□ 青学と一緒・14 □
「あれ?さんは?」
合宿最終日に相応しい天気だと空を見上げていた不二だったが、さっきまで自分達の周りを走り回っていた彼女の姿が見えないことに気づき近くにいた乾に声をかけた。
すると彼も今気づいたようで辺りを見回し「フム。この時間はコートの準備をしているはずだが」と眼鏡を弄った。
「先輩ならあっちの方で休んでるっスよ」
コートに出ているのは皆瀬さんと青学・立海の後輩達で目的の人物はいない。どうしたものか、と考えているところへドリンクを持ったままこちらに歩いてきた越前がそう応えた。
どうやら熱が出てベンチで休んでいるらしい。いわれた方を見やれば確かにマスクをした完全防備の彼女の姿が小さく見える。
「それにしても桃。なんだか疲れた顔をしてるけどどうしたんだい?」
「いや、それは…」
影が薄くなる程げっそりとやつれた桃城にこの後の試合は大丈夫か?と不二がからかい、彼もまた笑ったがチラリと立海の方を見て「ハハ…」と力なく笑った。
「俺達も先輩がいないことに気づいてさっき幸村さんに聞いたんスけど、今すっごい機嫌悪いみたいで」
マジで怖かったっス、と零す桃城は真っ黒だった髪が真っ白に見えてしまうくらい疲れきっていた。何があったんだ、と越前を見やれば彼は肩を竦めて「多分、アレじゃないっスか」と視線だけさんへと向けた。
「…ほぅ」
「…へぇ」
見れば荒井がさんに飲み物を渡しているところだった。礼をいってるのか荒井は照れたように頬を染めている。いつもは後輩に強気なところしか見せてない彼だが女の子に対しては意外と純情なところがあるらしい。
しかしそれくらいで立海の幸村が不機嫌になるのだろうか。というか、むしろ勤しんで邪魔しに行くんじゃないか?
それなのに幸村はさんからそれなりに離れたコート際で真田達と話している。試合のことだろうけど顔は上機嫌から程遠い顔をしている。そんなことを考えていると乾が不二を呼んだので視線を戻した。え、あれ…?あそこにいるのは手塚?
「…なんだか楽しそうに会話してると思うのは僕だけかな?」
「いや、俺の目にも和やかに会話しているように見える」
「偶然っスね。俺にもそう見えるっス」
マスクを下ろして話しかけるさんの顔は終始笑顔だ。昨日までの気遣って、とか、緊張、といった色はない。むしろ楽しげに話しかけている。
対して手塚は相変わらず仏頂面で横顔なのに眉間に皺を寄せてるのがわかる。君って奴は…と思ったが昨夜聞いた手塚の心情を知ってる不二は溜息を吐くまでに留めた。
しかしこの光景はどういうことだろうか。ケンカらしいケンカはなかったにしろ、確かに昨日まであの2人には溝があったはず。そう思ってるのは不二だけではなく隣にいる乾や越前もで、彼らも釈然としない様子でさん達を見て首を傾げている。
それなりに内情を知ってる不二ですら目の前の光景にお決まりのポーズで首を傾げた。手塚はわかる。けれどさんの心境はどんな風に変わったんだろうか。
「先輩って実は手塚部長がタイプ…だったりしないっスよね…?」
「どうだろうな。詳しくは調べていないが真田との関係を見る限りああいったタイプは嫌いじゃないだろうな」
「……」
「ちなみに越前があそこまで成長するのに約数年はかかる」
「ある意味そっちが正しい成長過程だけどね」
手塚と真田がズレてると思うよ。クスリと笑えば越前は肩を竦め、乾は「仲直りしたのか?」とノートをぱらぱらと捲っている。見る限りそんな感じだけど会話をする機会なんてあっただろうか?
チラリと視線を移せば仁王がさんと手塚をじっと見つめる姿が目に入った。どうやらあちらもあの光景の原因はわかっていないらしい。
視線をさんに戻せばまだ会話が続いていて、熱が上がってるせいなのか頬を染める彼女にもやっとしたものが胸に広がった。
別に仲良くするのはいい。けれど何か釈然としない。
「…仲間はずれににされた気分、かな」
「何か言ったかい?」
「…いや、」
こちらを見やる乾に不二はニコリと笑った。さん達はちゃんと仲直りした理由を自分に教えてくれるんだろうか?
