□ 青学と一緒・7 □
2日目は起きると雨だったが「雨は早朝だけだ」と豪語したデータマン2人がいるのできっと大丈夫だろう。朝食の後、軽くアップしてミーティングに入るのだが、このホテルには会議室もあって達はそこでミーティングを行っている。
長机にプリントを配り歩いているとアップを終えた選手達が入ってくる。朝食の時挨拶できなかった菊丸くんに「おはよう」と笑顔で声をかければ満面の笑みで返してくれた。
「なになに?今日の予定?」
「うんそう。昨日いってた班別対抗のオーダー表もあるよ」
「へぇ。あ、俺配るの手伝おっか?」
「本当?助かるよー」
ありがとう!と微笑めば菊丸くんも照れたように笑って「じゃあ半分ね!」と束を半分こしてプリントを持っていった。いい人だ。
「いった!何すんのよ赤也!」
「…他校の奴に色目使ってんじゃねーよ」
「は?」
ドン!と背中を押されて振り返れば赤也が睨んでて何だと眉を寄せればよくわからないことをぶつくさいって丸井達の方へと行ってしまった。色目って何よ。菊丸くんと普通に会話してただけなのに何勘違いしてんだアイツ。
雨止むんだから機嫌直せばいいのに、と丸井達の方を見ればぱっかりと立海と青学のグループが割れていて顔が引きつった。派閥のケンカ争いかっての。
女子じゃあるまいし、と丸井を見ればやっぱり面白くなさそうにガム風船を膨らませている。
「おはよう、さん」
「あ、不二くんおはよう」
もしかして肝試しのことだろうか、と眉をひそめると後ろから声をかけられ振り返った。
難しい顔をしてるに「どうしたの?」と聞いてくる不二くんの後ろには手塚くんと乾くんがいて、2人にも挨拶すればそれとなく返してくれたが、そのまま手塚くんは席に向かってしまった。
「さん、昨日はよく眠れた?」
「うん。一応ね」
プリントを配ってるんだ、と見せれば乾くんが「コピー大変だっただろ?お疲れ様」とプリント覗き込んで労ってくれた。
昨夜、4チームのリーダーが相談してオーダーを決めたのだがその中に乾くんもリーダーとして参加していたのは言うまでもない。マネージャーの件といい働き者だよね。
それから「さんって案外図太いんだね」と微笑むのは不二くんだ。あなたも幸村並に言葉のナイフが鋭いんですね。
「無理しないようにね」
「あー…はい」
「?何の話だい?」
「フフ、内緒」
僕とさんだけの秘密だよ、と人差し指を口に持ってきてポーズをとる不二くんはとても様になってるが秘密というほどの秘密でもない気もする。
背中にチクチクと刺さる視線を感じるんだけど……多分赤也と丸井だろうな。
メガネを光らせた乾くんがノートに書き込むのを人事のように眺めていると竜崎監督が入ってきたので慌てて残りのプリントを配って席に着いた。
1番後ろの席に座ると隣に皆瀬さんが座り筆記用具を出す。朝の時点で今日の内容は頭に入っているが確認の為プリントを眺めていると誰かが椅子を引っ張ってきてのすぐ横に座り込んだ。
「あ、越前くん。今来たの?」
顔を上げれば眠たげに目を擦る越前くんが「はよっス、先輩」といっての腕に寄りかかってくる。重いよ。
「桃城くん達前にいるよ?」
「ここがいいんで寝させて」
「寝るのかよ」
今は丁度幸村と手塚くんが竜崎監督と何やら話していて周りもがやがやしている。そこを狙って入ってきたんだろうけど寝たら意味なくないかい?
