You know what?




□ 青学と一緒・12 □




2日目の夜は昨夜よりも静かだった。
多分班別対抗で使った乾汁のせいだろう。

試合結果は予想通り幸村率いるオールラウンダー班が勝ち越した。もちろん勝者がいれば敗者もいるわけで、ビリは柳生くん率いるサーブ&ボレー班だった。柳達カウンターパンチャー組はギリギリで逃げ切った。

柳生くんの班は丸井や菊丸くんがいたのだけど、その2人以外は相手が悪かったりして勝機を逃してしまった。

の願いが届いてしまい、少し罪悪感があるがまたもや倒れた乾くんを見て内心ざまーみろ、と思ったのは言うまでもない。ハ○ーポッターの百味○ーンズですらギリギリ食べれるものだったんだ。石鹸味とかミミズ味とか土味とかあったけど。あれより不味いものを作っちゃいけないと思うんだよね。


ちなみに不二くんだけは乾汁が飲みたくて負けたのだそうだ。あのドロッドロしたマーブル状の液体を平気な顔で飲んでケロリとしてる姿を見て、丸井がこれでもかと目を見開いていたのが妙に可笑しかった。
そして負けチームには岩清水…じゃなかったイワシ水?と妙に綺麗な乾汁が提供され、夕食はお通夜並に静かな食事になったのだった。


まさに技術の無駄使いだな、と思いながらは壁に寄りかかりしゃがみこんだ。現在の時間は深夜の1時過ぎだ。廊下の電気も薄暗く点っているだけで物悲しい。
ゲームセンターも就寝時間を過ぎたとあって光も音もなく静かなままだ。

残念なことにこのホテルのトイレは部屋についておらず共同トイレを利用しなくてはならない。

先程吐き気をもようしてトイレに駆け込んだは、グルグルとする頭と胸にこのまま部屋に戻って横になってもまたトイレに戻ってきそうな気がしてそのままトイレの前に居座っている。
一応コートを羽織っているが身体の感覚は寒いと感じていて具合が悪いのがよくわかる。後頭部に当たる壁の冷たさが心地いい。



「(夕飯もあんまり食べれなかったしな…)」

薬は飲んだものの、効いてないのかよくなってる感じがしない。寝る前に弦一郎とケンカしたのも悪かったのかもしれない。弦一郎は悪くないもんな。過保護なだけで。天罰だったらどうしよ。もしくは赤也が持ってきた薬のせいか。


弦一郎を追い出した後、お前は何しに来たんだ?といいたくなるくらい何もせずただぼんやりと傍らに座って私を見てる仁王と微妙な感じで静かにしていると、赤也が慌ただしくやってきたのだ。

仁王が「煩い」とか「邪魔、帰りんしゃい」と追い出そうとしたけど結局中へ入ってきてしまった。
そんなやりとりをぼんやり見ていればを見た途端赤也はぐっと眉を寄せて「何やってんスか」と小さく呟いた。


「折角の合宿で何やってんスか。アンタ馬鹿でしょ?」
「……バカは風邪引きません」
「……」
「……」
「……大丈夫、なんスか?」

聞きながら後ろに立っている仁王に聞くと「多分な」と肩を竦め、赤也の横を通り過ぎるとさっきまで座っていたの布団の傍らに座り直し布団を肩までかけ直してくる。


「というか、アンタ達にまでうつるから早く部屋戻りなさいよ」
「皆瀬が戻ってきたらな」

弦一郎にもいったしこの部屋に来てからずっといっているが仁王も赤也も聞きやしない。幸村と柳に連れ出された弦一郎も今頃ここに戻る、とか騒いでいそうだ。下手をしたら病院に連れていく!とかいいかねない。
困った従兄だ、と息を吐くと「先輩、」と黙り込んでいた赤也が靴を脱いで中に入ってくる。視線をやれば彼はポケットの中をごそごそと探って、カプセル状の薬を取り出した。



「風邪薬っス。常備薬、粉だったでしょ?先輩飲めなかったら、その、これ飲めばいいっス」
「でもそれ、赤也のじゃないの?」
「お、俺は風邪なんて引かねーっスから!!だから、ハイ!!」

