You know what?




□ 番外編 ・ 仁王 3 □




授業が終わった頃に目が覚めた仁王は荷物を取りに教室に向かった。B組に入ればSHRも終わったのか生徒も疎らで仁王は気にせず自分の席に向かった。

「おう仁王!今頃戻ってきたのかよぃ」
「ん。寝てて気づかんかった」
「はぁ。今日は衝撃スクープあったのにもったいねぇな」

荷物を取れば同じように荷物を取りに来た丸井に声をかけられた。どうやら担任がとても笑えることをしたらしい。くつくつ笑う丸井に興味なさげに聞いていれば「そうだそうだ!」と丸井が満面の笑みで手を叩いた。


の奴外部落ちたから」
「…ほぅ。丸井の呪いが効いたようじゃの」

願いではなく呪いと聞いて丸井はゲラゲラと笑った。「確かに!」といいながら「高校同じだから仲良くしてやれよぃ」と機嫌よく肩を叩かれた。

「どうせマネージャーやることになるだろうしな」
「…それは、は承諾したのか?」
「うんにゃ。でも時間の問題じゃね?」

幸村くんとか真田も推薦してるし。と丸井以外にも勧誘してるのだとわかって少し引いた。ここでも出てくるか幸村。


「あ、そういや皆瀬とヒロシまた探してたぜ?」
何?お前何か悪いことでもしたの?と聞いてくる丸井に仁王は脱力した顔で「あーそんなもんじゃ」と返した。

「なんかも巻き込まれてるみたいだし、お前ちゃんと話しといた方がいいんじゃね?」
「話すって何をじゃ」
「んー。今は女に忙しい、とか?」
「それこそ皆瀬に説教されるぜよ」
「あはは。確かに」

テニスに関しては丸井は今回何も言ってきていない。むしろ女遊びの噂を聞いて喜んだくらいだ。



「でも、ちょっとは打ってんだろぃ?」
「まぁの。といってもこの辺ではないが」
「それ見せてやれば皆瀬も納得するんじゃねーの?」
「…人に見られるのは嫌いなんじゃよ」

特に努力して練習してる姿とか。肩を竦める仁王に丸井は同情したように「まあ頑張れよぃ」と背を叩いた。

「あ、そうだ。彼女作んのはいいけどあの人はやめとけよ」
「……んなの、わかっとるよ」


一緒に帰るか?という誘いを断り背を向ければそんなことをいわれ何とも言えない顔で振り向いた。柳生にも同じこといわれたぜよ、といってやれば「そりゃそーだろぃ」と笑われたが。

「高校は絶対三連覇すんだから、仁王も覚悟しとけよー」
「覚えてたらのー」

大声をあげる丸井に仁王は苦笑して背を向けると、手を挙げ丸井と別れた。階段に差し掛かり震える携帯を取り出せば相手は由佳でまた呼び出しか、と電話に応対した。

「ん、……わかった。じゃあの」


丸井に言われた矢先にこれか、と思わなくもないが自分に電話をしてくる時は大抵寂しそうな声をしていてどうしても断れなくなってしまうのだ。話もきっと例の彼氏のことだろう。一応仲直りはしたようだがこの分だとケンカしてなくても相談ごとに巻き込まれそうだと肩を竦めた。

時間を確認して待ち合わせまでどこかで時間を潰すかと視線を上げると丁度視聴覚室が目に入って自然と足を向けた。
以前くすねた鍵を取り出したがどうやら開いているらしく、ドアノブを回せば予想通りに開いた。


中に入れば微かな音が漏れてくる。2重扉を開けて足を踏み入れると大きなスクリーンの前に女子生徒が1人ぼんやりとそれを見ていた。流れているのは映画でも何でもなくテニスの大会で見覚えのある動きにうわ、と眉を寄せた。自分だ。

何を思って仁王のビデオを見てるんだと女子生徒に視線をやればこちらも見覚えのある後ろ姿で。目を擦る姿に泣いてるのか?と目を見開いた。



「え、なん…で」

声をかければやはり予想していた人物で、スクリーンの光に反射してキラキラと光る目元にドキリとした。気づけば彼女の傍らまで来てあまつさえ頬に触れて涙を拭った。

「何でこんなもん見とんじゃ」
「あ、顧問の先生にテープのダビング、頼まれて」

だからここにいるのだという。もう1度スクリーンを見たが、自分のプレイを見るのはどうにも落ち着かなくて倍速で録ってしまおうとデッキの前までいったが動いていたのはビデオテープで、仁王の顔が引きつった。流石にビデオテープの扱いはよくわからなかった。