そんなことを考えながら眺めていると、楽しげな2人に気付いた真田が足早に向かっていく。またさんを叱る気なんだろう。嫉妬がありありと浮かんでる顔だ。
「そういえば、越前と桃っていつの間にさんの呼び方変えたの?」
ふと思いついたことを口にすれば桃城はまたか、と言わんばかりに苦笑で返し、越前はニヤリと笑うだけだった。
「大方、桃城の呼び方が変わったのを聞いてに自分の呼び方も変えろ、と越前が無理を言った確率87%」
「…別に無理強いなんてしてないっス」
不二の予想通りさんを叱る真田の声を聞きながら手塚を見やると彼はこちらに気づいて踵を返した。真田は待つように声をかけているが聞く気はないらしい。真田の歯軋りがここまで聞こえてきそうだ。
「今の真田、まるで越前みたいな顔だね」と揶揄すれば1年生ルーキーは益々不機嫌顔になって口を尖らせた。
試合の時間になり、それぞれ整列をして挨拶をすれば試合が気になるのかベンチに座っていたさんがテニスコートまで来ていた。それを見つけた不二は素早く彼女に近づくと乾や越前もその後に続いてくる。しかし、声をかけたのは柳の方が早かった。
「、具合はどうだ?」
「大丈夫。大分良くなったよ」
「中のベンチに座ったら?特等席だよ」
「あーすんごい心惹かれるけど幸村がなんていうかな…」
中のベンチは基本試合している選手か監督くらいしか使わない。それ以外は試合の邪魔でしかない。そう思ってるようでさんは困った笑みを浮かべて「外で見てるよ」とコートの外を指差した。
「柳くんごめんね。私全然働いてないや」
「それは想定内だ。それよりもちゃんと熱を測った方がいい。水分は持っているか?」
「うん。さっき荒井くんに貰ったから…」
「ちゃん!大丈夫?」
ポケットからペットボトルを取り出したさんを眺めていると横から皆瀬さんが走り寄って彼女の体調を気遣ってくる。その後ろには真田と幸村、それに手塚と大石が立っていた。どうやら試合を始めるらしい。
「。寝てなくて本当にいいのか?」
「勿論だよ真田。だるくなったら今度はちゃんと部屋に戻るから。幸村も心配かけてごめんね?」
「構わないよ。でもこれ以上は驚かさないでよね」
伸ばした手をさんの頬に持っていくと幸村は労わるように彼女の赤みがかった頬を撫でた。壊れ物を扱うかのような優しい視線と触れ方に不二ははた、とする。もしかして、と思ったところで「先ぱ〜い!」という元気な声が聞こえた。
「先輩!椅子の代わりになるもの持ってきました!」
「あっちのベンチじゃ試合見れないでしょ?だから俺達椅子の代わりになるもの持ってきたんだ」
「菊丸くん…」
「あーっ!!何やってんだよ!先輩が座る椅子は俺が持ってきたコレに決まってんだろ!!」
「なぁーにいってんだよぃ。俺が持ってきた折りたたみの椅子が1番まともだろぃ?」
「…俺が持ってきたんだけどな!」
いつの間にやら梶尾達と一緒に英二が椅子の代わりになる木箱を持ってきていてさんの手を引いたがそれを邪魔するように切原もやってきた。
丸井の後ろで桑原が文句を並べていたが、彼は気に留めてないようでさんの手を引っ張るなり「こっちに座れよぃ」と英二達を押しのけパイプ椅子を押し付けてくる。
「あーっ何抜けがけしてんスか!!」
「そうだぞ!後からやってきたくせに!!」
「お前らの椅子じゃすぐケツが痛くなるだろうが…っておい!仁王!!何でテメーが座ってんだよぃ!」
「プリ。丁度いいところに椅子があったからの」
「お前のじゃねーっての!」
「ホレ。ここに座りんしゃい」
「…っ誰が座るか!」
阿呆!と仁王の頭をペシっと叩いたさんの顔は赤い。それもそのはずで、仁王が座れと指してきたのは自分の膝の上だ。彼氏彼女でもこんな人目のつくところで膝の上に座るなんて中学生には高度な欲求だろう。
半目でそれぞれ仁王を見やれば「湯たんぽ代わりにもなって一石二鳥ぜよ」と口を尖らせている。どうやら本気で言っていたらしい。
そして1テンポ遅れて自体を理解した真田が顔を真っ赤にして仁王に拳骨を食らわせていた。
「(うわ、凄い音…)さん。どれを選ぶにしても座った方がいいんじゃない?」
「う、うん。そうだね」
「だったら俺の椅子に!」
「俺のに決まってんだろぃ!」
「…赤也、丸井」
「「……」」
「。好きな椅子選んで座りなよ。観戦するならなるべく体力を使わない方がいい」
強制的に黙らせた幸村が促すとさんは「みんなありがとね」といってパイプ椅子に座った。それを見て丸井は拳を作り、切原は涙目になって可笑しかったが仁王がブランケットを出したのには流石に驚いた。どこに仕舞っていたんだろうか。
「じゃあ日差しに負けないように俺の帽子も貸してあげる」
「え?いいの?でもこれないと越前くん試合しにくいんじゃない?」
仁王への対抗意識故か越前は自分が被っていたキャップを取るとさんに被せた。確かにいつもキャップを被って試合をしているからないよりはあった方が落ち着くと思うけど、言われた本人は「それくらいで負ける訳無いでしょ?」と不敵に笑った。
