You know what?




□ 55b - Another tale - □




自分の好みの本を読んでくれるのが妙に嬉しくて「読んだら感想聞かせてね!」といえば幸村は勿論だよ、と微笑んだ。自分は素面通りにしか受け取れないから幸村の感想は意外で、とても奥深くて、そして面白いのだ。
図書室を後にし、廊下を歩きながらはメールをこっそり確認すると『準備OK』の文字が返ってきた。『こちらも移動開始』と送り幸村に向き直った。機嫌はすっかり元通りになったらしい。


「そういえばさ。幸村から昨日借りた本序盤だけ読んだんだけど面白そうだったよ。ガラクタ屋敷がわあって想像が広がってく気がしたの」
「あそこの表現は俺も惹きつけられたよ。古時計に驚くところとかコミカルだったしね」
「"ポポーン!"ね!」

壊れてる古時計に主人公が驚く様が可笑しくてケラケラ笑えば曲がり角からひゅっと人が出てきては危うくぶつかりそうになった。「スミマセーン!」と走り去ってく生徒にはそのままバランスを崩し倒れそうになったがすんでで幸村が受け止めてくれた。


「あ、ありがと…」
「ううん。大丈夫?」

肩を支えられ見上げれば思ったよりも幸村の顔が近くてドキリとした。思わず唇に目が行ってしまった自分に慌てて視線を逸らすと足元に華やかな袋達が散らばっていて「ああ!」と声を上げた。

「うわっごめん!私のせいだね!!」
「…のせいじゃないよ」

パッと離れたは見下ろす幸村を見ないように足元に散らばったプレゼントを拾った。


最近幸村めっきり綺麗になってませんか?…その特権女子のはずなんですけど。おかしいな、いやでも元々綺麗顔だからかな。などと考えていると同じようにしゃがみこんだ幸村が落ちたプレゼントをひとつ拾った。



ってさ。柳みたいのが好みなの?」
「へ?」
「だって昼間…」
「あ、ああーそれか」

俯いたままの幸村には彼の袋にプレゼントを入れながらカラ笑いを浮かべた。

「そりゃまあ、柳くんみたいな人が旦那さんだったら安泰だろうけどさ。でもあれは一般論で他意はないよ?」
「一般論…」

それって一般論なのか?と幸村は眉をひそめたが、話を続けようとしてる彼女を黙って見続けた。

「柳くんの好みって明るくても静かでも自分の意思がブレない子でしょ?あと子供っぽいよりは大人が好きそう」
私は子供っぽいし、ブレブレだしと笑ってもうひとつプレゼントを拾った。

「ただ勿体ないなーって思ってさ」
「勿体ない?」
「そ。幸村も柳くんもいい奴なのに想いが伝わらないのって勿体ないなーって思った」


幸村なら付き合おうと思ったらいつでも付き合えるだろうし、女の子だって選びたい放題なのにそれをしないのは一重にテニスが好きだから、なのだろうけど。
でもテニスを好きなくらい純粋に相手を好きになったのなら失恋なんてさせなくたっていいじゃないか、と思ってしまう。綺麗な形だったものを歪ませなくたっていいのに。神様ってひどいよね。


「私がいえることじゃないんだけどさ。幸村もスペック高いんだからもっと色んな人に目を向けるといいよ。もしかしたらめちゃくちゃ気の合う人に出会えるかもしれないし、もっと自分に合った人が」

これで最後だ、とプレゼントに手を伸ばせばその手を掴まれた。顔を上げれば幸村がじっとこっちを見ていて。その真剣な目に言葉を飲んだ。



「自分に合う、なんて俺が決めることで他人が決めることじゃないよ」
「…ご、ごめん」
「でも視野が狭いのは確かだと思う。ずっと勘違いしてたし自分の主観で人との関わりも狭めてた」
「……」
「これからもっと視野を広げなきゃいけないのかもしれない。でも今の俺にとってはとても大切なことなんだ」


