You know what?




□ 青学と一緒・8 □




人の恋路にとやかくいうつもりはないのだけど皆瀬さんと柳生くんがくっつくであろうと見守っていたにとってはある意味由々しき事態だった。何だかよくわからないマーブル状の液体を持ってニヤついてる魔術師に皆瀬さんは渡せないな、と切実に思った。

「うがはぁっ…っ!!」
「ごはぁっ!」

午前の最後は弦一郎対桃城くん、ジャッカル対菊丸くんの試合が設けられていた。
試合自体は然程長引かなかったが敗者の桃城くんとジャッカルはきっと明日の朝まで目を覚ますことはないだろう、という顔でのたうち回りそして死んだ。もしかしたら永遠に目覚めないかもしれない。


「これって毒物?」
「…一応栄養ドリンクっス」

真っ青な顔で呆然と見ていれば隣に来た越前くんが返してくれた。彼の顔を見れば青白くなっている。

もしかして彼がマネージャー時代に作っていたというドリンクはこれのこと?と聞けば音もなく頷いた。
とりあえず死にはしないらしいが部活動は支障がありそうだ。
「お疲れ様」と越前くんの頭を撫でるとその手を取られた。


、お昼食べに行こうか」
「え、あ、うん」

振り返ればにこやかに幸村がの手を引っ張ってくる。弦一郎らに遺体という名のジャッカル達を運ぶように指示して幸村は颯爽とホテルに向かった。
その後ろには越前くんもついてきて、桃城くんはいいの?と聞けば「いつものことなんで」と肩を竦めて幸村に並んだ。


「立海の部長さんって結構独占欲強いんスね」
「…とりあえず、他校の生徒には俺の許可なく触ってほしくないよね」

後ろにぞろぞろと選手達が続いてるのを見ながらそんな会話を聞いていると越前くんがこっちを見てきて「先輩も大変っスね」と同情的な目で見られた。



午後の平部員のメニューについて話してくるという幸村と柳を見送ったは席について皆瀬さんと一緒にハンドクリームを塗った。どうせ水仕事をして落ちちゃうんだけどないよりはマシだろう。

ちゃん、何か顔赤くない?」
「あーこれ?さっき幸村と越前くんが競争するからそれ追いかけて大変だったんだよ」

蓋を閉めてこっちを見てくる皆瀬さんにはカラ笑いを浮かべた。先程幸村と食堂に入ったのだけどここまで何でか越前くんと競争してたのだ。
幸村は競歩だけどと越前くんはほぼ小走りで。競争するなら置いてけよ、と思ったが食堂に着くまで繋いだ手を離してもらえなかった。

多分そのせいでまだ顔が赤いんじゃないかな?、といえば皆瀬さんは「お疲れ様」と笑って返してくれた。


さん」
「どうしたの?不二くん」
「もしかして、午前のメニュー変更したのさん?」

今集まってるの午後のメニューの話だよね、と目の前の席に座ってきた不二くんに「えっ」と声を漏らせば不二くんは少しだけ振り返り、それから視線をこちらに戻した。彼の後ろには手塚くんが幸村達と話してる。そのしかめ面にタラリと冷や汗が流れた。


「え、ヤバイ?ていうか、怒ってる?」
「うーん、どうだろ。柳がうまくいってくれるだろうから大丈夫だと思うけど…やっぱりさんだったんだ」
「あはははー…」

力なく笑えば不二くんも笑って「大丈夫だよ」と座っていた席を立った。

「正直にいえばちゃんと通じるし、サボる為にいったんじゃなければ怒らないと思うよ」
「だと、いいけど」


ゴメンね、と謝れば不二くんが少し考える素振りをして「ねぇ、さん。お昼こっちで食べない?」と誘ってきた。それは菊丸くん達が座ってる席のことを言ってるのだろうか。

奥にいる青学メンバーが座るテーブルを見て楽しそうだな、と思うけど手塚くんのことを考えるとちょっと怖い。うーん、と苦笑すれば隣にトレイを置く音と椅子を引く音が聞こえた。



「?どうした、不二。何か用か?」

見上げれば弦一郎が帽子をとったところで訝しげな顔で不二くんを見てくる。珍しい。弦一郎が私の隣で食べるつもりらしい。いつもは赤也とかに冷やかされるからあまり近くに座らないのに。