ずいっと差し出してくる手に布団から手を出して受け取ればグッと眉を寄せていた顔がホッとしたように綻んだ。


「…とかいいながら、その薬、西田か誰かの薬じゃろ」
「なっ!ち、違いますよ!!」

何いってんスか!慌てる赤也にクスリと笑うと2人の視線がこっちに向けられる。
ああ、心配かけたんだなあ。バカだったな、悪いことしちゃったな。

「ありがと、赤也。これ飲んで治すから」
「う、ウィッス。早く治してくださいよ」
「うん」

そうにっこり微笑めば赤也の顔がボっと赤くなった。視線が右往左往に動いてるのを仁王がからかうと赤也が騒ぎ出し、弦一郎が怒声と共にやってくるんだけど。


好意でくれたもののせいにするのはさすがに悪いか、とちょっとだけ反省した。



風邪のせいで思考はネガティブで後ろ向きだし、合宿のこともあって明日の朝までには治したいから焦ってるのかもしれない。
明日の仕事できるかな…?とぼんやりしていると階段を下りてくる足音が聞こえた。こんな時間に誰だろ、と思いながら視線を送ると細身で高身長の姿が見えた。

顔はうっすら点る電気で少しだけ見えたが判別までには至らない。けれどには誰だかなんとなくわかって視線を外すとそのまま息を潜めるように身を縮ませた。ああ、吐き気なくならないかな。


「……そこで何をしている」

足音はそのまま自販機もあるゲームセンターの方に向かっていたがその途中でぴたりと止まった。それから中学生らしくない低い声がを呼んだ。そのまま知らんフリして行けばいいのに律儀に声かけてくんなよ。折角気づいてないフリしてあげたのにさ。


「こんなところに座って何をしている」
「別に、手塚くんに関係ないでしょ」

そっちこそ何でここに来たの?と昼間とは逆の声色で突き放すように言い放てば案の定手塚くんはムッとした顔で「上の自販機が故障しているから下りてきただけだ」と簡潔に答えた。

「あっそう。じゃあさっさと買って寝てください。明日も早いんだから」
「……部屋があるんだからお前もそこで休むべきだろう」


自分こそ部屋で休め、と少し語調を強めていうがそれくらいでが萎縮するはずもなく「私がどこでなにしようと関係ないでしょ」と冷たく返した。言い返しながら頭がグラグラとしてきた。
口の中が酸っぱいような苦いような変な唾液が出てきてまた吐きそうだ。

黙り込んだに手塚くんは諦めたのか踵を返すと自販機に向かっていった。1人ぼっちになってホッとしたような淋しいような変な気分でいるとせり上がるものを感じてトイレに走った。
辛うじて入れた夕食はもう胃に残ってないけど吐き気だけはしっかりあって気持ちが悪い。涙目になりながらレバーを回して水を流すと口を拭って手洗い場に向かった。



「大丈夫か…?」

口をゆすいでいれば出入り口の方から気遣わしげな声が聞こえてくる。さっさと部屋に帰ればいいのに。吐いてる声聞かれたとか嫌過ぎなんだけど。眉を寄せ鏡越しに手塚くんを見て視線を下げたは「大丈夫だよ」と素っ気なく返した。

「…薬は飲んだのか?」
「飲んだ」

見られる視線に居心地悪くなってトイレを出れば心配そうな目で見られ、溜息を吐きそうになった。気持ち悪いのと自分のことでいっぱいいっぱいなせいか嫌いなら嫌いで突き通してほしいとか勝手なことを思った。

具合が悪いから心配するとか、いらない優しさだ。そんなこと元気な時の自分なら思っても絶対口にしないのに「だったら何?」と手塚くんを冷たく睨んだ。


「薬は飲んだし水分も持ってる。吐くだけ吐いたら戻って寝るつもり。これで満足?」
「……」
「明日の仕事できないようだったらちゃんというし、友美ちゃんやマネージャ業出来る子代理でお願いするから。どうぞお気になさらず寝てください」

夜の廊下は特に響く。なるべく声を潜めたが思ったよりも大きく聞こえて居心地が悪い。口を噤んだはまた座り込んでコートのポケットに入れていたペットボトルを取り出し口に含んだ。
昼間買ったやつなので正直生温い。後で新しいの買いに行こう、と思っていると目の前に新しいペットボトルを差し出された。


