You know what?




□ 青学と一緒・6 □




コートを羽織ったは肩を縮めて白い息を吐く。竜崎監督は外と体育館、と皆瀬さんは分担して部屋の点呼をとったが弦一郎の他にも生徒がまだ戻ってきていない。
その中の1組を3階の玄関ホールから外を見ていれば嬉々とした表情で階段を上ってくるガタイのいい奴が2名いる。片方はお風呂入ったというのに打ちに行った阿呆だ。

「コラ!そろそろ就寝時間迫ってるぞー!」
「ああスマンな。つい練習に熱が入って……っ!何故ここにいる!!風邪をひくぞ!!」
「竜崎監督の手伝いでここにいるんだよ。つーか、お風呂入ったのにまた練習してるアンタにいわれたくないわ」
「手塚と打ちあえるのもそうないと思ってな。まだ練習していると聞いて戻ったんだ。なぁ手塚」
「……」
「…はいはい。そうですか」

ジャージ羽織ってるけど絶対薄着だろお前ら。の格好を見て慌てふためく従兄と、とても同い年には見えない老け顔の彼に言い放って「ほら、さっさとシャワー浴びてきなさい」とお風呂へ追いやった。


遊んでた赤也達を部屋に押し込み(幸村が部屋から顔を出したので赤也を押し付けてやった)、竜崎監督が帰ってくるのを皆瀬さんと待っていると今度はシャワーから帰ってきた弦一郎達と鉢合わせた。見れば弦一郎の後ろに手塚くんともう1人立っている。


「あれ?不二くんも入ってたんだ」
「うん。ここ、屋内と露天風呂が別々だから両方入ってきたんだ」
「それはそれは」
「お前達も風呂に入ったのだろう?あまりウロウロしていると本当に風邪をひくぞ」
「わかってる。竜崎監督が戻ってきたらすぐ解散だろうから、そしたらすぐ部屋に戻るよ」

心配性め、と弦一郎を見れば「そんな薄着でいるからだ」とコートの第1ボタンを締められた。苦しいから締めなかったのに。


「すまないな。本来なら俺達がやるべき仕事なのだが…」
「気にしないで。これでも結構私体力に自信あるんだ」
「へぇ。それは頼もしいな」

が弦一郎にボタンを締めてもらってる間に手塚くんと不二くんは皆瀬さんと和やかに話をしていて、その光景に少しばかり羨ましい、と思ってしまった。いや、別に冷たくされてるわけじゃないんだけど。

?どうかしたのか?」と眉を寄せたを伺う弦一郎に「何でもないよ」と返したが従兄には多少なりバレてるようで自分と同じように眉を寄せてこっちを見てきた。何でもないよ、今のところはね。



「あ、そうだ。手塚くん、ハイこれ」
「?」
「アイシング代わりに使って」

今日結構肩使ったでしょ、と微笑む皆瀬さんが出したのは衝撃を与えて冷える瞬間冷却剤だ。さりげなく、でもしっかり見ている皆瀬さんは本当ソツがない。
少し驚いた顔をした手塚くんは何度か瞬きした後「すまない」といって冷却剤を受け取った。


それからすぐに竜崎監督が戻ってきて全員部屋にいることを報告して解散になったのだが部屋に戻る途中不二くんに呼び止められた。話があるというので皆瀬さんに先に戻ってもらい、既に閉まっている売店の近くにある柱の辺りで不二くんが立ち止まった。

柱は何気に大きいのでと不二くんがすっぽり隠れる程だ。振り返る彼をぼうっと見つめていれば「大丈夫?」と開眼した目と一緒に覗き込まれた。


「うっあ!はい!(ビックリした!)」
「……さんってさ、頑張り屋さんだよね」
「へ?」
「切原の時も思ったけど、心配してカラ回ったことない?」

突拍子のない言葉に目を見開くと褒めてるんだか貶してるんだかわからない言葉が飛んでくる。しかし全然ないとは言い切れないので押し黙っていると「ごめんごめん。責めるつもりはないんだ」と小さく笑って手を振った。

さん、手塚のこと気にしてるでしょ?」
「…ぇ、」
「手塚はあんな顔してるけど怒ってるわけじゃないよ」
「それは、なんとなく…どちらかといえば"嫌そう"だよね」

話しかければちゃんと受け答えはしてくれるからなんとなく把握できてるけど、機嫌がいいかと言われれば『NO』だろう。


おあいこだと思ってたのは自分だけで手塚くんには嫌がらせにしか思われいないらしい。さっき挨拶した時も目も合わせてもらえなかったし。むしろ皆瀬さんとは前向きに話してるし。比べるものでもないけどどうしても自分と比較してしまうのが悔しい。