「うん。お昼さ、親睦を深める為にもさん達と一緒に食べたいなって思ったんだけどどうかな?」
「ほう。それはなかなかいい心掛けだな」
「じゃあいいかい?」
「嫌ナリ」
「ぼさっとしてると飯食う時間なくなるぜ」
「そうっスよ。そんでなくとも先輩飯食うのおせーんですからさっさと食べちまった方がいいですって」


不二くんの提案に弦一郎が目を見開いたが頷く前に詐欺師と赤頭とワカメがやってきての目の前の席に座り込んだ。勿論、不二くんを追い出して、である。怖いもの知らずだな。アンタ達。

にっこり笑ってるけどどう考えても空気が冷たいだろ、と、若干顔色悪く不二くんを伺っていると彼は仕方ない、という素振りで肩を竦め「じゃあ夕食まで考えといて」といって戻っていった。ケンカは免れたらしい。


「……何約束されてんスか」
「そうだぜ。何勝手に決められてんだよ真田。の保護者だろ?ちゃんと妨害しろよぃ」
「?何故そんなことをする必要があるんだ?」
「(保護者はつっこまないのか)……」
「だーかーら!たかだか合宿で青学と仲良くならなくたっていいっていってんスよ!」
「だが、交流を深めることは悪いことではないぞ」

をじろっと睨んでから矛先を弦一郎に向けたが、向けられた本人はよくわかっていないようで眉をひそめ、首を傾げた。そりゃそうだ。こいつらの言ってることは小学校低学年レベルだもん。仁王なんか我関せずと楽しく話してる皆瀬さんと柳生くん側に混じって黙々と食事してるし。


「…丸井先輩。話通じてねぇんですけど」
「仕方ねぇだろぃ。そんなんだからの手が真っ赤になってアカギレになっても気づかねぇんだよぃ」
「なっ何?!」

全然通じてない弦一郎に盛大な溜め息を吐いた赤也と丸井に従兄のこめかみがぴくりと動いたがの手を見て慌てて掴み取った。



そりゃまあ、今日はマッキー落とすのと水仕事でいつもより手が赤いけどアカギレにはなってない。1歩手前だろうけどまだなってないよ。
しっとりしてる手とテーブルに置きっぱなしのハンドクリームを見て眉尻を下げた弦一郎は「だ、大丈夫か?」と気遣わしげに聞いてくる。いやだから大丈夫だって。見ればわかるでしょ。

「大丈夫だよ真田。丸井の冗談だって。アカギレになるならもうとっくになってるよ」
「いやしかし…いつもより手が赤くないか?」
「それは…」
「そりゃ冷たい水しか出ないとこで油性の黒がなくなるまで洗わせたんだから当たり前だろぃ」
「丸井、」

なにその八つ当たり、と睨めば知らん顔でご飯を頬張った。朝から本当機嫌悪いよなお前。どうしちゃったのさ。


「す、すまない!嫁入り前のお前に俺はなんということを…!!」
「いやだから、アカギレなってないし!なってても全然大丈夫だし!!」

だからそんな泣きそうな顔すんな!そして声でかいっての!落ち着いて!と掴まれてる手を振れば「すまない。俺が責任を持って温めよう」とがっちり握りしめてきたがこれからお昼食べるんだよね?これじゃ食べれないよね?!

もう、と呆れて溜め息を零せば「何やってんの?」と笑う幸村が柳と戻ってきた。視線を感じそのまま幸村の後ろを見やれば呆れというか何やってんだ?と言わんばかりに眉を寄せてる手塚くんと目が合って。耐えられずそのまま視線を下げた。

晒し者感半端ないです副部長。



*****



手塚くん達に微妙な視線を送られつつ昼食を食べ終えたは、現在コート以外も走り回っていた。試合は残すところ数試合だがそれに比例して乾くんの毒汁に殺されかけた人も増えたのだ。

地面はところどころ湿ってるので体育館下のピロティーで休ませているが風通しは外と大差ないので倉庫から暗幕を借りて布団替わりにかけている。暗幕を抱えてピロティーに戻ったは気絶している荒井くんの上にかけてあげた。少々埃っぽいがないよりはマシだろう。