「…何?」
「これをやる」
「お金あるしいらないよ」

差し出されたものに手を出さずそっぽを向けば手塚くんはの足元にペットボトルを置いた。

「いつから具合が悪かったんだ?」
「……」
「あの時からか?」



あの時っていつだよ、と思ったが多分倉庫で会った時だろうと思った。でもきっとそれよりも前に兆候はあったんだと思う。仁王とか皆瀬さんとか菊丸くんにまで気にされてたしな。
原因はやっぱり昨日の夜か、と考えていると「何故いわなかった」と叱るような口調で手塚くんがこっちを見てくる。

「別に、」
「早く言えばもっと症状が軽かったかもしれなかったんだぞ」
「…言ったところであの時の手塚くんが信用してくれたとは思わないけどね」

どう思い返してみても信用の"し"の字もない顔だったよ。

「別にいいよ。手塚くんは私のこと嫌いなの知ってるから。どう思われたって仕方ないってことくらいわかってるよ」


いってて段々泣けてきた。何でこんなことになったんだろう。何でこんな嫌な気持ちで嫌味なことをいってるんだろう。手塚くんだっていい気持ちしないのに、わかってるのに言葉が止まらない。病人だからっていっていいことなんてないのに。

それなのに、どうせこいつとは仲良くなれないとか思ってんだろう、とか、サボってんじゃねーよ、とか思ってそうってそんな卑屈な考えばかりが頭いっぱいに広がってる。

グルグルする胸を手で摩りながら嘆息を吐けば詰まった顔をした手塚くんが「違う、」と少し大きめな声でのたまった。そして声に反応してか、ガタン!という物音が聞こえドキリとする。もしかしたら誰かが目を覚ましたのかもしれない。


迷惑かけないうちにさっさと帰れ、と手塚くんを追い払おうとしたらその手を捕まれ、無理矢理立たされた。「ちょっと、」と腕を引っ張ったが手塚くんの手はしっかりの手首を掴んでいて、置いたペットボトルを持つとそのまま歩き出す。

ゲームセンターの横を通り過ぎ、体育館がある渡り廊下付近まで行くとどこかのドアが開く音がした。見れば宿泊客の誰かがトイレに向かうのか横切っていく。少し奥まった場所な為達には気づいてないようだ。



でもこっちはまだ吐き気収まってないんですがね、手塚くん。寒気もしてきて両腕を擦ればまたいらぬ優しさでの肩を温めるように撫でてくる。


「ひとつ訂正がある。俺がお前を嫌いだといったがそれは間違いだ」
「そう。でもマネージャーとしては嫌いでしょ。手塚くんの中では赤点もいいとこでしょ」
「…」
「ホラ。やっぱり当たった」

黙り込んだ手塚くんに溜息を吐いた。溜息と一緒に鼻の奥も痛くなって目が潤む。幸村にだって最初は『何?お前』って、見られてたんだ。手塚くんにそう思われたって仕方がない。


努力したって自分はこんな状態だし時間をかけるにしても手塚くんはドイツに行ってしまう。もう会うこともないだろう。もう会わないと思えば好かれようが嫌われようが気にしなきゃいいんだけど弱った身体と思考は過敏になっていて無性に悲しくなった。

悲しくてついにはぼろりと涙が零れ落ちた。


「別にいいよ。明日で終わりなんだから。そうしたら心置きなくドイツ行っていいコーチとマネージャーについてもらってテニス頑張ればいいよ」

赤点のマネージャーなんてさっさと忘れればいい。溢れた涙を見せないように俯いて拭った。暗がりだから手塚くんからは表情も何も見えないだろうが鼻をすすってる音くらいは聞こえているかもしれない。

そのまま自分を見捨ててさっさと寝ればいいのに手塚くんは私の肩を掴んだまま動こうとしなかった。触れてる部分が燃えるように熱い。
それを振り払って離れたいのに落ち込んでるのと相まって、気怠くて、切なくて。余計に動けないでいると「、」と彼は静かにの名を呼ばれた。寝静まったこの空間では小さく紡いだ声もよく聞こえて、は思わず顔を上げてしまった。今、私の名前を呼んだ…?