思い出してがっくり肩を落とすと「"嫌そう"ね…」と不二くんが反芻する。



「僕には"どうしたらいいのかわからない"っていう顔に見えるけどね」
「え?」
「手塚って僕と違って誰かを特別嫌いになれる程、負の感情を持つタイプじゃないからさんが考えてるようなことはないよ」
「でも、好みくらいはあるでしょ?」
「好みはあるけどテニスのことで目一杯だからそこまで気が回らないと思う。むしろ"テニスを好きな人間に悪い奴はいない"って思うタイプだから」


それはある意味重症だな。どっかの宗教にハマった人みたいだ、と眉を寄せれば「さんだってテニス好きな人の1人でしょ?」と不二くんが続けてくる。だから手塚くんに嫌われることはない、と言いたいんだろうか。

「…不二くんこそ人を簡単に嫌いになるようなタイプじゃないよね」

どちらかといえばお人好しタイプだよね、と言い返せば不二くんは驚いたように目を見開き、それから「フフ、そうかな?」と微笑んだ。


「僕ってどちらかといえば腹黒いっていわれるんだけど」
「(自分で言うかな…)でも、根本的には平和主義でしょ?」

もしくはことなかれ主義。赤也の件は正直怖かったし、不二くんに嫌われたらやっていけないわって思ったけどこうやって対峙すると逆に怒らせる程のことをした赤也が凄いとさえ思えてきた。

1日くらいじゃわからないものだけど、言葉とは裏腹に不二くんの感情は穏やかだ。それは糸目仲間の柳に通じるものがある。それこそ腹の中でどう思っているかはわからいけどその感情を表に出すことはないのだ。
隠すのがうまいのかただのいい人かまではには判断しかねるが、受ける印象はとても好ましいものしか感じない。


「でなきゃ、わざわざ手塚くんのことで私に言いに来ないでしょ」といってやれば不二くんは肩を竦め、「僕の為だよ」と微笑んだ。

「中学の部活動も残り少しだしね。後輩達に伝えることまだあるから」
「…そっか」
「だからその為にもあまり問題ごとは起こしたくないんだ」

にっこり微笑む不二くんに、ああこの顔か。と思った。この意味深な顔は幸村でよく見ている。幸村と柳を合わせたのが不二くんなのだろうか。そうだったら最強だな不二くん。もしくは最凶か?



「…何か言った?」
「い、いえ…(何故わかった)」
「ふぅん。まあいいけど……僕としては円滑に部活をする為にもさんと仲良くしたいんだ」
「うん。それはこっちも。赤也は、しょうがないけど」
「切原は…まぁ、彼自身の問題でもあるしさんが気にすることないよ」
「はぁ、」
「楽しい合宿にしたいんだ。だから大変かもしれないけど手塚のこと辛抱強く声かけてもらえないかな?こっちもそれとなく聞き出しておくからさ」


必要最低限で構わないから、と譲歩する不二くんには小さく微笑んで頷いた。不二くんも手塚くんの詳細はわかっていないようだが、随分心配してくれてるようだった。
それが嬉しくてもう一度頷くと「少し楽になったよ」と先程よりもちゃんと微笑んだ。自分を理解してくれようとする人は多い方がありがたい。

「…うわ!」
「こんなとこでコソコソ、なぁにしてんだよぃ」

そろそろ寝ようか、と切り出そうとしたところで肩を引かれ何かにぶつかった。視線を上げれば丸井の横顔が見える。え、何不二くん睨んでんの?

「うちのマネージャーにこそこそ話しかけんのやめてくんない?そんでなくともは恋愛ごと慣れてねーんだからよぃ」
「…ちょっと、丸井さん?」


何余計なこといってくれてんのかな。おい、と睨んだが丸井の視線は不二くんに向いたままちらりともこっちを見ない。しかも肩に回ってる手は頭に回って更に力を入れてくる。
最終的にはは丸井の首筋に顔を押し付ける形になった。息苦しい。なんかよくわかんないけど丸井が怒ってる。

「うーん。何か勘違いしてるようだけど…さんはまだ誰とも付き合ってないんだよね?」
「……」
「だったら誰と話しても問題ないと思うけど?」

それとも、そういうこともマネージャーって制限されるの?という不二くんの声は少し丸井を責めてるようにも聞こえた。そんなことになったら皆瀬さんと柳生くんはとっくに破局になってるっての。