死屍累々、という光景に絶対飲みたくないわ、と再度思いながら真っ青な顔で震えている海堂くんにも暗幕をかけてやるとぐらりと視界が揺れた。あれ?と思いしばらく経ってからゆっくり立ち上がる。うん、大丈夫だ。

立ち眩みかな?と思いつつ、介抱に回ってる後輩達に声をかけ、悴む手に息を吹きかけながらテニスコートに戻ると「まっず!」といって倒れる赤也が見えた。どうやら勝負は幸村の勝ちらしい。

あんなに清々しい顔してるの、文化祭でテニス部の演劇が1番人気だと発表された時以来じゃないだろうか。


「あれ。そこで倒れてるの乾くん?」
大きな巨体に驚けば隣にいた菊丸くんが「そうだにゃ」と肩を竦めた。

「乾ってばドリンク作るのはいいんだけど味見殆どしてないみたいでさ。飲むとこうなること結構あるんだよね」
「それダメじゃん。味見しようよ」


そりゃ不味くもなるよ!とつっこめば「そこまで不味いの?」と聞いている不二くんがいる。この惨状を見てわからないのだろうか。
困惑した顔で見てるを察してか、「不二ってば味覚が他の人よりすんごくてさ。乾汁飲んでも平気な顔してんだよね〜」と肩を竦めた菊丸くんが教えてくれた。そりゃ「飲んでみたいな」なんて平気な顔で言えるはずだよ。

不二くんやっぱこえー、と視線をずらせば、飲まなくて良かった、とホッとしてる仁王の顔も見える。アンタの代わりに海堂くんが生贄になったもんね。彼は今悪夢と戦ってるよ。



それから後輩を伴って屍同然の赤也と乾くんをピロティーに連れて行くと桃城くんがのっそりと起き上がり「うわっどこだここ!!」と騒いでいた。

「あ、おはよー桃城くん」
「え?!あ、先輩?!あれ、それって乾先輩と切原…ですか?」

狼狽してる彼に笑って頷くと「うわ、俺らのチームボロ負けじゃないっスか」と顔を覆った。仕方ないよ。君達の対戦相手神の子と皇帝だし。


「でも河村くん達が健闘してくれたからビリはないと思うよ」
「えっそうなんスか?!」
「それよりもヤバイのはカウンターパンチャー組かな」

下ろされた赤也と乾くんに暗幕をかけてやったが、大柄な乾くんでは暗幕が小さかった。もうこの人はこのままでいいよね。というか、こんな具合が悪くなるもの何で作るかな。
の言葉に驚いた桃城くんはまだ顔色が優れない表情で辺りを見回すと「何か、野戦病院みたいっスね」と零した。言い得て妙だ。


「あ、海堂に大石先輩…」
「それにジャッカルね。柳くんは勝ったけど」

他の子達も惜しいとこで負けちゃったから数だけで言えばビリ候補1位だろう。負けたチームには罰ゲームが待ってるとあってか桃城くんは「そうっスか」とちょっとホッとした顔になった。


テニスコートに戻るという桃城くんを連れて来た道を戻っているとやっぱりというか乾くんの話になった。桃城くんもあの毒汁には前々から思うことがあったらしい。そりゃそうだろう。

「いやもう本気で2度と目を覚まさないんじゃないかと思ったよ」
「俺も初めて飲んだ時はそんな気持ちでしたけどね。人間慣れてくもんらしくてアレ飲んでも復活だけは異様に早くなりましたよ…」

午前中から見てる惨劇に顔を歪めつつ零せば桃城くんもカラ笑いと一緒に同意してくれた。嫌な慣れだけど、生きてて本当に良かった。ジャッカルなんてまだ悪夢にうなされてたし。可哀想に。



というかあのドリンクで本当に強化されるんだろうか。それを聞いたら桃城くんは「…多分」と確信がないような言葉しか返ってこなかった。あまり実感はないらしい。
ついでに言えばその乾汁にもレパートリーがあるらしく、ビリはまた違う毒汁を飲まされるんだろう、と桃城くんが青白い顔で予言した。恐ろしい所業だ。