、俺があの時倉庫に向かっていたのはお前を探しに来たからだ」
「え…?」
「お前がホテルに戻っていくのを見て、フロントで聞いたんだ」
「……」
「今日…というかもう昨日になるが、雨が降って気温がいつもより低かったからな。そんな中で仕事をしているお前達のことを気にしていたんだ」

無用な心配だとわかってはいたが。淡々と紡いでいく言葉にの目がどんどん見開かれる。まるで、手塚くんはを、達のことを心配してるような口振りだ。いや、うっすら見える表情でも心配してるのは充分伝わってくる。でも、なら、あの表情はなんだったのだろう?


「私のこと、嫌ってたんじゃないの?」
「寒空の中、俺達のフォローをしてくれてるお前達を嫌ってどうする」
「弦ちゃんに怒られてるとこ見て呆れてたんじゃないの?」
「…あれは真田が過剰に騒いでるだけだろう?お前も皆瀬もよくやってくれている」

目を細め、優しく見下ろしてくる手塚くんには胸の辺りがじわじわと温かくなって溜まっていた涙をボロボロと零した。


「でも、ずっと……名前、呼んでくれなかったじゃん」
「え…」
「本当は、そんなのどうでもいいってわかってる。やることやればいいんだって…でも、ずっと怖かった」

自分が足りないのはわかってる。だから少しでも何とかしたいって思ってて。でもやればやるほどコンプレックスになってるのかもしれない。
ストイックに頑張ってる手塚くん達の凄さは十分伝わってるから余計に自分の拙さが浮き彫りになって惨めに感じてるのかもしれない。

そんなの、比べるまでもないのに。比べたって答えなんてあってないようなものなのに。


「まるで、私のこと"認めない"っていわれてるみたいだった」


栓が抜けた感情は饒舌に言葉として流れていく。これがもし正常な思考と体調だったならそんなこと口にしなかったけど、今のに正常な判断などできなかった。



自分の言葉なのに他人事のようだった。投げやりだった、といってもいい。もしくは、(本人は断固として認めないだろうけど)従兄の弦一郎と手塚くんが同じ雰囲気を纏っていたから、だからこんなことをいってしまったのかもしれない。


頬に伝う涙がポタポタと床を濡らしていく。揺れるの瞳を手塚くんが目を見開き見返している。そこだけ時間が止まったように見つめ合っていたが肩を掴んでいた手塚くんの手がの頬に移動すると、固くなった掌でそっと壊れ物を扱うような手つきで撫でた。


「そんなことはない。俺はお前を…を認めている」
「本当に?」
「ああ。俺の気づかないところでを傷つけてしまったことはすまないと思っている」

悪かった、と頭を下げる手塚くんにそんなつもりじゃない、と首を振った。別に謝ってほしいわけじゃない。だってこれはいうべき話じゃなかった。完全な私の独り善がりな感情だ。

手塚くんが悪いわけじゃない、といえば彼は難しそうに眉を寄せてしまう。そうやってすぐ眉を寄せるから勘違いさせるのに。


「この合宿でね、手塚くんとも仲良くなりたいって思ってたんだ。だからこれからも話しかけていい?」


は出来うる限りの力で口元をつり上げて微笑むと、彼は寄せていた眉尻を下げ「勿論だ」と頬に添えていた手で労わるように目尻を撫でてくる。
その優しい撫で方が心地よくて、ほんの少しむず痒くなっては視線を下げると彼の胸に顔を押し付けた。

嫌われてなかったんだとわかって安心したせいだろう。温かい水がまたボロボロと零れては落ちていく。頭の上では「…?!」と慌てふためく声が聞こえてなんだか笑いたくなった。

よかった。名前を呼んでくれた。やっとシコリが取れた気がして「大丈夫か?」と狼狽する手塚くんに頷いた。



「風邪、絶対治すから」
「…そ、そうか」


温かい手塚くんの体温を感じながらホッと息をつくの頭の上では、赤い顔の手塚くんが持て余してた手を宙に浮かせたまま石のように固まってる姿がそこにあったという。

静まる廊下にはその2人の姿と自販機の作動音だけが静かに響いていた。




百味○ーンズの食べれないシリーズは英と米の本気が詰まってます。
2013.07.25