「ダメ。起きなさい」と押しのけようとしたが「俺プリントないし書くものも持ってきてないから先輩見せてよ」と平気な顔で言い切った。この子に反省、という言葉はあるのだろうか。
べったりくっつく越前くんに諦めてプリントに目をやれば皆瀬さんが席を立った。
「あれ?仁王くんどうしたの?」
「柳生が皆瀬に用事があるんじゃと」
んで、席交換。と入れ替わるように仁王が皆瀬さんの席に座って肘をくっつけた。見れば思ったよりも距離が近くて、仁王の顔がよく見えた。イケメンの至近距離は心臓に悪い。
「赤也と丸井すんごい怒ってたんだけど。やっぱり昨日のアレが原因かな?」
「アレのせいじゃろうな」
「アレって?」
「お子様は知らなくていいことぜよ」
「…なにそれ」
「これ仁王くん。あー越前くん。これはオフレコにしてほしいんだけどね。実は昨日肝試ししたの」
「肝試し?」
聞いてくる越前くんを仲間外れにしようとした仁王をひと睨みしてこそっと教えてあげれば「へぇ。何で俺のこと誘ってくれなかったの?」と返された。
「お子様は夜更し厳禁じゃ。それに寝坊常習者を誘うわけにもいかんだろ」
「自分だって中学生でしょ。2コしか違わないじゃん」
「仁王くん。遅刻魔の自分のこと棚に上げてよくもまあいえたもんだね」
「プリ」
「気にしちゃダメだよ越前くん…っていうか、肝試し好きなの?」
「逆に先輩が肝試しに参加してる方が意外。てっきり苦手だと思ってたよ」
「それは同感じゃ」
「…そこは同意しなくていいっての」
頷く詐欺師にアンタの脅かしが1番怖かったわ、と睨んでから「得意でもないけどね」と肩を竦めた。
幽霊系は好きでも嫌いでもない。夏の風物詩ってイメージもあるし、その場が盛り上がるからそういう意味では嫌いじゃない。でも目の前に来られたら怖いし呪われるとかいうのも嫌だ。
その辺の塩梅は信じてるか否かになると思うんだけど、生憎1度も見たことのない自分は信じてはいない。いるかもしれないとは思ってるけど。信じたらきっと怖くて夜眠れなくなる気がするからね。
昨夜の肝試しはそんなと場の雰囲気で静かにしていた皆瀬さんの女子2人が過剰に怖がることもなく、淡々と見回って終了してしまった。
わかりきっていたことだけど1階も5階も怪奇現象など微塵もなかったわけで。
その為丸井はいたくご立腹でジャッカルと仁王に無理矢理怖い話をさせたくらいだ。ついでに赤也は肝試しがあるとわかってたのに幸村達に監視されたまま就寝した為参加すらできずを恨んでいるらしい。
恨むのは勝手だけど、騒いで強制送還されたのは赤也本人のせいだと思うんだけどね?
今日も1日睨まれ続けるのか、となんとなく憂鬱になっているとぴったり腕をくっつけてくる仁王がつつくように押してきたので視線を竜崎監督からチラリと移した。
「何?」
「居眠りするんじゃないぜよ」
「しないよ」
「その隣は寝そうじゃがの」
「越前くん。寝たら落とすよ」
「…先輩って時々怖いこというよね」
落とすって、と怖々と見てくる1年坊に冗談ですよ、と言い繕えば「というのは嘘です」とに似た声で仁王が返していた。怖いからやめてくれ。
*
ミーティングが終わり、それぞれ席を立ち始めたがは仁王から返してもらった右手とマッキーペンに「ぎゃあ!」と声をあげた。
「ちょ、なにこれ!!爪真っ黒なんだけど!!」
「プリ」
なにかしてるとは思ってたけどまさか黒く塗られてるとは思わなかった。しかも全部真っ黒じゃなくて無駄に技巧を凝らして絵を描いてるし。なんだかわかんないけど辛うじて市松模様はわかる。
なにこれ、と仁王を見ればニヤリと笑って返されただけだった。お前、ミーティングで何やってんだよ。話聞けよ。
「…ふぅん」
「あ、ちょっと!越前くん?!」
ペイズリー柄とかミドリムシっぽくてキモいんだけど、と右手の指先を見ていれば越前くんに左手を引っ張られた。見れば彼の左手にマッキーが握られていての爪を黒く塗りつぶしていく。ぎゃーっと叫んだが彼の手が止まることはなかった。