「全部責任を持って乾くんが飲めばいいのに」と溜め息混じりに漏らせば、桃城くんが真剣な顔で頷いていた。


「あ、そうだ。話変わるんだけどさ、桃城くん友美ちゃんに"桃くん"って呼ばれてなかった?」
「え?あ!そう、っスね。何かそっちの方が親しみやすいって言われたんで。それに先輩達にも"桃"って呼ばれてるから…先輩も呼びにくかったらそっちでいいっスよ」
「1年生から"桃ちゃん先輩"って呼ばれてたしね」

照れくさそうに笑う桃城くんに「じゃあ私も好きな呼び方でいいよ」と口元をつり上げた。

「え、いいんスか?」
「だって友美ちゃんのこと名前で呼んでるでしょ?私ばっか苗字とか寂しくない?」

仲間外れとか寂しいし、と口尖らせれば「何スか、それ」と桃城くんが笑った。


「じゃあ、"先輩"で」
「おうよ。"桃ちゃん"」
「え、"桃ちゃん"スか?」
「うん。可愛いじゃん」
「…何か先輩に言われると余計に年下に感じるっスね…」

ちょっと複雑、という顔をする桃城くんに「もう少し仲良くなったら"桃"って呼ばせてね」と微笑んだ。



「……先輩、不意打ち過ぎるっスよ」
「え?何で?」

ボっと赤くなった顔を手で覆う桃城くんに首を傾げれば「無自覚な先輩なんて…でも美味しいっス」とかよくわからないこという。乾汁を飲んでおかしくなったんだろうか。やっぱり乾くんを近々訴えた方がいいんじゃないか?


「ていうか、先輩と友美先輩って…その、か、彼氏とかいねーんスか?」
「…唐突に来たね。それをいうなら桃ちゃんこそどーなのよ。彼女いるの?」
「お、俺は別に…!いいなーって子はいなくも、ないっスけど、でも今はテニスで目一杯なんで…て!俺のことはいいんスよ!それより先輩のこと教えてくださいよ!!」
「私のこと聞いてどうすんのよ。あーでも桃ちゃんと似たようなもんかな。今は部活で手一杯」
「でも引退したじゃないっスか」
「あと受験」
「え、そのまま立海の高校に行くんじゃないんスか?」

驚く桃城くんに適当に説明をしたは「どっちみちそんな時間なかったしね」と肩を竦めた。


「あー…(それに真田さんとか煩そうだもんな)。んじゃテニス部にそういう人はいないんスか?」
「ええ?!いるわけないじゃん。そんな目で見てたらファンに殺されるわ」
「こ、殺されるんスか?!」
「うん。殺される。あいつらのファン、マジ怖いんだよ。マネジだっていうのに近づくだけでブーイングするんだもん」
「え、もしかしてそれって切原にもファンいたりするんスか?」
「いるいる。好戦的なのがね。お陰で大分心が強くなったよ…って桃ちゃんにだっているでしょ?ファン」
「いるっつーか…どうなんスかね」

何度呼び出しとか不幸の手紙とか受け取ったことか。思い出すだけでも恐ろしい、と顔を背ければ桃城くんは顔を青くして「女って怖いんスね」と呟いた。



「あ、そうだ。その話で思い出したんだけど乾くんってデータとる時いつもあんななの?」
「あんなって?」
「友美ちゃんのこと必要以上に追い掛け回してる気がするんだよね」

あれはデータ以上のことを踏まえて話しかけてるような気がしてならない、と腕を組めば桃城くんが首を後ろを掻き「あー…」と空を見上げた。何か思い当たるフシがあるらしい。


「…やっぱり、友美ちゃんのこと好きだったりする、のかな?」
「どうっスかね。乾先輩に彼女いるとか恋愛話とか今迄聞いたことないんで」


逆にそんな話を聞く日が来たらそれはそれで怖い気もする、と思ったが次期副部長は黙っておいた。触らぬ神に祟りなし、というやつである。


「うーん。乾先輩の考えてること俺もよくわかってないんで、憶測しか言えないんですけど…でも多分"興味津々"なんだとは思うっスよ」
「桃ちゃんにいわれると軽い言葉でも重く感じるわー」
「…けど、友美先輩が好きだったら何かヤバいんスか?」

ヤバイというか困るというか。こちらを伺う桃城くんにカラ笑いで返したは内心盛大な溜息を吐いた。




じりじり。
2013.07.19
2013.07.21 加筆修正