手がじわりと熱くなる。幸村が誰を思ってそんなことをいうのかは知らない。でも、見つめられてそんな切ない表情をされるとまるで自分に言われてるみたいに錯覚してしまう。


「俺の視野が狭いって教えてくれた人をこのまま手放したくない」


切羽詰った幸村の表情にの心臓が貫かれたような気がした。







*****







「幸村部長!誕生日おめでとうございまーす!!!」

パパン!とクラッカーの音と共に紙吹雪が舞う。
その中心には幸村が「ありがとう」と笑っていて、その表情に大丈夫そうだな、と息を吐いた。

そう広くない部室で行われた幸村の誕生会は部員数の為か部室の外にまで及んでいる。お菓子を食べたりジュースを飲んだり話をしたりみんな自由に過ごしてる。それからどう見ても幸村ファンの子達も混じっているが部室に入らない、という条件でこの場に同席していた。


はというと寒いのもあって部室の中にいるが壁際にあった椅子に座ってジュースをチビチビ飲んでいた。


「壁の花にでもなる気か?」
「柳くん」

目の前に差し出されたお菓子にありがとうと礼を言えば柳も同じように壁際に寄りかかった。そんな彼に「壁の花になるのかい?」と茶化せば「それは女性専用だ」と返された。え、そうなの?

「……精市と何かあったか?」
「…あったというか、なかったというか」

バースデーソングも終わり、ロウソクも吹き消したのでケーキを切り分けた丸井が幸村に手渡している。その顔を見れば先程のことなど嘘のようにも思えるけど。


「幸村って、辛い恋してんの?」
「……精市がそういったのか?」
「ううん。なんとなくそんな気がしただけ」

感触が残る手を見やり、何であんなに必死だったんだろうって思った。いやまあ必死なのは構わない。でも自分は彼の恋愛対象じゃないし、あそこまで余裕がない幸村も初めてだった。
こっちまで泣きたくなるような必死な表情に今思い出しても胸がざわめく。

「そういえば、呼び出しの時ビビるようなこといわないでよね!本気かと思ったんだから」
「ああまでいわないと精市まで騙せないと思っていたからな」
「そりゃあんなこといわれたら信じるでしょーよ」

幸村から視線を外し、一緒に思い出したことを柳にいえば彼はフッと笑ってコップを煽った。
どんだけ格好良く煽っても中身はお茶だがな!



『弦一郎が事故に遭った』

これを柳以外の人間が言ったら冗談だろうって笑い飛ばしたはずだ。けれど相手はそんなタチの悪い冗談はきっといわないであろうと思っていた柳だったので簡単に信じてしまった。
電話口で聞いた時の血の気の引きようはなかったと思う。その表情に幸村も信じちゃったし。

一旦部室に集まってくれ、という言葉を鵜呑みにして急いで幸村と向かえば待っていたのはクラッカー音で。安心したと同時に地面にへ垂れ込んだのはいうまでもない。


「もうああいうことはしないでね」
「すまない。もうしないと誓おう」

悪かった。と重ねて謝ってくる参謀にはやっと睨むのをやめると奥の方で仲良くケーキを食べてる皆瀬さんと柳生くんを見つけ目を細めた。


『…、俺は』


その後に何が続いたのだろう。それを聞く前にの携帯が鳴ってその空気が流れてしまったのだけど、幸村は真剣だった。


「柳くん。私に手伝えることないかな」
「何の話だ?」
「幸村の恋の話」

自分も柳も巻き返せないところまで来てしまったけど、幸村ならまだ間に合う気がして。
「どうかな?」と伺えばいつもより更に高く見える柳は困ったように眉尻を下げ「そうだな、」と幸村の方を見た。

「多分、精市は傍にいるだけで十分だというだろうな」
「……やっぱ何かしたら邪魔かな」
「そうじゃない。きっといるだけで心強いはずだ」

つられるように幸村を見やればこっちに気づいた彼が小さく微笑んでいて。
柳の言葉にそっか、と同意したは微笑んでいる今日の主役に微笑み返した。



*****



思わぬ伏兵・赤也の攻撃を受けたは痛む喉を押さえながら後片付けをしていた。
あの後丸井がケーキを分けてくれたのだが餌付けよろしくな感じで食べさせてもらっていたら赤也が真剣な顔でやってきて自分も食べさせると言ってきたのだ。