「プリ。爪から黒がはみ出てるぜよ。まだまだじゃの」
「うっさいな。先輩が動くからだよ」
「私のせいなのかよ」
両手を並べればこれからどこかのライブにでも行くのかっていわんばかりに爪が真っ黒に染まっている。
しかし手馴れた仁王が塗った右手と違って越前くんが塗った左手の爪はいたるところに黒がはみ出していて歪だ。それを仁王は鼻先で笑うと越前くんは口を尖らせてのせいにしてくる。
「もうなんなのよ、アンタ達は…」と肩を落とせば額に冷たい手が当たった。
「?何?」
「お前さん、熱あるんじゃなか?」
「?そうかな?」
ひやりとする仁王の手に少しだけゾクリとしたが身体が気だるい感じはしない。「勘違いじゃないの?」と指摘する越前くんの横で自分の手を額に当ててみたが特に熱いとは思わなかった。
「越前、何をしている。練習を始めるぞ」
「ウィーッス」
ドア口を見れば手塚くん達3年生がこちらを見ている。微笑む不二くんの隣には眉をひそめたままの手塚くんがいて、彼の視線が自分の頭の方に向いてることに気がつき慌てて額に当てていた手を隠した。
「じゃ、またね」と口元をつり上げ出て行く越前くんを見送ると怒った声の赤也に呼ばれ「そんな大声出さなくても聞こえてるっての!」と言い返し仁王と一緒に会議室を後にした。
*****
データマンの予想は無事に当たり、からりと晴れた太陽の下で班別対抗の練習試合が執り行われた。試合は準レギュの子達まで含まれている。西田達も先程健闘したところだ。
「せんぱーい!ランニング終わりましたー」
「じゃあ、次のメニューこれね」
乾くんに渡されてたメニューリストを青学の子に手渡せば、隣にいた坊ちゃん刈りの子が「あ、あの…」と申し訳なさそうに声をかけてくる。
「先輩!あの!僕達レギュラーの試合を見て勉強したいんですけど、ダメですか?」
「はあ?んなのダメに決まってんだろ!!メニュー見ろよ!午後までビッシリだぜ」
「で、でも!手塚部長達の試合こんな間近で見れるの、そうないと思うんです!だ、だから…っ」
食い下がる青学の子に立海の平部員も食ってかかったが、確かにここからではコートの試合は見れないな、と思った。青学も立海も繰り上がりが殆どだろうから絶対見れないってことはないだろうけど手塚くんだけは違う。
不機嫌顔を思い出しギクリとしたが、頭を振って平部員の子達を見やった。真剣な表情に何かしら吸収しようとしてる目だ。そう思ったらもなんとなく絆されて「いいよ」と頷いた。
「でも午前分のメニューはしっかりやること。このメニューが終わった順にコートに行って先輩の試合応援しておいで」
午後はお昼の時に相談しとくから。といえば青学の子達が「ヤッター!」と声を上げた。そしてそのままに礼をいって次のメニューに取り掛かった。本当は私が判断しちゃいけないんだけど観戦も上達のひとつだよね、と頷いた。怒られたらその時はその時だ。
「…先輩、他校に甘くないっスか?」
「甘くないよ。アンタ達だって見に行きたいんでしょ?だったらボヤっとしてる暇ないよ!!」
さっさと動く!!じと目でを見てきた後輩の背中を叩いて送り出すと彼はムッとしながらも顔を赤くして「ウィッス」と頭を下げて練習に戻った。
アンタ達が幸村達のこと大好き過ぎることはよーく知ってるんだよ!マネージャー舐めんな!と笑って「怪我しなようにね!」とカラになったタンクを抱えて水飲み場へと走った。
も仕事を片付けコートに向かうとフェンスの周りは2校の部員達で埋め尽くされている。空いてるところ、と思いつつ視線を巡らせているとある人物と目が合い、そちらに足を進めた。
「幸村寒くない?」
「"ホッカイロ貸そうか?"とがいう確率100%」
「…うわ」
「図星、といったところだな」
「フフ。、顔がすごいことになってるよ」
「幸村やめて。その言い方語弊があるから」
空けてもらった間に身体を滑り込ませればそんなやりとりがあって柳を見て眉をひそめた。恐ろしい、という顔をすれば柳は上機嫌に微笑んでいる。久しぶりにしてやったりな顔見たよ。
