが寝込むまで頑張ったのって手塚のせいなんじゃないの?」

「…っ」


「手塚がそういう冷たい態度でいるから、さんがしなくてもいい無茶をしたんじゃないの?」


正直ここまで言う必要はない。当たってるとも限らない。けれど言わずにはいられなかった。
別にさんは悪い人じゃない。むしろ『王者立海』と謳う幸村達の中では1番普通で浮いてる存在だ。だからこそ興味が湧いたし、彼女を通して見た立海に親近感すら覚えた。

そう考える自分はどうやら、思ってたよりもこの合宿を楽しみにしていたらしい。
そんなことを思う自分にも驚きだが手塚は自分の影響力をもう少し自覚すべきだと思った。

不二がまっすぐ見据えれば彼は少しだけ動揺したそぶりを見せ、近くにあった洗面器を掴んだ。それからもう一度自分の表情を鏡で確認して視線を下げた。


「…俺は、を傷つけていたのか?」
「多分ね、」
「そうか…」

酷く傷ついた顔をする手塚になけなしの良心が痛む。純粋に生きてる分だけ手塚はこういったことに慣れていない。その真っ直ぐなところが強みでもあるのだけど、知らずに相手を傷つけていたという事実は彼にとって少々重いかもしれない。
しばらくその場で動けないでいる手塚をじっと見つめていれば、おもむろに口を開き、不二を呼んだ。


「なぁ、不二」
「…何?」
「俺はどうしたらいい?」
「…どうって、そうだな。自分から話しかけるとか、意識して彼女の前で笑顔を作るとかすればいいんじゃないかな」

自分で言ってて吹きそうになったが(そんな手塚を想像して)、至って真面目に答えると手塚はぐっと眉を寄せたので不二も眉を寄せた。まさか出来ないとかいうんじゃないだろうね。難しいとは思うけどここは頷いておくべきだよ手塚。



「……不二。さっきからそうしようと考えているのだが、のことを考えるとどうしても顔がこわばるんだ」
「……」
のことを考えれば考える程感情が昂って、頭が真っ白になって何を話したらいいのかわからないんだ」
「…ん?」
「気がつくと視界に入ってしまうし、あいつの一挙一動が気になってならない。それで見ないようにしていたのだが、気づくとフロントでの居場所を聞いていたりするんだ」
「え?」
「言葉もなるべく選ぶようにしていたのだが、そのせいで確かに会話のテンポが悪かったように思う。それがを不快にさせていたのだろうか…」
「んん?」
「俺なりに普通に接してみたのだが……それじゃダメなんだな」


あれ?なんだろ。おかしいな。手塚の発言がおかしいぞ。
手塚はさんが苦手だと思ってたんだけどもしかして違うのか?というか、手塚のセリフは英二の恋バナでよく聞いた気がするんだけど…。

え?ちょっと待って?!と手塚を見やれば心なしか頬が赤く見えなくもない。不機嫌な表情も照れ隠しだった、とか?しょんぼりと頭を垂れる手塚に不二はこれでもかと開眼して驚いた。


いや、関東大会辺りではそんな展開になったら面白いだろうなー程度には思ってたけど!
正直、本気でこうなるとは予想してなかったよ、手塚、ビックリだ。




これを一般的に『手塚ファントム』といいます。
2013.07.22