その鬼気迫る顔に正直ご遠慮願いたかったが丸井とジャッカルに阻まれ公開処刑の如く食べさせられた。それだけならまだ良かったのだけど不器用な赤也は勢い余ってこれでもかと口の中にフォークを刺してきて、反応しきれなかったはそのまま悶絶したのはいうまでもない。

反省も込めて今は外の掃除をしているが痛みは残るもののそれ程怒ってもいなかった。


ちゃん大丈夫?」
「んー…多分」


部室にあった鏡で口の中を覗いていると皆瀬さんがやってきて心配そうに覗き込んできた。ついでに口の中も見てもらったら「あー赤く腫れてるね」と苦笑と一緒に返される。血が出てないだけマシだろう。

飯田ちゃん達とゴミをまとめていれば外の掃除が終わったのか赤也がそろりとドアを開けてこちらを伺っている。それを1番最初に気づいた吾妻っちが「きゃあ!」と悲鳴を上げた。


「…その隙間から目だけで覗くのやめてくれないかな。幽霊かと思ってビックリすんだけど」
「だ、誰が幽霊っスか!!」
「春に幽霊とかシャレになんないですよ、先輩〜」
「だから俺は幽霊じゃねーっての!」

ブルリと身を震わせる飯田ちゃんの後ろで赤也がドアをガラリと開けていつもの如く噛み付いたが被せるように「そういえば立海って七不思議ってあるんですか?」と吾妻っちも不安げにこっちを見てきた。出鼻をくじかれて動揺してる赤也をこっそり笑ったのはいうまでもない。ププ。


「あるにはあるけど7個ですんだっけ?私聞いたの20個くらいあるんだけど」
「「ええっ?!」」
「俺もっス。つーか青学との合宿の時にそんな話しませんでしたっけ?」
「したした!でもあれって仁王くんの嘘が結構混じってたと思うよ?正式なのは蓮二くんが…」

立海の怪談話を思い出していたが途中で言葉を切った皆瀬さんが気になって視線をそちらにやった。隣では「にお先輩の嘘なんスか?!それじゃ20個どころか100個にカサ増しされてんじゃないっスか〜?!」と赤也が嘆いていたが皆瀬さんが反応することはなかった。



彼女は何か思い止まるように固まって、そしてに見られてることに気がついて我に返ったようだった。カラ笑いをする皆瀬さんに少し心配になったが今ここで聞くことはできなそうだった。

それから丸井やジャッカル達が部室に戻ってきて帰ろうか、と部室を出るとさっきの怪談話になり、その話題で盛り上がっているとジャケットを引っ張られ振り返った。


「?何?」
「その、喉、大丈夫だったっスか?」
「…まぁね。腫れたけど血が出なかっただけマシじゃない?」

しょんぼりと頭を垂れる赤也に苦笑して「ちゃんと反省しろよ」といってやれば何故か恨みがましい目で見られた。

「元はといえば、ジミー先輩が丸井先輩に食わせてもらってるのが悪いんじゃないっスか!」
「ええっ?だって丸井が寄越してくるから」
「…そうだとしても!男からそういうことされても食べないでほしいっス」

むぅっと不貞腐れるように睨んでくる赤也にどうしてそんなこというんだろう、と思ったが否定したらもっと怒られそうな気がしてとりあえず頷いておいた。もしかして赤也も丸井に食べさせて欲しかったんだろうか。


コイツ、丸井達好きだもんな、とやや呆れながら見つめ返していると丸井に呼ばれ振り向いた。見れば結構遠くに丸井達がいて置いてきぼりをくらってたことに気づく。隣を見れば「今行きまーす!」と赤也が元気よく答えの手を握った。

「ほら先輩!ぼさっとしてないで行きますよ!」
「わかってるって!」

ぐいぐい引っ張る赤也には「もっとゆっくり走って!」と苦情を申し立てたが奴は少し赤い顔で笑って「先輩転ばないでくださいよ!」とスピードを上げていく。こいつ、さっき笑ったの見てたのか?それの仕返しか?!

それ程距離もなかったのに丸井達に合流した後もゼェハァと息切れしていると「何やってんだよぃ」と丸井に呆れられた。くっそ!笑うなワカメ!!




54話の続きで別バージョンになります。
2013.12.01
2021.07.02 加筆修正