「…それとも、他校の僕と話してるから気に食わない…とか?」
「えっそんなことは…むぐ、」
「だったらどうする?」

まさか、とカラ笑いを浮かべて否定しようとしたが丸井に強制的に黙らせられた。酷い。しかも丸井は挑発するように変なことを言うので気が気じゃなかった。何言ってるんだ丸井。それじゃケンカ売ってるのと一緒じゃないか。


さんはものじゃないよ?君達の所有物じゃない」
「んなことはわかってんだよ」

ピリッと電気が走ったような感覚に息を飲んだ。不二くんが笑みを作ったまま動かないが、明らかに丸井のセリフが原因だ。そうわかってるのに口出しができない。できるような雰囲気でもなかった。なにこれ、めっちゃ怖いんですけど。

不穏な空気を纏ったままがオロオロとしていると先に不二くんが動いた。彼は大きく息をつくとおもむろにこちらへ視線を向けてくる。


さん、」
「っは、はい!」
「僕の言ったこと、よく考えといてね」
「え、あ、はい」
「それから、僕達はさんと仲良くするの大歓迎だから」

じゃあおやすみ、とにだけ手を振って去っていく不二くんの背中を見つめていると首に圧迫感を感じ「ぐぇ」と声が漏れた。触れてみれば丸井の手が首に回ったらしい。

「丸井、く、苦しい…」
「…あいつがいったことって、何?」

力を緩めるどころか絞めにかかってくる丸井にタップタップと手で叩くと「教えたら放してやる」とドSなことを言ってきた。
絞められたままで話せるか!と思ったが丸井の目が本気だったので仕方なく手塚くんのことを話した。そしたら特に驚くこともなく「ふぅん」と零して首に回ってた腕を離した。



「丸井…?」
「明日も早いんだからあんな奴に捕まってねーでさっさと部屋戻れよな」
「そ、そうはいうけど」

話があるっていわれて無視なんてできないし、手塚くんのことだって気になるじゃないか。そう、顔に出せば頬を抓られ「お前な、」と呆れた顔がを見てくる。


「マネージャーとしてあいつらと仲良くすんのは構わねーけどそれ以外は無視しろよ」
「無視とか無理だと思うんだけど」

なにそれ、と眉を寄せれば頬を更に抓ってくる。痛い。「今はオフ。プライベートだろうが」というが、同じホテルに泊まってて話さない方が不自然だろう。手塚くんのこともあるし、不二くんという協力者はいることにこしたことはない。

「別に奴らに嫌われようがどうでもいいことだろ」
「うぅ…」
「手塚なんかボケたじじぃとでも思っとけばいいだろぃ?物忘れが激しいんだからお前のこと忘れても仕方ねーよぃ」
「…それ色々つっこみたいとこなんだけど、笑うとこだよね?」


皆瀬さんには話してたとか、一応同い年の中学生だとか色々あったけど思わず吹き出せば丸井は抓ってた手を離し「よーしよし、」と犬みたいに褒めて頭を撫でた。
そのことを少し不満に思ったが「わかる奴がちゃんといんだから、お前は余計なこと気にすんな」とにんまり笑う丸井を見て、しょうがないな。と息を吐き出した。


「あ、そうだ。アンタ達肝試しするって本当なの?」
「ああ。そのつもりだぜ。も参加するんだろぃ?」
「拒否権ナシかよ」

本当勝手だな、と飽きれれば「嫌いじゃねぇだろぃ?」とニヤリと笑った。そういって許されるのはアンタと幸村くらいだろうよ。
本来なら明日も朝からマネージャー仕事があるんだよ、と断るところだが、肝心の皆瀬さんが参加するので他に断る理由も思いつかず、丸井に時間と集合場所を聞いて息を吐いた。嫌だわー。



「ん?何?」
「お前顔冷たすぎ。集まる前にホッカイロ貼ってこいよ」

頬を両手で挟んでくる丸井は、潰れたの顔を見て吹き出し「おもしれー顔」と擦ったりぐりぐり揉んでくる。痛い!と訴えてみたが奴は笑って「こんな変顔見せるのは俺の前だけにしろよぃ」と冗談交じりに宣言していた。アンタの前も何も見せる必要なければ誰にも見せないっての。


「…そういえば丸井は何しに来たの?」
「あ?あージュース買いに来たんだっけ」
「…虫歯になるよ」




あらあら。
2013.06.22