とりあえず、次のテープになったら倍速にしよう、そう思っての隣に座れば彼女はまっすぐスクリーンを見ていてむず痒い気持ちになった。
きっとテニスを見ているんだろうが自分を見られてる気がしてならない。いや、それはそれでいいのだが自分がここにいるのに見られるのはどうにも落ち着かなかった。


「…そういえば尻尾ないよね」
「ん。確かにこの頃はそうじゃったの」

をチラリと見ればやっぱりスクリーンを見ていてその横顔に視線が囚われる。

久しぶりに会ったせいだろうか。潤んだ目元を見たせいかいつもより可愛く思えてならない。
しかし、こいつは自分ではなく幸村や跡部を見ていて興味などないだろうし、そういった行動をしてる彼女にも腹を立てていた。なのにこの空気はなんだろうか。


「楽しいか?」
「うん、それなりに」

スクリーンを見ながらなんとなく声をかけると視界の端でが動いたのが見えた。見間違いでなければこちら見て小さく笑ったように見えた。その表情にまた心臓が跳ねる。の笑った顔はいつぶりだろうか。



「どう?一昨年前の自分は」
「全然ダメじゃの。動きがなってなか。相手のことよく見て動いとらんし無駄も多い」
「…ボロクソだね」
「自分だから当たり前じゃ」
「……私は、一生懸命で格好いいと思うよ」

昔に研究と称してこのビデオを見させられた時があったがその時も地味に苦痛だった。それを思い出しスクリーンから目を離せば思いもよらない言葉が耳に入って思わずバッと振り返った。しかしはスクリーンを見つめてるだけでこっちを見ておらず、幻聴か?と首を傾げたくなった。


「腕は大丈夫そう?」
「…どうせ柳生や皆瀬にいわれたんじゃろ。高校でもテニス続けろとかあいつと別れろとか」
「そういうんじゃないよ。ただ単純に気になってるだけ」
「ふぅん」
「腕だって名誉の負傷でしょ?」
「…何で知っとるんじゃ」

教えたのはきっと柳生辺りだろうが久しぶりに違和感を感じたぞ。恐ろしい女じゃ、という顔をすればが嬉しそうに笑うので何とも言えない気持ちになった。

淡々と聞いてくるにやっぱりさっきのことは幻聴なのかもしれない、と内心考えているとスクリーンの方が騒がしくなり一緒に目を向けた。幸村の登場に録画組がカメラを確認してるのが見える。

その威風堂堂とした背に仁王はケンカを売られた気がしてムッとなり、隣でスクリーンに釘づけになってるの腕を引いた。


「腕の話、いつ聞いたんじゃ?」
「あー14日。ごめんね。U-17の話は聞いてたんだけど真田とか怪我の話してくれなくてさ。……あ、その真田も怪我したこと隠してたんだけどね!」
「…まぁ、自分の怪我をわざわざいう奴はおらんからの」
「そんなこといって治り遅くなったらどーすんの。ちゃんと病院行ってるんでしょうね?」

返される言葉になんとなく心地よさを感じていると、以前のように心配と呆れを含んだ顔で声をかけてくるにまた胸が高鳴った。
しかしそれを顔に出したくなくて眉をひそめれば何故か笑われてしまった。

病院に付き添うといったのに冗談とか、随分話さない内に性格悪くなったんじゃないか?そう思うのに怒る気にならないのはさっきから嬉しそうに笑ってるのせいかもしれない。

ドキドキと騒がしい心臓を抑えながら体勢を変え、の顔がよく見えるように覗き込むと、仁王は逃がさないようにじっと彼女を見つめた。スクリーンでも幸村には負けたくなかった。



「お前さん、もしかして心配しとったんか?」
「…もしかしても何もするでしょ。そりゃあ」
「本当に?」
「当たり前」
「…それは、マネージャーとしてか?」

送られてくる無意味な画像だけなら皆瀬にいわれて仕方なく送ってるものだと思えた。けれどの言葉も表情もマネージャー以上の何かが見え隠れしていて仁王を捉えて離さないのだ。
不安げに揺れる瞳に仁王は緊張した面持ちでじっと見つめた。手を振り払われないことを切に願った。