少し離れたところで乾くんが元気にペンを走らせる姿を横目に見ながら「じゃあ貸して」と手を出す幸村にホッカイロを渡してあげた。
「あ、落としたんだ」
「そりゃあね。真田にめちゃくちゃ怒られたし」
爪を見た幸村は「真っ黒だったもんな」と笑う。仁王と越前くんに塗られた爪は早々に弦一郎に見つかって「たるんどる!!」と怒られたばかりだ。
しかもマニキュアと勘違いされた上に合宿に何しにしてんだと説教されること1時間。説得の時間もあってそれくらいかかったんだけどその間みんなの晒し者だったのは言うまでもない。
当事者の仁王と越前くんは知らんフリだし青学は引き気味に見てたり不二くんと乾くんはニヤニヤ笑ってたり心中穏やかじゃなかったのも言うまでもない。
そしてやっぱり手塚くんはムッとした顔でこっちを見た後我関せずと海堂くんと練習してるし。ある意味似た者同士だよね!君達!と心の中でつっこんでおいた。
しかし残念なことに全部を落としきれず爪の周りに黒い線が出来ていて、「汚いからあんまり見ないで」と拳を作って後ろに隠した。
「だからの手、冷たいんだ」
「まあね。水仕事もしてたし」
「じゃあ、はい」
「え?…いや、これ試合見づらくない?」
ホッカイロを受け取ったと思ったら幸村はに返してきて、ホッカイロを挟んだ両手を彼の手が包むように握ってくる。
これじゃ幸村が暖まらないじゃん、とつっこんだら「そんなことないよ」と満足そうに立海の部長様が微笑んだ。隣で目を見開いてる青学の荒井くんの視線が痛いからやめてほしいんだけどな。
「これなら爪も見えないだろ?」とかいうけどそれとこれは違うと思うんですよ。幸村のファンいたらボッコボコにされるレベルと思うんですよ。
「それはそうと、次々と平部員がこちらのコートに来ているようだがは何か知っているか?」
「ああごめん。私がOKしたの。先輩達の試合ひとつでも多く見たいんだって」
一応、午前のメニュー終わらせてきてるはずだよ、と言えば柳くんが呆れた顔でこちらを見てくる。対して幸村は楽しそうな顔だ。
「だからいったろ柳。犯人はだって」
「えっ私犯罪者なの?!」
さすがにそこまで予想してなかった!と驚けばそうじゃない、と柳が首を振った。
「よかった。あ、あとできれば午後の練習試合も見たいっていってたんだけど…」
「それ、約束してきちゃったの?」
「うーん。似たような感じかな」
直談判してくるっていったの私だし。まずかったかな?と柳を伺えば眉を寄せられたが「いいじゃない」と幸村が気軽にいってくるので参謀は諦め気味に「仕方ないな」と微笑んだ。
「後で青学側にも聞いて変更しよう」とノートを広げた柳に「今度は事前に相談するように」と付け加えられ、スミマセンと頭を下げた。
「でもいいんじゃない?この熱気。俺は悪くないと思うけど」
「まぁな。それに関しては同感だ」
盛り上がる試合に自然と幸村と柳の口元がつり上がる。今日もそれなりに寒いというのに熱気だけは夏に戻ったかのようだ。
「ねぇ柳くん。つかぬことを聞きたいんだけど」
「?何だ?」
「乾くんの好みの女の子ってどういう感じの人?」
弦一郎対桃城くんの試合で、弦一郎がマッチポイントを取った。その歓声に紛れて柳に声をかければ両手を掴まれたままの幸村の手に少しだけ力が入る。
「何の話?」とやんわり入ってくる幸村をとりあえず放置して柳を伺えば彼は少し間を置いて「落ち着いた、年上の女性…だったと思うが」と返してくる。年上…年上か。
「それがどうかしたのか?」
「うーん、とね」
柳も不思議そうな顔でこちらを見てきたがは離れたところにいる乾くんに視線をやった。
隣にはやっぱり皆瀬さんがいて、それから柳生くんもいる。
「……友美ちゃん狙われてるっぽいよ」
ギリギリと歯軋りがこっちまで聞こえそうな柳生くんの形相に、は遠い目になって残りの合宿大丈夫だろうか?と不安になった。
柳生は呪いの呪文を唱えた(笑)
2013.06.24