「…ふぅん。随分と余裕じゃないか。全国の時のようにまた五感を奪ってあげようか?」
「奪われても試合に勝つのは俺だけどね」
「…え、もしかして試合ってあんた達なの?」
全国決勝再来なのか、と引きつった笑みを零すさんに幸村はにっこり微笑むと「。勿論俺の応援をしてくれるよな?」と凄んでくる。
「脅しなんて格好悪いっスよ。勿論俺だよね?先輩」
「坊やだってわざわざ確認しなくたっていいだろう?応援するのは俺の方なんだから」
「……」
「……」
「いつも応援されてる立場なんだから今日くらい大目に見てくれてもいいんじゃない?」
「そっちこそ、名前で呼んでもらってるんだからここは潔く引き下がったら?」
バチバチっと火花が見えるような睨み合いを引き気味で見ていれば「いい加減にしたまえ!」という声が響き振り返った。見れば乾から皆瀬さんを庇うように柳生が立っている。
この短い時間に何をしたんだ乾。「何やってんだあの人…」と海堂も呆れた目で見てるんだけど。
何してんだよ、という意味も込めて「乾、早速対戦相手を挑発してるの?」とにこやかに声をかければメガネのブリッジを上げた彼は「いや、ちょっとね」と意味深に微笑んだ。
「皆瀬とに今日も乾汁は出るのか、と聞かれてね。出すと言ったらこうなったんだ」
「…その前に毒汁の味を考慮できないのか?て私いったわよ」
呆れた顔のさんに不二は苦笑して乾を見やれば「毒汁とは酷いな」と肩を竦めていた。不二の後ろでは海堂が大きく頷いている。ついでに話をたまたま聞いていた桑原も似たような顔で頷いていた。
「それで、乾くんが」
「"だったら、美味しくなるように付き合ってくれないか?"と誘ったんだ」
「へぇ。それはいい案だね」
「…不二くん。暗に実験体になれっていってる?」
それイジメだよね、と恨みがましい目で見てくるさんに不二は笑って「それで柳生が怒ってるんだ」と彼を見た。試飲、いいじゃないか。と返したら逆光メガネだというのに殺意を持って睨まれた。怖い怖い。
「…貞治。これはどういうことだ?」
「ああ蓮二。いいところに来た。今度、と皆瀬を誘って新しいドリンクを作ろうと思うのだがお前も参加しないか?」
「……」
一触即発、な空気の中眉をひそめた柳が割って入ってくる。そういえば第一試合はこのダブルスだったか。意気揚々と誘ってくる乾に柳は眉をひそめたまま聞いていたが周りの視線と空気を感じ取ったのか「いや、遠慮する」と返した。
「よし!流石は柳くん!わかってらっしゃる!」とガッツポーズを決めるさんが事の次第を話すと柳はすぐに合点がいったような口振りで「ああ、」と零した。
「貞治。それは到底無理な相談だ。皆瀬もも貸出はしない」
「…そうか。残念だな」
「命の危険が伴うような実験にうちの大事なマネージャーを差し出すわけ無いだろう」
「そこまではないよ。あったとしてもトイレが近くなるだけだし、皆瀬とに飲んでもらうのは俺が試飲してからだ」
「…それをいつもしてほしいんスけどね」
「何か言ったかい?海堂」
「……いえ、何でもないっス」
「だから危険なことは何もないと思うけど」
「…ならば正直に言おう。そんな下心見え見えなプランに皆瀬とをつき合わせるわけにはいかない、といっているのだ」
腕を組み、堂々と言い放つ柳に対して乾は固まったように動かなくなった。不二の隣では話を聞きつけた桃城が「え、マジで乾先輩狙ってたんスか?」と零している。
「…何を馬鹿なことを…」
「貞治が皆瀬とのよからぬデータを取る確率、96.8%だ」
「…ほぼ100%ですね」
「待て。上乗せしても97%のはずだ」
「どっちにしても高いっての、」
何よからぬデータって。と疑わしい目つきで見てくるさんと柳生に乾は大いに慌てたようでしどろもどろに言い訳をしている。勝ち誇った顔をしてる柳の後ろでは苦笑してる皆瀬さんの顔も見えたが残念ながらその顔すら今の乾には見えていないだろう。
「貞治。そんなにも言い訳がしたいなら試合に勝ってからにしたらどうだ?まぁ、今のお前では勝てる確率は43%程だが」
「…フ。蓮二、目測を誤ったんじゃないか?君達が勝つ確率も30%未満だ」
「それって負けたら乾くんの実験体にならなくてもいいってこと?」
「そういうことになるな」
「…俺の応援はしてくれないのかい?」
「寝言は寝てから言ってください」
勝利宣言をする柳に対して負けじと乾も言い放つがどうにも負け犬の遠吠えにしか聞こえないのが辛い。同じチームメイトだけど素直に応援できるか怪しいところだよ乾。
隣では全てを悟って諦めたような長い溜め息が聞こえた。ご愁傷様海堂。
ホイッスルが鳴り、皆瀬さんに「柳生くん、蓮二くん、頑張って!」と送り出される姿を心底羨ましそうに見てる乾が少し不憫だった。
2013.07.28