何も言わぬまま互いに沈黙しているとわぁっという歓声が聞こえ、の視線がスクリーンに向いた。見なくてもわかる。幸村が得点を入れられたのだ。でもそれができたのはここまでで、ここから怒涛の逆転劇が始まる。
雑誌に幸村が堂々と取り上げられたのもこの試合だった。そんな試合を見て何も思わないはずはないのだ。

心のどこかでならもっと違った見方をするかも知れない、と思ったが今の心境ではそんな余裕なんてなくて彼女の腕を引っ張りこっちに視線を向けさせることしかできなかった。


「…何でさっき泣いてたんじゃ?」

もう視線を幸村に向かせないように髪をよけるフリをして頬に手を添えれば、揺らめく瞳と目が合い、心臓がぎゅっと締め付けられる。の目尻はまだ乾いてなくてキラキラと反射してる光が綺麗だと思った。
もしかしたら全然別のことを考えて泣いていたのかもしれない。でも、その『もしかしたら』が頭から離れないのだ。

一心に見つめていれば彼女の瞳がまた揺れた。その揺れは顔にも出て暗がりの中でもわかるくらいの顔が赤くなっていく。仁王の心臓の音も合わせるように高鳴って喉を鳴らした。



「あ…会いたかった、から」
「……」
「仁王くんに、ずっと会いたかったから」


そういったの頬に涙が伝った。まるで映画のワンシーンのように綺麗に流れ落ちる涙に息を飲んだ。

脳内ではの言葉が何度も響いて染み込んでいく。
理解すればする程身体が熱くなった。
自分の為だけに流される涙に心が動かないわけがなかった。

頬に添えた手は振り払われることもなく、の瞳がじっと仁王を捉えて離さない。その瞳に映った自分にゾクリとして仁王は恐る恐る顔を近づけた。嫌がられるかも、と思わなくもなかったがは何も言わず目を閉じ、合わせるように仁王も目を閉じた。



*****



「あれ?仁王先輩?」
机に突っ伏してる仁王がのそりと顔を上げれば2年の西田がいて「どうしたんですか?」と覗き込んでくる。

先輩、に会いました?」
「……先に帰ったぜよ」


キョロキョロと周りを見て聞いきた後輩に仁王は仁王で視線を逸らしながら返した。視界の端で「そうですか」と落ち込む西田の姿が見えた。

「ていうか、先輩は何でここに?」
「ん、時間潰しに来とったんじゃが…もう帰るわ」

じゃあの、と西田の顔もろくに見ないまま仁王は視聴覚室を後にし、しばらく歩いてその場にしゃがみこんだ。赤くなってる顔を片手で覆い仁王は深い溜め息をついた。


「ヤバかった…」

多分西田にはバレてないだろうが誰が見てもわかるくらい顔が真っ赤だろう。あともう少し抵抗が遅れてたら間違いなくを押し倒してた。

積極的なとかマジ反則だろ。
なんだこの展開は。夢か?
しかも本当に幸村と付き合っていならしい。それがわかっただけでも口元が緩むのがわかる。ヤバいくらい舞い上がってる自分がいる。


…」


言葉に熱が帯びる。呼んだ名前に体温が上昇していく感じがした。
ごつん、と壁にぶつけた頭も結構な音がしたのに痛みすらわからなくて。
目を閉じれば先ほどのの姿が浮かんで手で口元を隠した。誰かに見られたら確実に不審者扱いだろう。

最初は拒絶されたことにショックを受けたが、まだ付き合ってもいないのにことに至るのはさすがに無理があると後から思った。というかキスも大丈夫だったんだろうか。慣れてる感じはしなかったが付き合わなくてもOKなんだろうか。

もしかして前に付き合ってた奴はそんな感じだったのか?どうなんだろう、と考えたがとキスをするどっかの男を想像したら予想以上に虫唾が走ったので早々に打ち切った。

きっと聞き間違いかと思った言葉は多分本当だろう。は嘘をつけるタイプじゃないし、話してみて自分を嫌ってる素振りはこれっぽっちも感じなかった。
怪我を心配してくれたことも、ただ純粋に自分に会いたかったといった言葉にも胸がいっぱいになった。



「…俺も、ずっと会いたかったぜよ」


由佳の時のように周りが見えなくなるような恋も、何も手がつけられなくなるくらい傷つく失恋ももうゴメンだと思ってたけど。胸に灯る温かさに今迄とは違う感じがして、"大丈夫かもしれない"と思った。

そしてこの日、初めて由紀との約束をすっかり忘れすっぽかしたのだった。




53話の裏。
2013.04.21